戦国†恋姫~水野の荒武者~   作:玄猫

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今回は物語の都合、短めになっております。

賛否両論ある展開かとは思いますがお楽しみいただければ幸いです!


13話 失うものと拾うもの

「……っ!しまった、本気で寝てしまったか」

 

 はっと目を覚ました藤十郎は、周囲の様子を伺う。人の気配も鬼の気配もなく、目の前にある刀が不思議な光を放っているだけだった。

 

「まさか、俺を守ってくれていたのか?」

 

 答えるはずのない刀が、まるで言葉に反応したかのように淡く輝きを返す。

 

「ありがとう。おかげで体力も精神力も回復できた」

 

 礼を言いながら刀を腰に佩く。

 

「さて、これからどうしたものか……」

 

 遠目に見えた感じでは、久遠は無事に落ち延びたようだが森や松平、剣丞隊は若干北のほうへと流れていたように感じた。

 

「ならば、姫さんと合流するのが先決、か」

 

 一目散に三河を目指すという選択肢もあったが、今の藤十郎には何故か加賀のほうへと進むことが正解のように感じた。

 

「悩んだときは直感に従うのが最も正解に近い、はずだ」

 

 

「雨、か」

 

 田楽狭間の戦いのときと同じく降り始めた雨。不思議と藤十郎の胸はざわつく。

 

「この辺りの鬼は殲滅されたのか……?やけに数が少ない」

 

 統率が取れているからこそだろうか、森の中を駆けているというのに見つけた鬼は数匹しかおらず、それが又違和感を感じさせる。

 森を抜け、平地へと差し掛かった辺りで遠方から爆音がとどろく。

 

「この音は……?」

 

 

 藤十郎は、自身の目に映った光景を疑う。藤十郎が出会ってきた武者の中でも、一、二を争う猛将。たった一人で槍を振るう女武者が、鬼の一撃を受け血を流し。折れた槍を、刀を捨て、拳を振るう。腕に噛み付く鬼を鷲掴みにし投げ捨て。鬼の振るう一撃で吹き飛ばされながらも決して地面に膝をつくことはない。

 

 森可成。

 

 藤十郎が武者として認める数少ない相手が、今目の前で散ろうとする瞬間であった。

 

 

「さらばだ、友どもよ……」

 

 自らの最期を覚悟した桐琴は、血塗れになりながらも満足気な微笑みを浮かべる。既に鬼の一撃を避ける力さえ残っていない。崩れ落ちそうな身体を最期の瞬間が訪れるまで、膝をつかぬことが桐琴にできる最後の武士としての誇りでもあった。そのとき、微かに聞こえる咆哮は、鬼ではなく人のもの。しかし、その響きは間違いなく鬼と呼ぶに相応しい、敵を圧倒する声だった。

 

 

「させるかぁっ!!!」

 

 今まさに桐琴に向かって太刀を振り下ろそうとしていた鬼に向かって愛槍を投げ貫く。周囲にいる鬼は千を超えるだろうか。その目が全て藤十郎へと向けられる。

 

「悪いな、鬼共。それは俺のだ」

 

 スラリと刀を抜き放つ。先ほどまで以上に強い光を放つ正宗は、まるで鬼の血を吸わせろと言っているかのようにギラリと輝く。

 

「こんなところで……お前らのような獣に殺されていい人じゃねぇんだよっ!!」

 

 ドン、という音と共に藤十郎が桐琴へ向けて一直線に駆け出す。頭に血ののぼった状況でも桐琴の現状が正直危険なことはすぐに分かった。

 

「時間もない、鬼の数も無数。なら!」

 

 道を塞ぐ鬼を一閃の元に切り伏せて地面に刺さっていた槍を取る。既に意識はないのだろうか、桐琴を背に負うと御家流を発動する。

 

「邪魔立てするなぁっ!!」

 

 自らの身体にも襲い来る鬼をものともせず背に負った桐琴を庇いながら藤十郎は駆ける。

 

 ……終わりのない、鬼との撤退戦を藤十郎は一人で行うことになる。

 

 

「……っ!?」

 

 身体を襲う激痛と、恐ろしいほどの渇き。桐琴は人生の中でも味わったことのない感覚の中で目を覚ます。目の前にはパチパチと音を立てる焚き木、場所は洞穴だろうか、周囲はごつごつとした岩に囲まれているが上を見上げれば満月が目に入る。

 

「ワシは……生きておるのか?」

「今、その状態が生きているって言っていいならな」

 

 そんな言葉を放った相手を見る。

 

「孺子……」

「悪いな、死に場所を奪ってしまった」

「そんなことはどうでもいい。何故貴様がそんな手傷を負っておる!」

 

 桐琴の目に飛び込んできた藤十郎の姿は、普段の彼からは想像もつかないものだった。桐琴ほどではないにしろ、目に見えるほどの怪我を負い既に具足はなく立つのが限界といった様子に見えた。

 

「鬼が朝夜問わずに攻めてくるんでな。抑えるのに必死だったんだよ」

「そんなことを聞いているわけでは……ぐっ!!」

 

 起き上がろうと地面に腕をつくが、激痛で立ち上がることができない。

 

「全身、骨という骨がボロボロだ。鬼の毒はある程度は吸い出したが……」

 

 藤十郎が指を差すのは左の腕。いや、左の腕があったであろう場所だ。

 

「……ワシの腕は、もう駄目だったか」

「あぁ。この場所まで逃げ切るのに時間がかかりすぎた。一息つける段階になったときには……」

「孺子、何故あの場でワシを殺さんかった?ワシを見捨てれば貴様の主の下まですぐであったろうに」

「桐琴さん……いや、桐琴をあの場で見殺せば俺が俺で居られなくなる」

「ワシが此処で自害すると言ってもか?」

「あぁ。自害なんてさせるか。これだけの手傷を負ったんだ。しっかりと働いて返してもらう」

 

 藤十郎と睨み合う桐琴。

 

「傲慢だな」

「傲慢で結構だ。俺はずっと俺のやりたいことをやりたいようにしてきた。戦場も、政治の場も……お前の生き死にも、俺が納得いかないから介入した」

「納得だと?」

「あぁ。武士としての戦いの中なら何も言わない。流れ矢に当たって死ぬかもしれん。名もない足軽の槍につかれて死ぬやもしれん。でもな……人でない、人を捨てたモノに俺が認めた相手が殺されるのだけは我慢ならん……っと」

 

 ふらりと槍を杖のように藤十郎が立ち上がる。

 

「どうやら客人……人じゃないか。きたみたいだから相手してくる。水やらはその辺りにあるから好きにしろ。……絶対に死ぬなよ」

 

 洞窟から立ち去る藤十郎を見送った後、桐琴はゆっくりと起き上がる。

 

「ちっ……孺子の分際で……よき武者振りよな」

 

 くくっ、と笑う。

 

「一度は捨てたこの命。孺子の……藤十郎の為に使うのもまた一興、か」

 

 

 それから、幾らかの月日が流れ。

 

「本当にいいんだな、桐琴?」

「武士に二言はないわ」

 

 互いの傷が癒えるのにかなりの月日を要したが、ついに洞穴より出立できる日がやってきた。

 

「ワシの命は藤十郎、お前に預ける。ワシの主として好きに使えい」

「最初からそのつもりだ。……本当にいいんだな?」

「くどい!」

「……親子で殺り合うことになるかもしれんぞ?」

「はっ!その程度のこと、戦国の世なれば有り触れたことだろうて!」

「かつての主に槍を向けることになってもか?」

「それもまた、戦国の倣い。森可成としてではなく、藤十郎の槍として貫こうぞ」

 

 真剣な顔で見つめ合う二人。藤十郎がため息をつき笑う。

 

「俺から言ったこととはいえ適わんな。……ならば桐琴、共に歩こうか」

「応よ。三河の鬼の生き様、最期まで見届けてやるわ!」

 

 

「しかし、藤十郎。お前のその刀、孺子の持つ刀の親戚か何かか?」

「ん?剣丞も正宗を持ってるのか?」

「ふむ、孺子の刀は鬼を引き寄せる力を持つ、とか何とか言っていたはずだが」

「なら、俺のとは逆だな。俺のは鬼が避けるからな……そうだった。桐琴」

 

 藤十郎が背に掛けていた愛槍を桐琴に渡す。

 

「一時しのぎかもしれんが俺の槍を使え。形も違うから使いづらいかもしれないが……」

「ほぅ、しっかりと見たのは初めてだがなかなか良い槍ではないか」

「俺の愛槍、熊毛の朱槍。通称『血吸いの槍』だ」

「いい名ではないか!」

 

 かなりの重さがある槍を片手で振り回す。

 

「うむ、借り受けるぞ藤十郎」

「あぁ。それじゃ、向かうぞ」

 

 

「三河の地へ」




小説を書いたら絶対にやりたかった桐琴さん生存ルートです。
ですが、これから桐琴さんはちょっとした変装?をして松平に入ることとなります。

そして、此処からが本番……オリジナル路線がどんどん本格化していきます!

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