シロクロ!   作:zienN

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file:1 宣伝をしよう

「さて、じゃあさっさと配っちまうか」

「そうだね、どう分けようか」

 

俺たち3人が現在いるのは部活棟一階の階段横のひらけたスペース。

上の階から聞こえる吹奏楽部の音色と、すぐそばの水道から漂う美術部が流した絵の具の匂いと、料理研究会の調理する甘いお菓子の匂いが合わさって、聴覚と嗅覚を一度に刺激される。

 

「一階、二階、三階で分ければ僕たち一人ずつの分担で終わるけどな。ただ、どの階にも頭のおかしいやつらがいるからなあ。涼香を一人で行かせるには厳しい部分もあるだろ」

「うん、ちょっと怖いかも…」

「階層ごとのやばそうなところとしては…。主に一階の科学部、二階の漫画研究会、三階のオカルト研究会かな?確かに変な噂はあるもんなあ」

 

一階の科学部は無駄なところに科学を追求し、男子トイレの個室の内側をオートロックにして30分経つまで出られなくしたり、部室には月曜日だけ自動迎撃装置として全自動チョークマシンガンが作動しているとか、無駄にクレイジーな連中が多いと有名だ。

二階の漫画研究会は絵にかける情熱が凄まじく、可愛い子を見つけては拉致してデッサンのモデルにするらしく、ひどい時で夜まで返してもらえなかったこともあったらしい。最近は完全下校時刻は決められているのでそれが上限だが。

三階のオカルト研究会は名前の通りオカルティックでサイコなタケノコ派の連中が日々集まり、きのこ派の人間がタケノコ派になるためにはどうしたらいいかをこっくりさんに聞いたりしているとも聞いた。

 

他にも「恋愛の形はそれぞれ」と言いながらテトラポットと人間の恋を作品にした文芸部や、前転さえできれば大抵のアクションが可能なほどにアクション要素にバリエーションが少ないカンフー映画を作ったという映画研究会など他にも様々な逸話を聞くが、どれも目の当たりにしていないからわからない。

結局、どの階にも危ない部活があるということか。

 

「じゃあ涼香と敦也で回りなよ。俺は一人でも大丈夫だからさ」

「そうか?じゃあ僕と涼香で配るよ。こっちは二人だから一階と二階を配る。クロは三階を頼む。多分比較的安全だ」

「うん、わかった」

「それじゃまた後で、なんかあったら呼べよ」

「またねくろくん!」

 

二人と別れた俺は階段を登る。

いつものように聞こえる演奏。

放課後のBGMであるこの演奏を俺たちが一時停止するのは少し気がひけるが、今回きりなので許してほしいと思いながら階段を登りきる。

 

「えっと3階の部活動は…」

 

一の字の廊下を端から端まで歩いて名前を見る。

軽音部、文芸部、オカルト研究会、放送部、そして一番奥の俺たち天文部。

やっぱり3階ともなると部活が少ないな。

とりあえず端から配っていくか。

 

「まずは軽音部からか」

 

一つだけ防音措置がされた扉は軽音部の部室。

正直扉だけ防音しても壁は薄いからアンプに繋がれた音は壁を抜けて漏れているため、あまり効果は実感できない。

大きめのノックをすると、中の演奏が止み、いかにもなパーカーを着て、ヘッドホンを首にかけた女の子が出てきた。

 

「あ、ども。うるさかったっすか?」

「や、そうじゃなくて。今ちょっと良い?」

「あー、すぐ終わるなら」

 

肩からかけたギターのチューニングをしながら答える彼女に、俺は早速プリントを渡す。

 

「ありがとう。うちの部、名前とは違ってカウンセリング的なことしててさ。これ、部室の黒板の端にでも貼っといてもらっても良いかな?」

「んー?あ、もしかして一条君?」

 

プリントをつまらなそうに見たと思うと、思い出したかのように俺の名前を呼ぶ。

こんなウェイ系女子、俺の友達にいたか?

 

「そうだけど、俺のこと知ってるの?」

「まあ有名人だし。今コンタクト外しててあんま見えないけど、そっか、一条君かー。部活入ってたんだ」

 

有名人、というところは聞かないでおこう。

傷つくから。

 

「あはは。と言っても部活らしいことはほとんど何もしてないからこうして宣伝してるんだけどね」

「へえ、面白そうな部活だねー。それって…」

 

廊下で世間話に花が咲く。

ああ、これだ。こういう、放課後、女の子との何気ない世間話とか、こういうことがしたかったんだよ俺は!

これこそ青い春。イッツザSEISHUN!

 

「そうなんだー。じゃあみんなにも言っておくから、機会があったらよろしくね!」

「うん、ありがとう。それじゃあ部活頑張って」

 

楽しい時間は終わりを告げ、防音扉は重い音を立てて閉まった。

うん、順調な滑り出しだ。

しかも女の子とお話しまでできるなんて、五十嵐先生には感謝しないといけないな。

 

「さて、次は…。ここか」

 

文芸部。

テーマと内容が意味不明な話を好む部員がいると有名なこの部活は、思考こそ過激かもしれないがきっと非力な文学少年少女しかいないだろうし身の安全は大丈夫だろう。

扉を軽く叩くと、癖が強い髪型の男子生徒が出てきた。

 

「どちらさんで…って。あっ」

 

俺の顔を見た途端、察したような顔をされた。

なんだよ。俺ってそんなに有名なの?出会い頭でそんな顔するのやめてほしいんだけど。

 

「すいません。うちの部の宣伝してて。よかったらこれ、部室に貼っといてもらえますか?」

「はあ…」

 

渡されたプリントに目を通す癖っ毛の生徒。

さあ用は済んだ。さっさと次行こう、次。

爽やかな笑顔で挨拶し、俺は颯爽と去ることにした。

 

「それだけだから。それじゃあこれで」

「あ、ちょっと待って!」

 

俺の思惑とは裏腹に、颯爽と去ることはできなかった。

 

「これって、今でも良いですか?」

「今?別に良いけど」

「あ、じゃあ。入ってください」

 

促されて中に入る。

文芸部の部室は俺たちの部室とは違い狭く、縦の長テーブルが二個並べて置かれ、横には文庫本が収められた棚が並んでいて、細長いロの字のスペースしか歩くところがない。

 

「それで、相談なんですけど。これの感想、聞かせてくれませんか?」

 

渡されたA4用紙には文字が並び、一目で彼らの作品だとわかる。

 

「触りの部分だけなので、すぐ読めると思うんですけど、本人の意見を聞きたくて」

 

聞き間違いだろうか…。

本人の意見って聞こえたんだけど。

 

「まあ、俺の意見でいいなら。題名は…、廊下の君と僕、か」

 

 

 

廊下の君と僕(仮)

 

恋というのは人それぞれ。

ノーマルな人もいればアブノーマルな人もいる。

でもきっと、どちらも純粋に恋をしていることに違いはないと、俺は思う。

 

「でさー」

「えー、チョーウケるんだけどーって、うわ、なにあれ…!」

 

人は俺をアブノーマルというだろうか。異端者扱いするだろうか。弾圧するだろうか。

それでも俺はきっと。

 

君を、愛してる。

 

その白い肌も、物音一つに動じないしたたかさも。

夕日に照らされて染まった綺麗な頬も。

 

「あいつ、最近噂の、彼女ができなさすぎて、ついには廊下に手を出したっていう変態野郎じゃん!」

「え、なにそれキモッ!早くいこ!」

 

俺は異端者かもしれない。

でも、俺は普通の恋愛もしたい。

 

だから俺は叫ぶ。

 

「かおりぃ、俺も彼女、ほしいよお!!」

 

横たわり、愛する廊下(きみ)と寄り添いながら、一条玄人は、愛を叫ぶ。

 

 

 

 

「俺じゃねえか!」

 

力一杯に、俺はそれを真っ二つに引き裂いた。

 

「ああ!せっかく書いたのに!」

 

落ち込む癖っ毛の彼だが、それは大した問題じゃない。

だってそうだろう。もっと深刻なことは、俺が彼の中で廊下に頬ずりしながら彼女がほしいなんてのたうちまわる、ぶっ飛んだ変態野郎にされているのだから。

 

「ま、こんなこともあろうかと、10部くらい刷っといたんですけどね。この通り」

「んなっ!?」

「それで、どうでした?この前廊下で横になって悶絶してるの見てから、どうしても書きたくなっちゃって」

 

どうでしたじゃねえよ!俺の肖像権どこいった!?

こいつ、まさかあの時のこと見てた一人だったのかあ…!

俺別に好きで廊下に寝てたわけじゃないのに、くそおおおぉぉぉ!!

これは怒っていいのだろうか。

でも相手はあくまで俺を陥れようとして書いたわけじゃないしな…。

様々な言葉が頭の中で弾幕のように飛び交うなか、俺はそれらを振り払って、できるだけ冷静に振る舞う。

 

「ええっと、できれば、実名はやめてほしいんだけど。後俺、別に廊下フェチじゃないからね?」

「ええ、そうなんですか!?」

 

そうだよ?当たり前でしょ?

 

「おかしいな…。あいつは廊下に恋したヤバイ奴だって、部長が言ってたんだけど…」

「はあ!?そんなわけ…!」

「ういーっす。ん、お客さんか?」

 

ちょうど入ってきた生徒に、俺の言葉は遮られた。

黒髪ロングのメガネの、絵に描いたような文学少女が、本を読みながら入ってきた。

 

「ええ、俺の新作を見てもらってたんです。それで部長、聞いてくださいよ。一条さん、廊下、好きじゃないんですって」

「あー、どっかで見たと思ったら噂の一条玄人か。ふーん、廊下フェチじゃないんだ」

「…」

 

当たり前だろ。くっそ、なんだこの謎空間。

とにかく、長居は無用だ。早く出よう。

 

「それで、こいつは何しに来たんだ」

「宣伝みたいです」

「宣伝?ん、こいつは…」

「それじゃ、隣にも配らないといけないので、俺はこれで」

 

部長らしい彼女が渡されたプリントを見ているうちに、ドアに手をかける。

ドアを閉める直前、彼女と目が合った。

 

「おい、一条。これやるよ」

「え?うわっと」

 

持っていた本を投げられ、俺は反射的に手を出して受け取る。

不敵な笑みを浮かべて、彼女は言った。

 

「そのうち行くかもしれないから、その時はよろしくな」

 

その含みのある笑みの意味は分からなかったが、これ以上時間をかけるのも面倒だ。

俺は首を傾げながらも、頭を下げて扉を閉める。

 

「ふう、変わった人だったな」

 

普通の文学少女だと思ってたのに、案外男勝りな口調だったな。

そういえばさっき何くれたんだろう。

やけに大きいな。雑誌か?

大きなブックカバーを外し、表紙を見る。同時に、おれの後ろで鍵が閉まる音がした。

これは…。

 

「ってこれエロ本じゃねえか!!おい、やっぱりこれ返…うわ、鍵閉めてる!なあ、なんだよこれ!こんなのどうしろってんだよ!」

 

扉をバンバン叩くと、中から大きな笑い声が聞こえてくる。

 

「はっはっは。私からのささやかなご褒美だ!是非使ってくれ!」

「何がご褒美だ、いらないっすよこんなの!いいからここ開けてくださいよ!うちの部、女の子もいるんですよ!」

「うるさいなあ。集中して部活動できないだろ。神聖な文学の場を荒らすな。生徒会にちくるぞ」

「ぐっ!」

「用は済んだんだろう?なら早く次のところに宣伝にいけ。こんなところで油を売ってる暇はないんじゃないか?」

 

確かに正論だが…なんか腑に落ちない!

初対面だというのになんなんだこの部の連中は…。

こんなのがいる部活動が後二つもあるのだろうか。

すでに半分が終わったというのに、次の部室へと向かう足取りは、靴底に鉛が仕込まれているんじゃないかと言うほどに、重く感じた。




最後まで読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
春ですね。
高校生はもう卒業式も終わってそろそろ合否発表も終わった頃でしょうか。
大学生はこの時期は春休みの長さに当てられてどんどんモチベーションを吸われる時期です。
春に来る大学生一年生には、是非そうならないように生活してほしいですね。
それではまた、次にお会いしましょう。

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