四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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時間軸は、幕間・弐の前日譚です。


『引っ越し』

椿と修平の祝言前日、四ツ谷たちは新築への引っ越し作業に明け暮れていた。

その二日前には薊の家の荷造りを、そして昨日は修平の家の荷造りの手伝いをし、最後に残った自分の長屋の荷造りを今日行っていたのだ。

荷造りが終わったものから手当たり次第に折り畳み入道の葛篭の中へと放り込み、先に繋げた四ツ谷会館へと送っていく――。

さすがに、薊と修平の家の時は、椿たちに折り畳み入道や金小僧を見られたら何かと厄介だったため、能力も彼らの手も借りられず、悪戦苦闘したのは記憶に新しい。

しかし、今行っている自分の家の引っ越しは、そんな配慮は要らないため、思う存分自身のやりたいように荷運びができ、四ツ谷は内心上機嫌だった。

そこへ引っ越しの手伝いをしていた小傘と薊が声をかける。

 

「師匠~。一端休憩入れましょう?」

「お茶とお菓子も用意してますよ?」

 

それに反応して、四ツ谷は「おう」と答えると、金小僧と折り畳み入道を交えてちゃぶ台を囲み、一息つく。

お茶をズズッと飲みながら、四ツ谷は部屋の中を一瞥する。

 

「……だいぶ片付いたな。ま、そんなに物は置いてなかったから、手間取らなかったが」

「そうですね。荷物全部をあっちに運びましたら部屋割りを決めましょうか師匠。……わちきも明日から、()()()()()()()()()()()()()()

 

そう小傘が呟いた。

四ツ谷会館は大きく分けて体育館を思わせる《遊戯スペース》と四ツ谷たちが住むための《居住スペース》とに別れていた。

居住スペースは普通に生活する分には問題は無かったのだが、唯一の欠点は()()()()()()にあった――。

設計などを大工たちに一任(おまかせ)していたのが主な原因だった。

気付けば、四ツ谷、金小僧、折り畳み入道が住んでも使い切れないほどの、予想以上の空き部屋が出来上がっていたのである。

それ故小傘も、ついでだから一緒に住もうという流れとなり、今現在住んでいる家から会館へと移住する事となったのである。

 

「……今更だが、本当に良かったのか?」

「はい。前の家もだいぶガタが来ていましたし、良い機会だと思います」

 

四ツ谷の問いに小傘がこう答え、自分のお茶に口をつける。

その顔に不満の色がない事を確認した四ツ谷は、話題を変える。

 

「それはそうと、引っ越しした後も色々やらなきゃならない事があるな。近所へのあいさつ回りだとか、引っ越し先の近所への贈り物とか……引っ越しソバ用意した方が良いか?」

「それはこちらで用意しますよ父上」

 

四ツ谷の呟きに金小僧がそう答えた。

それを聞いて満足したのか、フゥと息を吐いて四ツ谷は天井を見やる。

 

「……しかし、なんだな。この長屋もそんなに長く住んでないのに、いざ出て行くとなると何だかちっとばかし寂しくなるな」

「そう、ですね……」

 

小傘がそう同意して同じく天井を仰ぎ見た。

この長屋に住んでいた期間はかなり短い。一年所か、半年も住んではいなかった。

しかし、四ツ谷たちにとってはもうすでに、ここは充分に愛着を持った居場所となっていたのである。

 

『…………』

 

その場にいる全員の間を、何とも言えない切ない空気が流れていった――。

そうして、ささやかな哀愁に駆られながら、長屋での引っ越し作業が無事完了したのであった――。

 

長屋を借りていた大家に礼を言って、金小僧と折り畳み入道を先に会館へ送り出した後、四ツ谷、小傘、薊は今まで住んでいた長屋の前に立っていた。

真昼の晴天の下、四ツ谷たちは明日から会館での新しい生活の為、この長屋へ最後の挨拶を送る。

 

「……行くぞ」

「「はいっ!」」

 

四ツ谷の声に、小傘と薊の返事が重なる。

そして三人揃って深々と長屋に向かって頭を下げたのであった――。

 

 

 

 

 

「「「今までありがとうございました!」」」




……何と言うか。
ショートストーリーの方が筆の進みが良いように思えてなりませんww
明日も恐らく投稿します。

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