「上洛し、足利公方との合流も果たした!次は越前を鬼の支配から解き放つ!各々、存分に手柄を立てよ!」
久遠の号令と共に小谷へと進む一行。浅井との合流予定の場所よりも手前で陣を張り、軍議が行われた。今回は葵と悠季、歌夜が参加ということで藤十郎は一人、ふらりと陣を抜け出していた。
「簡単に聞いた情報だと、二条も越前も知能のある鬼が現れた、か。やはり武将が鬼となれば知を持つ可能性が高いな」
森を駆けながら一人呟く。浅井から送り込んだ間者は誰一人として帰ってくることはなかったと聞く。ならば、知能のある鬼がほかの鬼を統率していると考えるのは間違いないだろう。
「鬼が軍略を使うことができる。……厄介なことこの上ないな」
鬼が進軍してきていた、と聞き周囲に潜んでいる鬼はいないか探してみているが影も形もない。
「……やはりか。ここまで鬼がいないとなると……越前、もしくはそこへ向かう城に集結していると考えるしかないか」
「天人どのはいかがでしたか、葵さま?」
「……底が見えないお人ね。自らの非を認め、それを正そうとする。上に立つものとしての風格はありそうに感じたわ」
「ほぅ……ただの人蕩しではなかったということですな」
悠季がふむふむと頷きながら葵を見る。
「……して、葵さま。これからどうされるおつもりで?」
「……分からないわ。私自身、このまま剣丞さまを中心とする大連合に加わっていることが正しいのかどうか……」
「葵さまは葵さまのしたいようにされるのが正解だと思いますれば。私や……藤十郎どのをはじめ、三河者は全て付き従う所存ですぞ」
「そういえば、似たようなことを剣丞さまにも言われたわ」
「ほぅ?」
「『藤十郎もそうだけど、まずは松平元康としてではなく葵として……一個人としての想いを大事にするべきじゃないかな』、と」
悠季が少し眉をひそめる。
「……(ふむ、葵さまと藤十郎どのの関係を見越した上での発言ととるべきか、はたまた松平が抜けたところで痛くも痒くもないと暗に言っているのか……前者だとしても後者だとしても厄介なことこの上ないですな)」
「悠季?」
「少し考え事をしておりました。葵さま、天上人の考えは某には分かりませぬが、仰っていることは一理あると思いますぞ。今後のこと、この戦が終わった後にでも藤十郎どのと話してみるのが良いかと」
「……そうね、そうするわ」
「俺たちは手筒山攻略、のはずだったのだが」
「ふむ、これは呆れてものも言えませぬな」
珍しく後方から見ているだけの藤十郎と普段は葵の側についている悠季が言葉を交わす。
「薄い反撃に、抵抗のない城門。怪しいを通り越しているんだが」
「どうやら、早くも少しずつ鬼が搦手門よりどこかへ落ち延びている様子。草を放っておりますが……はてさて」
「普通に考えれば一乗谷で決戦か。悠季、策としてはどう思う?」
「上策……とは言い辛いですなぁ。こちらの様子を見るに、恐らくは織田方も同じような状況と考えられますれば……守り易い城を捨ててまでの決戦に意味がありましょうか」
……やはり、何者かの掌の上か……はたまた俺たちは盤上の駒か。そんな不吉な予感を抱いたまま、藤十郎たちはほぼ無血で城を落とす。
そして、そのままの勢いで一乗谷へと向かうのであった。
翌日。
「先陣に森一家、次が俺たち松平。江北、鬼柴田に米五郎左。まだ若いが芽吹きつつある三若、ね。剣丞隊は?」
「ふむ、現在は最後尾でなにやらぴりぴりとした空気を放っているようですな。何を考えておられるのやら」
「……あり得るとすれば後方からの襲撃か?撤退した鬼が一乗谷に入った形跡はないんだよな?」
「草の話によれば。……ふむ、そう考えると何やら胡散臭いですなぁ」
「藤十郎さん、部隊の準備は整いましたよ」
歌夜の言葉に軽く手を振る。
「……悠季、姫さんを頼むぞ」
「任されましょう。とはいえ、某の腕前では瞬殺されるでしょうから早めに助けに来て欲しいものですなぁ」
「ぬかせ」
陣太鼓の響く音と共に全軍が前進を始める。
「始まるな。……」
少しはなれたところから視線を感じ見ると、葵がじっと藤十郎を見ていた。視線が交差し、藤十郎が静かに頷く。
「……行ってくる。葵」
その声は誰にも聞こえることはなかった。
「殺ってやるですーっ!!」
綾那の元気な(?)掛け声と同時に振るわれた槍で数匹の鬼が吹き飛ぶ。
「もう、綾那!先走りすぎよ!」
「歌夜、綾那の兵は任せるです!」
「怪我だけはしないようにね?」
「分かってるですー!!」
話をしながらも二人とも次々と鬼を切り捨てていく。
「歌夜、俺も綾那と共に先に行く。ウチの衆も頼む」
「ちょ、ちょっと!?藤十郎さんもですか!?」
「お前ら!歌夜の言う事しっかり聞けよ!」
「「へい、兄貴!!」」
「半分くらいお前らのほうが年上だろうが!!……歌夜、場合によっては少し下がる準備をしておけ」
「!……何かある、と?」
「分からん。分からんが……胸騒ぎが収まらん」
鬼の数も多いが、やはり違和感はぬぐえず、次々と鬼を撫で斬りにしていく。
「じゃ、頼む」
綾那と同じ方向へ加速して走り去っていく藤十郎を見送り、歌夜は部隊への指揮をとる。
「……(二人とも、御武運を)」
「綾那!あわせろ!!」
「任せるですっ!!」
藤十郎と綾那が背中合わせで立ち、同時に槍を旋風させる。二人を中心に小規模ながら竜巻が起こり、鬼を切り刻む。
「へっへー!藤十郎と一緒に戦うのもやっぱり楽しいです!」
「そりゃどうも。綾那、まだいけるか?」
「当たり前です!」
そのときだった。今まで何故気付かなかったのか、藤十郎は歯噛みをする。
「そういうことかよ……!!」
地面から突如として鬼が湧き出てくる。
「土遁かっ!!」
飛び出てきた鬼を切り捨てながら遥か後方に置いてきた葵たちを見るが、既に鬼が山のように現れたこの状況下ではまったく見通せない。
「ちっ……綾那とも一瞬ではぐれたな」
つい先ほどまで近くに居たはずの綾那ともはぐれ……。そして、再び来る悪寒。
「マジかよ」
「ガアアアアアア!!」
何時ぞやに洞穴で戦った、あの子鬼が十数匹という数で現れたのだった。
「これが、藤十郎さんの言っていた予感なのね」
地面から鬼が湧き出るという事態に一瞬浮き足立った三河衆だったが、歌夜の指揮により何とか持ち直すことには成功していた。だが、湧き出た数が数だ。見渡す限りの鬼。この状況は正直厳しいものがあるだろう。
「藤十郎さんや綾那と合流……ううん、ここは葵さまと合流するべきね」
葵の居る場所はここから更に離れたところになる。まずはこの窮地を脱することが先決と歌夜は頭を働かせるのだった。
「わわ!突然沢山鬼が出てきたのです!」
慌てながらも鬼の攻撃をヒラリヒラリと避けながら次々と斬り捨てる。
「藤十郎が何処かへ行ってしまったし、葵さまか剣丞さまと合流しないと……」
鬼を片手間のように葬りながら、飛び上がり旗を探す。
「あったです!少し遠いですけど……吶喊ですー!!」
突撃する綾那を止められる鬼は……いた。
「む!」
「ガアアア!!」
藤十郎の言うところの子鬼である。
「はぁはぁ……」
藤十郎の目の前に斬り捨てられた数匹の子鬼は既に消滅した。だが、それでも目の前にはそれと同じだけの子鬼、そしてそれを遥かに上回る鬼が控えていた。
「あの時の感覚は間違いじゃなかったみたいだが……やばいな、これは」
一匹でも通常の鬼を上回る能力を誇っていたのだ。
「かっかっかっ!誰ぞ強き武士の気配を感じて来て見れば……斯様に弱そうな若造とは」
カラカラと嗤い声を上げながら現れたのは一匹の鬼。元々の姿は知らないが、ほかの鬼とは一回りは大きさが違う。ほかの鬼が道を開けるようにした中心から現れたその鬼は、立派な具足をつけており腰に刀を佩いていた。
「……何だ、今俺は忙しいんだが」
「かっかっかっ!ならば我が多忙な楔から解き放ってくれようぞ!」
刀を抜き放ち、藤十郎に切りかかる鬼の一撃を同じく刀で受ける。
「っ!名を名乗れ、爺」
「これはこれは。我が名は真柄直隆。若造の名は?」
「俺は水野勝成。三河の鬼とは……俺のことだっ!!」
力を込め、刀を押し返す。瞬時に距離を置くと、御家流を使う。
「水野家御家流・鬼哭槍攘!!」
その纏った気を含めてようやく真柄と同じくらいだろうか。互いの刀が一度二度と交差する。
「面白い、面白いぞ若造!!」
「お前、何で鬼になった!」
「人という器から解き放たれたといってもらおうか!鬼は良いぞ。人の限界を超え、自らの力を奮えるのが之ほどまでに楽しいことだとは思わなんだぞ!」
真柄の言葉に眉をひそめる。
「そんなことで鬼になったのか?」
「人の殻を破れぬ者には言われたくはないな。勝成といったか。貴様は敗れるのだ、己が主君を守れずに、我らに蹂躙されていくのを死後見届けるがいい!」
その言葉を放った次の瞬間、真柄の背筋にザワリと何かが走る。
「俺の主君に手、出すつもりか?」
雰囲気の変わった藤十郎から距離をとり、真柄が手を上げると周囲の子鬼が襲い掛かる。
「そうだ。貴様は我らに勝つことなど……」
子鬼が襲い掛かり、真柄の頭には藤十郎が討たれる姿が思い浮かんでいたことだろう。だが、そうはいかなかった。
「……『見ていて』正解だったな」
子鬼の攻撃をまるで動きを読んでいたかのように紙一重で全て避け、すれ違い際に正宗で斬り捨てる。
「時間がない。お前はここで……」
「な、何をした、貴様!?」
「消えろ、真柄直隆!……五臓六腑を……!」
「な、何故鬼となった我が……!!」
「ぶちまけろっ!!!」
爆音と共に周囲の鬼ごと真柄を文字通り消し飛ばす。煙が晴れた先には藤十郎が一人立っていた。
「……鬼になったから負けるんだよ。人修羅と鬼とじゃ話が違う」
刀を一度振り、鞘へと収める。
「名乗りすら上げる価値なくなんだよ。武士じゃないお前じゃ、な」
御家流の反動で肉体が悲鳴をあげる中、鬼を切り倒しながら葵が居るであろう方向へと足を進める藤十郎。
「ちっ、やっぱりアレは反動でかいな」
ツーッと鼻から流れた血を拭い、鬼を切り捨てていく。
「しっかりと姫さんを逃がしてくれたか、歌夜、悠季」
戦場の真ん中辺りで見かけたときにはこの辺りに居たはずの葵たちの姿は既にない。藤十郎は満足気に頷くと、周囲に鬼が居なくなっているのを確認して木陰に座る。
「姫さんに怒られるな、勝手に使っちまった」
子鬼の数、中級か上級の鬼、通常の鬼の数……それらを考えれば仕方がなかったとはいえ、御家流以上に反動の大きな藤十郎の『御留流』は基本的に使用を禁止されているものだった。
「頭に血がのぼってしまったな、いかんいかん」
軽く頭を振る藤十郎だったが、強烈な眠気が襲ってくる。
「……やばいな、集中力が切れたか」
こんな場所で寝ては確実に殺される。そう分かっていながらも眠気はなかなか払えない。が、立ち上がろうにも足に力が入らない。
「ふむ、戦場で寝てしまい死ぬ、か。笑い話にもならん気がしなくもないが……」
逆らえぬものは仕方ない。動けるかは分からないが刀を手に藤十郎は目を閉じる。
既に日は落ち、藤十郎の刀が淡い光を放っていた。
藤十郎は水野家御家流と藤十郎しか使えない御留流の二つを持っています。
なんとなく概要が見えているかも知れませんが、しっかりと出てくるのはもう少し先になります。
物語としては中盤に差し掛かったくらいになります。
もうしばらくお楽しみいただければ幸いです!