何か長くなってしまいました。
「あっ、虚さんだ」
「白井くん、お久し振りです。さて……会長?」
「ひぃっ!?」
ISの歩行訓練が終わった後、廊下を四人で歩いていると立ち塞がるようにして仁王立ちしている虚が現れた。顔はニッコリしているのに目が笑っていない。そしてそれにやたら怖がっている楯無が印象的だった。
虚がこうなったのにも原因はある。なんでも、楯無は生徒会の仕事を放って悠斗の元へ来たらしい。おかげで生徒会長の机の上には承認待ちの書類で埋まっているとの事。
今日中に片付けなければならないのもあるため、急いで戻ろうと虚が提案するが――――
「いや! 悠斗くんにもっといいとこ見せるの!」
「お嬢様……はぁ、分かりました」
楯無はまるで駄々っ子のような事を言って帰ろうとしない。虚も楯無が恋してる相手が悠斗と知っている手前、こんな情けないところを見せないようひそひそと小声で話している。だが虚一人の力では楯無は梃子でも動きそうになかった。
仕方ないので虚は楯無に言うのを諦める事に。
「白井くん、仕事出来る年上の女性と仕事しようとしない年上の女性はどちらがタイプですか?」
「っ!?」
「(虚さん、上手いな……)」
そう、楯無に言うのは諦めて搦め手で悠斗を利用する事にした。まさかの質問に楯無も虚と悠斗の顔を交互に見てしまう。
誰が見ても完全に慌てふためいている楯無を見て、一夏は扱い方が分かっていると称賛していた。話は分からないが、どうやら楯無に仕事をさせたいらしい。
「その質問に何の意味があるんですか?」
「いえいえ、他意はありませんよ。ただ直感で答えてください」
「まぁ普通に考えたら仕事出来る年上の女性ですよね」
「何してるの虚ちゃん! 早く残ってる仕事片付けるわよ!」
『えぇ……』
「はぁ……」
悠斗が答えた瞬間、恐るべき早さで態度を一変させて楯無が生徒会室へ。その姿を見て、一夏と箒の何とも言えない声が重なり、虚が溜め息を吐く。結果は分かっていたがここまで予定通りだと最早溜め息しか出ない。
状況が分からず、首を傾げる悠斗に楯無が振り返った。
「悠斗くん、ごめんね? 仕事の出来るおねーさんは少しだけやり残してた仕事を片付けないといけないの」
「全然少しじゃないですし、そもそもやってなかったんですけどね」
「しー! しー!!」
然も自分が仕事の出来る女性であると露骨にアピールしてくる楯無も、虚の言葉に慌てた様子で話すなとジェスチャーしてくる。どうしても悠斗にだけは知られたくないようだ。
「じゃあ楯無とはここでお別れか。じゃあまた明日な」
「楯無さんまた明日」
IS学園は寮制であるが、悠斗と一夏は一週間はホテルから通うように言われている。それまで女子しかいない寮に男子を入れると言うのだから仕方ないのかもしれない。
「ええ、また後でね」
だがそんな事情など知らないのか、楯無は少し何かを企んでいるような笑みを浮かべて去っていった。
「また後でってもう俺達帰るんだけど知らないのかな?」
「後で連絡しとく。それより箒とまた離れるのが辛い……」
「私もだ……。ただでさえ寂しい部屋だと言うのに……」
「うわ、二人とも暗いぞ」
それまで明るかったのがまるで嘘のようにバカップル二人が落ち込む。突如発生した暗黒オーラに驚いてしまう。
もしかして寮制のIS学園じゃなかったら、この後もずっと一緒にいたんじゃないかと一夏の脳裏を過った。だが直ぐにそんな事はないかと思い直し、話題を変える事に。
「それより寂しい部屋ってどういう事だ?」
「寮の部屋は基本二人で一つの部屋を利用するのだが、私だけ一人なんだ。更に言うなら何故か防音で、窓やドアを開けなければ周りの生活音すら聞こえない」
「な、なんだそりゃ」
最初は箒も他の部屋もこうなんだろうと思い込んでいたが、周りから箒の部屋からは全く物音がしないと言われてその異様さに漸く気付いたのだ。
聞いていた一夏も思わず引いてしまった。そんな部屋でたった一人暮らすなんて監禁に近い。保護プログラムの対象者だからと言って幾ら何でもやりすぎだろう。
「……っ」
「ゆ、悠斗?」
それを聞いて悠斗が辛そうな表情を浮かべると箒を自分の胸元へ抱き寄せた。自分の事ではないが、それでも悠斗にとって大切な人である箒がそんな目に遭っているという事実がどうしようもなく辛い。
そのままゆっくりと箒の頭を撫でながら優しく問い掛ける。
「その部屋って携帯は繋がるのか?」
「う、うん? ちゃんと繋がるぞ?」
「そっか、じゃあ夜中だろうが何だろうが関係ない。好きな時に電話してこい」
「でもそれは……」
迷惑になるのでは。そう言おうとした箒だったが言葉の続きが言えない。いや、正確には悠斗がまた強く抱き締めて言わせなかった。
「言っただろ? 寂しい思いをさせないって。だから遠慮するな」
「悠斗……!」
「まだ側にはいられないけど……それも直ぐにどうにかするから」
二人が別れる時の約束を口にして悠斗は微笑む。箒も少しだけ目に涙を浮かべて頬が緩んだ。最後に申し訳なさそうに言うも、それで充分だった。
「(悠斗は本当にあの時の約束を守ろうとしてくれてるっ)」
別に箒も疑っていた訳ではない。だとしても目の前で昔の約束を言われればこう思いたくもなるだろう。
「箒……」
「悠斗……」
自分だけじゃなく、悠斗も想ってくれているという事実がはっきりと伝わり、それがどうにも箒を嬉しくさせた。気付けば箒も腕を悠斗の背に回してきつく抱き締め合う。溢れる愛しい気持ちを込めて。
「(あ、また始まるんすね。俺一人で帰る訳にはいかないし、待つしかないっすね)」
「あんな近くで見ているなんて……さすが勇者」
「あれが勇者……私達には出来ないわね……」
雰囲気が暗くなったから話題を変えようとしたらこれだよ。まさかの自爆に声も出ない。というより昔からの癖で邪魔してはいけないと、勝手に傍観者モードに切り替わる一夏。
それを見ていた女子達にまた一夏の勇者としての名が広まった。
「あ、あわわわ……!」
「全く、イチャつくなと言っただろうが」
そこに千冬と山田の二人がやってきた。山田は耐性がないせいか、顔を赤くして抱き合っている悠斗と箒を見ているのに対し、千冬はやれやれと呆れていた。
「千冬さん、どうしたんですか?」
「堂々と抱き合ったまま話そうとするな。とりあえず離れろ」
『はーい……』
言われて二人は名残惜しそうに離れるも、箒はしっかり悠斗の服の裾を掴んだまま離そうとしない。
またやれやれと呆れがちに溜め息を吐く千冬だったが、何処か嬉しそうに微笑む。だがそれも一瞬で、直ぐにいつもの仏頂面に顔を引き締めて用件を話す。
「さて、白井に織斑、お前達は今日からここの寮で生活してもらう」
『えぇ!?』
思わず三人の声が重なった。三人の驚きを無視して千冬は話を続ける。
「山田先生、説明を……山田先生?」
「あ、あうぅぅぅ……」
「はぁ、仕方ない……」
どうやら悠斗と箒のやり取りは耐性のない山田にはきつかったようで、未だに赤い顔を手で覆っていた。
復帰しそうにない山田の代わりに千冬が何故そうなったかと説明を始める。簡単に言えばボディーガードがいるホテルよりもISという唯一無二の力があるIS学園の方が安全だという話だ。そのために無理矢理部屋割りも変更したとの事。
「まぁ、本当はそれだけではないのだがな」
「どういう事だ、千冬姉?」
「織斑先生だ。それとまぁそっちは気にするな。全く、あの兎め……面白い事をしてくれる」
千冬が小さく漏らした言葉は誰にも聞かれないで済んだ。
「そういう事だ。荷物はホテルにあったのをまとめて持ってきた。足りなければ今度の休みに家に戻って取ってこい」
悠斗と一夏の前にそれぞれの荷物が置かれる。元々ホテルにあったのも急遽用意された物だからスポーツバッグ一つで事足りる程度しかない。
「山田先生、二人に鍵を渡してください」
「は、はいっ。こっちが白井くんで、こっちが織斑くんですね」
「あれ? 俺と一夏って違う部屋でいいんですか?」
「本当だ」
何とか立ち直った山田から渡されたカードキーの部屋番号を見てみると、たった二人の男子は別部屋である事が分かった。ちゃんとメモを見て渡していたから間違いでもないようだ。
「それ……私と同じ部屋だ」
「えっ、箒と?」
「ふむ、分かりやすく説明してやる。白井と篠ノ之は相部屋、織斑は一人部屋だ」
『えぇぇ!?』
今度は悠斗と箒の声が重なった。
「まぁそういう事だ。二人きりだからってあんまり悪さはするなよ?」
唖然とする三人を尻目に簡単に寮の説明をして去っていく千冬と山田。と、何故か千冬だけ戻ってきた。
「餞別だ。貰っておけ」
そう言って千冬に渡されたのは避妊具。あまりにも直球過ぎる内容に、一気に悠斗と箒の顔が赤くなる。敢えて想像しないようにしていたのを突き付けられたのだから仕方ない。
「つ、使いませんよっ!」
「それは困る。私だってさすがにこの歳で叔母さんなんて呼ばれたくない」
「俺も叔父さんって呼ばれるのは嫌だなぁ」
「そうじゃないですよ!!」
微妙に食い違っている話に悠斗が吠えた。悪乗りしてきた一夏と千冬が一頻り笑うと話を戻した。
「はっはっはっ、冗談だ。まぁ持っておいて損はないだろう。ではな」
そう言うと今度こそ千冬は去っていった。最後の最後でどっと疲れた体を動かして教えられた部屋へ。
「一〇一〇室は……向こうか」
「私達はこっちだから一旦お別れだな」
「おう、また飯の時にな」
「あいよー」
寮の階段を登った先、悠斗達と一夏はそれぞれの部屋に行くために左右に別れた。
「ここがその、私達の部屋だ」
「これがなぁ……うお、すげぇ」
私達のの辺りで箒が恥ずかしそうにしていたが、無視して悠斗はドアを開ける。するとビジネスホテルなどでは到底お目にかかれない光景が広がっていた。
「あっ、待ってくれ」
「ん? どうした?」
早速入ろうとする悠斗を止めて、箒が先に部屋に入る。何だろうと疑問に思いながらも待っていると、振り返った箒が飛びっきりの笑顔と共にこう言った。
「――――おかえり、悠斗」
「――――ああ。ただいま、箒」
部屋に入って今日何度目になるか分からない抱擁をするべく、近付いたところで急にテレビの電源が入った。
「やぁやぁやぁ! 箒ちゃんにゆーくん! 束さんだよ!」
『っ!?』
「これは箒ちゃんとゆーくんの二人が揃ってこの部屋に来たら初めて流れるようになってるんだよ!」
テレビに映っていたのは箒の姉である束の姿だった。どうやらこの映像は録画している物らしい。
「いやぁ、二人が一緒になれるように政府にお願いしたりするのは疲れたぜ!」
「た、束さんの仕業だったのか……」
「らしいと言えばらしいが……」
極度の人見知りである束が二人のためにとは言え、ここまでするとは誰も予想しなかっただろう。
「ちなみにその部屋を防音にしたのも束さんの要求でした!」
「何でだ……」
「はいっ! そこのゆーくんのために答えてあげましょう!」
「ん、んん? これ本当に録画なんだよな?」
「姉さんなら気に入っている人の思考パターンなんて余裕で分かる。それよりも理由が分かるぞ」
「そこ流していいのか……?」
さらっととんでもない特技が披露された気がするが、そんなのは小さい頃から散々見せられてきた箒には当たり前の事らしい。
「この部屋なら箒ちゃんがどんな大声出しても大丈夫だよ! そういう訳だから箒ちゃんとの生活楽しんでね!」
ぐっと握り拳を作って言ったかと思えば、良く見ると人差し指と中指の間に親指が挟まっていた。しかもここでメッセージは終わっている。本当にそれだけのようだ。
「何なんだ!? 俺の周りの大人はどんだけ推してくるんだ!?」
ただそのために部屋を改装したのかと思うと頭が痛くなる悠斗だった。しかも相手が世界最高の天才と元世界最強の名を持つのだから余計にたちが悪い。
悠斗が横を見ればやはりというべきか、顔を赤くして俯いている箒がいた。
「ほ、箒? その、気にするなよ?」
「だ、大丈夫だ。私は大丈夫……」
そう言いながら箒は悠斗から少し離れて床に正座すると――――
「ふ、不束者ですが、末永くよろしくお願い致します」
手を付いて綺麗なお辞儀と共に全然大丈夫じゃない返事がやってきたのだった。
夕食後、食堂の一画を借りて細やかなパーティーをする事になった。主役は悠斗と箒の二人だ。そこに一夏、楯無、簪、虚、本音がそれぞれグラス片手に今か今かと待ち構える。
「そんじゃ、俺達二人の再会を祝して乾杯!」
『かんぱーい!』
悠斗の音頭で持っていたグラスに入っていたジュースを口に含む。良く見れば本音だけイッキ飲みしていた。
「白井くん、篠ノ之さんと仲良くね」
「ありがとうございます、虚さん」
「悠斗……その、良かったね……」
「ありがとうな、簪」
「良かったねー、ゆーちん」
「おう、サンキューな本音。でもゆーちんはやめろ」
「えー」
「悠斗がお世話になったみたいで……」
用意したお菓子をつまみながらそれぞれが悠斗と箒を祝福してくれた。お礼の言葉を返す悠斗と一人一人にまるで自分が世話になったかのように頭を下げる箒。
そんな祝福ムードの中、一人隅っこでむくれている楯無はちびちびとジュースを飲んでいた。見かねた虚がひそひそと悠斗に聞こえないよう囁く。
「お嬢様、気持ちは分からないでもないですが……」
「うぅー……分かってるわよ……」
そうだ、分かっている。悠斗がどれだけこの日を待ち望んでいたかなんて、箒がいなくなってからの五年間ずっと側で見てきた楯無が分からないはずがない。
しかし、何が悲しくて好きな人のカップル成立を喜ばなくてはいけないのか。今も寄り添うようにしている二人を見て、楯無の胸が悲鳴をあげる。
「はぁ……でも悠斗くんのためにも言わなくちゃね」
そう言うと楯無は気持ちを切り替えて二人の元へ。せっかく呼ばれたのだからお祝いの一言でも言わなければ失礼だろうと近付く。ちゃんと笑顔を浮かべて。
「あ、楯無さん」
「やっほー、箒ちゃん、悠斗くん」
「おお、楯な…………んん?」
「な、何?」
声に振り返った悠斗が楯無の顔を見た瞬間、少し難しそうな顔をしてじっと見つめる。
「大丈夫か? また何か無理してるだろ」
「えっ……!?」
言われて楯無の心臓が跳ね上がった。確かに言う通り無理はしている。だが楯無の事情を知らないはずの悠斗がそんな事分かる訳がない。当てずっぽうにしては正確過ぎた。
「な、何でそう思ったの?」
「お前は昔から作り笑いが下手くそだったからな。顔見れば直ぐ分かる」
簡単に言っているが、簪の事を相談した時とは違って、楯無は交渉術を学ぶ際に相手に本心を悟られないように訓練していた。そしてそれに長けた人達から認められているのだ。決して素人が見破れるはずがない。
「(本当に……良く見てるんだから……)」
それでも素人の悠斗が見破れたのは彼も五年間、楯無を見てきたからだろう。勿論、それだけじゃない。きちんと楯無の人となりを理解しようとした結果が今の悠斗なのだ。謂わば、楯無に関してのみ長けていると言っていいだろう。
「悠斗くんっ!」
「うお!? 右手はジュース持ってんだからいきなり抱き付くな!」
「はーい、ごめんなさーい」
「全然反省してないだろ……」
「あはっ。バレてた?」
好きな人がちゃんと見てくれている。その事実に嬉しさが込み上げてきて、我慢出来ずに楯無は悠斗に抱き付いた。
あまりに突然の事で怒られたが、楯無は全然堪えない。そんな事では今の気持ちは止められそうになかった。
「むぅ……」
「いててて……ど、どうしたんだ、箒?」
「別に。何でもない」
「にへへー……」
「???」
悠斗は自身の左側にいる箒から脇腹をつねられた。軽く痛みが走る程度なのでそこまで痛くはないが、つい口にしてしまう。見れば箒が若干不機嫌そうにしているが、悠斗には分からない。それに対して楯無は上機嫌なのだから余計に訳が分からなかった。
「あれ、やだ……お腹痛い……ぽんぽん苦しい……」
「こんな事もあろうかと胃薬を持ってきました。是非使ってください」
「あ、ありがとうございます、虚さん……」
襲い掛かる痛みに一夏が苦しんでいると虚が胃薬を手渡した。出来る付き人だという認識は以前からあった一夏だったが、より一層その認識が強まる。
「悠斗くん、またマッサージしてあげよっか?」
パーティーも終わりを迎えようとしていた頃、楯無がそんな提案をしてきた。昔からの練習後の恒例行事みたいなものだったから習慣になっているのだろう。
「ああ、いいのか? こっちは助かるが」
「いいの、いいのっ。部屋は一夏くんと一緒なのよね?」
「う、うぐぐぐ……!」
にこやかに話す楯無と悠斗だが、この後の展開を予想して一夏の胃に多大なストレスが。胃薬を飲んだにも関わらず、そんなのは無駄だと痛みが襲い掛かる。
「ん? 違うぞ。俺は箒と一緒の部屋なんだ。な?」
「えっ、あ、ああ……」
「…………なぁんですってぇぇぇ!!?」
わいわい騒いでいたのとは別の騒がしさが食堂を包んだ。というよりは楯無一人の心からの叫びが木霊した。
「楽しかったなー」
「あ、ああ、最後はあれだったが……」
「確かに。最後の最後で一夏のやつ急に腹いてぇ言い出したからな」
「いや、それもそうなのだが……まぁいい」
腹痛の一夏を部屋に送り届けた後、二人は自室へと向かっていた。今日だけで色んな事があったと歩きながら話していく。とてもじゃないが、同じ寮の部屋から部屋という短い道のりでは話は尽きそうにない。
『ただいま』
「おかえりー。遅かったわね」
「おっ?」
「この声……」
二人してただいまと言うと、部屋の中から返事が。部屋に入って確かめてみると――――
「さっきぶりっ」
「楯無さん!?」
「何でここにいるんだ? それにその荷物は?」
楯無が扇子を拡げて立っていた。足元に幾つかの荷物を置いてある。どういう事なのか問い質してみると、楯無は二人に指差して声高らかに宣言。
「二人が不純異性交遊しないよう監視するために私もここに住む事にしました! 無論、先生の許可は貰っているわ!」
「何でそうなるんだよ……」
「むむむ……そう来ましたか……」
どうにも周りの年上からの信用がない事に頭を抱える悠斗、楯無の真意を読み取って唸る箒。楯無も箒が読み取るのは想定済みだったのだろう。
「改めてよろしくね、箒ちゃんっ」
「こちらこそよろしくお願いします」
だから敢えて楯無は箒にのみ、そう言った。お互い自然と伸びた手ががっちり握手を交わす。事実上のライバル宣言はこうして一夏の胃を痛める事なく済んだのだった。
「お、おお? 何かよく分かんないけど、ベッド二つしかないんだが寝る時はどうするんだ?」
二人の間で散っている火花が分からない悠斗は正直どうでもいい質問を投げ掛ける。二人部屋のところに三人いるのだからある種当然の疑問ではあるが空気が読めていなかった。ぎろりと二人は一斉に悠斗を睨み付ける。
「悠斗くんの馬鹿」
「悠斗の唐変木」
「悠斗くんのえっち」
「悠斗のすけべ」
『悠斗(くん)の女誑し』
「すんません、何かすんません……その上にクズを付けてもいいです……」
本人にとって言われる覚えのない言葉だったが、そこは数の暴力とコンビネーション。今日出会ったばかりのはずなのにやたら息が合う二人だった。
「勿論、悠斗くんは床よ」
「くそぉ……そうだよなぁ……」
改めて寝場所について悠斗が問い掛けると予想通りの答えが返ってきた。ここには女二と男一人、そしてベッドは二つだけ、となれば誰がベッド以外で寝るかなんて明白。
「そ、その……」
「どうした?」
「ええい、悠斗!」
「お、おう」
項垂れる悠斗を尻目に箒がそわそわしているのに気付いたので声を掛けてみると、意を決したように声を張り――――
「わ、私と一緒のベッドで寝ればいいだろう!?」
爆弾が落とされた。
「……うえぇぇぇ!? 何だそれは!?」
「ちょっと! 不純異性交遊はダメよ!」
「ただ一緒に寝るだけなので不純ではありません!」
もうすぐ就寝時間だというのに大声で騒ぎ出す三人。この部屋が防音で助かった事を周りは知らない。
結局箒と一緒に寝る事になった悠斗は就寝時間を過ぎても寝れなかった。
隣に愛しい人がいるからというのもあるが、それ以上に思い悩む事がある。
「(言ったな。遂に言った)」
クラス代表戦への参加。それは悠斗が達成する目的の練習であり、第一歩でもある。しかし、同時に決して後には引き下がれない困難な道の始まり。
「(怖いな……)」
そうしてしまえば、もうただ一度の失敗も許されない。失敗してしまえば、全てが終わってしまう。二度と箒とは会えなくなる。
ISが操縦出来ると分かった時に良くたった一人でこれをやる決意が出来たものだと笑ってしまう。束が与えてくれるはずの力がなければ練習で終わっているかもしれない。
想像しただけで悠斗の体は震えた。怖くて怖くて仕方がない。漸く手にした幸せが悠斗の決断を鈍らせた。
「悠斗、起きているか……?」
「箒……?」
そんな時だった。悠斗の隣から小声で箒が話し掛けて来たのは。横を見れば、寝間着浴衣にいつものポニーテールを下ろした愛しい人がいた。
「どうしたんだ? もう明日になるぞ」
「そう言う悠斗だって起きてるだろう」
「……それもそうだな」
「ふふっ」
「ははっ」
体を向き合って話せば悠斗が抱いていた不安が薄れていく。お互いの額をくっ付けて笑い合えばどんな事だって乗り越えられるとさえ思えた。
「楯無さんは……寝てる、か……?」
「すー……すー……」
「寝てるみたいだが、どうした?」
箒が自分の背にいる楯無に意識を向ければ、聞こえてくるのは規則正しい穏やかな寝息。
楯無が二人に背を向けて寝ているのを確認してどうしたのかと悠斗が問い掛ければ、この暗がりでも箒の顔が赤くなっているのが分かる。
「あの、その……」
口を必死に動かして何かを言おうとしているが緊張しているのか、上手く言えないらしい。しかし、それも直ぐに解決した。覚悟を決めたようだ。そうして口にしたのは――――
「私と……キス、してくれないか……?」
何とも可愛らしいお願い。一瞬、呆気に取られた悠斗も返事する前に直ぐに行動で示した。
「ん……」
五年越しに漸く重なった唇。短く、くぐもった吐息はどちらのものか。そんなのはどうでも良くて、悠斗はただ溢れるこの幸せを箒に伝えようと唇を重ねた。
「はぁ……悠斗……」
「箒……」
そして抱き合う二人。この上ない笑顔で箒は抱き締め、抱き締められる。
「箒は俺が守るから」
「ああ、悠斗が私を守ってくれる……」
抱き合う直前に見た箒の笑顔に悠斗の決意が固まった。
「(そうだ……約束したんだ。側にいるって、守るって約束したんだ)」
迷う事なんてなかったのだ。いつだって悠斗は箒の笑顔のために動いて、そのためだけに今日まで頑張ってきたのだから。
「(たとえ俺の体を犠牲にしてでも――――)」
それが間違った答えだとしても悠斗は進む。その先に何があるかなんて今の彼には分かりはしない。箒にも。そしていつの間にか頭まで布団を被っていた楯無さえも分からなかった。
次回、クラス代表決定戦……の触りまでです。
アーマードコア要素(薄味)も出ますよ!……めっちゃ怒られそう……。
では皆様良いお年を!