シロクロ!   作:zienN

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第3話 放課後カウンセリング

「・・・ねえ、クロくん。クロくんってば〜」

「おい、クロ。いい加減目覚ませって!」

 

バン、と背中に走った強い衝撃。

思わず息を吐く。

 

「はっ!」

「どんだけ凹んでたんだよ。ホームルーム、終わったぞ」

 

時計を見ると、時刻は15時58分を指していて、すでに放課後となっていた。

 

「マジか。もう、そんな時間か」

「全く、ショックなのはわかるけど、目を開けたまま失神しないでよね。クロ君の前の人も、プリント回すの大変そうだったよ?」

 

涼香の小言で、昼休みの出来事を思い出して再度目の前が真っ白になる感覚を覚える。

 

「いつまでも、凹んでんじゃねえ」

「っつ!いったぁ!!」

 

背中に走る先ほどよりも大きな衝撃。

俺の意識は再び現実に連れ戻された。

現実。彼女ができないことが約束された2年間という現実に。

 

「まあ、あんま気にすんなよ。他校の出会いとかもあるんだからさ。それより今日はどっか寄ってくか?」

「いいね!私、最近駅前に新しくできたシュークリーム屋さんに…って、くろくん?どこいくの?」

 

ふと立ち上がった俺への声に心の中で返事をする。

こんな時に、のんきにシュークリームなんて、食ってられっかよ。

 

「・・・俺は、カウンセリングいく。シュークリームは、二人で行ってきてくれ」

 

本音は口にできないので、建前で断って、俺はふらふらと教室を後にした。

 

「え、ちょっとくろ君?」

「そんな凹むことかよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ていうことがあったんです…」

「なるほどねぇ」

 

ここは一階の保健室の隣にあるカウンセリングルーム。

目の前で俺の話をうんうんと頷きながら聞いてくれているのは五十嵐先生。

俺達と一緒にこの学校に赴任してきた先生で白衣と黒縁の眼鏡が似合う俺の心のオアシスだ。

保健室担当、更にこの学校のカウンセリングを引き受けている。

 

「それで、俺、どうしたらいいかわかんなくて…」

 

俺の話が終わると先生は、いつもの柔らかい笑顔の上に困ったような表情を浮かべて俺を見た。

 

「そうよね…今更かとも思ったけど、一条君のことは私のところまで届いているし、結構有名よねぇ。というか、今更よね?」

「ぐっはあ!カウンセリングなのに、追い打ち!」

 

胸を掴んで、椅子の上で悶える。

くそ、静まれ、この胸の疼き。

 

「あはは、ごめんごめん!一条君、いじりがいがあるからつい」

「くっそぉ…」

 

何だこの教師。

ここのカウンセリング、患者の傷口に手突っこんでかき回してから始めないといけない決まりでもあるの?

何でここ来たのかわかんなくなってきたな。

 

「うーん、どうしたものかしらねぇ…」

 

その時だった。

ノックとともに、カウンセリング室の扉が開く。

 

「失礼します」

 

ノックの返事を待たずに入ってきたのは、どこかで見覚えのある、うちの制服を着たショートボブの小さな女子高生。略してJK。

 

「はあ、やっぱり来たのね」

 

先生の返事から、初めてではなく、結構な常連であることがうかがえるその子は、視線を泳がせて少しうなってから、勢いよく頭をさげる。

 

「先生、ごめんなさい。一緒に帰る友達、できませんでした!」

「まあ、残念だけどそう思っていたわ。でも、ちょっとだけ待って頂戴ね。今日はもう一人、悩める男の子がいるから」

「あ、すいません。それじゃあ終わったら…あれ?」

 

先生に促されて外に出ようとした彼女と、一瞬目があった。

 

しばしの沈黙。

 

やっぱり、どこかで会ったことがあっただろうか。

俺が感じているのと同じように、彼女も違和感があったのか、眉を寄せて俺を見据える。

俺はどこであったか、接点を思い出せずにただただ首を傾げていると、彼女は不意にはっとして、目を見開く。

 

「あ、もしかして、いちじょう、君?」

「そうだけど、俺のこと知ってるんですか?」

 

この時、冷静に答えたが、俺の内心では緊急脳内会議が行われていた。

彼女から発せられる、俺たちの接点について。

いつ出会った…?昨日?先週?一ヶ月、いや、もしかしてうん年前の子どものころ?

 

まさか、俺たちは、離れ離れになった腹違いの兄妹!?

それとも、親が幼い頃に決めてた許嫁!?

それか、幼き日に将来を誓い合った運命的な再会とか…!?

それとももしかして…!

 

数多の可能性が頭を駆け巡り、その期待が心臓を高鳴らせる。

そして、彼女の口から、ついにその、真相が…!

 

「あの、彼女がいないことで有名な、あの一条玄人君、ですよね?」

「…っぶ、ぐわぁ!!」

「うえぇ!?」

 

もっとも恐れていた、一番考えたくなかった可能性の一つによって、俺の無限大の可能性は見事に打ちのめされた。

 

「面白い子ねえ。普通に座ってる姿勢から、あんなにダイナミックに飛べるなんて…」

「え、なんで…?私、何かまずいことしちゃいました?」

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、俺って、そんな有名人だったのか…」

「あの、なんかごめんなさい」

「いや、いいよ。気にしてないし」

 

俺の隣に座った彼女は困惑しつつも、「なんか」という語を入れて、とりあえず謝ってくれた。

実際めっちゃくっちゃ気にしているけれど、モテる男は女には怒らないはずなので、紳士的な対応を見せる。

 

「優しいわね〜。実際とっっっても気にして、そのことでわざわざここまできたのに」

「っぐ…」

 

この人…いちいち俺のこと見透かして、隙を見つけては傷口に手を突っ込んできやがる。正直カウンセリング向いてないぞ。

 

「ま、まあそれはいいとして。それじゃあ、改めて。一条玄人です」

「あ、私は二神優白です。よろしくお願いします」

 

俺が姿勢を正して自己紹介すると、彼女もまた俺に体を向けて綺麗なお辞儀をしてみせた。

 

「それで、二神さんはどんな悩みがあってここに?常連っぽい感じだけど」

「うぅ。それは、その…ええっと」

 

妙に口ごもる二神さんを見てしまったと思った。

カウンセリングを受けにくるほどの人に悩みを聞くのはタブーだったな。

 

「ごめん!今のはなんとなく聞いただけっていうか…嫌だったら言わなくてもいいから!」

「いえ、いいんです。一条くんの悩みも聞いちゃったし、私の悩みも、聞いてください」

 

 

 

 

胸に手を当てて、頰を赤らめる二神さんに心臓が忙しく跳ねる。

 

少しの静寂を破って、彼女が口を開く。

 

 

 

「一条くん。二神さんはね、友達がいないのよ」

 

「先生!先に言わないでくださいよ!」

 

100%シリアス色だったはずの空気は、この空気ブレイカー五十嵐先生によってぶち壊された。




最後まで読んでいただきありがとうございます。

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