君のためなら俺は   作:アナイアレイター

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第7話

 自分の部屋にあるベッドの上で体育座りをして悠斗は踞っていた。明かりも付けず、真っ暗闇の中でじっと部屋の隅を見つめる。

 いや、その目は何も映していなかった。たまたま視線の先が部屋の隅だっただけで。視線に映るものなど何でも良かったのだ。

 

「……箒、っ」

 

 ぽつりと呟いた言葉は道路から聞こえてくる騒音にかき消された。それすら聞こえず、抱えていた腕を強く握り締める。

 俯き、思い出されるのは昼間に交わした箒との会話だった。

 

「えっ……? 今、何て……?」

 

 小学四年生も終わる頃、日本を襲ったミサイルによるテロ。それを束が開発したISで退けたのを切っ掛けに箒とは会えなかった悠斗は、久しぶりに会える今日という日を楽しみにしていた。

 

 ほぼ毎日欠かさずに会っていた人との再会に喜ぶ一方で、箒が浮かべる表情はこれでもかというくらい沈んでいて。どうしたのかと訊ねてみれば、突き付けられたのは残酷なものだった。

 

「もう……悠斗とは会えないんだ……」

「な、んで……何でだよ!?」

「姉さんの開発したものが凄いものだから……それを狙って、姉さんや私の家族も悪者に狙われる可能性がある……」

「何なんだよ、何でそうなるんだよ!?」

 

 震える声で必死に説明する箒に対して、悠斗はただ自分が感じる怒りのまま口にしていた。

 どうしようもない事は分かっている。自分が怒鳴り付けている箒が悪い訳でもない。それでも怒鳴らずにはいられなかった。

 

「保護プログラム、というらしい……両親とも、姉さんとも離ればなれになるそうだ……」

「ど、何処に行くんだ!? 夏休みとかなら俺も一夏も会いに――――」

「無理だ」

「えっ?」

 

 それでもと、連休なら会いに行けると言うつもりの悠斗へ無情にも否定の言葉が告げられる。

 

「家族の私でさえ、父さん達の居場所を教えてくれないんだ……悠斗に分かるはずがない」

「……そ、それでもいつかは必ず会える!」

「何処にいるのかも分からない、ここよりずっと遠いところにいるかもしれないのに、どうやって会うんだ……」

「そんな……だって、いつまでそんなのやるんだよ……」

「ずっと、だ……」

 

 声も出なかった。これから先ずっと、箒は家族と会う事もなく、各地を転々としなければならない。親しい友人を作る事も出来ず、特定の誰かと付き合う事もない人生。ただ生きているだけの人生。

 あまりにも残酷な運命に悠斗は掛ける言葉も失い、ただ呆然と立ち尽くす。何とか絞り出した言葉はいなくなるまでの期限だった。

 

「何時いなくなるんだ……?」

「三日後の昼にはここを出るらしい……」

「じゃあ、それまで一緒に――――」

「やめて、くれ……」

 

 与えられたたった三日を共に過ごそうと提案するも箒は力なく首を振り、それを拒んだ。

 何故かと悠斗が問い掛ける前に箒の口が開いた。その目からポロポロと大粒の涙を流しながら。

 

「これ以上悠斗といたら、離れるのが辛くなる……! 離れたくなくなる……!」

「箒……」

「もう今でさえ辛いんだ……! これ以上辛くさせないでくれ……!」

 

 目の前で大切な人が泣いている現実に悠斗は何も出来ないでいる。いや、何もしてはいけないのだ。何かすれば、それは却って箒が傷付く事になってしまう。自分が箒を傷付けている事実に歯噛みするしかない。

 

「だから……すまない悠斗。もう私とは会わないでくれ……三日後も来ないで欲しい」

 

 それを最後に箒は悠斗の前からいなくなってしまった。好きな人からそんな事を言われて無事でいられるはずもなく、暫くして悠斗は何とかふらつきながら家に帰ると、食事も取らずに今の状況へ。

 

「どうすれば良かったんだ……俺は……」

 

 頭を抱えるも答えは出ない。涙を流す箒に何もしないというのはあの場におけるベストだった。それは悠斗自身も理解している。

 しかし、理解はしていても納得は出来ないでいた。

 

 五年前、彼女と出会ったあの日から好きだったのに突然別れを告げられ、あまつさえ自分のせいで泣いている。だというのに慰める事さえ許されない。側にいる事さえ。

 

「悠斗、入るよ?」

「父さん……うん」

 

 どうすればいいのか、分からないでいる悠斗のところへ快斗がやって来た。様子がおかしい自分の子供と話に来たのだ。

 了承の返事を聞くと部屋に入った快斗は真っ暗な部屋に別段驚きもしない。昔から悠斗はとてつもないショックを受けると、こうして何も言わずに部屋に籠り、部屋の明かりを落としていた。

 

「明かり点けてもいい?」

「うん……」

 

 短く返事をすると照明が真っ暗だった部屋を眩しく照らした。その光に思わず顔をしかめる悠斗だったが、少しするとそれも慣れる。顔を上げれば、いつものように微笑む快斗の顔があった。

 

「どうしたんだい?」

「……箒が――――」

 

 ゆっくりと一通り今日あった事を話していく。箒と漸く会えて嬉しかった事、もう会えないと言われて怒った事、目の前で箒が泣いているのに何も出来なかった事。

 話していく内にショックのあまり凍っていた心が解けていき、涙が頬を伝う。一度流れてしまえば止めるのは難しい。手で必死に拭うも次々に溢れてくる。

 

「好き、だったんだ……!」

「うん」

「初めて恋をしたんだ……!」

「……うん」

「何で箒なんだ……! 他にも人はいっぱいいるのに、どうして……!?」

「悠斗……」

「うぅ、うぅあああ!!」

 

 快斗は自分にすがるようにして号泣する息子に対し、ただ話を聞く事しか出来ない。この小さな体を抱き締めてやる事しか出来ない。これ程自分が無力に感じる事はなかった。

 千冬や一夏の時と違い、相手は親戚などではなく政府であり、もっと言うと世界そのもの。たった一個人が歯向かえる相手ではない。

 

「すー……すー……」

「ん、寝ちゃったか……」

 

 どうしたものかと考えていると、いつの間にか悠斗は泣き疲れて寝ていたらしい。泣きはらした顔を優しく撫でると明かりを消して静かに部屋を出た。

 

「その、悠斗はどうだった?」

 

 部屋から出た快斗をまず初めに迎えたのは一夏だった。帰って来た悠斗の様子がおかしい事に一番最初に気付いた彼は快斗に様子を見てくれと頼んだのだ。これまで共にいた親友を心配するなというのが無理な話。

 

「……まだダメだね。もう少し時間をあげなきゃ」

「やっぱり箒ちゃんの事だったの?」

「うん、会わないでくれって言われたみたい」

 

 深雪が何故箒絡みの事だと分かったのかと言うと、悠斗が帰った後に一夏が千冬と共に箒の元へ向かったからだ。そこで泣いてる箒を見て何があったのか聞き、理解したのだった。

 

「悠斗のやつ、まさか本当に会わない気なんじゃ……」

「今のままだとそうかもしれないね……。そして一生後悔する」

 

 確かに箒は会う事を拒否した。それを悠斗は納得していないものの、受け入れている。だがそれは決して正しい事ではない。

 もしこのまま会わなければ、お互い今日の事を引き摺り、後悔し続けるだろう。

 

 そうならないためにも。快斗は自分の部屋のパソコンで調べるべく、その場を後にする。

 

「私の、せいだ……」

「千冬姉!」

 

 その言葉と共に力なく、千冬が崩れ落ちる。側にいた一夏と深雪が支えると、小さく震えているのが分かった。

 

 千冬は白騎士が自分である事を家族に明かしていた。恩人の快斗と深雪に隠し事はしたくなかったんだろう。

 でも本当はそれで結果的に自分の手で世界を変えてしまった事を許して欲しかったのかもしれない。

 

「千冬ちゃんのせいじゃないわ。あなたはやれる事をやった、そうでしょう?」

「……それでも私がこの状況を作ってしまったんです。大切な人を守ると言っておきながら、たった二人の義弟と妹分を助けてやれない……!」

 

 だが現実は非情で、二人の恋を応援しておきながら、その仲を引き裂いたのは自分自身という事実に千冬の視界が滲む。

 

「千冬姉……っ、悠斗……」

 

 一夏が拳をこれでもかと握り締めて見つめるのは、親友が寝ている部屋の扉。

 このままでは悠斗や箒は勿論、千冬までもがダメになる事を直感で分かっていた。

 この状況を打破するための鍵になるのは白井悠斗、本人しかいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「酷い事を、言ってしまった……」

 

 自室で箒は一人ベッドにくるまって横になっていた。思い返すのは昼間に悠斗へ言った言葉の数々。

 きっと彼は傷付いているだろう。もしかしたら泣いているのかもしれない。他の誰でもない、箒自らの手によって。

 

「嫌われただろうな……っ」

 

 そう思うと胸が苦しくなり、抱えていた枕をより強く抱き締めた。少しどころではない。深く悠斗と関わり過ぎてしまった。そのせいで箒の胸が痛みで悲鳴を上げる。涙が枯れ果てる事なく流れ落ちる。

 少し前までただ彼を思うだけで暖かくなったその胸は、今やもう彼を思うだけで苦しくて、辛くて仕方ない。それでも彼の名前を口にしてしまうのは未だ諦めきれていない証だった。

 

 側にいたい。好きな人と同じ時間を過ごしたい。しかし、世界はそんな少女の細やかな願いさえ聞き入れてくれなかった。

 

「悠斗、悠斗……!」

「っ……」

 

 その時、箒の部屋にゆっくりと誰かが入ってきた。気付かれないように中に入ると、辛そうにしている箒を見て開きかけた口が一度閉じる。しかし、何とか口を開いて――――

 

「箒ちゃん……」

「姉さん……?」

「箒ちゃん、ごめんね? 私のせいで……」

 

 束が言い終える前に箒が抱えていた枕を投げ付ける。柔らかい枕を幾ら投げ付けられても痛くもないはずなのに、心が痛んだ。

 

「姉さんのせいだ……!」

「ごめんなさい……」

「私はただ普通に暮らしたかっただけなのに! 皆と、悠斗と普通に暮らしたかっただけなのに!」

「ごめん、なさい……!」

 

 涙を流しながら箒がぶつけてくる言葉の暴力を束はただひたすら謝って聞き入れた。

 自分が叶えようとした夢のせいで、大好きな妹が苦しんでいる。束にとって、それは非常に耐え難いものだ。しかし、自分ではどうする事も出来ない。両親は勿論、束が認める千冬や一夏でさえも箒の涙を止める事は出来なかった。

 

「悠斗と一緒にいたい……! 離れたくない……!」

 

 自分と自分の夢を利用したアイザックと《財団》には必ず報復するとして。問題は報復するまでと報復した後だ。

 ISという兵器に対して一度魅せられておきながら、もう兵器として興味を持つなという方が難しいだろう。

 つまり束の重要人物という認識は変わらず、箒も変わらずこのままになるという事だ。

 きっとこれからも泣き続けるのだろう。誰も妹を慰めてくれないのだから。側に誰もいてやれないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠斗が箒と最後に会ってから三日が経とうとしていた。つまり今日、箒は何処か遠くへ行ってしまう。見知らぬ土地に、たった一人で。

 

「箒……」

 

 だというのに悠斗は未だにベッドの上で踞るのみ。その目元には濃い隈が出来ていた。頬も少しこけている。誰が見ても不健康としか言いようがなかった。

 

 この三日間、食事は殆ど喉を通らなくなり、せめて少しでもと深雪がお粥を作るも二、三口も食べれば充分だと感じていた。

 目元の隈は眠らなければ明日が来ないんじゃないか、そうすれば箒はいなくならなくて済むんじゃないかというせめてもの抵抗だった。しかし、明日は必ずやってくるもので、それも無駄に終わってしまった。

 

「十時、か……」

 

 時計が示す時刻を見て、悠斗は一人ぼやく。泣き疲れて寝てしまった次の日に一夏が十一時には箒達がいなくなると教えてくれたのを思い出した。

 後一時間もすれば箒とは二度と会えなくなる。別れの挨拶も告げず、秘めた想いを打ち明ける事もなく。そんな事、あってはならない。

 

 しかし、そこで思い出されるのは箒が言った、辛くなるからもう会わないでくれと拒絶された事。それが悠斗の足を自室に張り付けていた。

 

「どうすれば……」

 

 箒の元へ行きたい。しかし、行ってどうなるんだ。また泣かせてしまうのか。だがそれでも。

 

 ぐるぐると思考は廻る。三日間掛けても延々と答えは出ないままだった。悠斗だけでは答えを出すのに時間は幾らあっても足りない。だが、期限は残り一時間を切っていた。

 もう会うのは諦めようか。悠斗の心が折れかけたその時、悠斗の部屋の扉が無作法に開かれた。そのままずんずんと悠斗の元へ歩み寄ると胸ぐらを掴み上げる。そこで漸く悠斗は誰が部屋に入ってきたのかを知った。

 

「一夏……?」

「おい、何諦めてんだよ」

 

 目付きを鋭くさせて真っ直ぐ目を見てくる一夏に対して、悠斗は死んだ目で一度だけ一夏を見ると直ぐに目を逸らした。一夏が眩しくて仕方がない。

 

「諦めた訳じゃない……ただ会わないって決めただけだ……」

「それを諦めたって言うんだろっ!? 箒の事、好きじゃなかったのか!?」

「今でも好きだよ。だから会わないんだ……それが箒のためだから……」

「……本当にそう思ってんのかよ?」

「えっ?」

 

 それまで怒鳴るように話していた一夏の口調が急に静かになる。その変わりように悠斗も思わず逸らしていた目を一夏に向けてしまった。

 

「あいつ、悠斗と会いたいって泣いてたんだぞ。苛められてても平然と振る舞って、涙一つ見せなかった箒がだぞ!?」

「っ……」

「何が箒のために会わないだ! そんなの誰のためにもならねぇよ!」

 

 箒が泣いていると聞いて悠斗の胸がズキリと痛んだ。三日前に泣いていた時の事を思い出してどうしようもなくなる。

 圧倒的に悠斗が不利だった。悠斗自身も一夏が正しい事を言っているのは分かっているからだ。でも、だからこそ。

 

「じゃあ、俺はどうすればいいんだ!? 側にいてやれない俺が何をしてあげられるんだ!?」

「お前がやりたい事をやれ! 本当にやりたい事をだ!」

「俺、は……」

 

 悠斗が本当にやりたい事。一夏に指摘され、ぐちゃぐちゃになっていた頭の中が徐々に整理されていき、一つの場面が浮かび上がる。

 それは自身の名前を呼び、笑顔を向けてくれる愛しい人の姿だった。

 

「俺はただ……箒に側で笑っていて欲しかっただけなんだ……泣いているところなんて見たくなかったんだ……」

 

 何時だってそうだった。悠斗の行動原理は何時だってそんなシンプルなものだった。好きな人の笑顔を側で見ていたい、ただそれだけ。

 ありのままの自分の気持ちを吐露すると、胸ぐらを掴んでいた一夏の手が離れた。

 

「じゃあ側にいてやればいいだろ」

「簡単に言うなよ……」

「確かに簡単じゃないけど、不可能でもないよ」

 

 そう言って快斗が見せてきたのはパソコンで印刷してきたものだった。快斗の調べものとはこれの事だったのだ。

 ゆっくりと目を通していくと、段々悠斗の目に活力が宿っていく。死んでいた目が生き返る。

 

「決まり、だな」

「ああ、俺はもう迷わない。ありがとう一夏。父さんも、ありがとう」

「別にいいって」

「そうそう。それよりも深雪と千冬ちゃんは先に行ってるんだから僕達も急がないと」

「ほら、早く行こうぜ。やる事は決まってんだろ?」

「ああ、ただその前に――――」

「ん?」

「ぅん?」

 

 手を差し伸べて急ごうと言う親友に対し、悠斗はある事を決意した。

 自分が箒の側にいてもいいのか、自分が本当にそれに値する存在なのかを知るために。

 

「俺と勝負してくれ、一夏」

 

 もう一度、(一夏)へと手を伸ばす事にした。




うーん、もう少し掘り下げた方が良かった感じが……いや、でも本編早く行きたいしなぁ。
今のところIS要素ほぼゼロだし。

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