日々の鍛練に加えて、楯無とのデート練習兼護衛訓練を重ねながら時は過ぎていき、中学生となった悠斗は勿論剣道部に入部。
普通なら他の一年生と一緒に夏までの剣道経験が一年未満のみ出場出来る一年個人戦に出て、デビューするはずなのだ。だが剣道の経験が一年どころか、八年近くもやっている悠斗は普通の個人戦に出る事となった。
勿論、これは悠斗としては望むところ。一年個人戦ではたとえ優勝したとしても、県大会に出る事は出来ない。目指すのは箒の側にいる事と大きな目標を掲げている悠斗にとっては全国で優勝するのは最低条件で、全国の優勝でさえただの通過点に過ぎないのだ。
「だから来週からのデート練習はなしだ」
「えぇー」
街を歩きながら楯無へ言うと、やたら不満そうに形の良い眉を曲げて抗議の声を上げる。それまで楽しそうにしていたのがまるで嘘のように。
「……毎回思うが、何でお前が不満そうにするんだ。練習したい俺が言うのならまだ分かるが」
「べっつにー? 不満とかそんな事ありませんよーだ」
絶対にそんな事あるような顔で言っても説得力なんてなかった。楯無とのデート練習は以前にも何度か悠斗の都合でキャンセルする事があったのだが、その度にこうして不服そうにするのだ。
悠斗としては自分の都合に無理矢理付き合わせてるだけなので、こうして不貞腐れる楯無の気持ちなんて分かるはずがない。楯無がこのデート練習を楽しみにしていたなんて。
「仕方ないだろ。三週間後には大会あるんだから。負けられないんだよ」
「……箒ちゃんのため?」
「そうだけど、何か問題あるのか?」
「……別にっ」
「はぁ……」
ぷいっとそっぽを向いてしまう楯無に溜め息を漏らす。楯無はこのところはずっとこの調子だった。何度かやって悠斗も気付いたが、どうやら箒の話題を出すというのが気に入らないらしい。
目の前の女性ではなく、別の何処かにいる女性の話をしているからだろうが、今のは楯無から振ってきたのだから俺は悪くないだろうと悠斗は考える。
「(まただ……どうしても悠斗くんから箒ちゃんの話題が出てくると……)」
だが楯無自身も困惑していた。何度か悠斗とデートを重ねる内に感じ始めた想いに気付かず、箒の話題になるとどうしようもなく苛立っていた。
楯無自身、自分が悪いのは分かっている。このデート自体も箒のためというのも分かっている。だがこの苛立ちはどうしようもない。
『(困ったなぁ……)』
こうなると楯無は手強い。楯無も素直になれないでいた。どうしたものかと考える二人に、楯無が聞こえるかどうかというくらい小さくぽそりと呟いた。
「……クレープ食べたい」
「はいはい、喜んで奢らせてもらいますよっと」
「ん。よろしい」
偶然通り掛かったクレープ屋で、それぞれクレープを買うと適当なベンチに座る事に。
「んー! おいしー!」
「おお、確かに美味いな」
「でしょ? ふっふっふっ、私の見る目は確かなのよ!」
「わー、楯無さんはすげぇやー」
「何よそれ。もうっ」
腰に手を当てて自信満々に言う楯無を見て、悠斗は棒読みなのを隠しもしない。対する楯無も口では怒っているものの、表情は先程とは比較にならない程の笑顔を浮かべている。
「――――国は対抗するべく戦線にISを投入する判断を下したようです。対する――――国もこれまでISを使っていなかったとしていましたが、相手に対抗するためとこちらも投入する旨を明らかにしました」
「戦争、か……」
「終わらないわね、これも……」
街頭で流れるニュースは最近激化している国家間での戦争ばかり。戦争の代わりに国力を見せるはずのモンド・グロッソの意味がなかったのだ。
「それにしてもこの二つの国とも先に相手がISを使ったって言ってるのよねー」
「どっちが嘘吐いてんのかなんて分かんないけどな」
「……どうやらどっちも嘘じゃないらしいわよ?」
「はぁっ? どういう事だ?」
小声で言う楯無に首を傾げる。クレープで口元を隠しながら楯無は続けた。
「どうにもこうにも、お互い襲撃してきたISの姿を押さえているらしいのよ。ただ、どっちもそんなISは知らないの一点張り」
「ならやっぱりどっちかが嘘吐いてるんじゃないのか?」
「国家代表が乗ってるIS見ると開発系統がお互い全く違うの。その国が威信を掛けて作ってるのと全く違うってのもおかしな話じゃない?」
「確かに……」
国家代表が乗るISとは、その国を代表する機体だ。後に開発されるのだって、どうしても似たような機体が出来てしまう。まるっきり違うものなんて作れない。それこそ、何から何まで全て変えない限りは無理だろう。
「それにね、そのIS……実は至るところで目撃されてるのよ。あのニュースもそうなんじゃないかって言われてるわ」
顎で示した先にはニュースで女尊男卑に異を唱えていた男性がホテルのガス爆発事故で死んだという事件が報じられていた。
「事故じゃないのか……?」
「極僅かだけど目撃されてる。それで女尊男卑に異を唱える人ばかりが被害に遭うのが事故って言うならそうなんでしょうけど」
言われて悠斗もハッとした。そういえば少し前にテレビで見たコメンテーターも女尊男卑に異を唱えていたが、最近ではめっきり見なくなった。
ただ出なくなっただけかと思っていたが楯無の話ではどうやらそういう訳でもないらしい。
「何で……?」
「さぁ……? ただ紛争地域に出ては両軍に攻撃したり、事故に見せ掛けたりっていうのを複数でやってるみたいで付いた通り名が――――《死神部隊》」
「《死神部隊》、ねぇ……」
「知る人ぞ知る、ってやつだけどね」
「あーあ、怖いねぇ。怖い、怖い……」
縁のない話だと悠斗は思う。自分はただ箒の側にいたいがために頑張っているだけなのだから。
だが気になるのも事実だった。誰が何の目的で戦争や人殺しなんてやっているんだと。どうせろくでもない事を考えているんだろうと決め付けた悠斗は立ち上がる。
「怖いから行くぞー」
「あ、ちょっと待ってよ」
遅れて楯無も立ち上がると上機嫌そうに悠斗の腕に抱き付く。いつからか分からないが、自然とこうするのが当然のようになっていた。むしろこうしないと楯無が不機嫌になるというのもあるのだが。
さて、話はまた剣道に戻る。しかし、先程とは違って楯無に怒っている様子は見られない。女心は難しいと悠斗は思った。
「来週は道場で稽古するの? それとも学校で?」
「道場だ。学校は誰かさんが来たおかげで大騒ぎだったからな」
「あ、あはははー……」
思わず渇いた笑いが楯無の口から出た。
一度、楯無が部活中にやって来た時があったのだが、悠斗の学校を見渡しても敵うものがいないほどの美少女の登場に剣道部だけでなく、学校全体が大騒ぎに。
勿論、楯無と知り合いの悠斗は見知らぬ同級生や先輩から紹介しろとしつこく言い寄られたのだ。一応、楯無には紹介したが、全て突っぱねられた事は悠斗は知らない。
「じゃ、じゃあ道場ね。絶対行くから」
「あー……前から思ってたんだが、別に無理して付き合う必要ないぞ?」
いつもただ悠斗の稽古を見てるだけで、たまにアドバイスしてくれる楯無をありがたいとは思っているが、同時に申し訳ないとも思っていた。
それに当主という立場上、色んな事があるはずなのだからそちらを優先すべきだろう。無理して付き合う必要なんてない。
「絶対行くから」
「いや、だから……」
「ぜっっったい、行くから」
「お、おう」
やたら絶対を強調して言う楯無に若干困惑してしまう。何が楯無をそこまで動かしているのかが、当の本人でさえ分からない。ただ悠斗の側にはいつも楯無の姿があった。
剣道の地区大会、結果を言うと悠斗は三回戦で敗退した。今大会における最高に白熱した試合だったという評判は悠斗にとっては何の慰めにもならない。
たとえ相手が去年の全国ベスト四で、後に今年の夏の全国優勝者になる相手だったとしても、悠斗は勝たなければいけなかった。箒と再会するためにも。
「悠斗……その、ドンマイ……」
「相手が悪かったっていうか、その……」
「すげぇ強かったもんな……俺、剣道分かんないけど、それは分かった。悠斗ぐらいだったよ、あいつと良い勝負出来たの……」
「つ、次、次があるわよ」
「そう、次がある……だから……」
「…………」
応援に来てくれた一夏達に加えて簪の慰めをベンチで項垂れながら聞く悠斗は何も返事をしなかった。
いつもはふざけた様子で話す一夏達も、悠斗がどれだけの思いでこの大会に挑んでいたか知っていただけに、慰めるしか出来ないでいた。
「悠斗くん……」
この場で誰よりも悠斗が頑張っている姿を見てきた楯無は言葉が見つからない。
負けられない戦いだったのだ。二年も前からこの時のために頑張って、そして負けた。悔しいどころではないのは想像に難くない。
だが――――
「……ははっ」
『えっ?』
「ははは…………はははっ!!」
突然顔を上げて笑い出した悠斗に何事かと視線を向ける。漸く見えたその目は何かを決意した目だった。唖然とする皆を差し置いてぽつりと呟く。
「俺が間違っていた……」
「な、何をだ?」
いち早く復帰した一夏が辛うじて問い掛ける。
「会ってからの事を頑張っても、会えなければ意味がなかったんだ。そんな事に時間を割くぐらいなら、会うための努力をすべきだったんだ……!」
「何言ってんだよ、お前!?」
「そんな事は……!」
自分には才能がないのだから、胡座をかく時間なんてない。そう判断した悠斗に弾と数馬が否定する。そんな事はないと。しかし、それさえも悠斗は否定した。
「なら何故俺は負けた……!? 俺に才能が、力がなかったからだ! 違うか!?」
「それ、は……」
「そんな事にかまけるぐらいならもっと稽古するべきだったんだ!」
怒鳴る悠斗の言葉に誰も言い返せなかった。力がなかったのは分かっている。だがそれ以上に相手が強すぎたのだ。それを悠斗は分かっていない。
「足りないな……ああ、足りない……!」
険しい表情で呟きながら悠斗はその場を後にした。するべき事なんて分かりきっている。強くなるための稽古しかないのだ。これまでの練習量で足りなければ、もっと。
「俺が足りない……!!」
「悠斗くん、待って!」
ずんずんと進むその背中を見た楯無は必死に追い掛ける。悠斗が浮かべる険しい表情が、何故か泣いているように見えたからだ。夢のために頑張っているはずの姿が、夢のために傷付くように見えたからだ。
傷は少しずつ、だが確実に、悠斗に罅を入れていく。誰も止める事など、出来はしなかった。
それから悠斗の稽古はこれまで以上に激しさを増していった。一夏達の誘いにすら耳を貸さなくなり、ほぼ一週間に一度行っていたデートの練習すらやめて。
唯一の息抜きさえもやめた悠斗はより稽古に没頭する。当然、楯無と会う前のようにオーバーワークにもなろうとしていた。
「無茶しすぎよ」
「…………ごめん」
「ぅんしょ、謝るくらいならやめて欲しいわね」
「…………それもごめん」
「別にいいわよ。言ったでしょ? あなたは私が守るって」
だからそれを少しでも和らげるべく、楯無は休憩時間にマッサージをしていた。元々要領の良い彼女は直ぐにマッサージを覚えて、休憩時間に、帰る直前に実践した。全ては悠斗を守るために。
悠斗も楯無の言葉にだけは素直に反応を示した。道場においては誰にも反応しない男が、唯一の反応を示す女性。それが楯無だった。
「ん……はい、これで楽になったでしょ?」
「ああ、ありがとう」
「今日はもう終わり?」
「ああ」
しかし、悠斗はあの夏の大会以来めっきり口数が少なくなった。常に何かを思い詰めるような表情でいるようになり、それは決して晴れる事はない。むしろ日に日に増していくのを楯無だけが感じていた。
「悠斗くん……」
着替えるために道場から立ち去る姿を見て、楯無の胸が苦しくなる。以前ならば、休めと言えば楯無の言う通り休んでいたが、最早それも聞いてはくれない。聞いてくれるのはたまに行うアドバイスとマッサージ中のほんの少しの会話だけ。少しずつ、少しずつ罅が大きくなっていった。
時は過ぎ、中学二年の秋。幾ら楯無が献身的に支えていると言っても限界はある。結局オーバーワークになり、それでも稽古をする悠斗に大会で良い結果なんて残せるはずがなかった。
更に稽古に没頭するようになり、疲れが溜まる。そして試合では結果が出せない。悪循環が出来上がっていた。そんなある日。
「一夏くん?」
「…………」
二人が視線を向けると道着姿の一夏が立っていた。悠斗も数年振りに見る姿だ。だというのに一目見ただけでまた稽古に戻ってしまった。
「俺も……一緒にいいか?」
「……急にどうしたの?」
問い掛けるのも無理もない。箒と別れて以来、剣を取らなかった男が突如として再び剣を取ろうとしているのだから。
「強く、なりたいんです……」
「でもね、一夏くん……」
「……そうか、別に構わない」
そこで漸く悠斗の口が開かれる。二人の目が少しだけ驚きに見開くが、直ぐに元に戻った。
「ありがとう、悠斗……」
「悠斗くん、いいの?」
「二人だとやれる事も出来るからな」
第二回モンド・グロッソでドイツから昨日帰国したばかりで疲れているだろうが、今まで黙っていた悠斗はそれを受け入れた。疲労しているのは自分も一緒だと。
楯無は一夏が強くなろうとしている理由を恐らくだが、知っていた。
モンド・グロッソにおいて誘拐された一夏は千冬の二連覇と引き替えに、千冬の手によって助けられた。同時に国家代表の引退を告げた千冬は一夏救出に助力してくれたドイツに報いるべく、ドイツ軍への教導のため出向。ランキングも千冬が引退した事により、空白となったランク一の座を埋めるべく他の国家代表が繰り上げる形で収まった。
責任を感じていたのだ。自分の弱さを思い知らされた一夏はならばと剣を取る事に。
単純だと誰かは笑うかもしれない。それでも一夏にとってはこのまま何もしないでいるよりは遥かにましだったのだ。
「俺は俺のペースでやる。お前は好きにしろ」
「俺も悠斗に合わせるよ。それぐらいしないと追い付かないからな」
「……やってみろ」
普通に考えれば、これまで鍛えてきた悠斗でも音を上げる膨大な練習量に、何年振りかに稽古を行う一夏が付いて来られるはずがない。だがそれだけ一夏の決意が固いという事なのだろう。
久し振りに一夏と並んでやる素振りに少しの懐かしさを感じ、そこにもう一人、大切な人がいた事を思い出した。
「箒……、っ!」
今の自分には昔の思い出に懐かしむ余裕なんてないと頭を振り、剣に集中する。自分が側に行くのだと、迎えに行くのだと、ただその一心で。
「……悠斗?」
ふと呼ばれた気がして箒は振り返る。が、勿論自分を呼んだであろう大切な人などいるはずがない。しかし、箒が大切な人の声を忘れるはずもなかった。たとえ、何年も会ってなかったとしても。
「ふふっ、変な事もあるものだな」
可笑しな事もあるものだと箒は少しだけ微笑む。悠斗と別れてはや四年近く、こんな事は初めてだったのだ。
別に悠斗と会う事を諦めた訳ではない。むしろその逆で、必ず悠斗が迎えに来てくれると信じているからこそ。あの日、悠斗が迎えに行くと言ってくれなければ、度重なる転校などできっと箒の心は荒んでいた事だろう。
「そうだ。この事も日記に書いておこう」
鞄から手帳を取り出すとさらさらと綺麗な字で今起きた不思議な事を記していく。箒は別れてから、新たに日記を書く習慣が身に付いていた。
日記を書く理由なんて単純なもので、箒が一人で体験した事をいつか会う悠斗と共有したかったのだ。日記を見ながらこの時はああだった、こうだったと話すのが今から楽しみで仕方ない。
「悠斗は元気だろうか……」
手帳に挟んでおいた写真を眺めて箒は呟いた。そこには別れの日に漸く心が繋がった二人が曇りなき笑顔で写っていた。
「悠斗……」
瞼を閉じて手帳を抱き締めれば、あの暖かくて優しい日々が思い浮かぶ。箒にとってこの上ない大切な思い出達。それをくれたのは今しがた呟いた名前の大切な人。
きっとこれから共に過ごすであろう、大切な人との生活に思いを馳せて箒は歩き出した。
次で本編行くって言いましたが……あれは嘘だ。
すいません、次の次で今度こそ本編行きます。
ちなみに次回もこんな感じの話になります。許してください、何でも(ry
それと今回は直ぐに投稿せず、決まった曜日の決まった時間に投稿しました。出来たら直ぐに投稿して、という方は活動報告の『聞きたい事』にコメントしてください。