今回も楽しんでいただければ幸いです!
「おい、孺子!鬼狩りに行くぞ!!」
織田家の客将として藤十郎が来てから既に一月ほどの日数が流れた。町を一人で歩いていたときに背後から肩を掴んだ存在……森桐琴可成と再会、再戦や死合を通して互いをある程度認め合う関係を構築していた。
「だから、孺子じゃなくて藤十郎だって言ってるだろ、桐琴さん」
藤十郎にしては珍しく、さん付けで呼んでいるのは彼の中で敬称をつけるに値すると感じているからだろう。それが純粋な戦闘力に対してなのか、年配者としてなのかは分からないが。
「はっ!そういうことはワシを倒してから言えと言っているだろう!漢として認めたときに呼んでやる!」
まだまだ桐琴には子供扱いをされる藤十郎。この掛け合いも一度や二度ではないため、最早恒例行事のようになっていたりする。
「はいはい。それはそうと、鬼狩りってまた巣でも見つけたのか?」
「応、ウチの若い衆が見つけてな。クソガキが先に行って待ってるから早く準備しろ」
クソガキというのは桐琴の娘、森小夜叉長可のことだ。時期森家頭領らしく……というよりは、この親にしてこの子ありを地で行く活発な子だ。
「小夜叉、我慢できるのか……?」
「ならクソガキが先走る前に行けばいいだけのことよ。むしろ殺していたらワシが殺してやる」
場所を聞いたところ比較的すぐに着く場所だった。日帰りも出来る距離のようだからそこまでの準備もない。尾張に来る際に葵から渡された脇差を腰に差し、愛槍を背に負う。
「ちょうど手入れも終わったところだし、いくとするか」
「うむ、昼酒にも飽きたところだ。ちょうどいい!」
「……それっていつもどおりじゃねぇか」
「おせぇぞ、母!藤十郎!」
到着するなり不満をぶつけてくるのは、小夜叉。今にも飛び出しそうなところを森衆に抑えられていたらしい。
「悪いな。急すぎて遅れた」
「ったく、次からは気をつけろよな!」
「で、クソガキ。鬼の様子は?」
鬼がいるのだろうか、見張っていた洞窟からは確かに怪しげな気が漏れ出ている。
「見たとこ、20匹ってところか?一匹でけぇ鬼もいるみてぇだけどよくわかんねぇ」
「ふむ……藤十郎!」
「はいはい。……」
藤十郎が地面に耳をつける。周囲の森衆も桐琴も小夜叉も静かに藤十郎を見つめる。
「……小夜叉の予想通り20ってとこだな。大きさも通常程度っぽいな」
「ふん、つまらん。ワシが10、クソガキと孺子で10で十分か」
「あ、ずりぃぞ母!オレと藤十郎が分けたら7匹くらいしか殺せねぇじゃねぇか!」
「おい、待て小夜叉!何で俺がお前より少ないんだよ」
小夜叉の言い放った鬼の数が不満であると声を上げる藤十郎。普通ならばこの会話を聞いた者は絶句するだろうが、森衆に限ってそのようなことはない。むしろ何か納得したようにうんうんと頷いている。
「あ!?テメェがオレより弱いからに決まってんだろ!」
「なら鬼より前にお前を狩ってやろうか?」
「望むところだよ!!」
小夜叉と藤十郎が顔と顔を寄せ合い、互いの得物を構えかけたときに二人の頭上から拳が振り下ろされる。
「「~~っ!?」」
「阿呆!敵の前で乳繰り合うやつがあるか」
「ば、馬鹿なこと言ってんじゃねぇっ!!何でオレが藤十郎と……!」
「っと、小夜叉。遊びはここまでみたいだ」
藤十郎が突然真剣な顔で洞窟のほうを指差す。そこには鬼が一匹、二匹と外へと歩み出しているところであった。腹を減らしているのだろうか、しきりにうなり声を上げながらゆっくりと歩き出る。
「早いもの勝ちで構わないよな」
「応、仕方あるまい」
「応よ!藤十郎、負けたら飯奢れよ!」
小夜叉の言葉と同時に三人は草むらから飛び出す。
余談ではあるが、その日の飯は小夜叉と藤十郎が仲良く支払うことになったという。
「此度の働き、大儀であった」
最終的に半年の間、客将として織田家に仕えた藤十郎であったがそのほとんどを森家の面々と過ごすことになった。手の空いたときに三若と手合わせをしたり、美濃の偵察に向かったりと暇をすることはなかった。
最も久遠より評価を受けたのはやはり森家と共に行った鬼狩りであった。
「藤十郎のおかげで多くの民が救われた。感謝しておるぞ」
「そんなに言われるほどのことじゃない。俺がやらずとも桐琴さんと小夜叉なら余裕で狩って回っただろう」
「それも一理あるが、あの気難しいことで有名な二人があそこまで懐いたのはお前くらいのものだ。それは誇っていいと思うぞ」
久遠が言うように、森家というのは変わり者の多い織田家中においても特に異質な存在であった。イライラしているという理不尽な理由で殺される……そういわれるほどまでに変わっていた。
「藤十郎の働きで救われた者がいるのも事実。直接救った者からも礼の文を預かっているぞ」
そういって久遠が差し出した文を見ると、子供が書いたのだろうお世辞にも綺麗とはいえない字で書いてある。
「町までいって商人に書き方を教わったそうだ。……藤十郎、褒美を取らせる。何が欲しい?」
「特にはない、な」
即答する藤十郎を見てニヤリと笑う久遠。
「そういうと思っておったぞ。……結菜!!」
「はい」
返事と共に部屋に入ってきたのは久遠の嫁……蝮の娘か。一度だけ久遠の屋敷で食事をする機会があり、そのときに会ったので一応の面識はある。
「こちらを」
藤十郎に静かに差し出したのは一振りの太刀。そして、旗だ。太刀の鍔の部分に永楽通宝の紋が刻まれていた。
「我が作らせた左文字だ。これは我からの礼と、桐琴からも頼まれたのでな。藤十郎の業に耐えられる太刀を作ってくれんか、とな。それとその旗だが……」
結菜が畳んであった旗を広げる。そこに記されている旗印は永楽通宝の裏……裏永楽と呼ばれるものだ。永楽通宝の旗印は久遠の使っているものであり、それと同じものの使用を許されたということになる。
「葵の部下である藤十郎に旗印を与えるのはどうかとも思ったのだが、此度の働きに報いるにはこれくらいしか思い浮かばんのだ。すまんな」
「……いや、こんなものを貰えるとは……こちらこそ礼を言わせて欲しい」
「うむ……それとだな。……剣丞とは会ったか?」
一瞬の間をおいて久遠が藤十郎に尋ねる。
「いや、結局会うことはなかったな」
「会ってみたいか?」
「その問いの回答であれば、会ってみたいというのが正しいとは思うが……『天』が今は会うときではないと判断したのであればそれに従うさ。人は会うべきときに会うべき場所で会うと、そう思うのでな」
「……デアルカ。すまんな、変な質問をして。……織田での奉公、大儀であった。葵にもよろしく伝えてくれ」
「おう、孺子。三河に帰るのか」
「藤十郎、まだどっちが上か決まってないのに逃げんのかよ!」
城を出てきた藤十郎を待っていたのは森の親子だった。
「元々、半年という約束だったらしい。松平に対する悪い印象を少しでもよくするための使者ということだったそうだ。小夜叉もすまんな、決着までいられなくて」
ポンと小夜叉の頭に手を置きながら藤十郎が言う。
「はっはっはっ!それは完璧に人選を誤っておるな!ワシなら孺子は送らんな」
「ちょ、テメェ藤十郎!ガキ扱いすんじゃねぇよ!!」
「俺もそう思うけどな。桐琴さん、小夜叉。短い間だが世話になった」
そういって頭を下げる藤十郎の肩をバンバンと叩く桐琴。
「殊勝な態度は似合わんな、孺子。またいつでも遊びに来い!昼酒をしておるか、鬼退治をしておるからな。何かあれば各務に聞けば分かろう」
「……藤十郎、ぜってーにオレ以外に負けんなよ」
「……で、出来る限りはな」
藤十郎が知っている限り最強の武将が松平にいることは伏せて答える。
「ま、次に会うのが敵か味方かも分からんがな!このような世だ、どちらにせよ達者でな、孺子」
「次に会うまでに孺子から藤十郎に成長するさ」
「ふふ、ぬかせ」
「藤十郎、邪魔な奴がいたらオレが殺しにいってやるから直ぐに言えよな!」
「俺は子供か。ま、小夜叉なら心配ないだろうが達者でな」
小夜叉に手を差し出すと、ニッと笑って力強く握り合う。
「またな!」
「応!」
「……行ったか。剣丞!」
藤十郎が去ってから、初めてここに来たときと同様に剣丞が反対側から入ってくる。
「剣丞に聞きたい。どうして会わなかった?」
「ん~、会わなかったというよりは会えなかったが正しい、かな?」
そう、会えなかったのだ。剣丞も積極的に……というほどではないにしろ、藤十郎を探したことがある。だが、会えなかった。
「きっと、勝成さんの言ってた通り今は会うときじゃなかったってことかもね」
「ふふふ、剣丞の人誑しも男相手では通用せんのか?」
「どういう意味だよ、それ」
―――
鬼。それは古来より伝わる人に仇なす者。元は人だったとも、神の失敗作だとも言われているが真実は誰も知ることはない。そう、鬼と「なる」ことが出来るということを知っている者もほとんど存在しない。
「新たなる外史を開いてみれば、あの
無数の鳥居が続く、この世界にあるとは思えない地にて一人の男が嗤う。
「今度こそ……今度こそ朕の宿願を……」
嗤う男の周囲に集まる黒い影。それは怨嗟の声か、歓喜の叫びか。
正常な意識を持つ者であれば、その声だけで気を保つことが出来ないであろう中心で狂ったように男は嗤い続ける。
外史の扉は開かれ、再び世界は急速に物語を進める。それを求める者の手によって。
―――
「ようやくついたか。久々、だな」
半年という期間は決して短くはないが、長くもない。戦に一度向かえばどれだけ帰ることが出来ないかもわからないからだ。
久々に見た三河は以前と変わらずしっかりと統治されていると感じた。
「この様子なら大きな問題は起こらなかった……」
「藤十郎ーっ!!」
遠くから鹿の角の頭巾をかぶった少女が走ってくる。綾那だ。だが、あの速度は敵軍に突撃するときに近いものを感じる。
「藤十郎、藤十郎!!大変なのです!!」
そういいながら飛びついてくる。綾那の突進を勢いを殺しながら受け止める。
「綾那、久しいがどうした、そんなに焦って」
「大変なのですよ!殿さんが!」
綾那の言葉に藤十郎も真剣な目をする。抱きとめた綾那を降ろし、肩に手を置く。
「落ち着け、綾那。焦っていてはしっかりとした説明も出来んぞ。落ち着いてしっかりと……」
「藤十郎!!」
綾那と綾那の言葉に意識を取られ、後ろから近づく気配に気づいていなかった。だが、懐かしい主の声に振り向いた藤十郎の胸に次は軽い衝撃が来る。
「藤十郎、会いたかったわ!」
……間違いなく葵だ。目をキラキラと輝かせながら藤十郎の胸に飛び込んだ葵を見る藤十郎は明らかに動揺していた。
「ひ、姫さん、とりあえず落ち着いて……」
「姫さん?藤十郎、葵は葵よ?」
何かがおかしい。不思議そうに藤十郎を見上げる葵をどうしたらいいのか分からず狼狽する。
「殿っ!」
「葵様っ!……って遅かったですか」
追いかけていたのだろうか、歌夜と悠季も駆け寄ってくる。
「ちょうど良かった。一体何が起こっている?」
「これはこれは、藤十郎殿におきましてはお早いお帰りで……」
「悠季、あまり遊んでいる場合ではない。正直現状を早く教えてくれると助かるんだが」
抱きついたままの葵を引き剥がすわけにもいかず、両方の手は宙を彷徨っている。
「おや、これは気づかずに失礼しました。葵様、一度お屋敷のほうに帰りましょう。藤十郎殿もお屋敷に一緒に帰られます故」
「藤十郎も帰るのね!なら行くわ!」
……明らかにおかしい。だが、悠季の態度を見るに大事にはなっていない、ということだろうか。
……恐らく、最も大事になっていたのは藤十郎の心の臓だったのかもしれない。
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時代はずれますが、実際に勝成は信長から左文字と裏永楽、感謝状を貰ったとされています。
それはそうと、葵がどうしたかは次回をお楽しみに!
戦闘回はもう少ししたら始まります!