君のためなら俺は   作:アナイアレイター

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第6話

 自他共に天才と呼ばれる少女には夢があった。それはいつか宇宙というフロンティアへ行く事。

 彼女が眺める夜空には無数の星々があり、キラキラと輝いている。どれだけ手を伸ばして掴もうとしても自分の小さな両手には収まりきらない。それどころか、この視界目一杯にある星達でさえも宇宙からしてみればほんの極一部だ。

 

「あはっ」

 

 自然と笑みが溢れた。天才の自分でさえ想像しきれない圧倒的なスケールの大きさ、それが宇宙。

 ああでもない、こうでもないと少女が頭を捻って考えるも、きっと想像もつかない事が起きているんだろう。そう思うだけでわくわくする。この目で見てみたいと思う。

 

 しかし、同時に少女は宇宙がどれだけ危険なのかも分かっていた。その最たるが船外活動である。

 現行の宇宙服では小さな破片に当たっただけで破損してしまい、容易く命を奪ってしまう。もしそれが自分の親友だったらと思うとぞっとするどころではない。

 

「よぉし! この束さんが一肌脱ぎますかぁ!」

 

 例え何があっても装着者の命を守る宇宙服を作る事。篠ノ之束の夢はそこから始まった。それが世界を変えるとも知らずに。

 

 束が船外活動マルチフォームスーツを正式に開発するようになって幾つかの問題とぶつかった。

 まず一つは単純に言えば資金難である。何をするにしても結局は莫大な金額が必要だった。これに関して言えば正直なところ、株の操作やら有名どころの口座からちょろまかしたりで解決する。

 もう一つはマルチフォームスーツに使う素材。多種多様な素材が必要となるのだが、束は妥協を知らない。どうせ作るのなら良い物の精神であるため、素材も良い物を望むのは当然だった。これも束の手に掛かれば直ぐに手に入る。非合法な手で。

 

「うーん、でもそうするとちーちゃんが怒るからなぁ……」

 

 非合法な手は束の唯一の親友である千冬が許すはずがない。真っ当に評価されたいのであれば、正しく、真っ当な手段で行うべきだというのは彼女の持論である。

 周りがなんと言おうが、このマルチフォームスーツが完成すれば世間の目がどうなるかなんていうのはこの天才は見抜いていた。結局は結果なのだ。

 

 しかし、だ。非合法な手段を用いれば、現在自分の夢の唯一の理解者にして、協力者の千冬を失う事になるだろう。そんなのは火を見るよりも明らかだった。

 つまり束は真っ当な手段でこれらの問題を解決する必要があった。千冬以外の理解者が必要になったのだ。出来ればそれが莫大な資金を持つスポンサーである事が望ましい。

 

「とりあえずは動画にして宣伝でもしてみるかなー。あー、やだやだ、この束さんが頭を下げなくちゃいけないなんて」

 

 そんな淡い期待を持って現段階での成果を見せつつ、動画投稿サイトなどにて投資を求める事にした。

 海外に向けて日本語以外の言語を口にするのも、見知らぬ誰かに向けて頭を下げるのも耐え難い屈辱ではあるが、仕方ないと割り切った。全ては自分達の夢のため。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たった二六文字から織り成される言語で会話するなんていうのは束にとっては朝飯前だった。千冬との特訓で動画でも他人に向ける無愛想な表情ではなく、束のお気に入りに向けるような笑顔でいられるようにもした。束にしてはよく頑張った方だと言えよう。

 

 しかし、寄せられるのはこの動画は合成だのCGだのといった非難ばかり。何せそれを着用しただけで空も飛べるようになるのだから無理もなかった。

 後は欠点の方だろう。開発したマルチフォームスーツは何故か女性にしか扱えない。原因は開発者である束にも不明だ。

 そこを無理矢理にでも直そうとするとほぼ全ての機能が停止するのだから放置していたが、それが良くなかったらしい。

 投資される金額も全部合わせても日本円にして一万円に届くかどうか。はっきり言ってしまえば何の足しにもならない程度だ。

 

「やっぱり凡人に天才の考えを理解しろってのが無理な話だよねー……これは束さんの失敗だなぁって、ぅん?」

 

 全ては無駄だったかと諦めかけたその時、束は気になるメールを見つけた。内容には貴方の考えに賛同する。とだけ書かれており、特に投資する金額もなにもない。その代わりに何処かのサイトへのアドレスだけが載っていた。

 

「変わったアプローチの仕方だなぁ。まぁ、面白そうだし見てみるかな」

 

 そのサイトにアクセスした瞬間、画面が開かれる。そして――――

 

「ん? へぇ、もうあのメールを見たんだね。いやいや、予定よりも早くて嬉しいよ」

 

 画面に映る男がとても嬉しそうに束に話し掛ける。まるで久々に出会った友人のように。

 その馴れ馴れしさに不快さを隠そうともせずに、顔をしかめて束は問い掛けた。

 

「……何だよ、お前は?」

「これは失礼、自己紹介がまだだった。初めまして、篠ノ之束。僕の名前はそうだな……アイザックとでも呼んでくれればいいよ」

「アイザック……!?」

 

 誰もが苛立つであろう、この対応でさえも笑顔で受ける男の名前に束の表情が驚愕に染まった。知る人ぞ知ると言うべきか、彼の名前は知らなくても、《財団》と言えば子供でも知っている程だ。

 本来、財団とは固有の名詞ではない。それらに更に名詞がプラスされて初めて固有名詞となる。だがアイザックが所有するのはあまりにも規模が他のとかけ離れ過ぎていて、いつしか別格という意味も込めて《財団》と呼ばれるようになっていた。

 

「あの《財団》が私に協力してくれるのかな?」

「ご名答。僕達が節操なしなのは知っているだろう?」

「ふんっ」

 

 肩を竦めておどけた様子で話すアイザック。その姿に束は何故か苛立ち、不快感と不信感を強めていく。

 

 彼の言う通り、《財団》は特定の分野だけに留まらず、あらゆるジャンルにその手を伸ばし、自分達の範囲をどんどんと拡大させている。それが今度は宇宙開発事業にまでその手が伸びただけなんだろう。

 だがしかし、幾ら画期的とはいえ宇宙へ行くための要であるロケットすら無視して宇宙服に着眼するのはどうなのだろうか?

 

「まぁ信じられないのも無理もないね。でもね、僕はいつだって真剣さ。君の発明は間違いなく、この世界を変える。歴史に名を残す。そのためなら協力は惜しまない。その証として口座を見てみてくれ」

「ふんっ……な、こ、これ……!?」

「もし足りないのなら言ってくれれば幾らでも用意する。それと他に要望があるならそれも聞こう……どうかな?」

 

 言われて束も半信半疑になりつつも、今回のために作った口座を確認するとそこには十億円もの金額が振り込まれていた。信用を得るためにとは言え、高過ぎる買い物だ。

 更にそれだけ高額であるにも関わらず、足りないのならとあっけらかんと言う辺り、さすが《財団》の会長というべきか。

 

「分かった。よろしくお願いするよ」

「こちらこそ、君の発明を楽しみにしているよ」

「(……まぁいいや。利用するだけ利用させて貰うから)」

 

 モニター越しにではあるが、協力関係が成立した。この時、この場に千冬がいたら未来に起こり得た最悪の展開を回避出来たかもしれない。人との関わりを極端に持たず、他人を見下す束だからこそ気付かなかった。

 モニターに映る男が邪悪な笑みを浮かべている事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 束と千冬の二人に《財団》というスポンサーが付いて暫くの時間が経過した。それからはトントン拍子に事が進んでいった。

 やれ、資金が足りないと言えばどれだけ法外な金額でもアイザックは二つ返事で振り込んだ。

 やれ、コアと呼ばれる根幹の部分の作成にあるレアメタルが必要だと言えば次の日には市場を独占し、束達に無償で提供する。

 

 無論、束達に何も要求がなかった訳じゃない。アイザックも自分が持つ宇宙開発事業団体でテストをしたいからとコアを五個ほど寄越せと言ってきた。つまりは成果を見せてくれと言ってきたのだ。

 

 束はそこで良い機会だと、望み通り五個提供した。コアは独自のネットワークを持ち、離れていてもオンラインならば情報のやり取りが可能だ。勿論、開発者の束ならばそのやり取りを覗く事だって出来る。宇宙開発以外の事をやっていれば契約違反だと、コアを取り返し縁を切ればいい。オフラインにしていた場合も同様だ。

 するとどうだろうか。コア達から上げられる情報は宇宙開発事業に関わるものばかり。アイザックは本当に宇宙への進出を考えていたのだ。

 

「へぇ……まぁ、やるじゃん」

 

 自分ならもっと効率のいい方法があるけどねと、せっかく千冬以外に見つけた同士への照れ隠しにそう付け加えて。

 

 それからは少しずつアイザックへの態度を軟化させていく束だったが、やはりコアの開発方法だけは何があっても教えなかった。

 無二の親友である千冬には教えたが、何故かアイザックにはどうしても教える気にはならない。

 

「うーん……」

「束、どうかしたのか?」

「あ、ちーちゃん」

 

 頭を悩ます束の元に、空からマルチフォームスーツを纏った千冬が降りてきた。純白の騎士のような姿、漸く完成したマルチフォームスーツ《インフィニット・ストラトス》――――通称IS――――の第一号、白騎士だ。

 名前を付けたのも、その姿を考えたのも束である。搭乗者の千冬の生きざまが騎士のそれに近いと思えた束がデザインしたのだ。

 

「ねぇねぇ、ちーちゃん。《財団》の事、どう思う? なーんかやってる事は本当に宇宙開発の事なんだけど、どうにも信じられなくて……」

「そもそも私はあまり大人を信用していないからな。例外はお前の両親と義父さんと義母さんだけだ」

「むむむ……そうでした……」

 

 自分が感じていたモヤモヤとした部分を聞いてみるも、千冬は以前あった家のトラブル以降、大人に対してあまり良くは思わなくなっている。目の前で醜いのを見せつけられたのだから無理もない。

 

「ただ、そうだな……あの男からは何処か親戚だった連中と同じ感じがする」

「信用するなって事?」

「あくまで私の意見だがな」

「うーん、ちーちゃんがそう言うなら……」

 

 モニター越しに会った時に感じた嫌悪感。あれは前に見た千冬の親戚達と同じだったと言う。

 親友の千冬が言うのならそうなのだろうと、束は安直に考えていた。まぁそれだけではなく、自身もぼんやりとではあるが、そう思っていたのもあるからだ。

 ならばもう少し距離を置いておこうと決めたのはいいが、やはり問題がある。

 

「でもそうすると新しいスポンサー見つけなきゃだね……」

「そうだな……」

 

 断るのは決めたとして、問題はその先である。怪しいとは言え、《財団》以上のバックアップはこの世界には存在しない。それはこれまでの実績が表している。

 それ以上に漸く完成したISを学会で発表したものの、食い付きは悪いままだった。とてもじゃないが、スポンサーなんて得られそうにもない。

 どうしたものかと頭を悩ませる二人の元に無機質な音が鳴り響いた。

 

「……噂をすればなんとやらって奴かな? ちょっと行ってくるね」

「分かった。私は少しだけ休憩させてもらうさ」

「はーい」

 

 無機質な音の正体はアイザックからの通信。束は相手によって着信の際に流れる音楽を律儀に一人一人変えている。と言ってもお気に入りの人間に対してのみだが。アイザックも多少はその線に入りつつあったが、それも今日まで。またその他大勢と同じに戻るだろう。

 

「やぁ、篠ノ之束。調子はどうかな?」

「まぁまぁだよ」

「そう、それは良かった」

 

 自分で聞いておきながら返ってきた内容にどうでも良さげに言うアイザックへ不信感を募らせる束はどういうつもりで連絡して来たのかと思考する。

 学会での結果は残念だったね、と慰めるつもりなのだろうか。

 

「この前の学会は残念だったね」

「へぇ……まさかそう言ってくれるなんて思ってもなかったよ」

 

 どうやらそのまさかだったらしい。束が思わず口にした言葉にも上機嫌そうに笑う。

 

「はははっ、喜んでくれたかい?」

「多少はね。それで何の用?」

「一つは今言った学会の事。もう一つはプレゼントを用意したんだ。こっちでも喜んでくれるといいんだけど」

「プレゼント?」

 

 アイザックからそんな事をしてくるなんていうのは初めての事で思わず鸚鵡返しのように繰り返す。

 

「――――これから一時間後、君がいる関東にミサイルで攻撃を仕掛ける。その数、三四七発。《財団》が集められた全てさ。さぁどうなるだろうね?」

「っ!?」

 

 思わず息を呑んだ。小さな島国の小さな土地へのミサイルによる爆撃。たった一発でも当たれば大惨事になる事は間違いない。それが三四七発も。

 だがここで焦りを見せてはいけない。見せれば向こうの思う壺だ。目的が分からない以上、下手な事は言えなかった。束は冷静を装い、話を続ける。

 

「……狙いは私? だとしたら私がここから逃げればいいだけだね。無駄な労力ご苦労様」

「それはない。君にとって大切な人もそこにいるんだろう? 君がその人達を見捨てて逃げる訳がない。違うかな?」

「その人達と一緒に逃げればいい。それで解決だ」

「でもその人達が大切にしている人達までは逃がせない。無論、今からミサイルが来ると訴えかけても遅いよね」

「なら――――」

「ああ、ハッキングで止めようとしても無駄だよ。当然、そんなの対策してあるに決まってる」

 

 図星だった。束としては自分のお気に入りが無事ならばそれで良いのだが、お気に入りがそうはいかない。普通に友達や家族との関わりを大切にしているからだ。そして束得意のハッキングも対策してあると言っている。《財団》が対策したのだから余程のものだろう。

 つまり逃げる訳にはいかず、ハッキングで防ぐのもダメ。ミサイルを迎撃するしか方法はない。だが、既存の技術ではミサイルを迎撃する方法は不可能に近いだろう。

 そこまで考えて、束の脳裏にたった一つだけの正解が過った。この場に残された唯一の正解を。

 

「っ!! お前、お前ェ!!」

「あはははっ!! 漸く気付いたんだね!? そうだよ、それしかないよねぇ!?」

 

 アイザックの意図する事が見えた束は冷静を装うのも忘れて声を荒げ、それに応じるようにアイザックは楽しげに笑う。悪戯がバレた子供のように。

 

 対策はよく考えなくても一つしかなかった。自分達が開発したマルチフォームスーツによる迎撃。これしか方法はない。これなら確かに難なく迎撃出来るだろう。しかし、それは同時に一つの未来を示している。

 

 ISの軍事利用。学会で否定された事の一つとしてこれまでの技術を遥か過去に置き去りにする新技術があった。

 人よりも大きい程度の高いステルス性。戦闘機よりも高い機動力と運動性。そして戦艦よりも高い火力。どれを見ても凄まじい。

 そしてこの状況はそれらを示す絶好のシチュエーションと言ったところだろう。

 

「言ったはずだよ? 君の発明は世界を変えるって! そう、世界は漸く僕の望んだ世界になるんだ……君のおかげで!」

「お前……宇宙開発は何だったんだ!? 自分の施設でコアにやらせてたのは!」

「ああ、やっぱり見てたんだね。疑り深い君の事だからきっとそうだと思ってたよ」

 

 コアを通じて束がこちらの様子を見ている事を予測していたアイザックは、手に入れたコアの軍事利用を我慢して嘘を吐く事に専念していた。いつか会心の笑みを浮かべるため。

 

「じゃあね、篠ノ之束。また会えたら会おう。新世界で。あはははっ!!」

「くっ……!」

 

 一方的に通信を切られた束は一瞬で幾つもの打開策を考案するも、どう考えても時間がない。やはりどう考えても、ISを使うしか方法はなかった。

 

「束、どうした? あんなに声を荒げて何があった?」

「ち、ちーちゃん……」

 

 正直に全てを打ち明けた。アイザックがISを軍事利用する目的だった事、一時間後に関東にミサイルが攻めてくる事、もう迎撃するしか方法はなく、ISでやるしかない事も。

 全てを聞いた千冬は黙って頷いた。覚悟を決めた目が束を見据える。

 

「やるしかないだろう。今それを出来るのが私達だけなのだから」

「でも、ミサイルが近くで爆発すればちーちゃんだって!」

「お前の夢が私を守ってくれるさ。だから私は、私の大切な人がいるここを守る」

 

 束の制止を振り切って、白騎士を展開した千冬は音速を優に越える速度で太平洋へと向かう。束が趣味で用意した剣を携えて。

 

 結果は白騎士が全てのミサイルを海上で迎撃し、世界にISの力を知らしめた。犠牲者無しというニュースよりも、この驚異的な力を世界は大々的に取り上げる事になる。

 女性にしか扱えないという欠点は女性達の権力の根幹となり、ISは象徴となった。新たな世界が幕を開ける。女尊男卑の始まりだ。

 そして篠ノ之束は開発者として厳重に保護される事になり、それは家族にまで及ぶ事になる。それは悠斗と箒が別れる事を意味していた。


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