「千冬さん? 入るよ?」
「……悠斗か。ああ、入れ」
ある夜、悠斗は千冬に呼び出された。
千冬がISの世界大会、《モンド・グロッソ》の格闘部門と総合部門において優勝してから少し経った夜の事。話したい事があると千冬の部屋に呼ばれたのだ。
部屋に入ると女性の部屋というにはあまりに物が少なく、あるとしても剣道の竹刀という殺風景な光景。
そんな部屋を見て相変わらず趣味というものがないんだな、と悠斗は思う。楽しみすらも捨てて、代表としての練習を重ねる千冬の姿は鬼気迫るものがあった。夜中に何度も快斗と深雪が千冬を説得していたを思い出す。
「で、どうしたの?」
「本題の前に《モンド・グロッソ》の総合部門で優勝した者はどうなるか、知っているか?」
「ランク一と《ブリュンヒルデ》っていう称号を貰えるんでしょ?」
それぞれの部門で優勝した者は《ヴァルキリー》と呼ばれ、総合部門では《ブリュンヒルデ》と呼ばれる。その肩書きは世界最強という証でもあるのだ。千冬はメディアでは世界最強というよりも《ブリュンヒルデ》という称号で紹介される事の方が多い。
そして総合部門での順位に応じて、各国代表のランキングが作られたのだ。これは各国が自分の力を明確にするために作られたもので、ランク一~四はそれぞれ優勝者、準優勝者、三位、四位と決められ、それ以下は総合部門での成績だけでなく、他の部門での成績も考慮されてランク付けされる。
「そうだな、その通りだ。だがそれだけではない」
「というと?」
話が読めない悠斗が質問を重ねると千冬は少しだけ目を伏せて続けた。
「ランク一、《ブリュンヒルデ》には政府に対してある程度の権利と権限が与えられるんだ。つまり、そんな大層な事でなければ大体の要望は叶うという事だ」
「そうなんだ。凄いじゃん!」
「ああ、そうなんだ……そのはず、だったんだ……」
「えっ?」
浮かれる悠斗を尻目に千冬は手を握り締めて何かに耐えるようにして話す。まるで懺悔のようだった。
「私はそれで箒をここに呼ぼうとした。世界最強の側にいれば大丈夫だろうと言ったんだ。その案が通るとも思っていた。だが、却下されてしまったんだ」
「……何で?」
「私は国家代表で、代表としての練習や立場があるから、ずっと側にいる事は出来ないからだと言われたよ……」
確かに千冬の言う通り、世界最強の人物が護衛に付けられるのならこれ程心強いのはないだろう。
しかし、千冬を縛るのはあまりに多い。この世界の女尊男卑の象徴としてメディアに出る事も多くなり、代表としての練習もある。とてもじゃないが護衛なんてしてられる余裕なんてなかった。
「すまなかった……!」
そこまで言うと千冬は悠斗に向かって、頭を下げる。絞り出すようにして発せられた言葉は心からの謝罪。
「何で千冬さんが謝るのさ」
「私は! 私はお前達が引き離される切っ掛けを作ったんだ! だからせめてもの償いとしてここで保護しようと頑張ってきたんだ! なのに……!」
悠斗と箒が別れたあの日、自分のやった責任で押し潰されそうだった千冬の唯一の救いが二人が結ばれた事だった。五年も見てきた二人が漸く結ばれたのには純粋に嬉しかったのだ。
だからこそ箒をここに呼ぶべく努力して。でも叶えてあげられなくて。
「千冬さん」
「何だ……?」
「俺、箒にこう言ったんだ。必ず迎えに行くって」
「そうだな……」
無論、千冬とて覚えている。忘れられるはずがない。救われたあの日の事を。
「だから千冬さんが呼んじゃうと俺が迎えに行けなくなる。何かそれって、カッコ悪いじゃん?」
笑いながら言う悠斗の姿に嘘はないのだろう。だが本当は側にいたいという思いも見てとれた。こんな少年に我慢させている。
「それに千冬さんにはたまの休みに剣道教えて貰ってるしね。これ以上は贅沢言えないよ」
「たまにだがな……」
「忙しいんだからしょうがないって」
千冬には柳韻から教えてもらえなかった篠ノ之流剣術を教えてもらっている。悠斗としてはそもそも千冬が悪いとも思ってない。だというのに国家代表という立場で忙しいにも関わらず、休みの日に教えてくれる千冬に非常に感謝していた。
「話は終わり?」
「あ、ああ」
「じゃあ、また今度剣道教えてね。お休み」
話も終わったと悠斗は退出していく。その背を千冬は見続けていた。扉が閉まり、もう姿は見えないのにそれでも見続ける。
「それでも私は……」
これ以上贅沢言えないと悠斗は言っていたが、千冬にとっては剣道を教えるなんて何の罪滅ぼしにもならない。むしろ日に日に罪悪感は増していった。
季節も変わり、冬。深々と雪が降り行く中、今日も悠斗は剣を振る。
あと少しもすれば悠斗も遂に中学生となる。中学校では剣道部に入ると決めていた悠斗にとって、そこから勝負が始まるのだ。
箒程の重要人物ともなればボディーガードとして付くには、過去の経歴に箔が付いてなければならない。そうでもなければ箒の元へ行くのにはかなりの時間が必要となるだろう。
「目指すは……優勝……!」
口にはしたが、大会での優勝は通過点に過ぎない。悠斗が本当に目指すのは箒の側に行く事なのだから。それも一刻も早くだ。負けられない戦いが始まろうとしている。
この寒い中だと言うのにいつも通り懸命に剣を振る悠斗を、楯無がこれまたいつも通り見ている。呆れがちに楯無が溜め息を吐くと白い息となって宙に溶けた。
「よくもまぁこんな寒い中頑張るわねー」
「そう思うなら、ヒーター独占するな!」
「嫌よ、寒いもの」
「こいつ……!」
コートとマフラーに加えて、道場唯一の暖房器具であるヒーターも独占し、防寒対策はバッチリな楯無。それに対して悠斗は道着のみ。差は歴然だった。
あまりの態度に思わず竹刀を投げ付けそうになるが、ぐっとこらえてまた悠斗は剣を振る。動かないと寒さでやってられそうにない。
「悠斗もさー、今日くらいは普通の格好して遊ぼうぜー」
「誘うのはいいが、そこ開けたままはやめろ。さみーんだよ、虫投げ付けんぞ」
「まじでやめてください」
「一夏くんって本当に虫が嫌いなのねぇ……」
悠斗の一言にそれまで陽気な雰囲気だった一夏の様子ががらりと変わる。途端に真顔になって直ぐ様扉を閉めた。
方向音痴に続く一夏の弱点。虫という虫が大嫌いだった。一度幼稚園の頃に悠斗が冗談でダンゴムシを触らせようとしたら、一夏が本気で怒って喧嘩になったのだ。悠斗曰く
「何回か喧嘩したが、あの時の一夏が一番強かった。勝ったけど」
との事。本気で怒らせるような事をしておいて、問答無用で喧嘩に勝つ辺り、結構外道だった。
さて、一夏に続いて鈴、弾、数馬も悠斗を誘うべく道場に入ってくる。再び開けられる扉に一夏の顔が青ざめていく。
「たまには相手になりなさいよ!」
「せっかくの雪だぜ、悠斗!」
「雪合戦しても一夏が強くて勝負にならないから悠斗も来い!」
「お前ら! そこ開けっ放しにすんな! さっさと閉めろ!」
『何で一夏が言うんだ……?』
三人は扉一つで後の一夏の運命が決まるとは露知らず、だがその鬼気迫る様子からただ事ではないと素直に従う事に。
「で、私達と遊びなさいよ」
「だから、来年から俺はもっと忙しくなるの! 悪いけど、遊んでる暇はないんだって!」
「あー、箒とかいう女の子と会うためだっけ? 悪いけど爆発してくんね?」
「この歳で彼女いるとかどういう事なの? 爆発してくれない?」
「えっ、なんなのお前ら。そこは応援するところじゃないの?」
親友達の熱い激励に悠斗は動揺を隠せない。
しかし、幾らなんでも張り切り過ぎである。大会までは後半年はあるというのに今から頑張っていてはいずれ息切れしてしまう。
と、そこで一つ悪巧みを考えた楯無がにやりと笑みを浮かべ、悠斗にこう言った。
「悠斗くん、息抜きしたら?」
「だーかーらー……」
「息抜きしたらおっぱい触らせてあげるっ」
『マジっすか!!?』
「…………一夏?」
「は、はい(り、鈴はなんで俺を見てくるんだ……?)」
息抜きしろと言われた悠斗は何度目になるか分からない説明をしようとした瞬間、楯無の魔の言葉に一夏を除く男三人ががっぷり食い付いた。というよりは一夏も食い付きたかったのだが、鈴からの視線を感じ身動き一つ取れないでいたのが正しい。
男にとって、おっぱいにはそれだけの魔力が備わっているのだ。しかも中学生の時点で既に将来抜群のスタイルを持つであろう楯無が言うのだからその破壊力足るや計り知れない。
「あ、ご、ごめんね。今の嘘で」
言い出した楯無も、まさかここまで効果があるとは思ってもいなかった。男子陣の反応にドン引きしてしまう。直ぐに撤回するのも無理もなかった。
「くっそ! 分かってたけどね! くっそ!」
「あぶねぇ……友達が一人減るところだったわ……」
「今日の夜は気を付けろよって言うところだった……」
分かっていたと悠斗は言うが、その割りには竹刀を振る速度がいつもより速い。まるで悔しさをバネにしているかのようだ。
「だ、だけどさ悠斗。真面目な話、会うためだけを頑張っても仕方ないと思うぞ?」
「どういう事だ?」
瞳のハイライトを消した鈴からの圧力に耐えて一夏が発言した。なけなしの勇気を振り絞っての発言は場の流れを変えるには充分だったようだ。
「だってさ、普通に考えてもみろよ。このままだとたとえ会えたとしても、お前遊び方一つ分かんないだろ?」
「まぁ遊んでないしな」
「そうするとさ、箒とデートする時とかどうするんだ? ちゃんと楽しませてあげられるのか?」
「む、う……」
「下手するとつまんないって愛想尽かされるぞ」
「――――」
地の底から響くような声が白目を剥いた悠斗の口から発せられた。確かに一夏の言うのも一理ある。会うためだけの努力をしても、そこから先は何も考えていなかったのだ。
ただ側にいればいいと思っていた悠斗にとって、これ以上ない致命的な一撃が与えられる。親友の手によって。
「ど、どどどどうしよう……!?」
先程まで寒いと言っていたはずの悠斗の顔が汗だくになる。ただこれは冷や汗で、悠斗の体温は今もなお急降下していた。
目に見えて狼狽え出した悠斗に楯無がまた閃いたとばかりに笑みを浮かべ――――
「悠斗くん、私とデートしましょ」
『何ィィィ!?』
「えっ、た、楯無と? なんで?」
爆弾が落とされた。弾と数馬の悲鳴が木霊する中、テンパりながら悠斗が返事をする。フリーズしている二人なんて放置して。
「そもそもね、ボディーガードになりたいのならただ強いだけじゃダメなのよ? 周囲に気を配ったりとか、怪しい人物を見極める力とか、他にも色んな技術が必要なのよ」
「そ、そうなのか……」
「まぁ、確かに身体も大事だけどね」
簪との一件から更識家がどういう家なのか知った悠斗にとって、楯無の意見は非常にありがたいもの。だがそれとデートがどう繋がるのかは狼狽えている悠斗にはさっぱり分からない。
「だからデートで女の子を楽しませるやり方と護衛に必須なスキルを教えてあげるっ。悠斗くんの息抜きも出来て、一石二鳥どころか一石三鳥!」
「おお、さすが楯無さん」
腰に手を当て、天高く三本の指を立てる楯無に拍手を送る一夏。周りが盛り上がっていくにも関わらず、悠斗はまだ青い顔で問い掛けた。
「い、いや、しかし、それは浮気になるのでは……?」
「あんた変に細かいわね……」
呆れがちに鈴が呟くが、悠斗にとっては死活問題なのだ。箒一筋なのだから浮気なんてあってはならない。そう考えているのだ。
「これは練習なのよ? 浮気になる訳ないじゃない」
「そ、そうなのか……? いや、でもなぁ……」
「箒に見捨てられてもいいのか?」
「よし、やろう」
『(チョロい)』
鉄よりも硬い決意も、一夏のたった一言で崩れ去ってしまう。完全に扱い方を悟られてしまった悠斗だった。
「ほら、悠斗くん行きましょっ」
「お、おう」
手を引かれながら街中を進んでいく悠斗。その先にはいつもより少しだけ楽しそうにしている楯無の姿があった。作り笑いなどではなく、本当の笑顔を浮かべて。
これはデートの練習も兼ねた護衛の訓練であり、悠斗の息抜きであると理解していても、どうにも楯無の浮かれ気分は収まりそうにない。
「ねっ、ねっ。どうかな?」
途中入店した店内で、上目遣いで問い掛けてくる楯無には普段はしていない眼鏡が掛けられていた。何かを期待するかのように訊ねてくる楯無に悠斗はしどろもどろになりながら、答えようとする。
「うぇ? あ、あー……」
「……もうっ。悠斗くん、こういう時はちゃんと感想を言ってあげないと」
「ご、ごめん……」
「まぁいいわ。少しずつ慣れていきましょ」
望んでいた解答を得られなかった楯無は少しだけ不貞腐れるも直ぐに笑って移動する。眼鏡を元の位置に戻して次の場所へ。
生まれて初めてのデートに加えて、よくよく考えれば一人で女の子と話すのなんて箒以来の悠斗に緊張するなという方が難しかった。
「じゃあ、次はあそこ行きましょ!」
「おい、ちょっとは落ち着けって。振り回されるこっちの身にもなれ」
次のターゲットを定めたのか、ぐいぐい手を引っ張って先へ行こうとする楯無に苦言を呈するが、一向に改善される事はない。
「あら、知らないの? 女の子はパワフルなの。こんな程度で音をあげてたらやってられないわよ?」
「まじでか……」
若干うんざりした表情を浮かべる悠斗。こんな程度と言うからにはまだまだ余力を残しているのだろう。実際、楯無からは溢れんばかりの元気を感じる。体力に自信があったのは気のせいだったらしい。
「うお、この子めちゃ可愛いじゃん! ねぇ、そんな奴と遊ぶより俺と一緒に遊ばない?」
「お前ロリコンかよ……」
「いや、でも確かに将来性抜群だわ」
「はぁ……」
突然話し掛けてきた三人の男達に嫌な顔を隠しもせずに楯無が溜め息を漏らす。相手は高校生くらいだろうか。別に初めての経験ではないし、あしらい方も知っているが、めんどくさいものはめんどくさい。
いつものように適当に追い払おうとした時だった。楯無の前に見慣れた背中が現れたのは。
「すんませんね、それはまたの機会にって事で。ほら行くぞ」
「え、う、うん」
「はいはい、ストップ」
先へ行こうとする悠斗に付いて行こうとするが、そうはさせないとまた前方に三人が現れる。
「ガキはお家に帰ってな。俺達はこっちの子に用事があるんだから」
「そうそう。幾らいいところ見せたいからって無理しちゃダメだよ?」
「別に無理もしてないんですけどね。見て分かりません?」
しつこく食い下がる三人に対して悠斗もめんどくさそうに、適当に付き合い始めた。
小学校低学年の頃から上級生に生意気だと絡まれ続けた悠斗にとっては慣れっこだったのだ。
「弱い犬ほどよく吠えるって知ってるか? 弱いワンちゃんはあっち行ってな」
「わんわん! わおーん!」
「……てめぇ、おちょくってんのか?」
「ははっ、さすがに分かる?」
犬の鳴き真似をしてやると、三人の怒りのメーターが一気に上昇するのを感じた楯無はさすがにまずいと思い始めたのか、小声で悠斗に話し掛けた。楯無一人ならまだやれるが、悠斗を守りながらでは難しいと判断したのだ。
「ゆ、悠斗くん!」
「大丈夫、秘策がある」
「秘策?」
「まぁ見てろよ」
こんな状況を打破出来る作戦とは何か。楯無が気になり、いよいよその秘策を見せるのかというその時。
「あっ、お巡りさんこっち!」
『げっ!?』
悠斗が男達越しに呼び掛けたのは国家権力だった。この女尊男卑の世の中では、下手すればナンパしただけで捕まる事だってあり得る。
三人の男達はやばいと慌てて後ろを振り返るが――――
「ぁん? いねぇじゃん」
「このガキ! よくも騙し――――ってあれ?」
「あいつらもいねぇぞ!?」
気付いた時にはもう遅い。慌てて振り返った瞬間、悠斗は楯無の手を取り、人混みの中を走り去っていった。小学生という小柄な体を利用して人混みを掻い潜っていく。
「ちょ、ちょっと悠斗くん!?」
「急げ急げ! と、あった!」
「きゃっ!?」
男達が追い掛けるのをやり過ごすべく、路地裏に隠れようと悠斗は楯無を抱き寄せた。頭もがっちり悠斗の胸元に押し付けられるようにされている。
「(ちょ、ちょ、えぇ!!?)」
急に抱き寄せられた楯無は珍しく困惑していた。驚きのあまり声も出せないほどに。抱き寄せられているのもそうだが、自身がこんなに振り回されるのも初めてだったのだ。
「あー、早く行かねぇかなー……」
「(うぅ……な、なんでこんなに普通にしてられるのよ……)」
悠斗の腕の中で楯無は何故悠斗は自分を抱き締めているのに、平常心でいられるのかと不公平さを感じていた。
小学生ながら鍛え上げられた胸板に、いつの間にか越されていた身長。普段は特に感じなかった男らしさに楯無の胸が高鳴る。
と、それも終わりを迎えた。どうやら男達は明後日の方に進んだようだ。どうにかやり過ごせたと安堵した悠斗は抱き締めていた腕の力を解くも、一向に離れる様子がない。
「おい、楯無。終わったぞ。楯無?」
「――――はっ!」
「大丈夫か?」
「は、あ、う……」
「ぅん?」
声を掛けて何かに気付いたかのように楯無が漸く離れた。顔を真っ赤にして何か言葉を発しようとしているが、上手く発せない楯無に首を傾げる。
「も、もうっ! 秘策があるって言うから何かと思えばただ逃げるだけじゃない!」
「昔から言うだろ? 逃げるが勝ちってな」
「あのねぇ……」
呆れてものも言えないとはこういう事か。抱き寄せられた仕返しに小言の一つでも言おうかと思ったが、次の瞬間にはその事すら消え失せた。
「それにしても見たか? お巡りさんって言った時のあいつらの顔! 傑作だったな!」
「――――」
本当に子供のように笑う悠斗を見て、不意にまた楯無の胸が高鳴った。何故かは分からない。
だが同時にこう思った。この男はずるい。自分にばかりドキドキさせている。なら今度はこちらの番だろう。
「次、次行くわよ!」
「はいはいっ、とちょっと待て」
「何って、わっ」
今度は自分がドキドキさせてやると先を急ぐ楯無の頭に悠斗が被っていたニット帽が被せられる。
「お前の髪色は目立つからこれで隠せ」
「う、ぐ、ぅ……」
「どうした?」
「何でもないっ!」
「何だ……?」
ずんずんと先を行く楯無に首を傾げながらも付いていく悠斗。二人の手は未だ繋がれたままだ。
結局、その後も楯無が一方的にドキドキさせられ、来週も行くと約束を取り付けられる悠斗だった。それは楯無の中で何かが変わり始めた冬の事。
次の次で漸く本編行けそうです。やったね。