「それじゃあ俺先に出るから。食器流しに入れて、遅刻しないようにな」
「ふあぁ。んー…。いってらっしゃ〜い…」
いつもと変わらない朝。寝巻き姿で寝ぼけまなこの妹に声をかけ、家を出る。
雲の形が違うくらいで、日差しも、街並みも、見飽きたと感じさせることがないほどに刺激を感じない風景も、俺の時計の針もいつもと同じように秒針を働かせる。
「さて、今日もお姫様を迎えにいきますか」
いつものように、俺の足取りは学校ではなく駅へと向けられる。
お姫様と、それを待つ忠犬に会いに行くために。
駅の改札にて。
ちらほらとスーツを着たサラリーマンや包みを持ったおばあさん、大きなキャリーケースを引いて時刻表とにらめっこをする人がいる中で、俺の探す制服姿の友人の姿はすぐに見つかった。
「よう、クロ公」
「おはよう、忠犬の敦也くん」
忠犬の挨拶をして、俺たちはお姫様を待つ。
電車の到着とともに改札から多くの人が押し寄せてくるが、その中に俺たちの探すお姫様の姿はない。
「クロよ。今日もあいつは電車を逃したのか?」
「いやいや、お姫様は準備に時間がかかるんだよ。女の子だしね」
鳴り響く通知音。
全く、女ってのはめんどくせえな。
スマホを取り出し、そう言って俺にスマホを見せてくる。
『ごめーん、乗り過ごしちゃった(T ^ T)先に行ってていいよ!』
「ああ…敦也さん、どうされます?」
敦也はため息をついて面倒くさそうに頭をかいて歩き出す。
駅から出て、外の広場のベンチに腰を下ろす。
「困ったお姫様だ。犬二匹を朝っぱらから待たせるとは …」
そう愚痴る敦也は口は悪いけど、なんだかんだ待ってくれるから優しい。
「全くだね。今日の予習やった?」
「適当なこと抜かすな。今日も予習なしのガイダンスだろうが」
「あ、そうだった」
俺も隣に座って、時間的余裕もない中敦也と共に時間を潰し始めた。
適当に時間を潰すこと数十分。
電車が到着してきたのか、駅の中から人が列をなしてやってくる。
通勤ラッシュと呼ばれるこの時間は制服姿の学生はほとんど見当たらずサラリーマンが多く、電車から出るものと上りの電車に乗ろうと改札の向こうに消えるもので賑わっていた。
「おはよ〜!待っててくれたんだ!」
時刻は7時57分。最寄りの高校でも10分はかかるので駅にいる学生は自転車でもない限り遅刻にリーチがかかっているのがほとんどなはずだ。俺と敦也もそれに該当するのは言うまでもないが、特に異彩を放っているのはこちらにかけてくる我が校の制服を着た女子高生。
涼香は三つ編みを揺らしながら、俺達のところまで駆け足でやってきた。
「先に行ってくれてもいいのに」
「まあ、いつものことだしさ」
「早く行こうぜ。どうせ遅刻だけど、せめて遅刻しないように努力はしようぜ」
今の時間なら、少し急げば間に合うが、自分の発言に反して、急ぐそぶりすら見せない敦也に続いて、俺たちは悠々と街を歩き始めた。
ある程度歩き、商店街に入った。
ここからまっすぐいけば、大きな通りに出ることができ、歩道橋を渡るか信号を待って横断歩道を渡れば学校に着く。
「えへへ」
「どうかした?」
「ううん。二年になっても、こうして三人、一緒に学校に通えてよかったなあって」
「そうだね」
「…」
笑顔の涼香とは裏腹に、浮かない顔の敦也。
俺たちは一年のある時に起こったことが原因で、涼香のために駅からはどちらかが欠けても必ず一人は一緒に学校に行くようにしている。
そうしなければならないことが、涼香に辛い思いをさせていると考えている敦也にとっては複雑なんだろう。
「くろくん、敦也くん。今年も、よろしくお願いしますっ!」
不意に立ち止まって、俺たちに向かって深々と頭を下げる涼香。
「ああ、こちらこそよろしく」
「もう正月は過ぎてるけどな。まあ、よろしく」
「いいじゃん!いつだって、挨拶は大事なの!」
振り返った敦也はいつものように口角を上げて軽口を叩いた。
人通りの少ない寂れた商店街でこんなやりとりをしながらスロースペースで歩く俺たちは、刻々と迫る登校時間を誰一人として気にしていなかった。
案の定、学校へは遅刻した。
それはむしろ清々しいほどの遅刻ったが、一時限目の始まりで先生が前の扉から、俺たちが後ろの扉からほぼ同時に教室に入り、起立した生徒に紛れて自分の席に行き、荷物を持ったまま礼をして席に座ることで授業には遅れずに済んだ。
この先生にはばれてないかと思うが、朝のホームルームに出席していない時点で担任には遅刻か欠席にされていることだろう。
昼休み。
「敦也くん。昨日言われた通り、卵焼き作ってきたよ」
「お、さんきゅ。ん、やっぱうまいな」
「えへへ。敦也くんいつもそう言ってくれるから、作った甲斐があるなあ」
涼香の作る卵焼きは、敦也曰く直球ドストライクレベルで好みらしく、涼香の卵焼きを差し出せば大抵のお願いは聞いてくれる。
涼香もうまいと言われるのが嬉しいようで、敦也のために卵焼きに弁当のスペースを多めに取っているのが、なんとも微笑ましく、付き合ってるみたいで妬ましい。
くそっ。
「それで、クロ。昨日のカウンセリングは?」
「あー、そういえば、そんなことあったね。どうだったの?」
卵焼きを飲み込んで、敦也が聞いてきた。
俺から話そうと思っていたのだが、振ってくれたので話しやすい。
「ああ、部活に入ることになった」
「…はあ?なんでまた今になって部活なんかに…」
「実はね…」
そこで俺は昨日のことを話した。
カウンセリングに行き、部活棟の最果てまで連れていかれ、『彼女いない』のレッテルをはがすために、生徒のお悩み相談窓口的な活動をすることになったこと。
「へ〜。なんか面白そうな部活だねー」
「んー。まあ頑張れよ。涼香のことは心配しなくていいからさ」
そう言って再び卵焼きを口に運ぶ敦也。
他人事のようだが、本題はこれからなんだ。
「それでね、部活って5人からじゃないと始められないらしくてさ。今は2人しかいないから、少しでも部員を集めないといけないんだ。二人とも、一緒に入ってくれないか?」
突如二人の手が止まる。
一方は鋭い眼を顰めて露骨に嫌な顔、もう一方はキラキラと輝きを宿した眼で嬉々とした顔。
それは条件反射のように、二人の顔に浮かび上がった。
「嫌だよ。なんで今から部活なんかにはいらないといけな…」
「部活!?くろくんと、敦也くんと一緒に部活!?」
「あ、ああ。三人いれば、とりあえず同好会として成立させられるから、最悪名前だけでも貸してもらおうと思ってたんだけど…」
「名前だけなんてもったいないよ!私も三人で部活動やりたい!」
なぜか俺よりも乗り気な涼香。
二人の反応は大体予想はついていたが、ここまでのリアクションを得られるとは思っていなかった。
逆に食いつきがよすぎて反応に困る。
「そうか。じゃあ二人とも、頑張れよ」
あ、こりゃダメなやつだ。
瞬間的に敦也はそう判断したのだろう。
徐に席を立ち、昼食の入った袋をもって教室を出ようとする。
しかし涼香が許さない。
細い腕が敦也の腕に絡む。
「何言ってるの?敦也君も入るんだよ?」
「そちらこそ何を仰っているんだか。三人で同好会になるなら、もう涼香が入ればいいだけだろ。そうだよな?後離れろ」
チラッとこちらに救いを求める敦也。
悪いな。だが俺も今回ばかりは引かないぞ。
「ああ、でも、人の悩みを聞く活動だから、いろんな人の考えを取り入れないといけないだろ?それに、多い方が賑やかで楽しいじゃん!だよね、涼香?」
「流石くろくん!ね、敦也くん、一緒に頑張ろう?」
「…まじで嫌なんだけど」
やはり渋る敦也。
仕方がない。それなら名前だけ貸してもらおう。
「じゃあいいや、名前だけでも…」
「しょうがないなあ。敦也君ちょっと」
「ん、なんだよ」
俺の言葉を遮って、涼香は敦也に耳を貸せと促す。
背の低い涼香に合わせて敦也が屈むと、涼香は敦也の顔に自分の顔を寄せる。
おいお前ら。
腕組んで顔近づけて何内緒話してるんだよ。
彼女のできない俺への当てつけか!?
くそ!いいもん!昨日似たようなこと先生にされてるもんね!
「…」
「…?…!」
何を耳打ちしているのかはこちらには聞こえなかったが、敦也の眉が一瞬跳ねたかと思うと、少し考える素振りをしだした。
「どうかな、敦也くん」
「…わかった。僕も部活入るよ。よろしく」
「うん、よろしくね♪」
まじかよ。
あの敦也を納得させた?一体どんな案件で?
でも耳打ちするってことは、少なくとも俺が聞くものでもないだろう、黙っておこう。
とにかく、これで頭数は揃った。
後は、あの人の裁量にかかってるか。
「じゃあ、この用紙に名前書いてくれ。それで、顧問の先生が入部希望者と一度顔を合わせたいって言ってるから、放課後、挨拶に行こうぜ」
「うん、了解!」
「ああ…」
用紙を渡すと、二人はそれぞれ名前を書いていく。
こうして構成員名簿には綺麗な名前と乱雑な名前が並んだ。
「ねえくろくん。この代表者の部分は空いてるんだけど、それがもう一人の部員さん?」
「ああ、そうだよ。後はそれと部活動名と顧問の先生からサインを貰えば…」
教室を見回してみたが、その欄を埋める人物は、やはり教室にはいなかった。
「放課後、楽しみだね〜」
「あー、そうだな」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
名前が難しいというご意見をいただいたので、上にルビを振る方法を模索中です。出来たら一度編集を入れてみようと思います。
出来なかったら人物紹介でも挟みます…!
ご意見ご要望などございましたらどんどん取り入れていきたいと思うので、これからもよろしくお願いしますm(_ _)m