二人旅 ⇒ 新婚旅行
ある意味、超久々のメインヒロイン回です!
あと、文章はかなり短めの甘めになっております。
「……うん、これでよし、と」
城ではなく屋敷で葵は調理場にいた。自分で作った料理の味見をして藤十郎の好みどおりの味付けになったと満足した声だ。
「後は藤十郎が帰ってくるだけなんだけれど……」
今日はいろいろな場所へ状況を確認に向かっていた藤十郎が戻る予定の日だ。なので仕事は速い段階で終わらせ、すでに明日から二人でゆっくりとできるようにと悠季と長い間計画していたのだ。……藤十郎が予定通りに行動してくれたら、の話ではあるのだが。つけていたエプロン(剣丞が流行らせた)を外すとすやすやと眠っている藤千代の元へと足を運ぶ。
「ふふ、今日もよく寝てるわね」
誰に似たのか、藤千代はよく寝、よく泣き、よく食べる。食べるという表現が正しいかどうかはわからないが。乳母として控えてくれている女中もいるが、基本的には葵自身が自らの乳を与えるようにしている。優しく藤千代を眺めていると薄っすらと目を開けた藤千代が花の咲いたような笑顔を浮かべる。
「あー!」
「あら、起こしちゃった?ごめんね」
すっと抱き上げると藤千代も小さな手で葵にしがみつこうとする。
「もうすぐ藤十郎も帰ってくるわ。楽しみね」
「あうー」
葵の言葉に答えるように差し出された指を握る藤千代。
「……でも、本当にちゃんと藤十郎は帰ってくるのかしら」
「……うーむ、遅くなってしまった」
日も沈み、明らかに人々が寝静まってしまった時間。予定より遅くなってしまったのにも理由はあるのだが、藤十郎は困っていた。
「報告はまぁ、いいとして城に泊まるべきか屋敷に帰るべきか……葵にも藤千代にも会いたいが……時間がなぁ」
一人つぶやきながらうろうろと屋敷側と城側とを行ったりきたりする。……明らかに挙動不審である。
「……よし、決めた。帰ろう。葵も藤千代もさすがに寝ているだろうから怒られるのも明日でいいだろう」
「……おかえりなさい、藤十郎」
「た、ただいま、葵。……えっとだな、その」
「……」
「その……す……」
「食事はまだ取ってないわよね?すぐに温め直すから座って待っていて」
それだけ言うと葵は立ち去る。唖然とした藤十郎がその場に残されていた。
「うまい!」
「ふふ、よかったわ。今日は帰ってこないかもしれないと思っていたところだったから」
「それはすまんかった。途中で鬼の巣を見つけてな。殲滅してきた」
「……藤十郎、今更かもしれないし貴方を本当の意味で止めることはできないと思うけど、あまり無茶はやめて」
「あー!」
隣の部屋から藤千代の声が聞こえる。
「お、起きていたのか!」
「違うわ。藤十郎が帰ったから起きたのよ」
襖を開けるとハイハイの要領で藤十郎のほうへと近づくとまるで飛びつくようにきた藤千代を満面の笑顔で抱き上げる。
「元気にしていたか、藤千代」
「あい!」
「おい、葵!今俺の言葉に返事したぞ!」
「ふふ、はいはい」
「この子は天才かもしれんな。悠季や詩乃に勉学を教えてもらえるように……」
「そのあたりはしっかりと私がしますから藤十郎は気にしないで」
「む、しかしだな」
ペシペシと藤十郎をたたく藤千代。
「ほら、藤千代も私の言うとおりにしなさいって」
「む、むぅ」
「あう~」
「ふふ、でも本当に藤千代は藤十郎のことを好きね」
「父だからな!」
「……いずれは一番の好敵手かもしれないわね」
「ん、何か言ったか?」
「いいえ。それよりもおかわりは?」
「勿論もらう」
「すぅ……」
「やっと寝静まったな」
「藤十郎が帰ってきてうれしかったのよ。……藤十郎、お風呂に入るわよね?」
「あぁ。葵もまだか?」
「久々に帰ってきた夫の背を流すのは妻の務めだって悠季が言っていたわ」
「……そ、そうか。なら……」
夫婦水入らず、といっていいのだろうか。女中もいないため、そっと藤千代も風呂の近くまでつれてきてはいるがゆっくりと二人で湯船につかる。
「……」
「……」
周囲を包む沈黙も心地のよいもので、藤十郎はあぁ、帰ってきたんだなという感覚を覚える。
「なぁ、葵」
「何?」
「愛しているぞ」
「……どうしたの、急に」
ちゃぷんと湯を揺らして藤十郎が葵を抱きしめる。風呂の中ということもあり裸なのだが、抱きしめられた葵は優しく藤十郎を抱き返す。
「なんとなくだ」
「そう」
緩やかな時間は静かに流れいく。
「二人旅か。初めてじゃないか?」
「そうね。普通なら互いに立場で言えば護衛が必要だもの」
「俺が護衛を兼ねてるってわけだな」
「ふふ、守られる対象が護衛っていうのもおかしな話ね」
二人でひとつの馬に乗っての旅。路銀はかなりの量あったりするが悠季が指定した場所をめぐって帰ってくる……仕事であるという体を取っているため各国をめぐることになる。
「でも、藤千代と離れるのは寂しいわね」
「気持ちはわかるが……藤千代だけでなく俺の相手もしてもらわないと、な?」
「藤十郎ったら」
馬上でいちゃつきながら(本人たちにその感覚はなかったりするのだが)目指す先は浅井長政のもと。先の戦いでは結果あまりかかわることがなかったが今回の旅の目的地の一つ目である。
「長政どのとお市どのの仲の良さは天下に轟くほどであるからな。負けぬようにせねば」
「藤十郎、あまり暴れちゃ駄目よ?」
「わかっている」
ゆっくりと馬を進めながら藤十郎と葵は進む。二人の旅は始まったばかりだ。
一旦各国巡りに入ります。
ゲームの後日談のような雰囲気にもつながるかと思いますのでお楽しみに!