四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
会館前で梳が子供たちの散髪をしていると、帰宅した四ツ谷が子供たちを相手に怪談を語り始める。


其ノ二

『四隅の怪』。外出から帰ってきたばかりの四ツ谷は目の前にいる子供たちに向けてそう響く――。

ちなみに館長になってからの外出時の今の四ツ谷の姿は、館長就任時に小傘たちからもらった黒の中折れ帽をかぶり、以前同様、着物の上から腹巻を纏い足には木の二枚歯下駄。さらにその上に黒の羽織を袖を通さずまるでマントのように肩にかけていた。会館の舞台で怪談を行う際は、その羽織に袖を通して怪談を語るようにしている。

 

「『四隅の怪』?何それ、どんな怪談?」

 

興味津々といった表情で太一は四ツ谷にそう尋ねる。

薊や瑞穂も含め、他の子供たちも大なり小なり嬉々とした表情で四ツ谷を見つめる。

ただ一人、梳だけがチラリと横目で四ツ谷を見ると直ぐに蛍の散髪に意識を戻した。

それに構わず、四ツ谷は太一の質問に答える。

 

「元は『スクエア』という名の怪談で、他にもいろいろと別名があるが……今回はあえて和風にこの名で呼ぶ事にしようか……」

「『すくえあ』?」

「変ななまえー」

 

育汰と瑞穂がそう呟き、後ろに立ってそれを聞いていた薊が小さく苦笑を浮かべた。

四ツ谷はそんな二人の声が聞こえなかったのか、近くにあった大きな石に腰掛けて、続けて口を開いた。

 

「そんじゃあ始めるぞ。お前らにも分かるように少し設定を変えて噺をするが、大筋は変わってねーから心配しなくて良いぞ?」

 

ニヤニヤと不気味に笑いながら四ツ谷がそう響き、子供たちはそんな彼の怪談を聞くために一斉に耳を傾ける。

 

「ヒッヒッヒ……さァ、始めるぞ?お前たちの為の怪談を……!」

 

四ツ谷はそう響いたと同時に、両手を軽く叩く。

パンッという乾いた音と共に、その場の空気が一変する。

真昼間だというのに、四ツ谷たちのいる場所だけがまるで世界から切り取られたかのように空気が変化したようであった。

その場の気温が急激に下がり、白昼夢を思わせるように周囲がぼやけ、自分たちは今夢か(うつつ)か分からない未知の空間に迷い込んだのではないかと子供たちはそう感じた。

実際はそんな事は全く無かったのだが、四ツ谷の纏う独自の空気が子供たちにも伝染し、()()()()()()()()()()()()()()()

そんな中で四ツ谷は子供たちに向けて、静かに、それでいてはっきりとした口調で怪談を語り始めた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ある五人の猟師が、狩りをするために雪山の中へと足を踏み入れた……。最初こそ狩りは順調に進んでいたが、その途中、猟師の一人が崖から足を踏みはずし転落……。慌てて残りの四人が助けに向かうも、打ち所が悪かったのか見つけたときには転落した猟師は息絶えていた……」

 

そこで四ツ谷は一拍置き、そして再び語りだす――。

 

「そのまま狩りを続行するという分けにもいかず、四人は死んだ猟師を背負って早々に下山する事を決める。……しかし運悪くその時、山の天候が崩れ雪が降り始めた……。雪は瞬く間に風と共にその量を増し、終には猛吹雪へと発展してしまう。下山していた四人の猟師も、吹雪になった途端帰り道が分からなくなってしまった。轟々と一寸先すらも見えない吹雪の中、四人は勘を頼りにあちこちさ迷い歩く……。されど、一向に山から出られる様子が無かった……。日も既に落ち夜になり、このまま遭難して凍え死ぬのか?そう思い始めていた矢先、先頭を歩いていた猟師が前方に山小屋があるのを発見する……」

 

四ツ谷がそこまで語ったと同時に、子供たちの誰かがゴクリと唾を飲み込む。

怪談を語る四ツ谷の口調が、緊迫感を漂わせ、そこまで迫真に迫っていると言ってもいいだろう。

 

「……これ幸いにと、四人は山小屋の中に飛び込み、何とか吹雪をしのぐ事ができた。……しかしすぐに四人はまた新たな問題に直面する。……その山小屋は。暖を取るための囲炉裏はおろか、明かりをつけるための蝋燭の類も全く無かったのである。……吹雪はしのげても、このままでは朝が来る前に全員が眠って最後には凍死してしまう。そう思った四人のうちの一人が、ふと残りの猟師たちにとある提案をする……」

 

そこまで言った四ツ谷は僅かに前のめりになり、子供たちに向けて再び口を開く。

 

「……それは自分たち四人が山小屋の四つの隅にそれぞれ座り、最初の一人が壁沿いに歩いて二人目のいる隅まで歩きその人の肩を叩く。一人目が二人目のいた場所に座り、替わりに二人目が一人目の時同様、壁伝いに歩いて三人目のいる隅まで向かう。そして三人目の肩を叩いて、二人目は三人目のいた場所に替わりに座り、それとは反対に三人目は立って同様に壁に沿って四人目の所へ……それを延々と繰り返し、部屋の中を回って動き続ける事で、睡魔を遠ざけ、凍死から免れようと考えたのだった……」

 

次第に四ツ谷の声のトーンが下がっていき、子供たちもどうなるのかと前のめりに四ツ谷の怪談を聞き入る――。

 

「……その猟師の案に残りの猟師たちも賛成し、猟師たちはさっそく亡くなった五人目の猟師を部屋の中央に寝かせると、それを始めたのである……。そして――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――四人は一晩中動き回り、無事眠る事無く吹雪の止んだ朝を向かえ、猟師たちは下山する事ができましたとさ☆……めでたし、めでたし♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………、???』

 

さっきまでとは一変しておどけた様な明るい口調でそう締めくくった四ツ谷に、子供たちのみならず、一緒に聞いていた薊も大きく首をかしげた。ただ一人、梳だけは何の反応も無く、黙々と蛍の散髪を続けてはいたが。

太一が他の子たちを代表するかのように四ツ谷に声をかける。

 

「四ツ谷せんせー。それの何処が怪談なの?全然怖くないんだけど……」

「ヒッヒッヒ。まァ、始めて聞いたんじゃあ何処が怖いかなんて分からないヤツは多いだろうな。だが、これもれっきとした怪談なんだぞ?……なァ、梳?」

 

唐突に四ツ谷は散髪をしている梳に声をかけた。それに反応して梳は散髪の手を止め、四ツ谷に目を向ける。

四ツ谷は梳に問いかけた。

 

「この噺を聞いてても無反応だったって事は、お前も知ってたんだろ?この怪談」

「えぇ、まぁ……。()じゃ結構有名ですもんね、この怪談は……」

 

梳のその返答に、子供たちの視線が一斉に梳に集中する。

「どういうこと?」と言いたげな子供たちの視線に、梳は一瞬呆気に取られるも、直ぐに平静になってそばに落ちていた枝を拾い上げ、子供たちに向けて説明し始めた。

 

「良い皆?この噺のメインは、山小屋の中で行われた四人の猟師の行動にあるの」

 

そう言って梳は、足元の地面に手に持った枝で正方形を描き、その正方形の四つの隅に小石を一つずつ置いた。

 

「この四角形は山小屋の中、そして小石は四人の猟師だと例えて見ていて」

 

梳のその言葉にその場にいる全員が梳の足元へと集中する。

そんな視線の中、梳は四角形の中に置かれた四つの小石のうちの一つに人差し指を置いて声を響かせた。

 

「……最初の一人目が動き、壁伝いに二人目の元へ行き肩を叩く」

 

ツツツ……、と梳は指先で一つ目の小石を動かし、二つ目の小石の隣へと動かす。

 

「……そして、一人目が二人目のいた隅に座り、替わりに二人目が壁伝いに三人目のいる隅へと歩く」

 

指先が一つ目の小石から二つ目の小石へと置き換わり、その二つ目の小石が一つ目同様に三つ目の小石に向けて動かされる。

 

「……さらに、三人目……四人目も同様に……」

 

二つ目の小石が三つ目の小石の隣で止まり、次に三つ目の小石が動かされ、四つ目の小石の隣まで移動する。

そうして四つ目の小石の上に梳の指先が置かれた時、何かに気づいた太一が「あっ!」と叫んだ。

同時にそばで見ていた薊も()()()気づいてハッとなる。

それを合図にしてか他の子供たちも次々に()()()()に気づいていく。

その子供たちの顔に梳は小さくニヤリと笑うと、静かな口調で種を明かした――。

 

「――そう……四人目が向かう先――そこにいた最初の一人目は、既に二人目のいた隅へと移動していて、()()()()()()()()()()()()()。……当初、猟師たちは気づいていなかったみたいね……。この行動には……()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

梳がそう静かに響いたと同時に、それを聴いていた子供たちと薊の顔から血の気が引いていく。

顔面蒼白となった子供たちの背後で、梳の言葉を引き継ぐようにして男の声が木霊する。

 

「……なのに、猟師たちは一晩中山小屋の中を動き続ける事ができた。それは何故か……?それは途中から四人の中に混ざって一緒に動き回っていたヤツがいたからさ……そう――」

 

子供たちは男の声に釣られてゆっくりと振り向く。

同時にそこにいた男は両目を見開いて絶叫の如く声を轟かせた。

 

 

 

 

 

 

 

「――死んだはずの、『五人目』がなあアアァァァァーーーーッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

『------------ッッッ!!!!』

 

四ツ谷の叫びに共感するように、子供たちの悲鳴も辺りに響き渡った――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四ツ谷の怪談が終わり、梳による散髪も済ませた子供たちは家路へと向かっていた――。

さっぱりとした自身の髪の毛をいじりながらその途中、子供たちは口々に言葉を交わす。

 

「さっぱりしたねー」

「頭かるーい」

「梳おねーちゃん。上手だったねー」

「うん。それに四ツ谷せんせーの怪談も、今回も怖かったよね」

「うん、でも……。ちょっと怖かったけど、良い幽霊さんっぽかったね。だって四人の猟師さんたち助けてたみたいだし」

「だよね~」

 

そんな事を話していると、唐突に子供たちのうちの一人――太一が皆に声をかけた。

 

「……なぁ、オレたちでやってみない?あの怪談、結構簡単そうだし!」

 

ウキウキ顔で言った太一のその提案に、日頃から四ツ谷の怪談を聞きにやって来ている好奇心旺盛な他の子供たちが食いつかないはずかなかった。




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