四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
仕事を失った四ツ谷の前に一人の少女が声をかけてきた。


其ノ三

「……はぁ?」

 

突然、少女が発した「自分を買ってくれ」宣言に四ツ谷はポカンとなった。

その少女はぱっと見十代半ば、背は低いものの整った目鼻立ち、肩までかかる黒髪を風になびかせてたなかなかの美少女であり、その体型も着物に隠されてはいたが、背の低さと反比例して胸部の盛り上がりが著しく目立っていた。性欲に忠実な男ならすぐさまお持ち帰りするほどだったろう。

だが、あまりの事に思考が停止状態となった四ツ谷を前に、その少女――薊も四ツ谷の返答を待つべくぎゅっと眼をつぶって身を硬くする。

二人のいる空間だけまるで時が止まったかのように、静寂がその場を支配する。

しかし、そばの団子屋から出てきた小傘の第一声で、すぐにそれが解消される事となる。

 

「師匠ー、やりましたー!何とか格安でみたらし団子二本手に入れられましたよ……ってあれ?何ですかこの空気?」

「……っ!?」

 

小傘の登場で一番驚いたのは薊であった。無理も無い、今から如何わしい事をするかもしれない相手に女性の同伴がいたのだから――。

 

「ご、ごごごごめんなさい!今のは無かった事にしてください!そ、それじゃ……!!」

「え、あ、ちょ、ちょっと待て!!」

「え?師匠、どこへ行くんですかー!?」

 

勢い良く一礼してその場を逃げ出す薊を、半ば無意識的に追いかける四ツ谷。状況が飲み込めず、みたらし団子を両手に持ち二人の後を追いかける小傘――。

四ツ谷は自分がなぜあの少女を追いかけているのか分からなかった。しかし一つだけ分かとすれば、今ここで彼女を捕まえないと後々、手遅れな事になるかもしれないと思ったからだ。主に彼女の貞操が。

里の大通りを疾走する三つの影――。しかしその追いかけっこはすぐに終わる事となる。

 

唐突に彼女が脚を止め、それを見た四ツ谷は体力が尽きたのかと思い、自分も彼女の数メートル手前で脚を止めた。小傘もそれに習う。

しかし四ツ谷はすぐにそうではないと理解した。

彼女はある一点を見つめ、驚きに固まっていたからだ。それに気付いた四ツ谷は彼女の視線を追う。

そこには人里に流れる川にかかるアーチ状の橋があった――。

その橋のちょうど中央付近に老人が立ち尽くしており、何を思ったのか老人はその橋の欄干を跨ぎ、()()()()()()()()()()()――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いたか!?」

「いいえ、どこにも……!!」

 

老人を散り散りになって探していた慧音と阿求は偶然ばったり出くわし、状況を確認しあう。しかしお互いに収穫が無いと分かると内心肩を落とした。

 

「一体、どこへ行ってしまったんだ?」

 

そう言って辺りをキョロキョロと見回す慧音に阿求の声がかかる。

 

「先生!あの橋の上にいるのって……!」

 

そう言って指差す方向を眼で追うと、そこにはアーチ状の橋があり、自分たちが探していた老人がそこから身投げしようとする光景が映ったのだった。

 

「何している!待っ――」

 

慧音が老人に向かってそう叫ぶも、途中で別の二つの叫び声が重なった。

 

「ワァーーーーーー!?」

「ちょ、ちょっと待ってください!?」

「!?」

 

橋の向こう側から、二つの影が老人に駆け寄り、羽交い絞めにする。

その二つの影はどちらも慧音の見知った者たちだった――。

一人は、つい数年前まで自分の寺子屋の生徒であった薊という少女、そしてもう一人はつい最近、この幻想郷にやってきたばかりの変わった人型怪異、四ツ谷文太郎であった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、放せ!わしなんぞ生きててもしょうがないんじゃ!」

「何があったかは知らんが、こんな朝っぱらから死のうとすんじゃねーよ!?」

 

四ツ谷と薊の腕の中で暴れながら叫ぶ老人に四ツ谷はそう叫び返す。

だが、見た目に反して老人の力は強かった。半ば無理やり二人の拘束から離れる。

 

()()()()()()()()()()、息子夫婦に合わせる顔が無いんじゃあぁぁ!!!」

 

半狂乱になってそう声を上げると、四ツ谷の身体を老人は思いっきり突き飛ばした。

 

「うぉっ!?」

 

老人とは思えぬ力で突き飛ばされた四ツ谷の身体は、背中から橋の欄干にぶち当たり――そして()()した――。

 

『あ』

 

その場にいた全員の声が重なる、ぐるんと視界に空が移り、次の瞬間に四ツ谷が見たのは、流れる川の水面に映った自分の顔であった――。

 

「四ツ谷!?」

「師匠ー!?」

「ワァーーーーーーーーッ!!?」

 

慧音と小傘の叫び声を背景に、四ツ谷は悲鳴を上げながら川の中へ転落していった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

十分後、橋のそばの川岸にて、四ツ谷たちの姿があった。

四ツ谷は下着に阿求が気を効かせて持ってきてくれた毛布をかぶって焚き火のそばで暖を取っていた。その反対側で小傘は四ツ谷の着ていた着物と腹巻を乾かしている。

その少しは離れたところでは、慧音と阿求が薊と老人から事情を聞いていた。またそのかたわらには後から駆けつけてきた息子夫婦の姿もある。

遠巻きにではあるが、騒ぎを聞きつけた数十人の野次馬の姿もあった。

 

やがて事情を聞き終えた慧音と阿求が、薊を引き連れて四ツ谷たちの元にやってくる。

慧音が四ツ谷に声をかけた。

 

「四ツ谷、大丈夫か?」

「今は夏場だから風邪を引かないかもしれないが、気分は最悪だ……。で?あの二人の事情は聞けたのか?」

 

四ツ谷の問いに慧音は「ああ」と短く響き、背後を振り返る。

そこには動揺する息子夫婦に、涙を流しながら深々と頭を下げる老人の姿があった。

 

「……あの老人は半兵衛にだまされていたらしい。老い先短いゆえに息子夫婦のためにコツコツとお金を貯めていたらしいが、それに目を付けた半兵衛に『もっとたくさん稼げる方法を知っているが乗らないか?』と告げられて……な。結局、今まで貯めていた分はおろか、莫大な借金まで背負わされる羽目に……」

「……それで、『息子夫婦に合わせる顔が無い』って叫んでやがったのか……。それで、そっちのやつは?」

 

四ツ谷にギョロリと眼を向けられ、向けられた少女、薊は一瞬肩をビクリと震わせる。

それを見た慧音は小さくため息をつくと説明する。

 

「薊も似たようなものだ。半兵衛に作った借金を返そうにも、仕事が無くなってしまって、思いつめて身売りしようとしたらしい。……それで自分を買ってくれる相手を探していて声をかけたのがたまたまお前だったと言う事だ」

(俺のどこがよかったんだ……?)

 

そんな事を思いながら、四ツ谷は薊をまじまじと見つめる。そんな視線に気まずいものを感じたのか、薊は小柄な身体をますますちぢ込ませた。

そんな彼女を見た四ツ谷はため息をつくと、次の瞬間には真剣な顔で慧音に問いかけた。

 

「んで、どうするんだ先生?」

「……どうする、とは?」

「決まってるだろ?半兵衛の事だよ。……あんただってもう分かってるだろ。あいつがいる限りこの里は破滅する。いやもう暴動だって起こってもおかしくない所まで来てる。今すぐ手を打たないと、この里は終わりだ」

「そ、れは……」

 

それはもはや確信していると言える四ツ谷の言葉に慧音は言葉を詰まらせ、俯く。

そんな慧音に四ツ谷はさらに言葉をかけた。

 

「……もしあんたに何の妙案も無いって言うなら、この一件――。()()()()()()()()()()

「お前に、か……?」

「ああ」

 

慧音と四ツ谷のそんなやり取りに、小傘が口を挟んでくる。

 

「……師匠、もしかしてプッツンきちゃってます?」

「ああ、とうに、な……」

 

事実、四ツ谷は今日一日の事だけでも内心頭に来ていた。一向に改善所か悪化する自身の生活。そんな自分の境遇も知らず、自分を買ってと迫ってきた少女。そして、投身自殺を図る老人を止めようとして逆にその老人に川に突き落とされてしまうと言う始末――。

川に落ちた瞬間に四ツ谷の中で何かが断ち切れる音が確かに響いたのだった。

そしてその怒りの矛先を一人の男に集中させる。

自身の生活、少女、そして老人の件、全ての元凶である金貸しの半兵衛――。

たった一度、チラッとしか見たことがないあの初老の男を四ツ谷は完全に敵と認定したのだ。

打倒、半兵衛を誓う四ツ谷に慧音は慌てて反論する。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。何をするつもりかは知らんが、殺生事とかをするつもりなら――」

「あん?そんなことするつもりなんて全くねーよ。ただやつにドぎつい灸をすえてやるだけさ。あの金の亡者に、二度と金が見れないくらいの『恐怖』を与えてな……!」

「師匠やるの?『最恐の怪談』」

 

小傘の問いかけに、四ツ谷は不気味にニヤリと顔を歪ませた。

その顔を見たほとんどの者はぞくりと身を震わせた。だが中には『最恐の怪談』という言葉を聴いて内心興味を持つ者たちもいた――。

四ツ谷は立ち上がると、薊に眼を向け、口を開く。

 

「……薊って言ったっけ?」

「え?あ、はい」

 

突然声をかけられ動揺する薊をさらに動揺させる事を四ツ谷は口にする。

 

「お前の身柄、買ってやる。……ただし、性交相手じゃなく()()()()としてだがな!」

「………え?助手、二、号?」

「そうだ。今からお前は小傘と一緒に人里じゅうに俺が言う怪談を流せ。そうすればお前の抱える金銭問題は解決する。いや、お前だけじゃなく里じゅうの金銭問題も、か」

「――その話、本当なのか?」

 

四ツ谷の言葉に反応したのは、全く知らない第三者の声だった。

その声のほうへ四ツ谷たちが振り向くと、先ほどまで遠巻きに見ていた野次馬たちが四ツ谷たちに近づいてきていた。

野次馬の一人が言う。

 

「本当にあの半兵衛の鼻を明かす事ができるのか?」

「ヒヒッ、ああ、俺は嘘は言わねーよ。なんだったらあんたらも協力してくれるかい?」

 

四ツ谷のその言葉に野次馬のほぼ全員が了承した。

それを見守っていた慧音も、大きくため息をつくと口を開く。

 

「里の者たちが協力すると言った以上、私も協力しなければ立つ瀬が無いな」

「私も、です。何でも言ってください。協力しますよ?」

 

そう慧音の背後から阿求も賛同する。

その場にいる者たちを一望し、四ツ谷は嬉しそうに顔を歪ませる。

 

「ヒッヒッヒ!嬉しいねぇ。これだけの人数が協力してくれるなら、間違いなく今回の『最恐の怪談』は成功しそうだ……!!」

 

そう言って立ち上がると、四ツ谷は群衆の中心に立ち、口元に人差し指を立てながら静かに響く。

 

「――まず、怪談の噂を流すための()()()()だが……。他人にその怪談を話す際、必ずこう切り出せ……『誰にも言ってはダメだ』とね……」

 

何故?とはその場にいた誰も言わなかった。きっと『最恐の怪談』のためには必要な事なのだろうと思ったし、怪談の噂を流すためのルールみたいなものなのだろうと、その場にいた全員がなんとなくそう感じていたからだ。

 

静かになった川岸に一人、四ツ谷文太郎の声が木霊する。

 

「――さあ、それじゃあ始めようか。いざ、新たな怪談を創りに……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お題目は、金の化身……『妖怪、金小僧(かねこぞう)』だ……!!」




四ツ谷たちの反撃開始。
同時に四ツ谷の本領発揮です。

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