君のためなら俺は   作:アナイアレイター

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第9話

 箒と離ればなれになって一ヶ月が経とうとしていた。悠斗は小学五年生になり、クラスメイトも変わったが、それでも変わらないものがあった。

 それは最早日課となりつつある、剣道の稽古。箒達は居なくなったが、新しい地主の人に頼み込んで、かつての篠ノ之道場を使わせて貰っているのだ。

 

 他にも道場なんてあるだろうに、何故ここなのだと思われるかもしれない。

 それは悠斗が箒との思い出を大切にしているのと、あの時誓った箒の側にいるという事を忘れないため。忘れないというよりは正確には薄くならないようにするためだった。

 どんなにインパクトのある思い出も時間が経てば薄まっていく。悠斗はそれを嫌い、毎日学校から帰ると篠ノ之道場へ行くのだ。

 

 たった一人であの広い道場を使うのは最初の頃は気が引けたが、慣れればなんて事はない。自分の世界に没頭出来るのだからこれ程適した環境はなかった。

 強いて言うなら、一人のため没頭し過ぎる事か。気付けば十九時を回っていて、心配になって千冬が迎えに来てたりというのもあった。

 

 そんな一ヶ月経ったある日、悠斗がいつものように道場へ行った時だった。

 柳韻から散々教えられた道場に入る前の一礼をしてから気付いた。いつもと違うことに。

 

「ん……?」

「やっほー」

「ど、どうも?」

 

 道場には悠斗よりも早く、セミロングの水色の髪を外側に跳ねさせた少女が立っていた。にこやかに悠斗へ手を振っているが、全く見た事もない少女の登場に悠斗は困惑する。どうやら向こうはこちらを知っているらしい。

 思わず気の抜けた返事をしてしまう悠斗にトコトコと少女が近寄ってきた。

 

「やっぱり今日も来たんだね。偉い、偉い」

「何でここに来る事を知ってるんだ? それに君は?」

 

 当然の質問だった。ここに来ているのを知っているのは家族のみで、少なくとも学校の友人にはバレていない自信もあったのだ。そもそも彼女とはこれが初対面なのは間違いない。

 

「んふふー。そんなにおねーさんの事知りたいの?」

「いや、そうじゃなくて……」

 

 にやにやと笑みを浮かべている少女は何ともやり辛い。からかっているのか、単に答える気がないのか、自分が意図した質問とは全く別の解答をしようとしてくる少女に悠斗は頭を抱えたくなった。

 困ってる悠斗の姿を見て少女はより一層笑みを深める。きっとからかいたくてしょうがないのだろう。

 

「ほらほら、私の事よりも早く稽古した方がいいんじゃない? 時間は有限よ」

「むぅ……」

 

 釈然としないが少女の言う通りだ。時は金なり。特に悠斗の場合は箒を出来るだけ早く迎えに行きたいがためにより顕著だ。

 少女が離れる。稽古をしろという事なんだろう。少女について何一つ分からないが、言われた通りに竹刀を構えようとした、その時。

 

「……み、見ていくのか?」

「ぅん? ああ、私の事は気にしないで続けててよ。邪魔する気はないから」

「そ、そうか」

 

 離れていった少女は道場の隅でじっと悠斗を見つめる。やはりその顔には笑みを浮かべていた。作り物らしい笑みを。

 やり辛いが仕方ない。いつも通り、準備体操から今日の稽古は始まった。

 

「ふっ……ふっ……ふっ……!」

 

 悠斗も最初は少女が気になって仕方がなかったが、一度集中してしまえば訳はない。悠斗の周りから一切の雑音は消え、ただただ剣を振る事のみに没頭する。

 

「ふぅー……」

「はい、これタオル」

「ああ、ありがとう……うおっ!?」

 

 素振りを終えて、何度目かの休憩しようとした時だった。横からタオルを渡されて何とはなしに受け取ったのだが、渡してきたのはいつの間にか近付いて来ていた少女だったのだ。

 集中を切らした瞬間と合わさって驚きを隠せない悠斗。それに態とらしく頬を膨らませて少女は咎めるように言った。

 

「むぅ、幾らなんでも驚き過ぎじゃない?」

「いや、いきなり近くにいれば誰だって……」

「そういう風に驚かれるとさすがのおねーさんだって傷付いちゃうわ……ぐすん」

「えぇぇぇ!?」

 

 よよよ、と袖で口元を隠しつつ、さめざめと泣くかのようにしている少女に悠斗は完全に振り回されていた。

 父親の快斗から女の子を泣かせるのは最低だと教えられているため、これは非常にまずい。体を動かして流れる汗とは別に、だらだらと嫌な汗が流れる。

 

「ご、ごめん。そんな、傷付けるつもりは……」

「……ぷっ、あっはっはっ! 今のは嘘よ、嘘嘘!」

「えぇ……」

 

 悠斗が唖然とするのも無理もない。目の前の少女の変わりようには目を見張るものがあった。自分と同じくらいの歳でこれだけ演技出来るのだから将来はきっと名女優にでもなれるだろう。

 

「そんなんじゃ、将来悪い女の人に騙されちゃうわよ?」

 

 目尻に涙を浮かべて笑う少女に少しムッとした悠斗はせめてもの反撃として言い返す。

 

「そうだな。たった今、君に騙されたからな」

「あら、今のはカウントされないわ」

「何で?」

「だって、私悪い女じゃないもの。むしろ良い女よ?」

「あっそう……」

 

 今度は冗談じゃなく、本気で言っているのだと悠斗は思った。さすがに嘘を吐きながら、ここまで自信ありげには言えないだろう。

 休憩のつもりが休まるどころか、逆に疲れた悠斗は竹刀を手に再び稽古を再開。

 

「……ねぇ、何でそんなに頑張るの?」

 

 先程から少女の様子がおかしい。これまで休憩してても話し掛けて来なかった少女は、稽古中にまでも話し掛けるようになった。ふざけている様子はない。

 それでも悠斗は剣を振る。少しだけ答えるか考えて、振りながら質問に答えた。

 

「強くならなくちゃいけないからだ」

「なりたいじゃなくて、ならなくちゃいけない?」

 

 ならなくちゃいけない。何故そんな使命感を持ってやっているのか。不思議に思ったのか、少女が聞き返す。

 

「別に強くならなくていいのなら、俺は強くなりたくなかった。人間、やっぱり平和が一番だよ」

 

 笑いながら悠斗は答えた。結局、人間望むのは平凡な人生なのだ。でもと悠斗は続ける。

 

「でもそういう訳にもいかなくなった。世界の誰かから狙われてるか知らないけど、大切な人が狙われてるんだ」

「その人のために強くなるの?」

「そうだな。それに約束したしな、ボディーガードになって必ず迎えに行くって」

 

 あの時、それまでずっと箒が泣いていたと聞いていた悠斗は自身のその言葉で笑ってくれた事に確かな誇りを持っていた。

 だからこそ、一人になっても頑張れる。一人、遠く離れている箒の事を思えば辛いなんて口が裂けても言えるはずがない。

 

「……そっか」

 

 少女はこれまでのようないやらしい薄笑いではない、本当の笑みを浮かべて短く呟いた。

 

「もういいか? じゃあ――――」

「焦りすぎ、もう少し落ち着きを持ちなさい」

「え?」

「動きがぎこちない、五年も剣道やっててそれは何? それと――――」

「す、すいません……」

 

 突然、少女から次々とダメ出しを受けた悠斗は敬語で謝っていた。それもそのはず、今言われたのは千冬からも言われていた事だからだ。

 どうやらこの少女、ただの素人ではない。少なくとも何かしらの武道をやっているのは間違いない。

 

「それと報告の通り、オーバーワークみたいだから最低でも二日は休みなさい」

「報告? いや、でも時間は有限って……」

「何かしら?」

「な、何でもないです……」

 

 少女の空気ががらりと変わった事に驚くと同時に、何故か逆らえない事に疑問を持つ。もし二日間休まなかったらどうなるか、考えただけで恐ろしい。

 そこまで言うと少女は悠斗から離れて、そのまま道場の出口へと。

 

「じゃ、時間も時間だから帰るけど、あなたも帰りなさい。白井悠斗くん」

「……君は一体?」

 

 ここに毎日来てる事を知っているのもそうだったが、名乗った覚えもないのに名前まで知っている。

 その事に悠斗は最初の時のように質問する。少女は振り返り、眩しい笑顔でこう言った。

 

「私の名前は更識刀奈。あなたは私が守るわ」

 

 今度は冗談はなかった。これが悠斗と更識刀奈、後に楯無を襲名する事になる少女との出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更識刀奈が自身の父、更識楯無から与えられた初めての役割は世紀の発明であるISの開発者、篠ノ之束と懇意だった者の護衛。護衛対象は妹の篠ノ之箒、親友の織斑千冬、その弟の織斑一夏、そして白井悠斗の計四人。

 と言っても、本当に重要注意人物である篠ノ之箒には政府から選ばれた選りすぐりのエリート達が付いているため、あまり危険性のないそれ以外の三人が刀奈の指示の元、護衛される事となった。

 

 これには近い将来、刀奈が更識家当主である楯無の名前を襲名するための試験も兼ねてであり、人を動かす事の訓練でもある。

 篠ノ之束が懇意の人物のためにしか動かない事は既に政府から聞かされていた。同時にもしもその人達に何かしらあったのなら大変な事になる事も。訓練とはいえ、責任は重大だ。

 

「虚ちゃん、紅茶淹れてー……」

「はい、そろそろかと思って既に用意してありますよ」

「うぅ、ありがとう……」

 

 幼馴染であり、従者の布仏虚が淹れてくれた紅茶を一口含むとまた上げられてきた報告書に目を通す。

 

「織斑千冬の半径百メートル以内には近付けない。近付くと途端に尾行がバレてしまい、見失う、か」

「凄いですね……さすが国家代表」

「いや、その中でも桁違いだと思うんだけど……」

 

 国家代表とは各国が選抜した、その国を代表するISの操縦者の事である。候補者でも軒並み高い実力を持つのだが、中でも千冬は他の候補者すらも圧倒し、国家代表となっていた。それも全て、近い内に行われる世界大会のため。

 

 束は国力に応じてISの根幹となるコアを世界中に分け与えた。革命的な兵器はその数の少なさから、簡単には戦場に出す事も出来なかったのだ。もし他国に攻めてる間に他国からの侵攻があったら堪ったものではない。

 ISに対抗出来るのはISしかない。それが良くも悪くも、自然と抑止力となったのだ。何故束が分け与えたのかは知る由もない。

 

 しかし、ISを通じて自国の力を示したい某国がISの世界大会を開催する事に決めたのだ。ISを作ったのは日本人だが、それを上手く扱えるのは我々だと。それがモンド・グロッソの始まりである。

 

「まぁ、そっちはある程度放っておいても大丈夫でしょう。残り二人が無事なら」

 

 残り二人の対象、一夏と悠斗を守り切ればいい。一夏の報告書に目を通すと交友関係が広いのか、複数の友達と遊んでいるようだ。最近は中国からの転校生とが多いようだが。

 色んな行動パターンがあると護衛としてはやり辛い。何処にどんな危険があるのか、分からないからだ。そういう意味では一夏は手強かった。

 

「こっちはいつも通り、ねぇ……」

 

 次に刀奈が目を通したのは悠斗の報告書。こちらは見なくても分かっている。

 

 学校から帰宅後、かつての篠ノ之道場に向かい、一人で稽古。その後、大体十九時くらいに帰宅。最近はオーバーワークの兆候が見られる。

 

 まるで遊び盛りの子供らしくない行動だ。友達と遊ぶ事さえなく、ただひたすら稽古に没頭している。もう二週間も同じだ。護衛しているのも報告する事がなくて、暇なのか、遂には体調まで管理するようになっていた。

 護衛する側としてはこれ以上ないくらい楽だが、気に掛かる。何故、そうするのか。どうしてそこまでするのか。

 

 刀奈のその引っ掛かりは徐々に強くなり、遂には自分で見に行くようにもなり、そして悠斗と正面から堂々と会話するようになる。

 

「大切な人のために、か……」

 

 ぽつりと呟く刀奈。すっかり暗くなった空を見上げながら先程交わした悠斗との会話を思い出していた。

 

 きっと大切な人とは、事前調査の資料にあったもう一人の護衛対象にして、現在保護プログラムの監視下に置かれている篠ノ之箒の事だろう。二人は幼馴染だと聞いている。

 シンプルで分かりやすい理由だった。だからこそ、共感も出来る。刀奈も大切な妹のために頑張っているのだから。今ではすっかり不仲になってしまったが、大切だという思いは今も変わらない。

 

「さぁて、帰ったら頑張るぞー!」

 

 あなたは私が守るわ。だから存分に頑張りなさい。大切な人のために。

 

 刀奈は誓いを新たに帰宅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、悠斗くんはどうしてそんな風になっちゃうの?」

「す、すいません……」

 

 悠斗と刀奈が初めて会話してから一週間が経つ。今日も今日とて篠ノ之道場で悠斗が稽古していて、それを見るだけだったのだが、堪らず刀奈が口出ししてしまった。

 

「いや、怒ってはないんだけどね? むしろどうしてそうなるのか、興味が出てきたわ」

 

 刀奈が言っているのは悠斗の動きのぎこちなさについて。武道に関してたった一年先輩の刀奈が思わず口にしてしまう程、悠斗の動きは違和感を感じるものだった。

 一つの不具合を直そうとすれば、また新しい不具合が生まれる。それも直そうとすれば、また……と無限ループに陥ってしまう。

 これに関しては実は柳韻も千冬も頭を悩ませていたのだが、刀奈は知りもしない。だが相当苦労していたのだと容易に予想は出来た。

 

 その後も悠斗は剣を振るが、やはり刀奈から見てもおかしいところは多々あった。

 

「うーん、確かに初心者と比べると良いんだけど、五年やってるって事を考えると……うーん」

「む、ぐ……」

「もしかして悠斗くんって才能ない?」

「ぐはっ!!」

 

 刀奈なりに慎重に言葉を選んでいたのだが、途中で考えるのが面倒くさくなり、結局ストレートに言ってしまった。

 ややオーバーリアクション気味に胸を押さえて倒れる悠斗。自覚はしているが、やはり面と向かって言われると正直来るものがあるのだ。

 

「い、いいんだよ。だから俺は人一倍頑張らなきゃいけないんだから」

「うんうん、そうだ、そうだ。頑張れ、男の子っ」

「茶化すな!」

 

 立ち上がり稽古を再開する悠斗に、語尾にハートマークでも付きそうな声色で刀奈が応援する。

 刀奈が持つフレンドリーさのおかげで、二人はとても出会って一週間とは思えない程の仲になっていた。

 

「ふっ……ふっ……!」

「……頑張れ、男の子」

 

 直ぐに集中した状態に入った悠斗を見て、今度はからかうようなのではなく、集中を乱さないように小さく応援した。


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