空気を引き貫く音がした。
ぱぁん、と言う音は空気を殴りつつ顔面を弾き飛ばしにきたもので──それ故に軌道を読みやすい。軽く顔を逸らせば回避できる。
簡単な話、この少女は酷く正直なのだ。虚実を交えなければ戦闘と言うものは、……まぁ、元来の素質でなんとかできるとしても、一定ラインで停滞する。
自分は肉弾戦ではパーティの中で最強だと思っている。そしてそれが驕りでなく、実際に称号として与えられているだろうとも思っている。何故なら殺し合いについて、自分ほど親しんでいるポケモンはいないだろうから。
ピカチュウは例外である。
なので、こういった戦闘訓練については自分が行うことも多い。
軽く宙を踏みながら顔面に迫る拳を回避する。拳の刺突は、たしかに彼女と言うポケモンをよく表しているな、と思った。
何よりも早く、一撃で殺しに行く。それが彼女の目指す果てなのだが……しかしそれは物理アタッカー全員の理想である。こちらもそれを狙っていないわけがない。
……彼女の場合顔面にやけに拘っているような気がする。
三度、顔面に拳が振られた。超高速なそれはただ、今まで戦った中から考えると回避できない速度ではない。
「ふ──」
「よっ、と」
踏み込みの足を踏みつけて相手の動きを一旦縛る。彼女は右足からよく踏み込むから、この場合は左拳でかかってくるだろうか。だがこちらが足を開放しなければそのまま体制を崩すことになる。
「あっ」
「はい、私の勝ちね」
そうして自分と、彼女──メガスピアーとの戦闘は終了する。
ラトというポケモンについて語るなら、簡潔に才能の二文字で終わるかもしれない。
彼女は突然変異種だ。メガスピアーという種族にあてはめているのもいささかむりやりなところがある。が、しかし特徴として当てはまるポケモンはメガスピアーしか存在しないのだ。
──つまり、ラトは常時メガシンカと言う状態を保ったポケモンである。
自然の中で勝手にそうなった少女であり、そしてレッドの隠し札としてはδリザードンを含めてトップクラスに入ってくるポケモンでもあった。
で、そんな彼女であるが種族柄なのかは知らないが基本的に殺戮を好むと言う性質をもっている。時々暴走しそうになるので、自分はこうして時々彼女と戦ってその衝動を抑える、と言う役割を果たしているのだ。
それと同時に今回は戦闘経験を積むと言う目的もあった。
「ま、今回の敗因で一番大きいところは狙いが読み易すぎるところね」
「……う、はい。そうですね。流石にちょっと露骨過ぎましたか……」
「いくら火力があって一撃で相手を潰せると言ってもそれは前提として当たれば、と言うのが入ってくるから。一撃一撃を殺す気で打ってくるのはいいけれど、せめて皮の下に隠しなさい。それに顔面って的は胴体より小さいし動くし当てづらいのよ。避けた頭に正確に狙える程の技量があればいいんだけど……」
「……はい。狙えませんよー……」
「素直でよろしい。胴体の厚さなんて貫通できるくらいの火力があるんだから頭を狙うのは時々にしときなさい? そりゃあ隙があれば殴りにいってもいいけど、それが均衡を崩すための罠って可能性も忘れないように。以上、私からはおしまいよ」
そこまで告げて、ラトは唸りながら床に倒れる。
目を回しながら床に溶ける姿を見ているとついつい頭はよくないのかと錯覚しそうになるがこの子は言ったことはちゃんと理解する子だ。特に戦闘に関しては。なので彼女について、そんなに心配することはないと自分は思っている。
「なーんでソラさんはそんなに強いんですかぁ……」
「そりゃあ生まれたときから戦ってきたから私はそのぶん強いに決まってるじゃない」
「なるほど、経験と。まーったく私には参考になりそうにないですねー……森では基本ワンパンでみんな倒せたから」
「……ま、野生ならそれが正しいんじゃないかしら? トレーナーがいるかいないかで戦いって結構変わってくるし」
「うーん……そういうのじゃなくて、根本的な部分がなんとなく私とソラさんで違う気がするんですよ……なんでしょうかね?」
「……頭のできとか?」
「それは流石に酷いですよ? 泣きますよ?」
そんなやり取りをしつつ、のんびり歩いている。パーティ調整に利用しているのはハナダシティにすぐ近くの4番道路だ。洞窟に人が全然いなかったこともあるのだろう。広いスペースが余っていたから、そこでパーティの調整をすることにしたのだ。
で、今回自分はラトを担当した。ゴリチュウは育成が終わっていないのでレッドが育成に、戦闘経験値を貯める必要があるδリザードンとラトはそれぞれピカチュウと自分が。そんな風な割り振りをして、他のメンバーはジム戦に出ないため多少トレーニングはしつつも休憩をしている。
目指しているのは部屋を取ってあるハナダのボケモンセンターだ。今日のぶんの練習はもう終えたので、あとはのんびりするだけだったりする。
「……ま、相手の動作に対する自分なりの対策を考えることが一番かしらね。たとえば相手のタイプがくさだとする。あなたならそこでどうする?」
「えー……と、どくタイプの技か、虫タイプの技か。相手の状態変化も狙ってどくづきとかでしょうか? 相手の弱り具合によってはとどめばりも選択肢ですよね。そこらへんはトレーナーの判断に任せます」
「そんな感じのマニュアルみたいなのを頭の中で思い浮かべておくのよ。相手がこういう行動をとったらこう詰める。そのとき危ないかの判断は
「……ふーん。でもそんなに選択肢があると咄嗟のときに迷っちゃいません?」
「んー、それは、まぁ、あるわね。でもそんな状態の対処法はちゃんとあるのよ? わかるかしら?」
「んー……トレーナーの指示を最優先、ですか?」
「それもあるけどやっぱり一番はトレーナーと一緒の感覚よ」
困惑するラトに向かって、笑いながら握った右手を胸の前で構えた。
「──ここぞというときに、確実に決められるような選択を用意する!」
例えば自分であればげきりん。迷ったときに叩き込む技としては一番選択肢に入ってくる。
例えばピカチュウとかなら……なんだろう。クロスサンダーとかだろうか。てかやっぱりなんなんだあのピカチュウほんとになんなんだ。
「ま、所謂必殺技ね。ラトはそう言った技を探してみるのもいいかもしれないわ」
「……必殺技、ですか」
ハナダの街の中に踏み込む、と言うところでラトは歩みを止めた。そのことを疑問に思い振り向くと、その顔に笑みを浮かべたラトはこちらを見てはっとした表情で駆け寄ってくる。
「……どうしたの?」
「いえ、なんとなーく、『ひっさつわざ』ってのがわかったような気がしただけです」
彼女はそのまま笑ってこちらの手をとった。そのまま駆け出し、自分を引っ張るような形で進んでいく。
なんとか足を進めて横に並ぶと、彼女はひたすらに笑っていた。
時刻は夕方。水に夕焼けが反射して、色付き鮮やかなその日の記憶。
最近別の作品ずっと書いててこっちに手が回らなかったこのシリーズ文字数少ないしすぐ書き終わるから別にそんなに時間食われないんだったわってことを思い出して漸く投稿である。
連日更新するなら書きやすい文字数だけど読み手としては物足りないよね。と言うことでとりあえず帰還しました。新生活始まってしばらく死んでて今は世間では夏休みでしょうが全然休みがなかったのでまいっちゃうね!そんな感じでシナリオ再開、こんな作者ですが読んでくれると幸いです。