シロクロ!   作:zienN

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第21話 解決は黄色い缶とともに

「…それじゃあ、今日はここまで」

 

鐘の音で数学の教師が区切りのいいところで切り上げ、颯爽と出ていく。

勉強が本分である高校生にとって、彼らの自由を告げる最後のウエストミンスターの鐘がなると、帰りのホームルーム前だというのに教室が賑わい出す。

そのお祭りにも似た騒がしい教室の中に、俺たちの担任、不動先生が頭をボリボリ掻きながらやってきた。

 

「うーい。お前ら席つけー」

 

無気力かつ適当だが愛嬌があり、クラスでは人気を得ている担任は、ホームルームも適当だ。

今日は配るプリントがないのか、一冊のノートを持って来た程度。

 

「はい。んじゃホームルーム始めるぞ。生徒諸君から何かあれば名乗りをあげろ」

「あはは、なにそれ〜」

「ねえか、じゃあ俺からもなんもなし!部活をやる奴は怪我しないように。帰宅部諸君は河川敷で秘密の特訓とかしないように。以上、解散」

 

毎日ネタが尽きないものだ。秘密の特訓といワードがタイムリーだったので、思わず口元が緩む。

生徒たちが席を立ち、部活やら帰宅やら、各々が放課後の活動に向けて動き出す。

俺もその一人。部室へと向かうため、涼香と敦也の席へ。

 

「部室行こう」

「おう、行こうか」

「お、忘れてた」

 

教室を出ようとした不動先生が、教室の出入り口でふと立ち止まった。

 

「おい、そこの三馬鹿」

 

面倒そうに振り向いて、三馬鹿という生徒を呼ぶ。

もちろん三馬鹿なんて変わった名前がつく生徒なんて、うちのクラスには当然いないし、俺の知る限りそんな名前のやつ我が校にいるなんて話は聞いたことがない。

じゃあきっと俺の聞き間違いだ。

先生がその半開きの目で俺たちを見ているのは、きっと気のせい、だと思う。

 

「クロ、行こうぜ」

「ん、ああ」

「おい、先生を無視すんな。一条、四季、敦也、お前らのことだ。ちょっとこい」

 

くそ、やっぱり俺たちか…。

「モテない一条玄人」といい、これ以上俺のレッテルを増やさないでくれ…。

 

「すいません。私、そんな頭悪くないと思うんですけど…」

「成績じゃない。お前はスイーツ馬鹿だ。一条は女馬鹿。敦也はまあおまけってことで」

「おまけって…」

 

一瞬だけ顔をしかめる敦也を見ても特に表情一つ変えず、先生は続けた。

 

「保健室の五十嵐先生から伝言だ。放課後部員集めて保健室来いってさ。お前らいつの間に部活なんて始めたんだ?」

「まあ、色々あって」

「ま、とにかく、伝えたからな」

 

先生の背中を見送って、俺たちは部室へと向かう。

俺たちが教室を出るよりも早く、シロは決まって教室からすでに姿を消していて、先に部室に行っていることは言うまでもない。

 

「もう結構経つね」

「ああ」

 

それはきっと優希君の件だろう。

俺たちが相談を受け、化け物じみたクレープを食べてから一週間以上の時間が経っていた。

あれから沢渡さんは部室に来ることもなく、事がどう動いているのか、それは俺たちにはわからないものとなっていた。

まあ、しばらく様子を見ておくように言ったのは俺たちなんだけどな。

 

「ゆうきくん。病気、治せたのかなあ」

「ユウキか」

 

隣で首を傾げながら歩く涼香の一言で、俺も優希君のことを思い出す。

確かに敦也のとった方法はうまくいくものだと思っているが、なんの連絡も来ないから結果がわからない。敦也は特に気にしていないようだが。

 

「まあ、俺たちの活動はあくまで悩みを聞くだけだし、相談窓口みたいなものだから、そんなに気負わなくてもいいんじゃないかな」

「うーん、そういうものなのかなあ」

 

涼香は少し腑に落ちなさそうな顔をする。

こんなこと言うのもあれだけど、お前特に何もしてないだろ。

人の家でお菓子を食べていただけなのに何をそこまで引きずることがあるのだろうか。

心の中でツッコミを入れながら歩くこと数分、部室にたどり着く。

鍵はやはり空いており、鍵の持ち主であるシロがすでに部室の中にいた。

 

「シロ、いい加減一緒に部室に…」

 

その言葉の続きはシロに向かい合って座る沢渡さんを見た途端に喉の奥に引っ込んでしまった。

沢渡さんは椅子から立って俺たちの方に向き直ると、次の瞬間には頭を下げていた。

 

「ありがとうございました!」

「え?」

 

それから沢渡さんは目に涙を浮かべて、ゆっくりと説明を始めた。

あれから一週間、優希君の様子を見ていたところ、俺たちと会った次の日から少しずつ前みたいに明るくなって、もう汚れて帰ってくることもなくなったこと。

最近はテレビゲームに熱が入って、一緒に遊ぶ機会が増えたということ。

全て話終わってから、敦也が悟ったように言う。

 

「…要するに解決ってことでいいんすかね」

「はい…。みなさん、本当にありがとうございました」

 

もう一度深々と頭を下げてから出て行った沢渡さんの清々しい顔には以前のような不安な表情は何一つなかった。

扉が閉まり、静かな空気を破ったのは笑顔を貼り付けた敦也の一言。

 

「ま、とりあえずリサ姉のとこ、行こうぜ」

 

 

 

 

 

「いや〜、みんな、お疲れ様!乾杯!」

 

カウンセリング室に着くと、五十嵐先生がそう言って胸の前で小さく拍手をして出迎えてくれた。

行く途中に涼香が選んだ缶ジュースを持ち寄り、今はみんなで祝勝会に近い会が開かれた。

 

「初仕事、大変だったでしょ?難しいと思ってたけど、解決できたみたいでよかったわ〜」

「本当ですよ…」

「でも、沢渡さん、すっごい感謝してたのよ?あなたたちを紹介してくれてありがとうって。一体どうやって解決したの?」

 

先生は俺ではなく、敦也に聞いているのを見ると、誰が解決に貢献したのかはすでにわかっていたようだった。

 

「ちょっと面倒だから簡単に言うと、いじめじゃない。惚れた女のために毎日ボロボロになるまで特訓してたのを姉にいじめと勘違いされた弟の話だったよ。だからちょっと手回ししただけ」

「なるほどねえ〜」

 

敦也の説明はなんとなくだが不良漫画にありそうな熱い青春を連想させるような言い回しだったが、それでも先生は納得したようだった。

こんな内容で納得する先生の器量というか価値観というか、何かがおかしい気がするが、敦也との付き合いだから信用しているということなのだろうか。

 

「よくわかんないけど、まあ解決できたみたいでよかったわ。一条君も二神さんも、この調子で頑張ってね♪」

「あ、はい」

「よし、じゃこれ飲んだら部室戻ろうぜ」

「そうだね。…敦也、これは?」

 

目の前には敦也の分の飲み物である黄色い缶コーヒーが俺の手元に置かれていた。

 

「何って、世界ギネスになりそうなほど甘い練乳コーヒーだけど?」

「俺も飲んでるんだけど」

「うん。そんなに美味しそうに飲んでたら、あげるしかないよね。ってことで、やる」

 

押し付けられた缶コーヒーには封が開けられておらず、乾杯の時も開けずにしていたのを想像すると、敦也の甘いものへのヘイトが現れているように思えた。

 

「はあ、わかったよ…」

 

涼香にバレないように、隙をついて黄色い缶を制服のポケットにしまう。

帰ったら悠にでもあげようか。

俺もこんな甘いものを飲まされて、あまりいい気分がするものではないんだけど。

そうだ、いつかの仕返しも込めて、この甘い不快感を、涼香にも分け与えてあげよう。

 

「よし、んじゃ先に戻ってるよ。女性陣はここで、女子会でもしててくださいよ」

「え、ちょっとくろく…」

「あら〜、気が利くじゃない!一条君、そういうとこ、私からは高得点よ!」

「え…ちょっと待って…」

「あはは、どうも。それじゃ、失礼しました」

 

どうやらまたストレスが溜まってるんだろう。いいサンドバッグを見つけたとばかりに、前に敦也を残した時と同じ、先生は含みのあるフルスマイルで二人のサンドバッグに笑いかける。

俺はまだその辛さがわからないであろうシロに、多少の罪悪感から、応援の言葉を投げかける。

 

「シロ、頑張れ」

「え?それってどういう…」

 

ピシャリ。

その言葉の先は閉めた扉の音に遮られて聞き取れなかった。

 

「健闘を祈る…!」

 

敦也が扉の奥に残された二人に、敦也が手を合わせた。

五十嵐先生のサンドバッグになる。その辛さが分かるものなら、誰でも手を合わせそうだ。でも俺にはわからないから、合掌なんてしない。

 

「行こう」

「ああ」

 

扉を抜けて聞こえてくる先生の感情のこもった声に後ろ髪引かれることなく、俺たちは部室への道を悠々と歩いた。




最後まで読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
大学生はもう春休みですね。
高校生は三年生は今頃は一応学校に行かなくてもいいから、まあ春休みでしょうか。
高校生中学生小学生は、もう少しで春休みですね。

友人たちのTwitterで旅先の写真と感想をつぶやいているのをみると、私も春休みはどこかへ出かけたくなってしまいます。
まあ、時間があればですが…!

それではまた、次の話でお会いしましょう。

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