今年もよろしくお願いします。
翌日、悠斗はいつもの習慣で早朝に目を覚ませばそこには何処か幸せそうに眠る箒がいた。きっと幸せそうに見えるのは気のせいではないだろう。悠斗も箒の寝顔を見て幸せを感じているのだから。
名残惜しくもベッドから出ようと悠斗が動いた瞬間、箒の形の良い眉が動いた。閉じられていた目蓋がゆっくり開いていく。
「ん……ゆう、と……?」
「あ……悪い、起こしちゃったか」
「どう、したんだ……?」
いつものハキハキした話し方とは違う、辿々しい口調。昨日寝るのが遅かったからか、元々朝が弱いのか分からない。だがそれでも悠斗と離れたくないのか、手はしっかりと裾を掴んでいる。
「ちょっと朝のランニングに行ってくるよ」
「らんにんぐ……?」
「ああ、だから箒はまだ寝てていいぞ」
「んっ……」
言葉と共に悠斗は綺麗な黒髪を撫でていく。長い髪だが、手櫛を通しても引っ掛かる事なく毛先まですんなり通せた。寝る前にも丹念に手入れしていたからだろう。
箒も嬉しそうに目を細めて受け入れる。好きな人のために伸ばした髪を好きな人が慈しんでくれるのが嬉しくないはすがない。
「ゆうと、キス……」
「あいよ……ん」
「ん……ちゅ」
彼女の求めに応えるべく、身を寄せてやれば直ぐに重なる唇。ただ押し当てるだけのキスは二人の心を幸せで満たしてくれた。離れると直ぐに一瞬触れるだけのキスをして箒が微笑む。今ので目を覚ましたようだ。
「おはよう悠斗」
「おはよう。もう起きるのか?」
「悠斗は起きて、私だけもう一度寝る訳にもいくまい。ほら、着替えだ」
「お、ありがとう」
起き上がった箒はそう言いながらトレーニング用のジャージを取り出して悠斗に手渡した。昨日の内に整理していたから二人の衣服に関しては誰より箒が把握している。
「じゃあ行ってくるよ」
「ああ、いってらっしゃい。気を付けてな」
『ん……』
着替えて見送りに来てくれたかと思えば、どちからともなく行われた本日三度目のキス。一度してしまえば歯止めなんて効きそうになかった。
「……よしっ」
悠斗が出ていったのを確認すると箒は自分のするべき事をすべく、自身も着替える事に。
「おっす、おはようさん」
「おはようっす」
グラウンドに出てみれば、同じくジャージ姿で準備体操をしている一夏とばったり出会った。一夏が強くなりたいと言ったあの日からずっと一緒にランニングしてたのだからここで会うのも当然だと言える。
「腹はもう大丈夫なのか?」
「あー……まぁとりあえずはな」
準備体操も終えて、二人は並んで走りながら昨日の事を話してみる。今日は朝から薬を飲んでいるのもあって現在は良好の一夏。そう、あくまで現在は、であるが。
「まぁ無理すんなよ。ストレス溜めるなんてらしくないぞ」
「…………ふんっ!」
「うおおお!? 何しやがる!?」
「お前の……お前のせいでぇ!」
「……えっ。また俺なんかしたのか?」
突如飛んできた一夏の裏拳を悠斗は屈んで避ける。バランスを崩さないで咄嗟に避けられたのは日頃の鍛練の成果だろう。悪態の一つも吐きたくなるが、一夏の妙な迫力に負けてそんな言葉も飲み込んでしまった。
「はぁ、もういいよ。で、それより――――」
「それより?」
未だに分からない悠斗に呆れて一夏の怒りも収まると、今度はにやりと笑みを浮かべる。悠斗はそれを見て、千冬がからかってくる時の顔を思い出した。姉弟だからか、非常に良く似ている。
「箒とはもうヤったのか?」
「ヤってねぇよ、馬鹿!」
「危ないよ!?」
今度は悠斗が右ストレートを顔面目掛けて繰り出す。割りと本気の一撃を何とか回避すると懲りずにからかう。
「何だ、お前意外と奥手なのか? このヘタレ」
「ちげぇよ! そういうのはもっと大切にしたいし、楯無もいるから出来ないんだよ!」
「えっ……」
その言葉にピタリと一夏の動きが止まった。
「た、楯無さんも一緒なのか……?」
「ああ、パーティーの後に引っ越してきたんだ。俺と箒が不純異性交遊しないようにとか何とか言ってな」
「あ、ああー……なるほどー……」
それだけで楯無の真意を読み取る一夏。少しだけ胃がキリキリしてきたのは気のせいではないだろう。
その後も二人で話をしながらノルマまで走り続けて、朝のランニングを終える。一ヶ月以上ホテルに軟禁されてたせいか、前までならそこまできつくなかった距離も今は少しきつい。二人とも体力の低下が感じられた。
「じゃあ、また後でな」
「おーう」
寮で一夏と別れると悠斗は自分の部屋へと向かう。近付くにつれて、食欲をそそる匂いがしてきたのはきっと気のせいではない。
「ただいま……!?」
「おかえり、もう少しで朝御飯出来るぞ」
扉を開けてみれば、そこには制服にエプロンと男のロマンが詰まったような格好の箒が台所に立っていた。言葉や格好から朝食を作っているらしい。
「ありがとうございます……! ありがとうございます……!」
「う、む? 何故拝むのだ?」
好きな人が制服にエプロンというかなり分かっている姿に悠斗は両手を合わせて感謝の言葉を述べた。しかも箒の反応からこれは天然でやっている事が分かる。箒は悠斗の心を刺激する才能に溢れていた。
「むぅ、良く分からないが、とりあえず汗を流してこい。朝食はそれからだ。はい」
「おお、また悪いな」
少し台所から離れるとベッドの上に既に用意していた制服を手渡す。
「気にするな。悠斗には昔から助けられてるからな。せめてこれくらいはしたいんだ」
「何時だって助けるさ。必ず」
何を今更と、悠斗は背を向けて浴室へ。
箒が思い出すのはいじめられていた小学生の頃、相手は四人もいたのに恐れず一人で立ち向かおうとした悠斗の姿。その後直ぐに一夏が助けに来たが、そんなの計算してるはずもなく。
「……そうだろうな。悠斗ならそうしてくれるんだろう」
何時だって、相手が誰だろうと箒の味方でいてくれるのが悠斗だった。これまでも、そしてこれからも。
「ふぃー……さっぱりしたぁ」
「そろそろご飯も炊けるから楯無さんを起こしてくれ」
「まだ寝てんのか……」
浴室から出た悠斗は箒に言われるまま、寝ている楯無の元へ。頭まで布団を被っている楯無を見て呆れながら起こす事に。
「こんな格好で寝苦しくないのか……まぁいいや、起きろ楯無」
「んんぅ……?」
「おはようさん。朝飯出来、て……」
「っ!? ゆ、悠斗くん!?」
もぞもぞと動いて楯無は顔を布団から出すと寝惚け眼で最初に見たのは悠斗の姿だった。一気に覚醒し、勢い良く起き上がる楯無を見て漸く気付いたのだ。
「楯無……泣いてたのか……?」
「っ……な、何でだろ? だ、大丈夫だから」
「――――」
目元には涙の跡がくっきり残っており、言われて楯無が乱暴に寝間着の袖で擦る。それを見て箒が何かに気付いたのか、申し訳なさそうに目を伏せた。
「顔、洗ってくるね……」
「あ、ああ」
慌てて洗面所に行く楯無に戸惑いつつも、悠斗は何故か胸が締め付けられるのを感じた。
「(何、だ……これ……?)」
それは昔、箒が泣いていたのを見た時と同じもの。その時の感覚に酷似していた。それでも今の悠斗にはその正体は分からない。
顔を洗い、着替えて戻ってきた楯無の顔は幾分か晴れて笑顔を浮かべていた。偽りの笑顔を。
「お待たせ、二人とも」
「いえ……」
「その、大丈夫か……楯無?」
「なぁに、心配してくれてるの? 私は大丈夫よ!」
「(嘘、吐くなよ……)」
本人は上手く誤魔化しているつもりなのだろうが、二人にはバレバレだった。特に悠斗は無理をしている楯無を見る度に胸の苦しみが増していき、気が気でない。
「さ、食べましょ」
「そう、ですね……」
「ああ」
『いただきます』
両手を合わせて、声も揃えて言えば気まずい中、食事が始まる。
「う……美味しい……」
「ん、確かに美味い」
「出汁もちゃんと取ってますし、愛情も込めてますから。夜も楽しみにしててくれ」
豆腐と油揚げの味噌汁を口にしてみれば昨日食堂で食べた味噌汁よりも美味い。何処か無理に話をしている箒が誇らしげに胸を張る。
悠斗もそうだが、楯無も箒の手料理は初めて食べる。ライバルの思わぬ実力に楯無の眉が八の字に曲がった。ただでさえ遅れを取っているのだからここでアピールしなくてはいけない。
「むむむ……! よ、夜は私も作るから! ね、いいよね、悠斗くん!?」
「……その、私からもお願いします。一人より二人の方が楽なので……」
「箒ちゃん……」
まさかの箒からの賛同に楯無は驚きを隠せない。そんな二人を見て悠斗はふっと笑って答えた。
「ああ。楯無の料理、楽しみにしてるよ」
「えっ……。う、うん! 任せておいて!!」
その答えが意外だったのか、少しだけ呆けるも直ぐに楯無は嬉しそうに頬を緩めて頷く。気付けば悠斗の胸の苦しみは嘘のように消えていた。
一週間後、クラス代表決定戦当日。
第三アリーナの観客席には大勢の人で賑わっていた。世界でたった二人の男性がどんなものかを見に来たのだろう。
また女性にしか扱えないISのせいで広がった女尊男卑の風潮から二人が一方的にやられる展開を望んでいる者もいた。
たかが男ごときが生意気な。そう考えているのも少なからずいるのだ。
「あらら、たくさんいるわねー」
「……何人の人間がこの試合をまともに見ようとしているんでしょうか」
「それはまぁ、少数でしょ。確実に」
それを察して箒と楯無が忌々しそうに観客席を映しているモニターを見る。何処の世界に好きな男が痛め付けられて面白く思う女がいるのか。
「まじでか……俺らこれからあんなところでやるのかよ……」
「俺としてはそっちの方がいいんだけどな」
「お前、逞しいな……」
「そんな事はないさ」
あまりの人の多さに頭を抱えて狼狽える一夏と昂る心を落ち着かせるように目を瞑る悠斗。お互いこれからの試合のためにISスーツを着用している。
この日のために訓練は積んできた。最初はぎこちなかった動きも今では二人ともスムーズに出来るようになっている。問題はないだろう。ただ一つ、悠斗の新たな弊害を除いて。
「ふぅ……にしても遅いな」
「結局一週間以内に来なかったもんな。俺達の専用機」
「関係ないな。やるからには勝つ……だろ?」
「それもそうだ」
世界でたった二人の男性に何もしないはすがない。何が動かせる要因となっているのか調べるべく、データ取りも兼ねての専用機が与えられる事になっていた。
専用機がどのようなスペックを持っているのかさえ分からないまま、今日にまで至る。このままだとアリーナの使用時間の関係上、訓練機で挑まなければならない。だがそんなのは二人には関係なかった。やるからには勝つ。ただそれだけ。
「惚れてる女の子が見てる前で悪いけど、勝たせてもらうぜ?」
「やってみろ」
お互い拳を軽くぶつけると、漸くその時が来た。
「来ました! 来ましたよ、二人の専用機!」
「行くか」
「おう」
バタバタと大声をあげて走ってきた山田の言葉に従い、二人は腰を上げて格納庫へと向かう。その後ろを箒と楯無が付いて来ていた。
「やっほー! 束さんだよ!」
『なっ!?』
「ね、姉さん!? 何でここに!?」
格納庫の搬入口から二つのコンテナが運ばれていく前方、そこに箒の姉である束の姿があった。
指名手配されている人物がここにいるという驚きで全員が上手く話せない。そんな中で代表して箒が問い掛ける。すると束は自信満々に腰に手を当てて説明してくれる事に。
「それはね、いっくんとゆーくんの専用機は少なからず私の手が加えられているからだよ! ていうかゆーくんのに関しては完全に束さんオリジナルだよ!」
篠ノ之束はお気に入りには甘い。その最たる例を楯無は見せ付けられている。ISの生みの親が作るのが、生半可な性能のISな訳がない。そして、楯無の予感は的中した。
「さぁさぁ、時間もあんまりないようだし、ちゃちゃっと行っちゃおう!」
取り出した人参型のボタンを押すと二つのコンテナはゆっくり開かれていき、その全容が明らかになった。
一つは純白。何にも汚される事のない、白。非固定浮遊部位と呼ばれる機体と接続しないで随伴するように機体背部に浮くウィングスラスターを装備したIS。
もう一つは漆黒。全てを焼き付くしたかのような黒。他のISと比べて遥かに小型のそれには非固定浮遊部位というのは存在せず、かといって機体に直接接続されているスラスターもない。あるのは左右の腰に差してある二振りの片刃の剣だけ。
「説明しよう! こっちの白いのが白式、いっくんの専用機! いっくんにとって嬉しいサプライズがあるよ! そしてこっちの黒いのが黒曜、ゆーくんの専用機だよ! どっちも凄いんだけど、特にゆーくんの黒曜は世界で最強のISなのさ! 性能は実際乗ってみてのお楽しみってやつで!」
「この馬鹿が、やり過ぎるなと言っただろう……」
そんな千冬と束のやり取りを無視して、一夏が白式に誘われるようにその元へ向かう。
「白式、俺の専用機……。よろしくな」
装甲に触れて白式に語りかけるようにする一夏に対して悠斗は未だ遠目で自分の専用機を見ていた。漸く出会えた力に歓喜するかのように。
「これが究極のIS……」
「違うよ。黒曜は究極じゃない、ただ最強なだけ」
「充分過ぎます……! これで俺は……!」
「悠斗……?」
「悠斗くん……?」
返ってきた束からの答えにニヤリと嗤う。今まで見た事もない悠斗の獰猛な笑みに箒と楯無に嫌な予感が走った。
そんな不安も他所に、悠斗は黒曜に触れると初めてISを起動させた時のように情報が流れ込む。情報は黒曜についてだった。
「ああ、これならいける……!」
この機体の事が分かった瞬間、悠斗は確信した。束は約束を守ってくれたのだと。ならば後は悠斗自身が応えるだけ。
「ぁ、っ……!」
早速黒曜に乗り込んだ悠斗をいつもの不快感が襲う。それも時間が経てば少しずつ治まっていく。深呼吸を繰り返している悠斗を見て二人の不安は更に強まった。
「織斑は初期化と最適化が済むまでここで待機。束の話だと白井は何時でも行けるそうだがどうだ?」
「初期化も最適化も終わってるからゆーくんは何時でも行けるよ!」
「向こうは待ちくたびれているようだ。出迎えてやれ」
「了解!」
先ほどから黒曜に搭載されたハイパーセンサーが三機のISに反応している。一つは一夏の白式、残りは対戦相手のセシリアとシャルロットのものだ。
千冬の言葉に従い、ハッチへ歩んでいく。ISを纏う前とそんなに身長も変わらないためか、初めてだというのにすんなり歩けていた。
「悠斗くん、武装は?」
「量子格納領域には……蜃気楼って名前のライフルが二つだけみたいだな」
「という事は基本は固定武装で戦うみたいね。良かった……」
新たな悠斗の弊害とは量子格納領域からの武装展開だった。通常、ISは格納領域から武器を取り出すのだが、これにはイメージが必要不可欠だ。悠斗はこれが極端に下手くそだった。
大体個人差はあれど、余程苦手でもなければ十秒もあれば武器を呼び出せる。だが、悠斗は最も得意なはずの刀剣でさえ十数秒掛かる。銃器になれば三十秒はざらだったのだ。
「大丈夫。俺は、もう負けない……!!」
「悠斗くん……?」
だがそんな事を吹き飛ばすかのようないつになく強気の発言に楯無が戸惑う。やはり何処かおかしい。いつもの悠斗じゃない。箒もそれを感じ取ったのか、駆け寄ってくる。ハイパーセンサーで得られた全方位の視界で察した悠斗は箒の方に振り向いた。
「じゃあ、勝ってくるよ箒」
「ゆう、と……」
勝ち負けよりも別の不安を残して悠斗はハッチに辿り着いた。足を大きく開いて前傾姿勢を取り、右手を地面に付けてバランスを取る。足裏からローラーが競り上がり、ゆっくりと回転を始めた。
「ハッチ開きます!」
「いい、ゆーくん。それに触れたなら分かってると思うけど……」
目の前に開かれた通信ウィンドウに山田と束の顔が映る。珍しく真面目な表情の束。誰にも聞かれないようプライベートチャンネルを使っていた。
「二十分。それが限界だからね」
「……分かってますよ」
「ハッチ開きました! 出撃、どうぞ!」
開かれたハッチから僅かに外の様子が見える。忠告を受けた悠斗はローラーの回転速度を上げた。背部に仕舞われていた翼の骨組みのようなものを展開し、そこから翡翠色の翼を広げ――――
「黒曜……発進!!」
爆発的な加速を得たローラーで一気に飛び出した。翡翠色の翼を羽ばたかせ、青い空へと。
「ん、来ましたわね。あら、織斑さんは?」
「あれ、来ないね?」
「一夏ならまだお留守番だ。俺達だけで始めろってさ」
アリーナの空で待ち受けていたのはイギリスの試作型第三世代IS、ブルーティアーズとフランスの第二世代IS、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。黒曜と比べて大型の二機と悠斗は相対する。
「分かりました。ところで白井さん、一つだけ聞いても?」
「何だ?」
「どうしてこの戦いに参加したのですか? 織斑さんとは違って、貴方は自薦でここにいます。これは避けられた戦いですわ」
「そうだね、それ僕も気になってたんだ。良かったら教えてくれないかな?」
セシリアの質問にシャルロットも同意した。二人にはどうしても分からなかったのだ。どうして悠斗がこの戦いに参加したのか。
ISを通してアリーナ中の観客席に聞こえるこの願ってもない問い掛けに口角を上げると悠斗は答えた。
「……いいぜ。まぁ目的はお前らと変わんないさ」
「国家代表になる事ですか? それは……」
「……白井くん、言いにくいけど男の君や織斑くんじゃ国家代表にはなれないよ」
この世は女尊男卑の世界。幾らISを扱えるたった二人の男性とは言え、例外にはならない。強さなど関係なく、世界が、周りがそうなるのを許さないのだ。
「何だ、
『えっ?』
だがそれを悠斗は一笑に付した。その言葉に二人が驚くも、悠斗は無視して話を続ける。
「まぁいい。ところで、良くスポーツとかで『あいつは誰々と戦わなかったからここまでいけた』とか『こいつはあいつと相性が悪かったから負けた』とかあるだろ? 二人はそれについてどう思う?」
「どう……って、そう言われるのは仕方ないんじゃ……」
「勝負は時の運とも言いますし……」
トーナメント形式の大会では良くある話だ。千冬だってその例外ではなかった。世界最強と崇められる裏で、そう言われたりもしていたのだ。それも二回目の世界大会で完全に沈黙したが。
「運、か……そうなんだろうな。でもだから俺は思うんだ。運なんか関係ない、もっと分かりやすい方法でなら誰もが納得せざるを得ないんじゃないかって」
「まさか……!」
「や、やめなよ……!」
悠斗の言わんとしている事が分かったのか、二人は青い顔をして必死に止めようとするも止める気なんて悠斗にはない。
腰に差していた剣を手に取るとすらりと片刃の剣から新たに日本刀が現れる。
「俺の目的は! 全ての国家代表と勝負し、屈服させ! その事実を以て――――」
右手に持った刀を左から右へゆっくり振り払うようにし、
「俺が世界最強になる!!」
天へその切っ先を向けて吼えた。誰もが分かる方法でもってこの世界の頂点に立つと宣言したのだ。
「これ、って……!」
「……事実上の世界への宣戦布告でしょう」
管制室でその宣言を聞いた面々は皆、青い顔をしてモニターに映る悠斗を見ていた。それぞれの国が誇る最強を下し、女尊男卑の世界の象徴である世界最強になると男が言ったのだ。この世界そのものを否定しているのと相違ない。
「ち、千冬姉! 悠斗のやつ……!」
「分かっている……悠斗め、何のつもりで」
先ほどの格納庫から慌てた様子で一夏が通信ウィンドウを開く。つい慌てて一夏が千冬の事をいつもの呼び方をするも、千冬も動揺しているのか別段気にする事もなかった。それどころか、公私の区別をしている千冬が家族としての呼び方をするほどだ。
「何のつもり? そんなの決まってるじゃん、箒ちゃんのためだよ」
「私の、ため……?」
「……お前、知っていたのか?」
「もっちろん! ぶいっ!」
睨み付けるように問い掛けた千冬の圧力にも束は笑って答えた。おまけにピースまで付けて。
そのふざけた態度に千冬が苛立つ。家族の一大事なのだ。怒らない方がおかしい。
「あれがどういう事態を招くのか分かってて……!」
「勿論、私も忠告したよ。でもね、ゆーくんは止まらなかった。それを考慮しても箒ちゃんの側にいる事を選んだんだよ」
二人目の男性IS操縦者が誕生したあの日から始まったこの計画。考え直す時間なんて幾らでもあった。それでも悠斗は止まらなかったのだ。箒の側に行くために。
そこまで言われて千冬も漸く理解した。悠斗の目的を。
「ランク一、世界最強の特権か!」
「それを使って篠ノ之さんの側に行くと? でもそれは……」
「そうだね。普通ならたったそれだけのために世界に戦いなんて挑まない。どう考えてもハイリスク、ローリターンだから」
通常なら当初の予定通りボディーガードとして行くのが自然なんだろう。しかし、それでは時間が掛かりすぎる。ただでさえ挫折を知ってきた悠斗にそこまで我慢出来るはずがない。
「で、でもこれで本当に国家代表が戦うはず……」
「違う。戦わなければならなくなったんだ」
一夏の呟きに千冬が答えた。まだ間に合うと思っていた一夏はあっさりと否定され、感情が剥き出しになる。
「な、何で……!? 国家代表の全てが女尊男卑主義者なはずないだろ!?」
「いっくん。これはね、国家代表が女尊男卑主義者であるかどうかじゃなくて、女尊男卑主義者が存在するという事が問題なんだよ」
「つまり、国家代表が女尊男卑主義者ならあんな事を言った悠斗くんを痛め付けるために戦うわ。そして、国家代表が女尊男卑主義者じゃなくても周りが悠斗くんを許さない。押し上げられて結局は戦わなきゃいけなくなる」
仮に戦わなければ、自国の代表は何故戦わないのかと、男に怯えているのかと周りの主義者は言い始め、怒りの矛先が悠斗から国家代表に変わってしまう。そうならないためにも国家代表は悠斗と戦わなければいけない。宣言した時点で悠斗の戦う運命は決まっていたのだ。
「どちらにせよ、あいつはもう二度と負ける事は出来なくなった。勝つしかない……!」
「悠斗……!」
「悠斗くん……!」
千冬の言葉に箒と楯無はただ願う。勝利ではなく、ただ無事にあの人が帰って来る事を。
堂々と宣言した悠斗は刀を剣状の鞘に納めると改めて対戦相手の二人を見た。この二人が悠斗にとっての最初の第一歩。倒すべき敵。
「あ、あなたは、あなたはご自分が何を言ったのか、分かっているのですか!?」
「ああ、分かっている」
「分かってないよ……! 君が戦おうとしてる相手は世界なんだよ!?」
「だからなんだ」
『っ!?』
観客席からのブーイングの嵐にも負けず、二人が言う。クラスメイトのよしみだろう、必死に説得しようとするセシリアとシャルロットに対して冷たい態度で応えた。
「俺はな、相手を見てから戦いを挑むかどうか決めるような、情けない男になりたくないだけだ」
それは小さな意地。好きな女の側にいるのが情けない男でいいはずがない。何時だって箒の側にいるのは格好良い自分でありたかったのだ。
「だからって……!」
「馬鹿ですわ……あなたは大馬鹿者ですわ!」
「――――その馬鹿を極める!」
呆れて罵倒する二人に悠斗は応えると、左右の耳を覆っていた装甲から黒いバイザーが現れる。
顔の半分を隠した悠斗が見たのはバイザーに映し出されたメッセージ。
――――《NBSシステム》起動――――
――――修正プログラム……良好――――
――――システム……オールグリーン――――
――――戦闘モード……起動――――
二人から大きく距離を取って、悠斗が構えるとそれが戦闘開始の合図となった。セシリアとシャルロットも量子格納領域から武器を取り出す。
「今ならきっと間に合う……だから!」
「クラスメイトとして、あなたを止めます!」
知り合いが恐ろしい目に遭う。ただそれだけの理由で二人は悠斗と戦う事を決めた。出会ってからたった一週間、特に何をした訳でもないのに悠斗を助けようとする二人は間違いなくお人好しだった。
「ターゲット確認。排除開始」
そんなお人好し二人に対して悠斗は極めて抑揚のない、機械のような音声で意志を示す。戦いの幕は上げられた。
次回戦闘シーンです。
難しそう……。