「いい加減に決着つけてやるし!」
「……?」
きーっ!と怒りを露にする姫野と、そんな姫野を不思議そうな顔で見る小波。……既に日常の光景になりつつあるそんな二人の戦いの切欠の中心にあるのは何故か藤十郎であった。
「あの、藤十郎さま。この人は誰ですか?」
「……あー……小波。いい加減に覚えてやれ。こいつは風魔忍軍の長・風魔小太郎。通称は姫野だ」
「……?」
藤十郎に聞いても小波の不思議そうな顔は変わらない。
「ちょっと藤十郎!何よコイツ!!何で姫野のことを覚えられないのよ!!」
「……俺に聞かれても困る。それで、今回は何でじゃれ合っているんだ」
「じゃれてないし!……私はただ、いい茶屋があったから藤十郎もどうかと思って……って!勘違いしないでよ!?偶然!たまたま誘ってあげてもいいかなって思っただけだし!!」
「そうか。ありがとう、でいいのか?」
「はぁっ!?か、勘違いするなし!」
顔を真っ赤にしながら支離滅裂なことを言っている姫野。それを見た小波が。
「……なら藤十郎さまに近づく必要はないですよね。他国の忍は離れてもらえますか?」
「ホントに生意気っ!!」
また振り出しに戻った感じに藤十郎が軽く頭を振る。
「……なら、二人とも一緒に来い」
「「えっ?」」
「あ、あの!草の私が藤十郎さまとご一緒になんて……」
「いい加減に諦めろ。これは命令だ」
「そ、そんなっ!」
「ふん!藤十郎と一緒にお茶すら出来ない奴に姫野が負けたなんて……」
「?……戦ったことあります?」
「はいはい。二人とも大人しくしろ」
また言い合い(ほとんど一方的に姫野が騒いでいるのだが)が始まりそうになり、藤十郎が二人の腕を取る。
「早く行くぞ。……で、姫野、場所はどこだ?」
「えっ!?あ、こ、こっちよ!」
藤十郎に腕を掴まれたことで明らかに動揺している姫野が指差すほうへと藤十郎が二人の手をとり歩き始める。
「と、藤十郎さまっ!?」
「ん?……あぁ、子供扱いみたいで嫌か」
そういって手を離そうとする藤十郎。
「「いやじゃありません!(ないし!)」」
逆に手を強く握られ一瞬藤十郎が驚く。
「ふむ。ならば行くとするか」
手をつないだ状態で堂々と歩き始める藤十郎。周囲の視線など全く気にしていないようだが、小波と姫野はそうもいかない。藤十郎と手を繋いでいるというだけでかなりの緊張状態にあるのだ。
「ほぉ、あの茶屋か」
「そ、そうよ。っていうか、いつまで手繋いでるし!」
「……いや、姫野が掴んでいるんだが」
慌てて手を振りほどいた姫野はふん!と鼻を鳴らすと顔を背ける。
「ん?……どうした小波?」
藤十郎と繋いだ手をじっと見つめている小波に声をかける。
「っ!し、失礼しまし……」
手を離し逃げ去りそうになる小波をすんでのところで腕を掴み引き寄せる。
「ふぁ!?」
ふわりと藤十郎の胸元に寄り添うような形になる。そのままの格好で硬直した小波を見てわなわなと震え始める姫野。
「逃がさんぞ。食事は無理だとしても、茶屋で休むくらいなら一緒してもいいだろう?」
「ちょ、ちょ、ちょっと!?藤十郎、何で服部半蔵を抱きしめてるし!」
「少し勢いがつきすぎたな。まぁ、これくらいせんと小波は逃げてしまうからな」
藤十郎に手を引かれるままに茶屋につく小波。姫野は少し不貞腐れながらもついてきた形になっていた。何故か注文をしようとしない二人に代わって藤十郎が適当に注文を済ませる。出てきたお茶と茶菓子に手をつけた藤十郎が感嘆の声を上げる。
「美味い!」
「ふん!北条家の方々も使われる場所だから当たり前だし!」
「小波、食わんのか」
「い、いえ。私は……」
チラチラと藤十郎を見ながらも何故か口にしようとしない小波に自分の食べていた茶菓子を一口の大きさにすると小波に差し出す。
「ほら、美味いぞ?」
「あ……」
藤十郎と茶菓子の間で視線を激しく行き来させる。藤十郎の箸が少しずつ小波の口元へと近づいてい来る。
「ほら」
少し間口の隙間にねじ込むように入れられる。
「……おいしい」
「だろう?……さ、自分の分を食べろ」
何事も無かったかのように『同じ箸で』食べ始める藤十郎に小波はこれ以上ないほどに顔が真っ赤になっている。
「……」
それを面白くなさそうに見ているのは勿論姫野だ。チラチラと藤十郎と小波を見て、箸をポロリと地面に落とす。
「あー、落ちちゃった」
「新しい箸を……」
藤十郎が店員を呼んでしまいそうになるのを姫野が止める。
「食べさせるし」
「は??」
「あ、後少しだから食べさせるし!!」
「……いや、結構あると思うんだが?」
そう言いながらも姫野の茶菓子をつまむと。
「ほら、口あけろ」
まるで親鳥が雛に餌を与えるかのように姫野に食べさせる藤十郎。……次は小波が少し寂しそうな表情になっていることに気付く。
「小波もいるか?」
「……と、藤十郎さま。わ、わ」
「藤十郎!食べるし!」
藤十郎の箸を奪い取った姫野が自分の茶菓子を口に押し込む。
「むぐ!?……美味いが、何故無理やり食わせる」
「藤十郎さまっ!!」
次は小波が同じように口に押し込むように食べさせてくる。
「……お前ら……」
箸が足りないことに気付いた店員が気を遣って持ってきた新しい箸を受け取ると。
「覚悟しておけよ?」
結果、三人は何故か互いにお菓子を食べさせあうような状況になっていた。……小波と姫野の間では勿論そんなことはないのだが。
「で、どうだ。小波は姫野のことを覚えることが出来たか?」
「……はい。おそらく」
「ふん!姫野のこと忘れるとかありえないし」
とはいえ。二人の……甲賀や伊賀、風魔の関係というのは意外と根が深いものがある。それは簡単に解決するものではないだろうし何処かで何かしらを考えなければと藤十郎は考えていた。
「……一度、戦ってみるしかない、か?」
完全に脳筋の考え方だが、ある意味では最も簡単な解決策でもある。藤十郎は直接見てはいないが、小波と姫野は戦ったことがあるらしい。部下を使ったりしたとは聞いたが、それでも小波とやり合うことが出来る程度には腕もあるという。
「ならば」
「私と……」
「姫野が?」
「うむ。ただの忍法合戦や戦いなど面白くないだろう。ならば血を流さずに……そうだな、互いの主に課題を出してもらい、それを二人がやってみる……というのはどうだ?」
藤十郎の提案に二人が一瞬考える。
「……私は構いません。どのような戦いであっても、姫野に負けることはありません」
「はぁ!?それは姫の言葉だしっ!受けてたってやるわ、小波!」
いつの間にか服部半蔵ではなく通称で呼んでいる姫野であったが、そのことには気付いていないようだ。
「ふふ、なら……二人の主から俺が聞いてこよう。二人は待っていてくれ」
「あれ?藤十郎ちゃん?」
「お、まさか葵と一緒にいるとは思わなかった」
藤十郎がまずは葵に聞いてみようと葵が逗留している屋敷に行くと、そこには何故か朔夜もいた。
「あら?私に何か用があったのかしら?」
「あぁ。葵と朔夜に、な。実は……」
「小波と姫野の関係改善……そうね、これから北条と手を組んで動いていく中では必要不可欠ね」
「そうねぇ。姫野も小波ちゃんも優秀だから協力し合ってくれるとすっごい助かるわね。……ま、判断するのは私じゃないけど」
「だが、あの子たちにこの判断はまだ荷が重いだろうし、考え方によっては遊びみたいなものだ。……で、二人からの提案を聞きたい」
葵と朔夜が顔を合わせ、少し話を始める。話はすぐにまとまったらしく、葵が藤十郎に向き直る。
「決まったわ。私たちで別々のものでも良かったのだけれど……今回は一緒にしてもらうわ」
「二人も女の子。だから」
「「料理、対決!?」」
「あぁ。葵と朔夜の二人が一緒に決めた内容だ。異論は無いだろう?……で、だ。流石に今すぐには難しいだろうから、一月の期間を設けてその間に修行をしろ、と。勿論、それまでに誰に協力を仰ごうと自由だ。判定は俺と葵、朔夜が、褒美も葵と朔夜が準備してくれるそうだ。貰えるものは二人から聞いてくれ」
「へぇ、御本城様も決めたんなら姫野はそれでいいわ」
「私も異論ありません」
二人が同意したことで藤十郎が頷く。
「……それじゃ、一月後を楽しみにしているぞ」
「ふふ、それにしても葵ちゃん優しいわね」
「……いえ、そんなことはありません。私にとっても利点があることですから」
「そんなこと言っちゃって。小波ちゃんの為でしょ?」
「……あの子は、徳川の未来の為にも必要な子ですから。こんな風に考えることが出来るようになったもの藤十郎のおかげですけど」
「あら、自慢かしら?うらやましいわね。お姉さんも狙っちゃっていいかしら?」
「……藤十郎と朔夜さんがいいのであれば」
一瞬、朔夜の胸元に葵の視線が向いたのは気のせいだろう。
小波と姫野の二人が、あくる日に褒美について話を聞きに行きやる気を漲らせることになるのを藤十郎は知らない。
褒美って何でしょう(すっとぼけ
最近、仕事が忙しく少しペースが落ちてます……。