部屋を調べていた四ツ谷は、霊夢にお祓い棒を突きつけられる。
日が完全に山の向こうに隠れ、黒くなっていく空にポツポツと星が見え始めた頃、『四ツ谷会館』の前に二人の少女の姿があった――。
小傘と薊である。二人は数時間前に梳を連れて行った四ツ谷の帰りが少し遅い事を気になりだし、こうして二人して会館の前で四ツ谷と梳が帰ってくるのを待っていたのであった。
薊が口を開く。
「……遅いですね館長さんと梳さん。何かあったのでしょうか?」
「うーん、人里の中だからとんでもない事に巻き込まれたって事は無いと思うんだけどねぇ……」
腕組みしながらウ~ンと唸る小傘。と、そこへ二人に向かってやってくる人影が一つあった。
その者の足音に気づき、小傘と薊は同時にその人影へと眼を向ける。そこには見知った顔があった。
「梳さん!」
「!……お帰り梳ちゃん!」
その人影――梳の顔を確認した二人は笑顔で彼女に駆け寄った。されど、梳の顔が暗い夜の中でも分かるほど雲っている事に二人は気づく。
「……?どうしたんですか梳さん」
「……ただいま小傘さん、薊ちゃん……あの……」
何故か言いにくそうに口ごもる梳を見て小傘と薊はますます怪訝な顔になる。
と、そこへ小傘が
「梳ちゃん、師匠はどうしたの?どこかに寄り道でもしているの?」
梳と共に出かけたはずのこの会館の館長である四ツ谷の姿が無い事に小傘は疑問を覚えたのだ。
その問いかけに梳は俯きながら数秒間沈黙すると、次の瞬間には小傘と薊に向かって大きく頭を下げていた。
「ごめんなさい!」
「!?」
「梳さん……?」
突然の梳のその行動に小傘と薊は呆気に取られる。
それに構わず梳は二人に叫ぶようにして声を上げていた。
「四ツ谷さんが……博麗神社に
「「…………………………。エエエェェェェェーーーーーーーッッ!!?」」
梳に負けない程の二人の絶叫がその場に響き渡った――。
「……速いわね小傘。以前のアンタならもうちょっと来るのが遅いと思ったけれど」
「……霊夢さん、一体どう言う事ですか?師匠を監禁するなんて……」
事情を梳から聞いた小傘は直ぐに薊を自宅に、梳を会館に帰すと慌てて博麗神社に向かった。
まるでジェット機のような速度で飛んでいく小傘は、神社の境内で待ち構えていた霊夢の前に着地すると彼女と対峙したのである。
そんな小傘の顔はいつもののほほんとしたモノから一転して目を鋭く細めた険しいモノへと変わっていた――。
だが小傘の迫力に霊夢はたじろく事無く軽く肩をすくめる。
「どうもこうもないわよ。
「そんな横暴な……!一体何故です!?」
「……言わなくても分かるはずよ」
霊夢の方も目を鋭く細め、静かに口を開いた。
「アイツに『最恐の怪談』を語らせないためよ。アンタも梳から大方の事情を聞いてるんなら、大体の察しは着いてるはずよね?……寺子屋に現れた『五人目』の正体が……!」
「ッ……!」
その霊夢の指摘に小傘は口ごもる。
事の起こりがあったのは、『人里』の寺子屋の中――。
そして、霊夢の言う『五人目』が幽霊でも妖怪でもないとするなら、それは十中八九――。
「……『
「……そう言う事よ」
小傘の呟きに霊夢が頷いた。
二人の間に沈黙が流れる、しかし数秒後に霊夢が再び口を開いた。
「……今回の『聞き手』が人間である以上、アイツに怪談を語らせるわけにはいかないわ。折り畳み入道の一件以降、未だ新たな怪異は生まれていないけど、私に言わせればそれはただ
確かに、と小傘も内心霊夢に同感していた。
折り畳み入道の一件後に起こった小野塚小町の一件や『とおりゃんせ』の一件も『聞き手』が人間ではあったが、それら二つの一件は霊夢のいうとおり、いろいろと理由やらなんやらがあって偶然生まれなかったに過ぎなかったのだ。
だから今回『最恐の怪談』を行ったとしても、怪異が生まれないという保障は何処にも無いのである。
そして、怪談と悲鳴の為なら例え忠告されようが新たな怪異が生まれる可能性があろうが構わず行おうとするのが
そう、
まず今回の一件でも『最恐の怪談』を行うはずだろう。いや、間違いなくやる。
……だけど、それでも――。
それでも、だ――。
「……それでも、師匠を閉じ込めるのは納得できません。今すぐ返してください……!」
「博麗の巫女の決断は絶対よ。それでも引かないって言うならいいわ、相手になってあげる……!」
霊夢がそう言った瞬間、何処からか二つの陰陽玉が現れ、霊夢の左右に浮かぶ。
同時に小傘と霊夢の間でバチバチと一触即発の火花が飛び散った。
だが、先攻を取ろうと動こうとする小傘に霊夢は静かに口を開いた。
「小傘。アンタは大妖怪になって強くはなったのでしょうけど、その力
「!?」
霊夢の突然のその指摘に小傘は思わず動きを止める。
それに構わず霊夢は続けて言った――。
「……もしそうなら、知り合いのよしみで忠告しとくわ。その戦意、鞘に収めなさい。いくら強くなろうが『力に振り回されているアンタ』と『力を正確に制御している私』とじゃ勝負は目に見えてるわよ」
博麗神社の一室、小さな
壁に背中を預け、両足を前に投げ出し、両手を頭の後ろで組んでぼんやりと天井を見て座っていた四ツ谷の元に足音が近づいてくる。
その足音が部屋の前まで来ると同時にガララと部屋の扉が開いた。そこでようやく四ツ谷は部屋に入ってきた人物に目を向けた。分かってはいたがその人物は霊夢だった。
霊夢は腕組みをしながら仁王立ちで四ツ谷を見下ろす。
「……大人しくしているようで何よりだわ。感心感心」
言葉では感嘆していたが、その双眸には警戒の色を浮かべている事を四ツ谷は見逃さなかった。
四ツ谷は壁に預けていた上半身をゆっくりと起こすと霊夢に問いかける。
「……さっき、表が騒がしかったみたいだが、何かあったのか?」
「ええ、あったわよ。アンタん所の『赤染傘』がアンタを連れ戻しに来たわ。……追い返してやったけど」
「そうかい」
大した事ではなかったとばかりに、四ツ谷は再び両手を後頭部に組んで壁にもたれかかった。
対して霊夢は四ツ谷の反応の薄さに怪訝な顔を浮かべる。
「あら?てっきり出れなくて残念がると思ったんだけど、そうでもない見たいね」
「んー?まぁ、今すぐ出られるんならそりゃ両手を挙げて喜ぶんだろうが、無理矢理逃げ出すとなればお前は必ず俺を全力で捕まえに来るんだろ?なら、最初ッから大人しくここにいた方が良いだろうよ。……恐らく小傘も
「ふぅん?小傘の事、良く理解しているみたいじゃない?」
「そりゃまだ一年も経ってないにしても、毎日同じ釜の飯食ってりゃあそれなりに、な」
何でもないかのように涼しい顔でそう返す四ツ谷に霊夢はため息を着く。
そして真剣な顔で四ツ谷に忠告をかけた。
「……言っとくけど、無理矢理逃げるなんて事自体無理だからね。この部屋には箱の類は無いから折り畳み入道の能力は使えないし、そうでなくてもこの部屋の周りには私の結界が張ってあるから
「それはそれは……」
霊夢の説明に興味無く相づちを打って聞き流した四ツ谷だったが、次の瞬間にはハッとなって再び身を起こす。
「ちょっと待て。この一件が終わるまでしばらくこの部屋にいなきゃならないんだよな?だったら……」
「ああ、食事の事?心配しなくても三食ちゃんと配膳するわよ」
「違う、そうじゃない。もっと下世話な話、『用足し』とかどうなんだよ?その時にはちゃんと厠まで送ってくれるのか?」
「ああ、そっち?安心しなさい、そっちの方も抜かりないわよ」
そう言って霊夢は四ツ谷が声をかける間もなくスタスタと部屋を出て行った。
「?」
首を傾げる四ツ谷であったが一分もせずに霊夢が部屋に戻って来る。
あるモノを持って――。
「……はい。コレに済ませちゃってね」
そう言って霊夢が床にトンと置いたそのモノは――。
――木製の『おまる』であった……。
「ってちょっと待てえええぇぇぇーーーー!!!??」
四ツ谷の絶叫が部屋中に響き渡った。
無理も無い。さすがにいろんな意味であんまりすぎる。
突然の四ツ谷の絶叫に反射的に両耳を押さえた霊夢は顔をしかめて四ツ谷に文句を言う。
「ちょっと、いきなり叫ばないでよ。ビックリするじゃない」
「やかましい!ビックリしたのはこっちだ!しろってか?俺にコレでしろってかぁ!?」
「うっさいわね。子供じゃないんだからいちいちアンタを厠まで送るわけないでしょうが。こっちだって博霊の巫女として沢山仕事があるのよ。アンタ一人にいちいち構っている暇なんて無いわ」
「仕事ってなんだよ!?知ってるぞ!お前、異変が無い時はいっつも縁側で茶をすすって日向ぼっこしている事ぐらい!」
「はーい、そこ。これ以上ごちゃごちゃ言うようだったら、宝符「陰陽宝玉」の刑よ」
いつの間にか右掌の上に陰陽玉を浮かばせて、冷ややかな目で見下ろしてくる霊夢の目に、四ツ谷は引きつった笑みを浮かべるだけであった。
霊夢はそんな四ツ谷を尻目に用は済んだとばかりに、踵を返してそそくさと退室していく。
扉を開けたと同時に霊夢は最後に四ツ谷に声をかけた。
「心配ないわよ。恐らくこの一件はそう長引かずに解決に向かうでしょう。ま、あくまでも『勘』だけどね。……それまでアンタが何もせずにここで大人しくしていてくれればそれで全てが丸く収まるって事よ。……あ、そうだ。事件が解決してアンタを解放する時、ついでにソレ『中身ごと』そっちで処分してよね。ソレ自体、アンタのために人里で購入したモンなんだから」
クイッとアゴで四ツ谷の前に置かれた『おまる』を指すと、霊夢は今度こそ部屋を出て行った。
残された四ツ谷はまるで『燃え尽きたかのように』全身を真っ白にさせて目の前の『おまる』に目を落とした。
「……マジかよ」
大きくため息をついて四ツ谷は両手で自分の顔を覆い、そのまま動かなくなった。
部屋の中に静寂が降りる。
数分とも数秒ともいえる間をおいて、突然部屋の中に含みのある笑い声が静かに響き渡った。
「……ふっふ………ふひひヒヒヒ、ヒッヒッヒ……!」
その笑い声の持ち主――四ツ谷はゆっくりと頭を起こし、覆っていた両手を離した。
そこから出てきた顔は先ほどまでの魂の抜けたかのようなモノなどではなく、いつもの不気味な笑みを浮かべていた。
四ツ谷は霊夢の出て行った扉に向けて独り言のように呟き始める。
「……博麗霊夢、確かにお前の判断は間違って無いんだろうな。お前の言うとおり、俺はこの一件に乗じて『四隅の怪』を……『最恐の怪談』を
「――コレで俺を
――ゾクリ……!
「ッ!?」
唐突に背筋に冷たいモノが走り、廊下を歩いていた霊夢は反射的にバッと背後へ振り返った。
そこには何も無い、薄暗い廊下が伸びているだけであったが、霊夢はその廊下の向こう――先ほどまで自分がいた四ツ谷を監禁している部屋を睨みつけていた。
目下の警戒対象であった四ツ谷を拘束し、後はこの一件が終わるまで待てばいいだけであったが、何故か霊夢の
お待たせいたしました。最新話です。
また一月近くかかってしまいました。申し訳ありません。
ですが、盆休みに入りましたので近いうちにまた新しく投稿ができると思います。