遅くなりましたー!
歌夜の屋敷で歌夜の手作り料理に舌鼓を打った藤十郎と綾那。
「おいしかったのです!」
「あら、綾那今日は横にならないの?」
「あ、綾那だっていつもやってるわけじゃないです!!」
「ふふ、でもいつもよりお淑やかじゃない」
「う~!歌夜意地悪です!!藤十郎、歌夜がいじめるのです!!」
「はは、歌夜そのくらいにしてやれ。しかし、うまかったぞ。いつの間にこんなに腕をあげた?」
「ふふ、剣丞さまのところには腕利きの料理人が沢山いますから」
そう言われて剣丞隊の面々を藤十郎は思い出す。なるほど、確かに料理の得意な人間が数人思い浮かぶ。
「元から上手かったが、そういうことか。良い師にめぐり合ったのだな」
うんうんと納得したように頷く藤十郎にクスクスと笑う歌夜。綾那の視線は二人の間を行き来した後。
「あ、綾那も片付け手伝うのです!!」
綾那が皿を持ち歌夜と一緒に片付けを始める。歌夜がニコニコと綾那と歩いていく。
「俺も」
「藤十郎さんはゆっくりしていてください。男子厨房に入るべからず、ですよ」
歌夜から言われ、上げかけた腰を下ろす。差し出されたお茶をすする。
「……うまい」
歌夜に勧められるままに風呂につかる藤十郎。
「ふぅ、いい湯だ」
藤十郎の好みの温度にしっかりと合わせられた湯を満喫する。そのとき、風呂の外から賑やかな声が聞こえる。
「藤十郎ー!」
「し、失礼します」
「……は?」
カラカラと戸が開く音がして手拭いで身体を隠しただけの二人が入ってくる。
「藤十郎、背中流してあげるのです!」
「あ、あぁ。……歌夜、どういうことだ?」
「そ、それは……藤十郎さんに日頃の感謝を……と思い、忠重さまに伺ったら風呂に一緒に入れば喜ぶ、と……」
「母上ーっ!!」
珍しい藤十郎の叫び声が風呂に響く。
「くしゅん!」
「ん、忠重どの、風邪か?」
「う~ん……そんなことはないと思うんだけど……それよりも桐琴、これからどうするの?」
「はっはっはっ!適当に鬼でも狩るか……忠重どのと酒でも酌み交わし続けるか」
「ふふふ、気ままねぇ」
「……」
「……」
「?どしたのです、二人とも?」
三人で入るには流石に狭い湯船の中。藤十郎の足の間に入るように座った綾那と、藤十郎から見て向かい側に小さくなっている歌夜。どこかぎこちない空気が流れているのは仕方が無いことだろう。
「流石に狭いな」
「そう、ですね」
藤十郎と歌夜、綾那の全員の頬が赤いのは風呂が理由か、それとも気恥ずかしさからか。綾那だけは楽しそうに藤十郎の顔を見上げたり、歌夜の顔を見たりしているのだが。
「二人が俺に日頃の感謝を伝えたくて風呂に入ってきて背中を流してくれた……というのは理解したが……歌夜、他に方法はなかったのか?」
「そ、それは……喜んでいただけなかったということですか?」
少し寂しそうに歌夜がたずねると藤十郎は困った顔で首を振る。
「それはない。ないが、俺も男だ、そのように無防備にされれば……な」
「?何の話です~?」
「綾那は気にせんでいい」
頭をぽんぽんと撫でる。
「歌夜も……」
「藤十郎さん、今夜は泊まってくださいね?」
「む」
「葵さまには許可を貰ってますから」
有無を言わせぬ雰囲気で歌夜が言う。藤十郎は気おされるように素直に頷くのだった。
「藤十郎さん、実は贈り物があるんです」
歌夜がそういうと、綾那が愛槍である蜻蛉切から一振りの刀を取り出す。どうやって出したのかという質問はしてはいけないらしい。既に藤十郎にとってはその不思議な光景も見慣れたものなのだが。
「藤十郎、これなのです!」
綾那が差し出した刀を受け取る藤十郎。手に取った瞬間、何か懐かしいような、それでいて寂しい感覚を受ける。
「……これは」
「正宗なのです!綾那と歌夜からの藤十郎への贈り物なのです!」
「藤十郎さん、本当にいつもありがとうございます」
二人の言葉を聞き、もう一度刀に目を向ける。その刀のことを自分が知っているという不思議な感覚。気がつくと、綾那と歌夜の二人を抱き寄せていた。
「と、藤十郎!?」
「藤十郎さん!?」
「……ありがとう、二人とも」
「藤十郎くすぐったいです」
「ふふ、そんなに喜んでもらえるとは思ってなかったです」
「あ、藤十郎。刀に名前つけるです!」
「名前、か」
綾那の言葉に一瞬考える藤十郎であったが、すぐに顔をあげ。
「……日向。日向の正宗」
「日向……藤十郎さんの官職からですか。ふふ、いいと思います」
「鬼日向の日向正宗ですか、いいと思うのです!綾那の蜻蛉切と仲良くなれるです!」
「……あぁ。だが、急にどうして?」
藤十郎の言葉に綾那と歌夜が息を飲む。二人が視線を交わし、しばしの沈黙が部屋を包む。藤十郎は静かに二人が口を開くのを待つ。
「藤十郎さん、私と綾那からお願いがあります」
歌夜がその場で三つ指をついて頭を下げる。
「私と綾那を藤十郎さんのお傍に置いてください」
歌夜の言葉に綾那も一緒に頭を下げる。
「それは……」
「藤十郎と結婚したいです!」
いつものように元気な綾那の声であるが、その中に確かに真剣な色を感じた藤十郎は居住まいを正す。
「……そうか」
「藤十郎さんはお嫌ですか?少しでもいいんです。私たちを……」
「駄目だ」
藤十郎の言葉に固まる綾那と歌夜。だが、藤十郎の表情は至って真剣だった。
「……少しなどでは綾那にも歌夜にも申し訳が立たない。葵からも、剣丞からも色々と聞いた。……だから綾那、歌夜」
逆に藤十郎が頭を下げる。
「俺は、気の利いたことが出来る男じゃない。だが、お前たちを幸せに出来るように全力を尽くすことは出来る。だから……俺の嫁になってくれ」
「……」
「……」
再び沈黙が場を包む。
「藤十郎!」
はじめに動いたのは綾那。藤十郎に飛びつく。
「綾那、藤十郎のお嫁さんになれるですか?」
「あぁ。なれるんじゃなく、なってくれるか?」
「勿論なのです!藤十郎、大好きなのです!」
「歌夜」
綾那を抱きとめている腕と反対の手を歌夜に向けて差し出す。
「藤十郎さん……っ!」
歌夜は瞳に涙を湛え、藤十郎に抱きつく。
「ずっと……ずっとこのときを願っていたんです」
「そうか……すまんな、気付いてやれなくて」
「いいんです。藤十郎さんには葵さまがいらっしゃったのは知っていましたから」
「えへへ、歌夜も一緒なのです」
「藤十郎さん……お慕いしております」
……静かに夜は更けていく。
「……はっ!今何かを感じたわ」
「ん、どうしたのだ」
周囲に散らばる酒の数は異常なまでに増えているが、まだまだといった様子の桐琴と忠重。
「今の感覚……私に娘が出来るわね!葵ちゃん以外の!」
「ほぅ、ということは、あの小娘やりおったか」
くいっと酒を飲み干すとにやりと桐琴が笑う。
「あら、桐琴ったら綾那ちゃんや歌夜ちゃんのことも知ってたのね」
「あぁ。藤十郎とよく一緒におったからな。後はガキが鹿のガキと仲が良くてな」
「小夜叉ちゃん……だったかしら?可愛らしい子だったわね」
「忠重どのはそんなに娘が欲しかったのか?」
「う~ん……藤十郎はいい子だけど……女の子の可愛らしい服とか着せられないじゃない」
「……クククッ!着せてみたら面白いのではないか?」
「……やってみようかしら」
朝。歌夜は目を覚ますと目の前には藤十郎の顔。昨晩のことを思い出し少し頬が緩む。今眠っているこの男が、戦場では鬼と呼ばれるほどの力を振るっているとは思えなかった。いや、ある意味鬼のようではあったのだが。
「……藤十郎さん」
普段、綾那に藤十郎がしているように優しく頭を撫でる。
「ふふ、よく寝てる」
歌夜はそっと布団から出る。少し乱れていた服を整えると部屋を出る。
「さ、今日の朝御飯は何にするかしら……。剣丞さまが豆腐の味噌汁がおいしいって言っていたような……」
綾那は一人で槍を構えて目を閉じていた。静かに流れる時間に身を任せ、鋭く息を吐き出す。流れるような槍捌きで、目にした者を魅了する舞のようなその動きは今までの綾那の動きよりも遥かに鋭いものだった。
「ふぅー……」
自分でも満足のいく動きだったのだろう。息をつくと満面の笑みを浮かべる。
「いつよりいい感じだったのです!……ふっふっふ~!藤十郎のおかげなのです!」
今なら何にも負けない!と綾那は頭の中で考える。元々戦で傷をつけられたこともないほど、個人の武では負けなしなのだが。
「あ、でもこれからは戦よりも勉強をしなさいって葵さまも言ってたです……。綾那、勉強は苦手ですのに……」
むむむ、と一人で唸り始める綾那。
「……やっぱり歌夜や藤十郎に任せるのです!」
「あれ、藤十郎?」
「……おぉ、剣丞か」
剣丞が見つけたとき、藤十郎はなにやら黄昏ていた。
「どうしたの、そんなにぼーっとして」
「……いや、剣丞は凄いと思ってな」
一瞬首を傾げた剣丞であったが、何か得心がいったという感じで頷く。
「あぁ!……綾那と歌夜の気持ちに応えてあげたんだね」
「……まぁ、な。だが剣丞はアレだけ多くの嫁の全員の相手をしているのだろう?……好いてくれるのは嬉しいが、なかなかに大変だと思ってな」
「はは。……俺の場合は嫁さんたちが凄い頑張って我慢してくれてるから……必ずしも俺が凄いわけじゃないよ」
藤十郎の隣に腰を下ろしながら剣丞が言う。
「……ま、藤十郎は藤十郎らしく皆を愛してあげたらいいんじゃないかな?きっと、みんなそれを望んでると思うよ」
「俺らしく、か。……剣丞を見習って頑張ってみるとするか」
「それ、褒めてるよね?」
藤十郎と剣丞の二人の笑い声は、晴れた空へと吸い込まれていった。
もっと甘々にするべきかなぁ……。