主に、四ツ谷幻想入りから、翌年の冬の終りまでの期間の中での話を書いていきます。
今回の話は、第一幕後の噺となっております。
『三日天下』
四ツ谷によって『赤染傘』となった唐傘妖怪の多々良小傘は、意気揚々に今日も人里で人間たちを驚かす。
「おどろけー!」
「きゃあああ!?」
「おどろけー!」
「ひいぃぃぃ!!」
夕方の黄昏時、夜の暗闇、人気の無い路地、雑木林の中、彼女はやって来る人間たちを手当たり次第に驚かしていった。
時には驚かす前に、顔を見ただけでビビッて逃げていく人間もおり、一瞬呆気に取られる小傘だったが、悪い気はしなかった。
むしろ、赤染傘になった事で『畏れ』が手に入りやすくなり、驚かれるたびに自分の心が満たされるのを感じていた。
調子に乗った小傘は、毎日のように人里の人間たちを驚かしてゆく。
「おどろけー!」
「うわぁっ!?」
時には真昼間に。
「おどろけー!」
「ひゃああっ!?」
時には大通りの人の往来で。
小傘の『驚かし』は、次第に大胆なモノになっていく――。
同時に、小傘の気分も良くなり、もっともっとと欲望が次から次へと湧いてくる。
「おどろけー!」
そう言うだけで人里のいたるところから悲鳴が上がらない事は無かった。
(時代が……。わちきの時代がようやく来た……!)
小傘はそう思い歓喜に震える。
今までこうやって驚かしても、人間たちは少しも自分を恐れる事は無かった。
それどころか、自分を馬鹿にし、それ所かわずらわしい虫を見るかのように邪見にされたこともあった。
そして次第に自分の力が弱くなり、内側から自分の存在が希薄になっていくのも感じ取っていた。
このままでは直に自分はこの幻想郷でも忘れ去られて、最後には消滅してしまう。
焦りを覚えていったちょうどその時、彼女はある男と出会った――。
その男――四ツ谷文太郎の手によって、小傘の世界ががらりと姿を変えた。
ただの唐傘妖怪から『赤染傘』という存在へと変わった小傘は、人間たちから恐れられるようになったのだ。
人間たちが自分に向ける反応と、自身の妖怪としての存在そのものが下級から大妖怪級に劇的に変化した事に、小傘は自分の世界を変えてくれた四ツ谷文太郎に心の底から感謝した。
そうやって、来る日も来る日も昼夜、場所を問わず、小傘は人間たちを驚かしてゆく。
が。
「おどろけー!」
「おお、小傘ちゃん。こんにちは」
「おどろけー!」
「あ、赤染傘のおねえちゃんだぁ」
「おどろけー!」
「あん?仕事の邪魔だよ。しっし!」
「……あ、あれ……?」
いつの間にやら元の木阿弥。
「調子に乗りすぎだ馬鹿。……だが、二ヶ月ぐらい維持できたんだから、お前としては上出来な方か……?」
呆然とする小傘の背後で、彼女が師と慕う男が呆れた声を上げていた。