「はあ、次で最後か…」
軽音部に始まり、文芸部、オカルト研究会と、毎回2乗、3乗とハードルの上がる宣伝活動も、残すところは放送部のみとなった。
鬼門だったオカルト研究会は乗り越えたが、まだ安心はできない。
小説家の卵のクレイジーな小説とオカルトティックな連中の理不尽な尋問により、俺の中で放送部への警戒心は膨らんでいった。
「放送部ね…」
放送部といえば文化祭中のゲストを呼んだ校内放送と月一くらいの頻度で昼休みにやるラジオ感覚の放送がセンスがあって面白かった気がするんだけど、最近じゃ全然聞かない。
そんなことを思い出しながらノックをする。
少し待っても返事はなく、それでいて中の電気がついていることはドアの下から明かりが漏れていることから、俺は一つの結論にたどり着く。
「居留守かなあ」
いや普通にないだろ。
自分の家でもないのに何を恐れて居留守を決行することがあるのだろうか。
俺は返事を待たず、ドアを開けた。
「失礼しま…。おお、これは随分と…」
縦長の部屋には真ん中にテーブルが文芸部と同じように置かれていて、その上にはラジオやらヘッドホンやらが無造作に散らかされている。
壁際の棚にもCDやらテープやらが重ねられていて、流石職人の職場と言うべきなのか、しかし俺にとってはそれはただの散らかった部屋という印象が強く。
「汚いな…」
俺の口から漏れたのは、その一言だけだった。
そしてそんな散らかった環境の中眠っているのは一人の女生徒。
「すぅ…。んん…」
鞄を枕にし、眠っている彼女を見て、俺はなんだか拍子抜けしてしまった。
今までの流れなら放送部の連中もどこかおかしくて俺の恥ずかしい過去とかをその場で校内放送されるとかものすごく嫌なことをしてくると思ったんだけど…。
なんというかもっと騒がしくて、わいわいしながら台本とか書いてるんじゃないのか?
なんだか閑散としてるな…。
「…起こさなくて良いか」
起こすと面倒なことになる、彼女も起きたら何をしでかすかわからないということよりも、俺はすでに疲れていたから、とにかく早く終わらせて部室で休みたい、という思いが強かった。
俺はとりあえず、テーブルの上の見えやすいところに宣伝のプリントを置き、音も立てずに教室を後にした。
「ああ、終わったぁ…!」
宣伝を終え、部室の扉を開けて俺はそう吐き出す。
そんな俺を迎え入れるのは、眠っていた部長の二神優白。
「んん…。あれ、一条君…」
「あ、ごめん。起こしちゃったね。こんにちは」
「あ、はい。こんにちは」
鞄をおろし、俺は目をこする彼女の隣に座る。
「それにしても珍しいですね。昼休みに一条君がここにくるなんて…。探し物ですか?」
何を言ってるんだろう。
あ、寝ぼけてるのかな?
「あはは、寝ぼけてるね。もう放課後だよ?」
「ふふ…。一条君、そんな冗談には乗りませんよ。まだ昼休みは半分くらい…あれ?」
部室にかけられた時計を見て、笑っていたシロの顔から笑顔が消える。
それからすぐに、真っ青な顔を俺に向ける。
「い、一条君…」
「え、ちょっと、どうしたの!?」
「私…私…昼休みからずっと、寝てたみたいです…」
「…まじかよ」
そういうことってあるのか…。
でも誰も気にしてなかったし、俺も気づかなかったもんな…。
すごいステルス性能だ…。
どうフォローして良いかわからなかったので、鞄からノートを取り出し、机の上に置く。
「とりあえず、これ午後の授業のノートだから。今のうちに写しちゃいなよ」
「ありがとうございます…」
「うん。えっと、どうかした?」
ノートをずっと見つめる彼女のことを見て、俺は自分のノートに何か付いているのか、もしかして間違ってさっきのエロ本を渡してしまったんじゃないかと、一瞬ものすごい焦りを覚える。
「いえ、こういう風に誰かにノートを貸してもらえるのって、友達同士のやりとりみたいで…。ちょっと嬉しいなって」
その落ち込みながらも嬉しそうに笑う様子に、小動物的な可愛らしさを感じ、少し胸が高鳴る。
「っ!そ、そっか!多分先生も気づいてなかったから、欠席にはなってないと思うよ!」
「そうですか。よかった…」
シロはノートを取り出すと、教科書と照らし合わせながらノートを写し始めた。
広い部室にはペンの音とたまにページをめくる音だけが響く。
そういえば、二人になることなんてあんまりなかったっけ。
「今日は敦也君と涼香さんは一緒じゃないんですね」
「あ、うん。先生に言われて、これを分担で配っててね。二人で一、二階の方を配ってるから、もう少しかかるんじゃないかな」
「…先生、仕事が早いなあ」
「これ、シロが描いたんだって?上手だね。なかなか評判良かったよ」
自分が描いたプリントを見て、恥ずかしそうに窓の方に顔を向ける。
「少しは来る人、増えると良いですけどね」
「増えるよきっと。でも部活棟の連中は変わった人が多いからなあ…。ちゃんとした相談が来ると良いけど」
まあ、相談が来たところで俺たちにできることがあるとも思えないが。前は運が良かっただけだし。
敦也と涼香、大丈夫かな。
「一条君、ノート、ありがとうございました」
「え、もう良いの?速くない?」
まだ貸して5分も経ってないのに、シロはノートを俺に返した。
「今日のところはほとんど前に勉強してたので。そんなに難しくもないですしね」
「すごいな。予習とかしてるんだ」
「まあ、勉強くらいしか、することもないし…」
これは地雷を踏んでしまったようだ。
「なんか、ごめん」
「謝らなくてもいいですよ」
「…」
少しの間、気まずい空気が流れる。
このままじゃダメだ。何か話さないと…!
しかし俺より先に、シロが口を開く。
「一条君たち三人は、凄く仲がいいですよね」
「そ、そうかな」
「ええ。学校に来るのも、休み時間も、お昼ご飯を食べるのも一緒で、普通は仲が良くてもそこまで一緒にはいないと思います」
優しく笑いながら、窓の外を眺めていうシロの顔を見ながら、俺は知り合ったあの日のことを思い出す。
「あはは。まあ、俺たちの場合は、出会った時が最低の時期だったからなあ」
「最低?」
俺のことはいいが、ここにいない二人のことはあまり話すことじゃないだろう。
「うん、色々あってね。そのおかげというかなんというか。いわゆる吊り橋効果ってやつなのかな?」
「よくわからないですね…」
詳しく話したら、それこそ空気を重くしかねない。
だからできる限りぼかして説明をすると、苦笑いをしながらもシロはそこで話を切り上げてくれた。
「敦也君と涼香さん、遅いですね。もう結構経ってるのに」
「もしかしたら、心折れて帰っちゃったかな」
「どういうことですか?」
ちょうどその時、金属的な音を立てて扉が開いた。
「え…?」
「よお、お疲れ…」
疲れたようにそう言いながら入ってきたのは敦也、なのだろう。
上半身のほとんどが真っ赤に塗られ、一目見ただけでは誰かと思うほどだった。
そして涼香が涙目でスマホを握りしめて、敦也に続いて入ってくる。
涼香も返り血を浴びたようにペンキが顔にかかっていて、そんな二人を見ていると本当にお気の毒としか言いようがない。
「随分と派手にやられたもんだな…。お疲れ様」
「派手にって…。え…?」
「うう、もう帰りたいよぅ…」
帰ってきた友人たちを労いながらも、俺は俺の階の奴らの方がまだマシだったと思わざるを得なかった。
最後まで読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
なんだかんだでもう3月も終わりですね。
時間が過ぎるのはあっという間な気もします。
そして早い気もしますが、5月編もあと少しで終わりです。
それではまた、次の話でお会いしましょう。