幻想郷の人里で生活をし始めた四ツ谷だったが、人里は今、経済的な不況に陥っていた。
「はあ……」
日が落ちたばかりの暗い道を提灯片手に人里の教師、上白沢慧音は家路へと向かっていた。
彼女の足取りは重く、ため息も深い。
それと言うのも、原因はさっきまで話をしていた相手、金貸しの半兵衛が原因である。
今、人里の財政ひっ迫の原因が半兵衛にあることも彼女はとっくに掴んでおり、彼の悪行を阻止しようと何度も説得に向かったのだが、結果は全て同じであった――。
(昔はあそこまで悪いやつじゃなかったんだがな……)
慧音は物思いにふける。かつて半兵衛は慧音の教え子であり、その当時の教え子たちの中ではダントツに手のかかる子供であった。
悪戯や危険行為を行うことが多く、その度に何度も説教を行うのは日常茶飯事だったほどである。
現在、彼女の説得にどこ吹く風なのはひとえにその時の賜物とでも言っていいだろう。決して褒められたことではないが。
それでも、子供の頃の半兵衛は物分りがよく、悪いことをしたら素直に謝罪も出来る面もあったのである。
(……一体どこで教育を間違ってしまったのか……)
いつの頃からか、金に魅入られ、金をかき集め、果てには人里の頂点に立つという野望まで抱いた彼はもはや彼女の知っている半兵衛では無くなっていたのだ。
(……このままでは里は壊れてしまう。何とかしなければ……ん?)
そこまで考えて、慧音はピタリと脚を止めた。
自宅の前に提灯を持った人影が立っていたのだ。だが、提灯で照らされたその顔は慧音のよく知る人物でもあった。
「阿求……か?」
「あ!慧音先生。よかった、帰ってきてくれたのですね」
そう言ってパタパタと慧音に駆け寄ってくるのは、紫のおかっぱの髪に花の髪飾りを付けた着物の少女――稗田阿求であった。
切羽詰ったかのような彼女の顔を見て、慧音は険しい顔で問いかける。
「こんな暗い時間に、何かあったのか?」
「はい……実は折り入って先生に相談したいことがありまして……」
「そうだったのか。ここじゃ何だ、家に入って話を聞こう」
「いえ、お構いなく。話が終わり次第すぐに帰りますので……実は相談というのは私の屋敷の近所に住むある老人の事でして……」
「老人?」
「はい。その老人は息子夫婦と一緒に暮らしているのですが、最近その方の様子がおかしいのだと息子夫婦から私に相談を持ちかけられまして……」
「様子がおかしい?……どんなふうに?」
「まるで……
阿求のその言葉に慧音は眼を丸くする。それに畳み掛けるようにして阿求は言葉を重ねた。
「それに、奥さんほうがこの間、その老人がある人と出会っているのを偶然目撃していたようなのです」
「ある人?」
慧音の問いに、阿求は答えづらそうに顔を歪めたが、意を決してその人の名前を言い……その名を聞いた慧音はさらに驚愕したのであった――。
「金貸しの……半兵衛さん、です……」
同じ頃、人里の別の場所でも深刻な問題に直面している家庭があった――。
「おかあさん、今日の晩御飯コレだけ?」
「ごめんね
明らかにご飯としては量の少ない夕飯に5歳くらいの女の子がそう響き、その母親らしい女性が申し訳なさそうに謝った。女性は身体が弱く、出した声もどことなく力が入っていないようだった。
そんな二人のそばにもう一人、少女が自分のお膳を前に座っていた。ぱっと見、14,5歳くらいのその少女は、意を決したかのように、女性に声をかける。
「お母さん、私もっと働いてお金貯める!」
「
「大丈夫!私、丈夫な体だけが取り柄だから……それに、私ももう15歳だから、いざとなったら――」
「――だめよ薊」
薊と呼ばれた少女の言葉にかぶせるようにして、母親である女性の声がかかった。
その声はさっきとはまるで違う、鋭さを帯びていた。
「それ以上言ったら、お母さん許さないから……」
「でも……でも、お母さん……」
「いいから。生活の事も、半兵衛さんから借りている借金の事も、私に任せて、あなたは無理せずに家庭を支えてくれればそれでいいから……」
「…………」
「さ!この話はここまで。明日もがんばらないとね。ご飯食べたら早く寝ましょう」
そう言って強引に話を打ち切った母親は夕飯を食べ始める、それにつられるようにして薊とその妹である5歳の少女――瑞穂も黙って夕飯を食べ始めた――。
「何?いなくなった!?」
阿求から相談を持ちかけられたその翌日、慧音は阿求と共に件の家族の家を訪れた。
しかし、肝心の老人が今朝から姿が見えなくなっていることを息子夫婦から聞かされる。
その話を聞いて、険しい顔で阿求が慧音に声をかけた。
「先生。まさか……!」
「……まだ
慧音にそう言われた息子夫婦は強く頷き、四人は人里の中を散り散りになって老人を探し始めた――。
「え?今なんて……?」
日雇いの仕事で小売店を訪れていた薊は、店主の信じられない第一声によってその場に立ち尽くした。
そんな薊を見て、店主は気まずそうに言葉をかける。
「だから、お嬢ちゃんに頼んでいた仕事だがよ、アレ無しになっちまったんだ。すまねえな」
「そ、そんなどうして……!?」
「あん?そりゃあの半兵衛のせいさ。あの野郎、片っ端から金をかき集めるもんだから、人を雇う金も無くなっちまってよう!こっちもえれぇ迷惑してんだ」
「わ、私、働いてお金を稼がないと……もう後が無いのに……」
「いやホントすまねぇな。また別の仕事でも探してくれや。それじゃあな……!」
「あ……!」
止める間もなく店主はいそいそと店の奥へと引っ込んでいった――。
それを見た薊は絶望的な気持ちになる。と言うのも今日、仕事をドタキャンされたのはこれが初めてではなかった。
もう今日行うはずだった仕事のほとんどをドタキャンされてしまっていた。
この様子ではもはや残っている仕事先も絶望的と言わざるを得ないかもしれない――。
フラフラと小売店から出てきた薊はいく当ても無くさ迷った。
時間はまだ、朝――。今から家に帰ったところでどうしようもなかった。
そんな薊の脳裏に昨日母親に言おうとしたことが浮かんだ――。
それは
異性に自分を買ってもらおうと言う所業であったが、当然それを母親が許すわけが無い。
だが、そうでもしないと家族が路頭に迷うのは日の目を見るよりも明らかだと言う事は薊自身が分かっていた。
自分の着物をぎゅっと掴み、薊は覚悟を決める――。
そして大通りを歩きながら、薊は誰に買ってもらおうかと行き行く男性たちに選定の眼を向ける。
自分は異性に対する経験は皆無。せめて
「だあぁぁぁっ!!仕事ドタキャンされた!!今日の飯どうすりゃいいんだぁぁ!?」
同じ頃、四ツ谷も薊と同じ状況に陥っていた。その隣には小傘もいる。
頭をガシガシ掻きながら天を仰ぎ見る四ツ谷に小傘は慌てて励ます。
「お、落ち着いて師匠!一日何も食べなくったって死にはしないよ!?」
「ぐうぅぅぅ……!」
今度は力なくうな垂れた四ツ谷。小傘はそんな四ツ谷におろおろしだすも、視界の端に団子屋を見つけ、ポンと手を叩く。
「そ、そうだ!あそこの団子を買って帰りましょう!あそこの団子屋安いですし、団子でも腹の足しにはなりますよ!」
そう言って四ツ谷が何か言うよりも先に脱兎の如く小傘は団子屋に駆け込んでいた。
後に残ったのは、途方に暮れ、ため息をつく四ツ谷だけが残った。
ぼんやりとたたずむ四ツ谷。そこに一つの影が近づいてきた。
おずおずと四ツ谷に近寄ってきたその者は、放心状態の四ツ谷を見て若干ためらいの様子を見せるも、意を決して彼に声をかけた。
「あ、あのっ!」
「……あん?」
「――わ、私を……買ってくださいッ!!!」
前回に引き続きオリジナルキャラクター登場です。