戦国†恋姫~水野の荒武者~   作:玄猫

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非常に間が開いておりますが失踪はしませんのでご安心ください!!


8話 人としての成長【飛騨】

 一心不乱。彼女の人生においてそのような行動をとったことがあっただろうか。三河の朝は早い。だが、それ以上に誰よりも早く動き始めている存在がいた。

 

「ふっ!ふっ!」

 

 一振り一振りを確かめるように刀を振るう。これまでは生まれついての才能なのか、大して鍛えずともそのあたりの雑兵に負けることはなかった。だが、三河に来てからは全くの逆に誰よりも鍛え、誰よりも自らを磨いているつもりだった。だが。

 

 

「ふにゃーっ!!ですっ!!」

 

 気の抜けるような掛け声と共に振るわれる槍によって吹き飛ばされる飛騨。相対しているのは綾那。泣く子も黙る忠勝である。

 

「むー、藤十郎が言うから相手してるですけど全然面白くないのです」

「こら綾那!飛騨どのも藤十郎さんの側近見習いになったんですから」

「くっ……はぁはぁ……」

 

 圧倒的なまでの力の差を見せ付けられながらも以前のように逃げる姿勢は見せなくなった飛騨を少なくとも評価はしている。

 

「ですが、まだまだ体力も自力も不足しています。もう少しがんばってくださいね」

「は、はい……」

 

 息も切れ切れになりながら飛騨が答える。

 

「不完全燃焼です……あ!藤十郎!」

 

 藤十郎を見つけた綾那の言葉に飛騨が姿勢を正す。咄嗟に髪を整えていたのを歌夜がクスリと笑ってみていたのは誰も気づいていない。

 

「ん、おぉ、綾那か」

 

 いつものように突撃してきた綾那を軽く受け止めそのまま地面に下ろす。

 

「ん、飛騨か。綾那に稽古をつけてもらっていたのか?」

「は、はいっ!」

「その様子だと流石に綾那の相手はきついか。……こいつは強いからな」

「えっへん!綾那は藤十郎より強いです!」

「……そろそろ東国無双の名を俺が受け取ろうか?」

「やれるものならやってみるです!」

 

 そのままなし崩し的に始まる藤十郎と綾那の一騎打ち。互いに加減をしているのかしていないのか判断が難しい威力で振るわれるその技を飛騨は真剣な表情で見つめる。

 

「どうです、少しは見えるようになりましたか?」

「は、はい。……少しですけど」

「それにしても、飛騨どのは変わりましたね。剣丞さまや詩乃さんから伺っていた頃と比べてですが」

「……あの頃の私は何も知りませんでしたから。命の重さも、部下の、仲間の、主君の大切さも」

 

 唇をかみ締める飛騨の心中は分からないが、それでも今の彼女ならば藤十郎の側においても問題はないだろうと歌夜は考える。そして、目の前で繰り広げられる激戦をどうとめたものか、と悩むのであった。

 

 

「……あの飛騨が、ですか?」

「うむ。詩乃とは因縁のある相手なのだろう?」

 

 藤十郎の側近となる飛騨のことを剣丞隊の中では最も仲のいい詩乃に藤十郎は話していた。

 

「……どうしてそれを私に?」

「織田と徳川が共に行動する際にまた会う可能性もあるだろう?そのときに下手に騒ぎになっても困るからな」

「……私は別にもうどうでもいい相手ですから。死んでいると思っていたくらいです」

 

 そっけない詩乃の言葉に苦笑いを浮かべる藤十郎。

 

「近いうちにある合同演習には飛騨も出る。織田側でお前もいるだろうから……前もって一応な」

「一応感謝しておきます」

 

 

「飛騨」

 

 藤十郎が率いる部隊の色である黒い武装に身を包んだ飛騨に藤十郎が声をかける。

 

「と、藤十郎さまっ!?」

「そのままでいい。……今日は織田との合同演習だが、どうだ。正直、私怨はあるか」

「……全くない、とはいえませんが今は徳川の、藤十郎さまの部下です。……腹を召せと仰るのであれば迷わずそうします」

 

 覚悟をにじませたその飛騨の言葉に藤十郎がポンと頭を軽く撫でる。

 

「そんなことにはならんさ。もしそんなことをしようとすれば織田と徳川の戦になるからな」

「藤十郎さま……」

「俺の部隊としては初陣だろう。……安心しろ、お前は俺が守ってやる」

 

 

「……」

「ど、どうされました、葵さま?」

 

 突然、怒気を孕んだ気を放った葵に恐る恐る尋ねる悠季。

 

「何か今一瞬不快な感じがして」

「ふ、不快ですか?……また藤十郎どのが何か?」

「どうかしら」

 

 

「……何か背筋が凍るような感覚があったが……まぁいい。飛騨、演習終わりで詩乃に会いにいくぞ」

「っ!」

「何を言われても大丈夫なように覚悟だけはしておけ」

「は、はいっ!」

「その前に演習での槍働きも期待しているぞ」

 

 

 演習、という言葉が通じない相手というのは存在している。その代表が。

 

「母ぁっ!!いい加減に地獄に落ちやがれっ!!」

「はっ!そんなへなちょこ槍でワシを地獄へ落とせると思うか!?そっちこそ死ね、糞ガキ!!」

 

 森の親子である。会話だけ聞いていれば宿怨の相手のようだが立派な親子である。

 

「剣丞、最近鍛えているらしいじゃないか。相手しろ」

「ちょ!?ま、待って待って!!流石に藤十郎の相手は……っ!」

 

 追われる兎に追う狼。

 

「ふぇぇ!?ころちゃああん!剣丞さまが殺されちゃうー!!」

「ちょ、藤十郎さんの相手してるの!?梅ちゃんとエーリカさんを抑えに向かわせて!私たちは扇状に陣取って剣丞さまの回収をできるように!」

「余も戦いたいぞ!」

「公方さまは本陣でおとなしくして置いてください。剣丞どのがお帰りになられたら行ってきていいですので」

「真かっ!?約束だぞ!?」

 

 

 激戦(一部)を繰り広げている場所以外はいい具合に拮抗した状況になっていた。かかれ柴田と地黄八幡の突撃。米五郎左の差配に合わせるように臨機応変に動く悠季の徳川軍。剣丞隊へと出向している小波と北条の姫野の諜報戦。結果としては決着はつかなかったものの、いまだ織田、徳川のどちらとも友誼を交わしていない諸侯にとっても両軍の強さを見せ付ける結果となった。

 

 

「……」

「……」

 

 しんと静まり返った部屋の中。いるのは剣丞、藤十郎、詩乃、そして飛騨だ。互いに何も口にはしないが、明らかに双方共に緊張しているのが分かる。

 

「……ふむ、話が進まんな」

「いや、藤十郎、それ無茶振りだろ」

「飛騨」

 

 藤十郎が飛騨の頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

「自覚があるのであればどちらから口を開くべきか分かるな?」

「っ!……は、はい」

 

 膝の上に置かれた手をぎゅっと握りながら飛騨口を開く。

 

「た、竹中どのっ!」

「……はい」

「斉藤家に仕えていた頃の無礼……謝罪させていただきます!!」

 

 膝の上においていた手を畳につけ、土下座をする飛騨。

 

「……」

「この程度のことで許して貰えるとは思っていない……腹を召せというのであれば!」

「詩乃。もし、お前が本当に望むのならここで飛騨は腹をきらせる。遠慮はいらんぞ」

 

 藤十郎の言葉に剣丞が何か言いかけるが、藤十郎が視線で制する。一時の沈黙が場を包む。はぁ、と詩乃が息をこぼす。

 

「これではまるで私が悪者のようではありませんか。……別にもう気にしてはいませんよ。……貴女が変わったというのは既に聞き及んでいますし」

「詩乃……」

 

 詩乃の言葉に少し嬉しそうに剣丞が微笑む。

 

「だ、そうだ。飛騨、頭を上げろ」

「は、はい」

 

 顔を上げた飛騨の瞳には涙がたまっていた。それは悔恨の涙か、恐怖からきたものなのかは分からないが、藤十郎は微笑む。

 

「竹中どの。ひとつ……ひとつ伺いたい」

「……なんですか」

「もし、今の私が……斉藤家に仕えていたとすれば……斉藤家は」

「……どちらにしても織田に屈していたことでしょう。貴女たちがいたことで滅亡が早まったことは間違いありませんが」

「……そう、か」

 

 静かに目を伏せる飛騨にちらと視線を向ける詩乃。

 

「……本当に、変わったのですね」

「……え?」

「あの頃の貴女であればそのような表情は浮かべなかったでしょう。……それに、あの場で、織田との戦で討ち死していたでしょうから」

 

 冷たいともとれる詩乃の言葉をしっかりと受け止める飛騨に藤十郎は内心で感心していた。

 

「……そういう意味では、あのとき貴女が逃げてくれたのはよかったのかも知れませんね。変わった貴女と再会できたのですから」

「竹中どの……」

「……詩乃です。私の真名を貴女に預けます」

「あ……」

「剣丞さま、いきましょう」

「う、うん」

 

 飛騨が口を開くよりも先に詩乃たちが部屋から立ち去っていく。

 

「……どうだ、飛騨。人は変われるだろう?」

「……っ、はいっ……!」

 

 耐えられず毀れ落ちる涙を隠すように優しく藤十郎が抱きしめる。部屋から聞こえる嗚咽は夕方の空へと吸い込まれていった。

 

 

 後日。飛騨は藤十郎の遣いとして織田の下へと来ていた。

 

「ほぅ、貴様がまさか遣いとして送られるほどに成長するとは思わなんだぞ」

「はっ、お恥ずかしい限りでございます。……こちらが主からの文にございます」

「……うむ、確かに受け取った。大儀であった」

 

 遣いとしての任務を終え、飛騨が帰ろうとしたとき詩乃とすれ違った。

 

「「あ……」」

 

 互いに言葉に詰まったように固まる。

 

「……お元気そうですね」

「あ、あぁ。竹……詩乃のほうも息災、のようで安心した」

 

 ギクシャクとした空気が流れながらも二人は軽い世間話のようなものをする。

 

「……それでは私はこれで」

 

 詩乃が立ち去ろうとしたとき、あわてたように飛騨が引き止める。

 

「し、詩乃!……あの、だな」

「何です?」

「……私の真名も、詩乃に預けたい。難しいとは思うが、できれば……友として……」

「……」

 

 再び訪れる沈黙。

 

「……かまいませんよ。今の貴女であれば、断る理由はありませんから」

「!!……ありがとう。……詩乃、私の真名は……」

 

 

「藤十郎、ここまで読んでたの?」

「ん、まぁな。飛騨は成長したよ。ならば自分の力でこうなるだろう程度にはな」

「……っていうか、もしかしてそのためだけに使者に飛騨さん送ったの?」

「あぁ。別に俺が持ってくればいいだけのことだからな」

「……まぁ、ここにいるしね。って、また葵に怒られるんじゃない?」

「……急用を思い出した。またな、剣丞」

 

 恐ろしいほどの速度で走り出した藤十郎を苦笑いで見送った剣丞は詩乃と飛騨を見る。

 

 二人の顔に浮かんでいる笑顔は心の底からのもので、幸せそうなものだった。




めちゃくちゃきれいな飛騨になってしまった。
キャラかわいいですからね(ぉぃ

真名を出さなかったのはあまり原作の雰囲気を壊したくなかったからです。
候補は一応考えてはいるんですけどね……。

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