四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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時期的には前回から一月以上たった後です。


『とある夫婦のその後』

四ツ谷会館に新しい住人――『芝垣 梳』が入り、一月以上たった――。

出会った当初は、彼女を外の世界に帰そうと霊夢や紫に相談するつもりであったが、それを提案した瞬間、梳が暗い顔になり。

 

『……もう……帰っても誰もいないんです……。私の居場所は、もう無くなってしまいました……』

 

そう呟いたのを機に四ツ谷はその方針を断念し、会館に住まわせる事にしたのだ。

しかしそれは一時的な処置。

しばらくは住まわせるものの、近い将来どうしたいかは彼女自身の意志で決めてもらうつもりであった。

幸い空き部屋にはまだ余裕があり、生活費も金小僧がいるため言わずもがなであった。

着物姿で会館の仕事をいそいそと手伝う梳。

幻想郷に来た当初は、あまりにも外とは違う非現実的な世界に戸惑いを見せていた彼女も、今ではすっかりと落ち着きを見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃーねー!」

「四ツ谷せんせー!」

「またねー!」

 

いつものように外でぶらついていた四ツ谷は、たまたま寺子屋の教え子たちである太一、千草、佐助、蛍、育汰のいつもの仲良し五人組と遭遇したのである。

会ってそうそう、子供たちに怪談をせがまれた四ツ谷は、その場でいくつかの怪談を語った後、満足した彼らと別れたのであった。

去り際に片手をブンブンと振る子供たちに、四ツ谷もいつもの不気味な笑みを浮かべて振り返す。

と、その時であった。

 

「……あ、四ツ谷さ……館長さんじゃないですか」

 

そう声をかけられた四ツ谷は、その声の主の方へと顔を向ける。

するとそこには、しばらくぶりに見る二つの顔があった。

 

「お久しぶりです。()()()()()()()()()()、でしょうか」

「おやおや……元気そうで何よりじゃないですか、()()()()()……。奥さんの()()()()も息災で何より……」

「……ど、どうも……」

 

そこには以前、『とおりゃんせ』の一件で知り合い、同時にその一件の中心人物でもあった一組の夫婦、清一郎と真澄の姿があった。

あの一件を引き起こした元凶であり、四ツ谷に『とおりゃんせ』の聞き手にされた真澄は、未だに四ツ谷に苦手意識があるようで、夫の清一郎の背中に隠れるようにして、おずおずと四ツ谷に小さく会釈していた。

逆に清一郎は、あの一件を解決してくれた四ツ谷に好印象を持ったようで、友好的に四ツ谷に声をかける。

 

「あの時は本当にありがとうございました。おかげさまで、真澄とまたこうして平穏無事に暮らせています」

「ヒッヒッヒ、そりゃあよかった。……奥さんの方もあれから()()()()()()()?」

「え、えぇ……まぁ……」

 

四ツ谷にそう問いかけられ、清一郎の背後にいる真澄は、若干バツが悪そうにそう答えた。

その続きを清一郎が答える。

 

「……あれから真澄も落ち着いて、普通の暮らしができるまでになっています。もう……『例の言動』も起こさなくなりました」

「ほぅ!それは良かったじゃないですか」

「ええ。ただ……やはり、まだ近所からの風当たりが少し悪いですが、慧音先生の助力もあってそれでも、真澄と二人、元気にやっていけてます」

 

そう清一郎が言い、それを聞いた四ツ谷はすぐに、それがあの一件で真澄が殺した近所の犬猫の事だと察した。

 

「……まぁ、そうでしょうね。家によっちゃあ、犬や猫でも家族の一員として扱っている所もありますから、そうそう簡単に許してもらえる、ってわけにはいかないでしょうね……」

 

四ツ谷のその言葉に、清一郎は「ええ……」と小さく響き、真澄も自分の肩にかかっている分厚い肩掛けを両手でぎゅっと握った。

短い沈黙があたりを支配するも、直ぐに四ツ谷は声を上げる。

 

「……でもまぁ、良かったじゃないですか。奥さんが()()()()()……。また()()()()()行かないように今度はちゃんと捕まえてるんですよ?」

 

その言葉に、清一郎は強く頷いた。

 

「ええ、絶対に。ですが……もう恐らく、()()()()()()()()()()()()()

「?」

 

ふいに出た清一郎のその言葉に、四ツ谷は言葉の意味が分からず首をかしげる。

すると、今まで清一郎の背後に隠れていた真澄がおずおずと前に出て、四ツ谷に向けて口を開いた。

 

「実は、最近体調が優れないと思い、昨日永遠亭に行って薬師様に診て貰ったったのです。そうしたら……」

 

そこまで言った真澄はゆっくりと両手を自分のお腹へと添え、愛おしそうにその言葉の続きを言った――。

 

 

 

 

 

 

 

「――()()()()、らしい、です……」

 

 

 

 

 

 

 

真澄のその発言に、さすがの四ツ谷も目を丸くして真澄の腹部を凝視し、清一郎も柔らかい笑みを浮かべて真澄を見つめた。

数秒の沈黙の後、その場に大きな笑い声が響き渡る。

 

「ヒャーッハッハッハッハッハァッ!!そうかそうか!そりゃあ良かった!!なら、あんたらはもう大丈夫だな!?これからの人生、また三人四脚の歩みができるようになったわけだ!!」

 

先程とはガラリと口調が変わり、まるで自分の事のように楽しそうに、嬉しそうに、四ツ谷はそう叫んでいた。

現に今の四ツ谷の内心は、まるで憑き物の一つが取り払われたかのように晴れやかであった。

それ程までに清一郎と真澄の一件は、四ツ谷自身も気になっていた事案だったのである。

突然の四ツ谷の変わりように、清一郎と真澄は一瞬目を丸くするも、それが自分たちの事で喜んでくれているのだと察すると、途端に笑みがこぼれた。

清一郎が口を開く。

 

「子供が生まれましたら、また妻と子供共々、そちらに参ります」

「ああ、いつでも来い!大した持て成しはできないが、怪談くらいならいくらでも語ってやる!」

「お、お手柔らかに……」

 

四ツ谷のその返答に、真澄が先程とは違う、若干引きつった笑みを浮かべてそう呟いていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真澄を気遣うように、彼女の肩に手を回し、清一郎は家路へと愛しい妻と共に去っていく――。

 

「…………」

 

そんな二人の背中を見つめていた四ツ谷の脳裏に、この間会館の住人となった外来人の少女の顔が浮かんでいた。

もう直ぐ冬が終り、春が来る。

あの夫婦には一足先に幸福の『春』が訪れたが、(彼女)の『春』はいつ訪れるのだろうと、四ツ谷は内心、そう思わずにはいられなかった――。




次で小噺集は終りです。
その次から新章突入予定です。

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