君のためなら俺は   作:アナイアレイター

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第4話

「それで、悠斗が――――」

 

 篠ノ之家の食卓にて幼い子供が一生懸命に今日起きた話をしていた。初めての友達との話に夕食を食べるのも忘れて。

 柳韻と雫がそれを笑顔で聞き、二人とは対照的に姉の束がつまらなそうに聞いていた。束にとっては幾ら自分が大好きな箒が話しているとは言え、お気に入りでも何でもない悠斗の話など欠片も興味ない。

 

「箒ちゃん、箒ちゃん」

「何だ姉さん。これからが面白い所なのに」

 

 邪魔をされて少しだけムッとする箒も可愛いと思うも束は本題に入る事にした。

 

「だって箒ちゃんってば、ずっとそいつの話してるんだもん」

「えっ? そ、そうだったのか?」

 

 ふと両親の方を見やるとやはり笑顔で頷いた。そんなつもりはなかったのに、と箒は顔を赤くする。

 

「ふふっ、気付いてなかったの? ここ最近はずっと悠斗くんの話をしてたのよ?」

「はっはっはっ。話すのに夢中で気付いてなかったのか」

「む、ぐ……じゃ、じゃあ一夏の話を」

 

 しかしそれすらも結局は悠斗に関連するもので、遂には二人から笑われてしまい、どうにも恥ずかしくなった箒は誤魔化すように味噌汁を啜った。それでも次の日になればまた悠斗との話をしてしまう。それが最近の箒の日常だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 篠ノ之箒にとって白井悠斗とは初めての友達であり、家の道場で共に剣の腕を磨き、競い合うライバルのはずだった。

 そう、だったのだ。いつからかそれが過去形に変わっていたのに箒は気付いていない。

 実際はインフルエンザで悠斗が休んだ後からだろうか、箒の中で小さな変化が起き初め、段々と変化は如実になっていく。

 

「――――でさぁ」

「あー、あったな……って、箒?」

「…………」

「おーい、どうしたんだ?」

「っ!? な、何だ!?」

 

 休憩時間、一夏が話している最中だというのにこちらを凝視している箒に違和感を感じた悠斗。一夏もそれに気付いたようで話を中断した。いや、凝視というより呆けているのに近いのかもしれない。最近になって最初の頃よりは呆ける事がなくなった悠斗に変わり、今度は箒が呆けるようになってしまった。

 試しに体を少し揺さぶってみると、やたらと驚いた様子で悠斗の方を見る箒。その顔は少しだけ赤くなっていた。こういうのも似ている。もしかしたら移したのかもしれない。

 

「……大丈夫か? もしかして体調悪いのか?」

「だったら休んでた方がいいぜ。悠斗みたいにインフルエンザだったら大変だぞ」

「だ、大丈夫だ!」

「うーん、そうか……?」

「大丈夫ったら大丈夫なんだ!」

「……ならいいけど」

「無理はすんなよー」

 

 悠斗が顔を近付けて訊ねると即座に距離を取って、明らかに大丈夫じゃなさそうな返事をする。

 箒の様子がおかしいのは誰の目から見ても明らかだが、あまり問い詰めるのも悪いと思い、悠斗は引き下がった。ただ、本当に大丈夫じゃなかった時の事を考えて、心配はしておく事に。

 

「(へ、変に思われただろうか……)」

 

 そんな心配も余所に箒は自分がしでかした失態について考える。何故悠斗を見て呆けていたのか、それは箒にも分からない。

 分かったのは揺さぶられて気が付いた時には悠斗の顔が目の前にあり、心臓が五月蝿く喚いた事だけ。今も治まる事なく、鼓動を続けている心臓を不思議に思う。だがそれは決して不快なものではなく、何処か心地好く感じさせるものだった。

 

「お、休憩も終わりだ。悠斗、また一緒にやろうぜ!」

「またか……まぁいいけど」

 

 休憩も終わり、立ち上がると一夏が悠斗を誘う。誘われた悠斗も満更ではない様子で立ち上がる。

 昔からの馴染みで仲が良く、同じ男というのもあって一夏は悠斗に教えてもらっていた。教えるのも一つの稽古だと柳韻から任命されたのだ。

 悠斗がここに通うようになって半年以上もの間一緒に遊べなかったという反動もあるのだろう。その時間を埋めるべく、二人は共にいた。

 

「むむむ……!」

 

 それを面白く思わないのが箒である。ここ最近、一夏が来るようになってからはずっと悠斗は一夏に付きっきりでいるため、休憩時間くらいでしか悠斗と一緒にいる機会がない。これまではずっと一緒にいたのにだ。それが一ヶ月、最早我慢の限界だった。

 

「ゆ、悠斗! 私と地稽古やるぞ!」

「えっ。いや、俺は一夏と打ち込みやるんだけど……」

 

 遅れて立ち上がった箒も悠斗を地稽古という格闘技でいうスパーリングに誘う。やはりどうにも様子がおかしい箒に悠斗は首を傾げた。

 

「そうだぞ。地稽古? だったか? 千冬姉が相手してくれるって言ってたんだから千冬姉とやればいいだろ」

「ち、千冬さんとでは体格差がありすぎて出来ない! 一夏はまだ始めて間もないからダメだし、そうなると悠斗しかいなくなるだろう!? だから仕方なく……そう、これは仕方なく悠斗とやるのだ!」

 

 一夏の言い分を子供なりの知恵を絞って自分の言い分が如何に正当であるかを述べる。やや早口で捲し立てるように話すのは興奮しているからからか、それとも何かを誤魔化しているからなのか。

 そこに物陰で見物していた千冬が漸く動き出した。決して見るに見かねて出てきた訳ではない。

 

「箒の言い分も確かにある。どれ、一夏は私が教えてやろう。悠斗は箒の相手をしてやれ」

「千冬姉が教えてくれるのか!? やったぁ!」

 

 今まで稽古している姿を見ているしかなかった姉と稽古が出来ると知るや否や嬉しさのあまり飛び跳ねる一夏。シスコンへの道は順調だった。恐ろしい程に。

 

「くくく、まぁ、なんだ。頑張れよ」

「はいっ」

 

 通りすがりに箒に耳打ちして行く千冬は実に楽しそうな顔をしていた。最近は良く笑うようになった千冬を見て頷く。言葉の真意を理解していない箒は単純に悠斗との地稽古を頑張れと受け取ったのだった。

 

「じゃあやろうか、お手柔らかに頼むよ箒」

「う、うむ! 任せておけ!」

「(大丈夫かなぁ?)」

 

 お互い防具を着けて一礼し、竹刀を構えて相対すると短く言葉を交わした。久しぶりに一緒に稽古するとあって妙に緊張している箒に一抹の不安を抱く悠斗、そしてその不安は見事的中する。

 

 元々才能があり、それに驕る事なく鍛練を続けてきた箒に対して、悠斗は目の前の彼女に追い付くべく必死に稽古を続けてきたものの、才能はない。先に始めていたのもあり、腕前は未だ箒の方が上であった。そこに久しぶりに悠斗と稽古が出来ると舞い上がっている彼女。この二つが合わさるとどうなるか。

 

「小手、っめぇーん!」

「おふっ!?」

 

 加減なんて一切ない、箒の一方的な蹂躙が始まる事を意味していた。開始早々、悠斗に小手から面を打ち込んで一本取ると足早に開始線に戻っていく。防具を付けているとはいえ、衝撃で痛む頭を抱える悠斗を無視して。

 

「どうした悠斗っ! もう一本行くぞっ!」

「お、おう……」

 

 叱りつける声も何処か嬉々としており、ここ最近の箒からでは想像もつかない程、楽しそうにしていた。それに気付けたのは普段箒の相手をしていた千冬くらいのもの。

 

「確かに頑張れとは言ったが……やりすぎだな……むっ?」

「どうしたんだ、千冬姉?」

「いや、何でもない。ほら、背筋が曲がっているぞ」

「はーい」

「くくく……」

 

 熱心に素振りをする一夏に指導する傍ら、浮かれすぎて空回る箒にどうしたものかと考え、少し悪巧みを思い付く千冬。浮かべる笑みは何とも意地の悪いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悠斗もまだまだだな」

「ぐぬぬぬ……! その内に追い付いて……いや、追い抜いてやるからな!」

「ああ、楽しみにしてるぞ」

 

 本日の稽古も終えて更衣室に行く途中、地稽古での話に一花咲かせる二人。結局悠斗は一度も箒から一本も取る事はなかった。

 

 地稽古とは本来勝敗を重視するのではなく、欠点を克服したり、新しい戦法の習得などが目的の稽古である。だがそこは悠斗も男であるためか、負けっぱなしというのは気に入らない。結局、今日の稽古が終わるまで続け、今に至る。

 

「ふふっ、しかし悠斗も強くなったな……」

 

 着替えながら今日の事を思い返す。入門してきたばかりの時からでは想像もつかない程に成長している。箒も成長しているが、半年と少しの間で二人の差は確実に縮まりつつあった。

 今回も最初は為す術もなくただやられてばかりだったが、次第に一本取るまでの時間が長くなり、最後の方にもなると立派に打ち合えるまで。久しぶりに一緒にやれたというのも嬉しいが、それ以上に悠斗が強くなっている事に喜びを感じていた。まるで自分の事のように。

 

「箒、もう着替えたのか」

「あ、千冬さん」

 

 箒が着替え終わったタイミングで千冬も更衣室に入ってきた。千冬が着替え終わるという事は悠斗達が帰る事を意味する。

 

「(少しゆっくりし過ぎたか)」

「ああ、箒」

「っ、はい?」

 

 いつものやり取りをすべく更衣室を出ようとする箒に着替え途中の千冬が呼び止める。こうして出ていこうとする時に呼び止められるのは初めてだったので、疑問符を浮かべて首を傾げた。

 

「今日の稽古だが……あまり褒められたものではないな」

「うっ……」

 

 言わんとしている事は分かっていた。実力差は小さくなっているがあくまで箒の方が上であるため、一方的に叩きのめすのではなく、上位に立つ者として悠斗を指導しなくてはならない。

 分かってはいたものの、嬉しさのあまりについつい厳しくしてしまったのだ。幼い箒にそれを強いるのも酷な話だが、今後の事を考えると言わざるを得ない。

 しょんぼりと目に見えて落ち込む箒に千冬はある種のとどめとなる言葉を言い放った。

 

「あまりやり過ぎると悠斗が剣道を嫌いになってしまうぞ?」

「っ!!?」

 

 初めての友達である悠斗が剣道を嫌いになるという事はここに来なくなるという事で、つまりは悠斗と会えなくなる事だ。

 その言葉に一気に箒の顔が青ざめる。次の瞬間には脱兎のごとく、駆け出していた。勿論、向かう先は悠斗の元へ。

 

「箒! ふむ、少し脅かし過ぎたか……だが面白いものが見れそうだな」

 

 千冬はやり過ぎたと少しだけ後悔するも即座に頭を切り替え、面白いものを見るべく着替える速度を早め、箒を追い掛ける。

 

 涙でぼやける視界を頼りに必死に悠斗の元へと走る箒は外で千冬を待つ悠斗と一夏を見つけた。何故か分からないが思わず隠れてしまう。

 

「何か今日の箒おかしかったな」

「そうなのか?」

「うん、あんな箒初めて見た。何処か調子悪かったのかな?」

 

 今日の事を思い返し、不思議そうにしている悠斗もまさか近くに本人がいるとは露知らず、話を続ける。

 

「にしても防具の上からでも赤くなってるじゃん。こわっ」

「ん? ああ、これか。確かに」

「(あ、あれは……)」

 

 袖を捲れば打ち込まれた悠斗の左腕が赤くなっていた。地稽古の際に行った、箒の最も得意とする小手を始点とした連続技によるものだろう。少し遠くから見ても分かる程だ。今更になって優しくすれば良かったと後悔するももう遅い。

 

「痛いからとか辛いからってやめないでくれよ?」

「そうだなー」

「っ!!」

 

 何気なく言った悠斗の言葉が引き金となった。一夏が笑いながら言った言葉に悠斗が答えた瞬間、箒が物陰から飛び出す。

 

「お、箒だ」

「ん、箒どうし――――うおおお!?」

 

 一切減速などせずにそのまま悠斗にぶつかるように抱き着いてきた箒に一体何事かと慌てる悠斗。女性に抱き着かれるなんて母親くらいしかなかった上にいきなりの事で動転してしまうのも無理もない。しかもそれだけではなかった。

 

「ご、ごめ……ごめん、なさい……! ごめんなさい……!」

「え、えぇぇぇ!?」

 

 箒が突然泣きながら謝ってくるのだから動揺は拍車が掛かる。押し付けていた顔を上げてみれば、そのくりくりとした大きな瞳からポロポロと涙が溢れてきており、悠斗のテンパり具合は倍率ドン、更に倍である。

 

「悠斗……女の子を泣かせるのは最低だって義父さん言ってたぞ?」

「俺だって知ってるよ! ど、どうしたんだ?」

 

 やたら冷めた目で見てくる一夏に怒鳴り付ける。未だ自身に抱き着いて泣き続ける箒にわたわたしながら何とか話をこぎ着ける。

 

「酷い事して、ごめんなさい……! もう、しないから……! だからやめないで……!」

「ひ、酷い事って何の話だ? やめないでって何を?」

「腕、怪我させて……ごめんなさい……。剣道、やめないで……!」

「ああ、そういう……」

 

 しゃくりあげながらたどたどしく話す事で漸く箒が泣いている原因が判明する。悠斗は自分が両親にしてもらったように安心させるように箒の頭を撫でた。初めて触る女の子の髪に少しドキドキしたのは秘密だ。

 

「ひゅーひモガッ」

「茶化すな。こっちに来い」

「んー! んー!」

 

 茶化そうとする一夏に遅れてやって来た千冬がその口を塞いで、その場から少し離れる。声もバッチリ聞こえてかつ、二人の邪魔にならない場所へ移動した千冬は騒ごうとする一夏と共に静観した。

 

「その、大丈夫。怪我も気にしてないし、剣道だってやめるつもりもないから」

「ほ、本当……?」

 

 悠斗の言葉に少しだけ離れた箒はじっと目を見つめる。真っ黒な瞳の中には今にもまた泣きそうな自分が映っていた。何故かそれが凄く嬉しい。

 

「ああ、だから泣かないでくれ。箒が泣いてるのは……その、何か、嫌だ」

「悠斗……うんっ」

 

 自分の気持ちを上手く言葉に出来ない悠斗は、困り果てたように頬を掻きながら言う。その姿は何処か照れてるようにも見えた。

 嘘偽りのない言葉にどうにか泣き止んだ箒は目の前にいる悠斗に感じる想いに内心首を傾げていた。悠斗も同様で、その内容とは。

 

「(悠斗が側にいてくれるのが嬉しい?)」

「(箒と一緒にいるのが嬉しい?)」

「「(何でだろう?)」」

 

 奇しくも相手が側にいる事への幸福感だった。お互い特定の誰かが近くにいるのがこんなにも嬉しい事だなんて経験した事もないので困惑してしまう。

 その答えはお互いそう遠くない内に分かる事になる。変化はその速度を上げていた。


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