長いものをお好みの方は申し訳ございません!
翌日、藤十郎と桐琴が通された部屋は小田原城の中でも最も高いところにあった。
「ほう!絶景だな!」
「確かに。……会う相手に自分たちの力を見せ付けるのには適した場所だな」
遥か遠くまで見渡せる部屋は、相手と自分たちの差を知らしめるには丁度いいだろう。
「お待たせしたわね」
部屋の上座へと朧を連れて入ってきた女性を見て、藤十郎と桐琴が平伏する。ちらと視線が合った女性こそが北条氏康なのだろう。
「そこまでかしこまる必要はないわ。同盟を組む相手なのだから」
「……は」
「水野勝成。通称は藤十郎。水野家の家督を譲り受け現在は水野家当主もつとめている。徳川家康と非公式とはいえ、婚約関係にある。本多忠勝と並び、徳川の二本槍として武を振るっている……で、あってるかしら?」
ニコリと微笑みながら、暗に『すべて知っているぞ』と伝えてくる氏康に藤十郎は眉をひそめ、微笑みを返す。
「流石は関東の覇者とも言われている氏康どのですな。……北条氏康。通称は朔夜。北条家の当主にして、六人の娘の母。智を振るっている印象が強く……いや、印象付けているから隠れているが、実のところ武も誇れるだけの力を持っている。向疵しかないとは恐れ入る」
藤十郎の言葉にほんの一瞬だけ目を細めるが、そのまま笑顔になる。微笑み合い、互いに沈黙を保つ。
「うふふ、お姉さんも少しあなたのこと、見くびっていたみたいね。勝成どの」
「藤十郎で構わない」
「なら、私も朔夜で構わないわ。朧も娘たちもあなたのことを気に入ってるみたいだし、ね~?」
そういって朧へと視線を向ける朔夜。
「そ、そんなことは!」
慌てて否定する朧。
「ふふ、それで藤十郎ちゃんは北条を、小田原を見てどう思った?」
「どう、とは?」
「言葉のとおりよ~?どう思ったか、正直に言ってみて?」
軽い言い方ではあるが、異論を許さない朔夜の言葉に息を吐き藤十郎が口を開く。
「……現当主の朔夜どのが国政に携わっている限り、北条家は安泰だろう。周囲からの侵略があったとしても、地黄八幡……朧の力である程度は跳ね返すことができる。相手が鬼だったとしても、まぁ金ヶ崎のようにはならんだろう。風魔も……まぁ不安なところもあるが、十分に外敵を排するだけの力はある。だが……」
藤十郎が一度言葉を切る。言うかどうかを少し躊躇った後に、朔夜の言葉に従うように。
「後継者はどうだろうな。三人ともいい子たちだとは思うが、北条家の跡取りとして考えると些か不安が残る。十六夜が順当に行けば当主だろうが……恐らくは反発が多いんじゃないか?話をしていた感じでは、五女の暁月が家中では当主に押されるだろう。……ただ、仮に俺が後継者を選べと言われれば十六夜に何かしらの方法で経験をつませるだろうな」
「へぇ、ただの荒武者じゃなかったのね。さっきの問答といい、なかなかに人を見る目はあるみたいね~」
「そうでもないさ。ただ自分で見たものを信じているだけだ」
「そう。それなら聞いてみたいことがあったのよね。ねぇ、藤十郎ちゃん」
挑発するような笑顔を浮かべて。
「連合の中心……新田剣丞ちゃんはどんな人かしら?」
「……そうだな。一言で言えば、底が見えない男だ。人を惹きつける魅力を持っているし、あらゆる事柄に精通とまでは言わんが何でもできるように感じたな」
「へぇ、噂通りなのね」
「あぁ。織田、将軍家、武田、長尾、浅井……そういった家の中心人物たちを身内にしていることで可能になっているところも多いがな」
「そこまで理解してるならお姉さんが次にする質問は予想できてるわよね~?」
「……どちらと組するのが、北条の今後につながるかだな」
頷く朔夜。
「……徳川だ」
「その心は?」
「俺たちが、剣丞たちを下すからだ」
「……っ!あはは!意外と自信家なのね、藤十郎ちゃん」
「俺たちにはそれしかない。それに……俺と綾那、歌夜で相手の主力は抑えられる」
「へぇ、綾那ちゃんっていうのは本多忠勝どのよね?どれくらい強いのかしら?」
「通常でも俺以上。綾那に傷をつけられる存在はいないだろうな」
「それじゃ、次の質問ね」
「……ふぅ、久々に長~く話をしたわね」
「お疲れ様です、姉上。それで……どうされますか?」
「う~ん、難しいところねぇ。個人的には藤十郎ちゃんのことは気にいったんだけど。やっぱり徳川だけだと確定するには弱いわよねぇ。朧はどう?」
「そう、ですね。私も個人的な意見ですが、藤十郎どのには好感を持てますが……徳川が勝てるのでしょうか?」
藤十郎と桐琴が部屋を去った後に朔夜と朧は言葉を交わす。
「藤十郎ちゃんの反応を見る限り、どうやら勝てる見込みがないわけではなさそうね。ただ、それを確実にするために私たちの力を欲しがっている。そう考えるのが普通かな?」
「しかし、そんな手が……姉上であれば何か思いつきますか?」
「そうねぇ。藤十郎ちゃんや本多忠勝、榊原康政の御家流が凄いものだったらわからなうわね。その辺りの情報は?」
「藤十郎どのは戦場で文字通り鬼のような気を纏って城門を一人で破った、などといった話は聞いておりますが……そのほかは分かりません」
う~ん、と唸りながら外を見る朔夜。
「一番正しい選択は何か。……今はまだ選ばないというのが正しいんでしょうけど」
「何れは織田か徳川か。どちらかを選ばねばならないと?」
「そうね。恐らくは織田が強いでしょう。何よりも大義名分があちらには生まれる。下手をすれば私たちも含めて将軍家に逆らう謀反人よ」
「姉上は確信できなければ動くつもりはないですよね?」
「勿論。……でも、この現状は北条にとっても好機よ」
そういって、藤十郎と桐琴が泊まっている屋敷を見る。今はまだ日が昇っているから町を歩いているのだろうか。
「……藤十郎ちゃんにこの書状を届けて頂戴」
「で。藤十郎、どうなのだ?」
「……どうだろう。可能性としては……相手が剣丞である、という点も加味して三人の娘と兵を貸し与えてくれる、くらいだろうか?」
「ふむ、まぁ単純に数が増えるのはありがたい話なのかもしれんが……それでいいのか?」
いいか悪いかで言えばいいのだろう。勿論、理想では逆に朔夜たちを動かしたいところなのだが。
「及第点だろう。元々北条は関東から動くつもりはない。今回も場合によっては織田についたかも知れなかったのを徳川と組む方向で考えてくれるというんだ。それだけでも前進だろう」
「しかし、役に立つのか。あの小娘たちが」
「……なるようにするしかないだろう。それに……十六夜には、幼いころの葵を思わせる何かがある。まぁ、これは勘だが」
「はっはっはっ!藤十郎の勘なら信じてもいいかも知れんな!それで、今から何をする?」
「そうだなぁ。小田原巡って……酒でも飲むか」
藤十郎の提案に二もなく賛同した桐琴。二人は昼間から酒を飲みに行くことになった。
夜、宿泊先の屋敷に戻ったところで朧とあった。
「藤十郎どの!お待ちしておりました」
「朧どの?まさか待っていてくれたのか?」
「はい、姉上……御本城様からの書状をお預かりしてます」
受け取った書状をその場で開ける。それを見て桐琴と視線を交わし頷く。
「この話、お受けする」
「……分かりました。それでは、明日の朝に三人をお連れします。藤十郎どの、我ら四人と風魔衆。手足としてお使いください」
「朧どの。こちらこそ宜しく頼む。長い付き合いになることを願っている」
硬く手を握り合う二人。
次の日、藤十郎たちは北条の兵を引き連れ城を後にする。
そこには水野の旗、地黄八幡の旗に加え
「ふふ、藤十郎ちゃんなら娘たちを成長させることが出来ると信じてるわよ。……さ、私は久々に戦かしらねぇ。ふふ、腕が鳴るわ~!」
隠居は少し先ね、と一人つぶやくと残った少しの兵とどこかへ出陣する朔夜。
織田と徳川の決戦まで、あと数日のところまで来ていた。
この後は決戦になりますので、再び閑話をはさみます。
北条の五人や桐琴との閑話、ご要望などあれば他のキャラについても書こうかと思ってますので、お気軽に活動報告などでお願いします!
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