四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
四ツ谷は子供たちに『四隅の怪』を語り、それに影響した子供たちは行動し始める。


其ノ三

『四隅の怪』を会館前で語った翌日――。

四ツ谷は()()である教師の仕事をするために、寺子屋に来ていた。

一通りの授業を終わらせ、放課後となった時刻。

白衣に伊達眼鏡姿の四ツ谷は寺子屋の職員室、その一角にある休憩室で一息ついていた。

湯飲みに熱々の玉露を急須から注ぎ込むと、四ツ谷は鼻歌交じりに休憩室に置かれた茶箪笥の前に歩み寄る。

そして、茶箪笥の一番上の段の小さな引き戸を開けて中の物を取り出そうとし――唐突に首をかしげた。

 

「……ありゃ?ここに入れといた醤油煎餅(しょうゆせんべい)の袋詰め何処いった?」

 

二日前に四ツ谷自身が買い置きして茶箪笥に入れておいたお茶請けの菓子が無くなっていたのだ。

教員の誰かが食べたのかと思ったが、袋には前もって自分の名前を大きく書いていたため、黙って食べられるような事は無いはずであった。

しかし、現に茶菓子が忽然と消えてしまっているため、四ツ谷は一応同僚である教員たちに聞く事にした。

されどその場にいる全員が知らぬ存ぜぬと首を横に振る。

じゃああの煎餅は何処にいったんだ?と四ツ谷が首をかしげていると、教員の一人が口を開いた。

 

「……もしかしたら、ここにいる方とは違う誰かが誤って食べちゃったのかもしれませんね。……あまり大きい声じゃ言えませんけど……最近多いですから、この手の紛失が……」

「……前々から起こってるんですかこういった事が」

 

教員モードの口調で四ツ谷がそう聞き返し、尋ねられた女教員も気まずそうに小さく頷いた。

 

「去年からですね、こういった事が度々起こるようになったのは。未だに教員の誰かか、もしくは悪戯好きな生徒の誰かが忍び込んで持っていったのかすら分からず仕舞いなんです。……ですが今の所、無くなっているのは茶葉や茶菓子の類ばかりですので、犯人が見つかってもまだ笑って許せる範囲ではあるのですが……もし、これがまだ続くようですと、ねぇ……」

「…………」

 

女教員のため息交じりの告白を四ツ谷は気になる所でもあるのか黙って聞きながら黙考する。

すると突然、職員室の戸が勢い良く開いた。

 

「四ツ谷はいるか?」

 

開口一番に自分の名を呼ばれ、何事かと四ツ谷は職員室の出入り口へと目を向けた。

するとそこには腕組みをして険しい顔で仁王立ちをしている慧音と、背後で気まずそうに身をちぢ込ませているいつもの太一ら仲良し五人組の姿がそこにあった。

眉根を寄せて怪訝な顔をする四ツ谷に、再び慧音が声を上げる。

 

「四ツ谷、お前はこの子たちに一体何を吹き込んだんだ?」

「?……『何を』とは?」

 

未だに状況が飲み込めず首を傾げて問い返す四ツ谷に、慧音は口を尖らせて声を上げる。

 

「『四隅の怪』とかいう怪談だ!もしやとは思うが、また『最恐の怪談』をやろうとしてるんじゃないだろうな!?」

「四隅の……?ああ、昨日そいつらに聞かせた怪談の事か?……いや、別に良いだろ?俺が怪談を語るのは今に始まったことじゃあない。今更、目くじら立てる必要も――」

「――今回はそうはいかん!」

 

何を今更とばかりに四ツ谷は軽い口調で慧音の問い詰めを受け流そうとするも、慧音はそれをぴしゃりと遮る。

そして自身を落ち着かせるためか、一度大きくため息をつくと慧音は四ツ谷に今し方あった出来事を話し始めた。

 

「……さっきこの子たちが誰もいなくなった教室を締め切って何かをやっているのを見つけてな。問い詰めたらお前の名前と『四隅の怪』という怪談の名が出てきたんで、もしやまたお前が何かやらかそうとしているんじゃないかと思ってここへ来たんだ」

 

その言葉に四ツ谷は目を丸くし、そして次に苦笑と呆れを混ぜたような顔で慧音の背後にいる太一たちに言葉をかけた。

 

「何だ。お前ら、アレをやろうとしてたのか?」

「……うん。だってすごく簡単そうだったし、ひょっとしたらうまく行けば本当に出てくるんじゃないかと思って……」

「全く、お前らの後先考えない好奇心には感服する……。ま、今回は運悪く見つかっちまったみたいだが?」

 

意地悪げな顔で四ツ谷がそう呟きながらチラリと慧音を見て、その視線を受けた慧音もジト目で四ツ谷を睨み返した。

 

「……確かに今更怪談を語るなとは言わんが、今回みたいに子供たちが影響を受けてしまうのは見過ごせない。お前も一応教育者なら、そこの所も考えてもらわないと困る」

 

静かならがらも厳しい慧音のその発現に、四ツ谷は黙って肩をすくめた。

それを尻目に慧音は次に子供たちに向き直る。

 

「……さ。もう今日の授業は終わったんだ。お前たちも家にお帰り」

 

四ツ谷の時とは反転して優しい口調で子供たちにそう言い聞かせる慧音。

しかし、今の子供たちは四ツ谷の怪談の影響を受けて好奇心の権化(ごんげ)と化している事に気づいてはいなかった。

 

「えぇ~、やだぁ!『四隅の怪』やってみたい!」

「やりたいやりたい!」

「まだ外は明るいし、帰るのはまだ速いよ!」

「誰にも迷惑かけるつもりは無いし良いでしょ、けーねせんせー!?」

「…………おねがい」

 

口々に子供たちからそう反発され、慧音は一瞬たじろぐ。

 

「い、いやしかしだな。お前たちにもしもの事があったら保護者の方々に申し訳が……」

「「「「「…………………」」」」」

 

何とか説得しようとする慧音を、子供たちは上目遣いに双眸をうるませて見上げる。

 

「「「「「………………………………………………」」」」」

「………………うぅ」

「「「「「…………………………………………ダメ?」」」」」

「クッ……!!」

 

一欠けらの穢れも無い、純真無垢な天使の様な心を持った子供たちの懇願に、流石の慧音も最後には陥落してしまった。

 

「……わかった」

「「「「「やったぁーーー♪」」」」」

 

両手を挙げて喜ぶ子供たち、されどそこで慧音は待ったをかける。

 

「ただし、安全面を考慮して私たち大人が先にその『四隅の怪』とやらをやらせてもらうぞ。それで何も起きなければお前たちの好きにすると良い」

 

静かだが反論させないと言った慧音のその提案に、子供たちは『四隅の怪』ができればそれで良いのか、すんなりとそれを了承した。

 

「それじゃあ一時間後にそれを始めることにしよう。その間お前たちは一度家に帰って荷物を置いて、また寺子屋(ここ)に来ると良い。私はその間に何人か協力者を集めて準備をしておこう」

「「「「「はーい!」」」」」

 

慧音のその言葉に、子供たちは元気良く返事をするとパタパタと足音を鳴らしながら職員室から出て行った。

それを見届けた慧音はその場で深いため息をつく。それと同時に慧音の背後で成り行きを見守っていた四ツ谷が笑いをこらえながら慧音に声をかけた。

 

「クククッ………!慧音先生?先生も結構子供たちに甘いのな」

「やかましい。四ツ谷、お前も今回の事には協力してもらうぞ。何せそもそもの発端がお前の怪談なんだからな」

「ヘイヘイ……それで?俺は一体何すりゃいいんだ?」

「『四隅の怪』に参加しろ」

「ヤダ」

 

即答する四ツ谷に慧音は再びため息をつく。

 

「……そう言うと思ったよ。ならせめて一人でも良いから協力者を連れて来い。なるべく()()()()()()()()()

「演技力の……?どう言うことだ?」

 

首をかしげる四ツ谷に慧音はしっかりとした言葉で返した。

 

「四ツ谷……。私は子供たちに『四隅の怪』を行わせるつもりは一切無い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

慧音の()()を聞いた四ツ谷はやれやれと言った面持ちで会館へと戻り、広間に小傘、薊、そして梳の三人を呼んで集めた。

そして寺子屋での事のあらましと慧音の作戦を三人に話した四ツ谷は、『四隅の怪』に協力をしてくれる者を今から小傘たちの中から人選する事を話した。

言わなくても分かることだが、今回『四隅の怪』に子供たちも参加する故、協力者として呼ぶのなら彼らと馴染みがあり、かつ警戒されない者がふさわしい。

そのため、完全に異形の姿をした金小僧と折り畳み入道は論外であった。

それで自然と小傘たち三人の中から選ぶ考えとなったのだが、意外な事に四ツ谷の第一助手であるはずの小傘が真っ先に()退()を宣言してきた。

何でも副業である鍛冶師の仕事が入っているとかで手が離せないのだとか。

それに、いくら人に近い姿だからと言っても自分は大妖怪。参加したら()()起こるか分からないとも付け足してきた。

 

「すみません師匠……」

 

そう小傘が謝ったのを皮切りに、薊も辞退宣言をする。

 

「わ、私もすみません。協力はしたいのですが、さすがに人前で『演技』をするとなると、ちょっと……」

 

そう恥ずかしそうに響く薊の言葉に、四ツ谷も「まぁ、そうだろうな」と納得する。

薊には『最恐の怪談』時に何かと『舞台裏』での『演出』を行ってはもらっているが、今回はそうじゃない。

何せ直接()()()()()()うたなければならないのだ。

そう言った方面での事に関しては彼女に実行は向いていないと四ツ谷も判断せざる終えなかった。

と、なると選ばれる者はもう一人に自然と絞られてくる。

彼女自身もそれが分かっていたのかすんなりと了承の挙手を示した。

 

「分かりました私がやります。……一応中学時代に演劇部に所属していましたし、ある程度の『演技』ならできますよ」

 

役に立ちたいという思いがあったのか、一切(いっさい)嫌そうな顔もせずむしろやる気に満ちた顔でそう宣言する梳に四ツ谷は何も言う事は無かった。

 

「……まァ、兎にも角にも慧音先生要望通り『演技力』の高い協力者を一人、用意できた。あとは慧音先生が残りの協力者に一体どんな奴を連れてくるかだが……できればマシなのを連れて来て欲しい所だな」

 

そう独り言を呟く四ツ谷だったが、それが逆にとんでもないフラグを立てる事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……悪意しか感じねェ!!?」

 

梳を連れて寺子屋に舞い戻った四ツ谷は、そこで待っていた面々を見て思わず絶叫していた。

太一たち五人の子供たちと慧音先生がいるのは当然だが、彼女たちのそばにいる、恐らくは慧音が協力者として連れて来た者たちに問題があった。

その一人が四ツ谷に向かって()()()()()()()()()()()()()()()()()の隣に立つ藤原妹紅。

彼女にいたっては別に何の問題も無い。

四ツ谷自身も慧音が親友である彼女を協力者として連れてくるのは容易に考えがついた。

むしろ問題があったのはそのまた隣に立つ()()()()()()()()

何で『こいつら』を連れて来たのかと、理解できない四ツ谷は慧音に問い詰めずにはいられない面持ちであった。

そんな四ツ谷の気持ちを知ってか知らずか、その協力者二人は闇の深そうな笑みを称えて四ツ谷に声をかけた。

 

「こんにちはね()()()鹿()。まーた何かやらかそうとしているみたいね?」

「面白そうな事しようとしてるって聞いたから、来てやったぜ」

 

口を三日月型に歪めてニヤァと笑いかける紅白巫女と白黒魔女の姿がそこにあった――。




本当に申し訳ありません。
また一ヶ月以上かかってしまいました。
一応、大筋はできているのですが、細かい描写や帳尻合わせが難航していたため今に至ります。
お待たせして本当にすみませんでした。

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