慧音、梳は二者二様の出来事に遭遇した後、里の大通りで宇佐見菫子と出会う。
「始めまして!私は宇佐見菫子。
四ツ谷会館の広間に集まったそこの従業員たる小傘たち全員と上白沢慧音。そして彼女たちを前にして仁王立ちでそう自己紹介する菫子の姿がそこにあった。
菫子とは初対面となる梳、薊、金小僧、折り畳み入道は同じく自己紹介をして返した。
そうして自己紹介が終わった途端、慧音が菫子に問いかける。
「それで、どう言う事なんだ?お前が四ツ谷から言伝を預かってるって」
「あー、実は私さっきまで、そちらのとこの館長さんの監視をしてたんだよね」
「はぁ?」
怪訝な顔で首をかしげる慧音を尻目に、菫子は先ほどまで博麗神社での出来事を簡易的にまとめて慧音たちに話して聞かせた。
それを聞いた会館の者たちは安堵の表情を浮かべる。
「よかった……、じゃあ師匠は元気なんだね」
「まぁね。あれくらいでへこたれる様なタマじゃないよ、あなたたちの館長さんは」
それくらいあなたたちも分かってるでしょ?と、胸をなでおろす小傘に菫子は苦笑混じりにそう言葉をかける。
そうして彼女は、次に両手を腰に当てると真剣な表情でこの場にいる全員に向けて口を開いた。
「館長さんの『最恐の怪談』――『四隅の怪』を完成させるため……私は今回特別に、あなたたちと館長さんを繋ぐ連絡役になってあげるわ」
感謝しなさいと、胸を張る菫子は続けて小傘たちに言う。
「……それじゃあ、さっき受け取った館長さんの伝言を――」
「――あ、ちょっと待ってくれ菫子」
「……何よ、慧音先生?」
話の腰を折られ、不機嫌な顔を向ける菫子に、慧音はある事を頼み込む。
「実は私の方からも、四ツ谷に話したい事があるんだ。悪いがその伝言も奴に届けてはくれないだろうか?」
「……わ、私もです」
慧音の言葉に便乗してか、梳も慧音の隣に立つ。
真剣な目で自分を見つめる慧音と梳を交互に見つめ、菫子は顎に手を当てて眼を細めると――。
「……今回の一件に、無関係ってわけじゃなさそうね……」
そう小さく言葉を響かせていた――。
――それからおよそ一時間後、四ツ谷の伝言と慧音たちの伝言を
(とりあえず、今日の役目は終了したけど、大丈夫なのかしら?……あの梳って
まぁ、任された当の本人は使命感に燃えていたが、如何せん、やはり不安は拭いきれそうに無いようで、その瞳が僅かに揺れていたのを菫子は見逃さなかった。
(……ま、無理ないけど。いざとなったら、きっちりフォローしてあげなくちゃ。……それに――)
食べかけのみたらし団子を持った手をプラプラと揺らしながら、菫子は前途多難な明日を憂う様な顔を浮かべ――。
(――私の方も、まだ問題は残ってるしねぇ……)
――そう小さくため息をこぼしていた。
『――四方は調べたが、何も無かった。……だとすれば、残るは「上」か「下」だけだ』
意外にも四ツ谷の伝言の中には、慧音に宛てたモノもあった。
菫子を経由して受け取った四ツ谷のその
寺子屋には生徒はもちろんの事、教師たちもすでに帰宅していたため、中はシンと静まり返っていた。
まだ鍵をかけていなかった正門から寺子屋の中に入った慧音は、まっすぐにとある部屋へと歩いていった。
そこは昨日、慧音や四ツ谷たち……そして五人の生徒たちと共に例の『実験』を行った――。
――『四隅の怪』の発端となった物置部屋であった。
慧音は静かに戸を開けて部屋の中に入っていく。
そこには昨日と何も変わらない、物一つ置いていないガランとした空間が広がっているだけであった。
しかし慧音は、部屋に入るなりその場にしゃがみ込むと、両手を這わせながら床板を触り、『調べて』いく――。
そうして、床には何の異常も無い事を確認すると、今度は目線を上に上げ、天井を睨み付けた。
隅々まで天井に視線を這わせること数秒――或る一点に慧音の目が止まり、たちまちその顔が歪んだ。
「……クソッ!どうして昨日、すぐに気づけなかったんだ……!!」
一人悪態をつく慧音のその視線の先――天井の中央部分、そこに敷き詰められた天井板の一枚が僅かにズレて、浮いているのが確認できたのだ。
慧音はすぐさま職員室へと向かい、そこに置いてあった木製の踏み台を持って戻ってくると、それを浮いた天井板の真下に置いてその上へと登り、両手でその天井板を動かした。
しっかりとはめ込まれていなかった天井板は簡単に動き、天井の中央に闇に塗られた四角い穴が出来上がった。
その穴の中へと慧音は自らの頭を突っ込ませ、天井裏の様子を垣間見る。
そこにあった光景を目にした慧音の頭の中で、前に鈴奈庵で読んだ事のある外来本――外の世界では『推理小説』というジャンルで出版されていたその本の内容を思い出していた。
「なるほどな……『怪談』ではなく『ミステリー』の方だったわけか……」
慧音がそう呟いた瞬間であった。
ガタリ!と、寺子屋の正面玄関の戸が乱暴に開かれる音が響き渡った。
「……っ!」
その音を聞いた慧音は慌てて屋根裏から頭を引っ込めると、天井板を元の状態に戻し、踏み台を持って隣の部屋へと静かに移動すると、息を殺してその部屋の戸の隙間から外の様子をうかがった。
玄関戸を開けた何者かは、ドンドンと廊下に足音を鳴らしながら、さっきまで慧音がいた部屋へと近づいていく。
そうして、その部屋の戸の前に立った人物の顔を、隣の部屋の戸の隙間から様子を
それは間違いなく、数時間前に慧音の昔の教え子に乱暴を働こうとしていたあの男の顔であった――。
男は慧音が見ているのにも気づかず、鼻歌を鳴らしながら例の部屋へと入って行った。
そして、その部屋の天井付近から、何かごそごそと音が小さく響くと、それっきり静かになったのである。
慧音は隠れていた部屋から出ると、男が入ってきたであろう玄関へと向かい、そこから静かに寺子屋を後にする。
いつもはその玄関戸も正門も、しっかりと戸締りをしているのだが、今回慧音が寺子屋に戻ってきたため両方とも鍵をしていなかった。
にもかかわらず、今やって来たあの男は、それを不審に思う事無く寺子屋に入ってきた。
それは男が日常茶飯事的に
もしかすると、何かの手違いで寺子屋から締め出されたとしても別のルートで寺子屋に侵入する術を持っているのかもしれない。
(……どちらにしても、可愛い生徒たちの学び舎にあんな下劣な男が巣くっていたのだと思うと……許し難いな……!!)
寺子屋を背にその場を去る慧音は、そんな思考の海に意識を沈めながら、
時刻がお昼を回った頃――。
人里にある某空き地にていつもの仲良し五人組である太一たちがいた。
されど子供たちは遊ぶ素振りもせず、輪を描くように立ち尽くしたまま、まるで葬式のように静かに俯いていた。
と、そんな子供たちに声をかけるものがいた。
「……あ、いたいた。みんな!」
聞き覚えのあるその声に五人はビクリと反応し、おずおずと声のした方へ顔を向けた。
そこには大きな葛篭を背負った薊が手を振りながらこちらへ駆けて来るのが目に入った。
薊は子供たちから少し手前で立ち止まると、呼吸を整えながら両膝に手をついた。
そして最後に大きく深呼吸をすると顔を上げて改めて五人組と向き直る。
「探したんだよみんな。何処にいるのか分からなくてあちこち探し回っちゃった」
「薊おねえちゃん……」
柔らかな笑みを浮かべる薊とは対照的に、五人で一番年長である太一が不安げな眼を薊に向けた。
その視線の意図を薊は重々理解していたため、笑みを浮かべながら小さく頷くと子供たち全員に向けて優しく語りかけた。
「……うん、何も言わなくてもちゃんと分かってるよ。大丈夫。みんなは何も悪くないよ」
「でも……オレたちが母さんたちに昨日の『四隅の怪』のこと教えちゃったから、今日の授業なくなっちゃったんでしょ?」
太一が消え入りそうな声でそう呟く。
昨日、『四隅の怪』の遭遇で興奮が消えきれないまま帰された太一たちは、それぞれの家族にその時あった事を全部打ち明けてしまったのだ。
それを聞いた彼らの保護者たちも他の生徒たちの家族にそれを話してしまい、結果寺子屋はその日、臨時休校を余儀なくされてしまったのである。
その一部始終を見ていた太一たちは子供ながらに、自分たちが喋ってしまったことで休校になってしまったことに自責の念に駆られたのであった。
太一の言葉でしょんぼりする一同。されど薊は優しく彼らを諭す。
「ううん。だとしても太一君たちだけの責任じゃない。最終的に『四隅の怪』の実験を行う決断をしたのも、太一君たちに口止めを忘れていたのも、全部『私たち』の方なんだし……」
実際、薊自身はその場に居合わせてなかったため、ほとんど関係なかったのだが、薊はあえて慧音や四ツ谷たちにではなく、自分も含めて『私たちの責任』だと答えた。
そこには太一たちの不安を和らげるための意図と、主である四ツ谷が霊夢に軟禁されたという事実から決して自分も無関係ではないという彼女なりの考えがあっての事だった。
そこで言葉を区切った薊は一度息を吐くと、今度は真剣な目を太一たちに向けて口を開いた。
「……みんなにお願いがあるの。今私たちは今回の一件を解決するために色々と動いているんだけど、みんなにも少し手伝って欲しいことがあるの。力を貸してくれる?」
薊のその言葉に、太一たちは少し驚いてお互いの顔を見合わせると、確認するかのように薊に問いかける。
「……そうすれば、また寺子屋に通えるようになるの?」
「うん、きっと。そしてこの『四隅の怪』の怪談も終わるはずだよ」
力強く頷く薊に太一たちは真剣な目で再び問いかけた。
「何をすればいいの?」
その言葉に薊はゆっくりとそしてはっきりとした口調で説明をし始めた――。
「……みんなには今、人里に流れ始めている『四隅の怪』の噂に、少し
ドンドンドンドン……!ドンドンドンドン……!
「おーい、博麗霊夢ぅー!いるよなー?ちょっと来てくれー!」
ドンドンドンドン……!ドンドンドンドン……!
「おーい、霊夢ぅー!霊夢さーん!怠惰巫女の紅白霊夢さーん!」
ドンドンドンドン……!ドンドンドンドン……!
「貪欲貧乏巫女ー!楽園の素敵な(笑)巫女ー!究極系唯我独尊
「だぁーっ!うっさいわね、口に陰陽玉詰め込むわよこの腐れ怪談馬鹿ッ!!」
部屋の出入り口の戸をドンドンと叩きながら、霊夢への罵詈雑言を並べ叫ぶ四ツ谷に、半ばキレ気味の霊夢が戸を押し破るかのように中に入ってきた。
ちょっと言いすぎたか?と内心冷や冷やしながら、鬼気迫る勢いで自分に詰め寄る霊夢を四ツ谷は両手で宥める。
「悪い悪い。ちょっと頼みたい事があってな」
「頼みぃ~?私は今すっごく忙しいの!博麗の巫女は多忙なのよ!一々アンタの事にかまってらんないのよッ!!」
「……昼寝することが巫女の仕事なのかい?」
意地悪げな顔でピシャリとそう問いかける四ツ谷に、さっきまでの機嫌の悪さが嘘の様に今度は霊夢の方が押し黙った。
「……何の事よ?」
「顔に畳と
四ツ谷の指摘にハッとなった霊夢は、四ツ谷に背を向けるとペタペタと自身の顔を触り始めた。
そうして一分ほどして霊夢は腕を組んで、四ツ谷から自分の顔についた跡が見えないように横向きに立ちながら彼を見据えた。
その落ち着いた様子から、先ほどまでの怒りが収まった事を感じ取り、内心四ツ谷はホッとする。
それに気付いているのかいないのか、霊夢の方はさっさと本題を切り出すため口を開いた。
「それで?私に用ってなんなのよ?」
「いやなに、ずっとここに閉じ込められてるから退屈なんだよ」
「……だから私に話し合い手になれって、そう言う事ね?OK、今すぐ『夢想封印』して永眠させてあげる」
「ヤメテヤメテ」
再び目が据わり始めた霊夢に四ツ谷は必死で待ったをかけ、霊夢が行動するよりも早く自分の要望を口に出した。
「暇つぶしのための道具が欲しいんだよ。ここにいる以上、頼めるのはお前だけだろ?」
「……道具って、具体的には何が欲しいのよ?言っとくけど、値の高い物やここから脱出するのに関係ありそうな物は渡せないわよ」
「……筆記用具と紙束をくれ。物書きでもして時間をつぶす」
筆と紙――四ツ谷から頼まれた物に霊夢は彼を睨みつけながら思案顔になる。
それらを使えば、自分が眼を放したすきに外部と連絡を取るのではと考えたからだ。
だが直ぐに、霊夢はその考えを否定した。
仮に外部と連絡しあうためだったとしても、『最恐の怪談』を語ることができる唯一の存在である四ツ谷がここにいる限り、何をどうやっても怪談を創る事はできないと考えたのだ。
長いようで短い沈黙の末、ため息と共に霊夢の口が開く。
「……分かったわよ、用意してあげる。ただし、もうこれ以上騒ぐんじゃないわよ?次やったら本気で潰すから」
殺気を含んだ霊夢のその言葉に、四ツ谷は引きつった笑みでホールドアップサインを出した。
それを見た霊夢は溜飲が下ったのか殺気を霧散させてさっさと部屋を出て行った。
そして部屋の戸をしっかりと閉めて四ツ谷を再び閉じ込めると大きく背伸びをする。
「う~ん……はぁ~っ。まだ寝たり無いわね。
そう独り言を呟いて霊夢は欠伸を一つすると、ゆらゆらと身体を揺らしながら廊下の奥へと消えて行った。
一方部屋に残された四ツ谷は、霊夢の独り言が聞こえていたらしく、戸に背中を預けたまま立ち――。
「ごゆっくり……♪」
不気味な笑みを浮かべながら小さくそう呟いていた――。
お久しぶりです。
前回の投稿から二ヶ月以上たってしまいました。
また次回の投稿も間が空くかもしれません。本当に申し訳ありませんですorz
そしてその反面、今年中に新たに投稿できた事にホッとしている自分がいます。
毎回愛読してもらっている皆々様には頭が下がる思いです。
それでは皆様、早い切り上げになりますが今年の投稿はここまでにさせていただきます。
よいお年を!!