「美術部?」
「ああ。一発目の美術部でそいつが描いた絵の感想を聞かれてね。あんまり好きじゃないって言ったら、この通り。頭に真っ赤な花咲かされちゃいました」
頭からかぶったペンキを指差しながら、呆れ気味に笑う。
「お、おお…」
「大変だったぞ?これのおかげで映画製作の連中に特撮モノのレッドの役をやってくれとか、漫画研究会の奴らには死体のモデルをしてくれとか、色々と言われてさ…」
まじか…。
すごいなこの高校。
よその高校も文化部ってこんな感じなのか…?
「う、うう…」
涙目な涼香が声を漏らす。
手に握ったスマホを机の上に置き、悲痛な叫びをあげた。
「うああ!私の携帯、変になっちゃったよお!!」
「どういうことですか?」
意味がわからずにシロと顔を見合わせる。
涼香がスマホを指差すので、俺はスマホを手に取り、人工知能を起動させる。
『なんや自分。用があるならはよせいや』
「ええ…?」
『すまん。よう聞こえんかったわ。もっかい言うてみ』
「なんですかこれ」
いや俺に聞かれても。
普通は標準語で話すはずの人工知能はなぜか、芸人が使いそうな、砕けた言動になっていた。
「はあ…。それ、科学部のやつにやられて、人工知能の言葉が全部関西人っぽい言動に改造されたんだ」
「なんでまたこんな魔改造を受けたんだ?何か怒らせるようなことした?」
「いや、逆だ。涼香が科学部の発明を見てすごいって褒めてたら、あいつら調子に乗り出して、その場で技術を披露し始めてね。その中の一つが、そのスマホだよ」
俺は絶句した。
美術部みたいに自分の絵が気に入らない者に対して頭からペンキの入った缶をかぶせる奴もいれば、科学部みたいに褒められて有頂天になりスマホの人工知能をエセ関西人にしてしまう奴もいる。
悪いと言ったら真っ赤にされて、良いと言っても魔改造って…。
もうこれわかんないな。
「うあぁ…」
「涼香、関西人もいいもんだぞ。テレビに映るあの芸人もこの芸人も、ほとんどが関西人だからな。そんな面白いやつがポケットサイズでいつでもお前の手元にあるんだ。こんな幸運滅多にないぞ?」
敦也、そのフォローの仕方は間違ってるんじゃないか?
涼香もノーリアクションだぞ…。
「うぅ、ううぅ…!」
「…やれやれ」
「おい、敦也、どこ行くんだ?」
涼香の手を引いて立ち上がり、部室の扉に手をかける敦也に問いかける。
敦也はポケットに左手を突っ込みながら肩を落とし、
「ちょっと出てくる」
と言い残して、教室を出て行ってしまった。
涼香の呻き声と起動中の人工知能の『すまん、よう聞こえんかったわ』という機械的音声が部室から遠ざかって行く。
涼香の声に対してその返事をしているのがおかしくて笑いそうになったが、本人は悲しんでいたのでどうにか笑うのは我慢した。
「どこに行ったんでしょうね」
「うーん。科学部に直すようにお願いに行ってるんじゃないかな」
「なるほど」
そうしてまた二人になったわけだが。
まだ活動時間はは1時間以上ある。
まあ何人だろうがこの部の活動は変わらない。
「シロ、大富豪しない?」
「いいですね」
俺はさもこれが活動として当たり前であるかのようにトランプを取り出す。
最初の方は真面目に活動しようと言っていたシロも今ではこの通り、乗り気である。
いっそのこと遊戯部にすれば良かったな。
そうすればこの活動も正当化できるのに。
シロと向かい合う位置に座りなおしてトランプを切っていると、再び扉が開く音がする。
敦也が戻って来たのだろうか。
「あ…」
正面のシロの顔を見て、俺の推測が外れていることを察した。
「あ、あの!これ見てきたんですけど!」
先ほど置いて来たプリントを見せられ、俺は早速効果が出たことに驚いた。
相談者は来てくれたのは良かったが、1ゲームもせずにトランプをしまうのは少しだけ寂しさを覚える。
「ああ、どうぞ。座ってください」
俺はシロの隣に座りなおして、入って来た女生徒を座るように促し2対1の構図を作る。
すぐに座ってくれた女生徒はものすごく直近でどこかで見たことがあるような気がした。
「…」
今は敦也がいないから俺が仕切らないとダメだよな。
まあいいか。うまくいけばお近づきになれそうだし。
「えーっと、俺は一条玄人。2年C組です。で、こっちは二神優白さん。一応部長です」
「よ、よろしくお願いします!」
うん、元気な挨拶だ。
声が裏返ってなければ言うことなかったんだけど。
「2年D組の
ああ、放送部か!
先程、放送部の部室で寝ていた子だとわかり、俺の頭の中で歯車が噛み合う。
「同学年だったんだ。本当はあと二人いるんだけど今ちょっと出てて。えーっと、悩み相談ってことでいいですかね?」
「はい。後、学年同じなんだし、敬語やめない?」
「あはは、そうだね。それで、悩みっていうのは?」
「うん。私の部活のことなんだけどね」
「部活?」
それから六嘉さんは話し始めた。
「私、さっきも言った通り放送部やってるんだけど、今、部員が私しかいないんだ。前は5人くらいいたんだけど、色々あってみんな一斉にやめちゃって」
俺は思い出していた。
高校入学から毎月数回、この部活棟で校内放送をして生徒を楽しませてくれたあの放送を。
いつの頃からだろう。パッタリと放送が止まり、放送部の校内放送は恒例的なものではなくなっていた。
「今年は新入生も入らなかったし…。でも私、またあの時みたいに校内放送をやりたいの。それで、私と一緒に校内放送をしてくれる人を探してるんだけど…」
「なるほど…」
部活動の数が多いこの十字高校では、部員が入らない年がある部活動も珍しくない。
しかも全校生徒が部活動に入るわけじゃないし、俺たちみたいな帰宅部連中も結構多い。
そしてもう5月。部活動の入部期間は終わっている中、これから人を集めるというのは流石に難しいだろう。
どうしたものか…。
「ただいま〜!」
その大きな声に顔を上げると、満面の笑顔を貼り付けた涼香が紙袋を持って入り口に仁王立ちをしていた。
そして後ろからまだ赤い敦也が頭をかきながら部室を覗き込む。
「敦也、どこ行ってたんだ?」
「料理研だよ。あそこで作ってるお菓子の余りをもらいに行ってたんだよ。それで、そちらさんは?」
「えっと…」
シロが簡単に説明をする。
涼香はお菓子を食べながら、敦也は乾き始めた制服のペンキを引っ掻いて剥がしながら話を聞いていた。
「あー、私あの放送好きだったよ!」
「よく三人で聞きに行ったなあ。普通に面白かったな」
基本的に暇な俺たちはそういう娯楽に関してはそこそこにアンテナが立っている。
放送範囲が部活棟内だけだったため、放送のある日にはわざわざそれを聞くためだけに忍び込み、熱心なリスナーとなっていた日々を思い出す。
「ありがとう。そう言ってくれる人も多かったから、本当は今年も、頻度を上げて頑張ろうねって意気込んでたんだけどね…」
その矢先に全員辞めてしまった、と。
何があったのか気になるが、ここは今回のこととは関係はないことだ。
「しかしこの時期に部員募集か…。無理じゃね?」
「うん…。ビラ配りとか、友達にも兼部できないか聞いてるんだけど、やっぱりみんな忙しくて…」
まあそうだろう。
それと、仮にも思春期真っ盛りの高校生だ。
校内放送なんて人の目に知れることをやりたがるなんて生徒は普通ならそういない。
「あ、いいこと思いついた!」
誰もが黙る中、沈黙を破って涼香が叫ぶ。
俺にはいい予感がしないんだが。
「前は五人でできたんだよね?じゃあ私たちでやればいいんじゃない!?」
はい予感的中!
そして涼香がこんなことを言ってしまったら、便乗するやつもうちにはいるわけで。
「おー、うちの部とのタイアップか」
「うん!ついでに私たちの活動も宣伝してもらえたらなって!」
ほーら、敦也が乗っちゃったよ。
「本当に?いいの?」
いや、そんな期待されたら、断りにくいじゃないか…!
「ああ、俺たちに台本書くとかそういうことはできないけど、そういう専門的な仕事以外だったらできるんじゃない、かな?」
「まあ、裏方なら…」
シロも空気読んでるし…。
もうやるしかなさそうだな。
「台本は私がどうにかするから大丈夫!みんなでテーマ決めて、それからどういう風にするか決めていこう!それじゃあ明日また来るね!ありがとう!」
決まった途端、六嘉さんは意気揚々と出て行ってしまった。
「…明日から忙しくなりそうだけど、頑張ろうぜ」
「おー!」
「おお…」
「お、おお…」
窓の外から吹き込む風に乗って、外で活動しているテニス部の「おつかれっしたー!」という声が、やけに耳に響いた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
更新が遅くなってしまい申し訳ないですm(_ _)m
いい感じに時間ができればいいんですけど…。
次の相談は放送部の方からです。
正直校内放送とかきっとトークが多いからカギカッコがいつにも増して増えそうですが、そこはどう表現するか考えていこうと思っています。
それではまた、次の話でお会いしましょう。