四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
椿の祝言が終り、四ツ谷は『二次会』を行うため、準備に取り掛かる。


其ノ二

薊の新しい家と四ツ谷会館は人里の端っこ、住宅地と田園地帯のちょうど中間あたりの場所に建っていた。

何故そんな場所に建てたのか。それは、建設を企画した八雲紫の思惑による部分が大きい。

はっきり言ってしまうと、薊の家の建設は四ツ谷会館を作るついでであった。

民家建築は四ツ谷が紫に頼んで依頼した事なのだが、それで会館建設完成日が多少なりとも遅れようと紫は気にしなかったのである。

紫が民家を会館の真向かいに建てさせたのも、前に話したとおり、薊を四ツ谷の元に通わせやすくするためと、大工たちの負担を減らすためが目的であった。

では、何故紫は四ツ谷会館を建てさせたのか。

『表向き』は人里の人間のため。雨や雪などの悪天候の時の子供や老人の為の娯楽施設が必要だと考え作られた。会館内には遊戯物や来客用の茶器が用意されており、悪天でも子供は館内で遊び、老人たちはお茶や菓子を食べて談笑できる。

そういう目的で作られたのがこの四ツ谷会館であった。

 

しかし、『裏の目的』は違った。

 

話は少しそれる。近年、いや毎年のように起こっている異変であるが、その異変解決をしているのは博麗の巫女である霊夢や魔法使いの魔理沙などであることは言わずとも知れた事である。

その異変解決後、毎度のように博麗神社で宴会が開かれているのもまた言わずもがなである。

しかし、その博麗神社での宴会を開くのが、年々難しくなってきていたのだ。

 

その理由はただ一つ。宴会参加者の増加である――。

 

毎回、異変を解決するとその異変の関係者と過去に異変を起こした者たちも全員呼んで宴会を開く。

それが異変解決後の行事ではあるが、それを繰り返していけば自然と参加人数が増えていくのは当たり前だった。

それ故、悪天時には必ず宴会に使われていた博麗神社の広間のスペースは、もはや今現在の参加者の人数を許容オーバーし始めていたのである。

天気が快晴なら境内に敷物を敷いたりしてのそこでの宴会なら、まだ可能ではあった。

しかし、宴会は異変解決以外でも桜の花見や花火大会、年末年始なんかの行事でも開かれている。もし宴会開催時に悪天候なれば外での宴会は不可能。中も言わずもがなである。

ならば、紅魔館(こうまかん)白玉楼(はくぎょくろう)永遠亭(えいえんてい)守矢神社(もりやじんじゃ)などの『有力者たちの住処の広間を宴会場に使えばいいのでは』と言う案もあったのだが。

紅魔館はある意味で自由奔放な核弾頭が、白玉楼は場所が冥界な上に近場には曰くありげな巨木があって生者の長居には不向き、永遠亭は一度歩いて竹林を通る必要があり、守矢神社は閉鎖的な天狗の住まう妖怪の山にあったりといった具合に、色々と問題がある故、なかなか博麗神社のような落ち着いて飲み食いできる宴会場の代わりは見つからなかったのである。

 

――そこで紫が考え出したのは、『新しい屋内宴会場を作る』という計画であった。

 

それも地底に住まう者や幻想郷の土地鑑(とちかん)があまり無い者でも、博麗神社のようにある程度分かり安い所にあれば、あまり迷わずにたどり着けるだろうと紫は考えた。

また、その屋内宴会場を管理する者も必要だと紫は考えた。

しかし、自分の式たちは今現在、自分の手足となって一生懸命働いてもらっている手前、そのような管理仕事を追加するのは主としてためらわれた。

なら、異変以外では比較的暇人な霊夢に頼むという手もあったが、その仕事を与えたら与えたで「私の自由な時間を奪われた」と、何かと文句を言って突っかかってくるのは日の目を見るよりも明らかな事であった。

 

どうするべきかと悩んでいる最中に、この幻想郷に現れたのが四ツ谷文太郎であった――。

 

彼は基本、『最恐の怪談』を行う時以外は、人間、妖怪問わずわけ隔てなく友好的であり、怪談と悲鳴好きという変人で怪異ではあれど人間と余り大差なく、能力を除いて決して害ある存在ではなかった。

それに何より霊夢と同じで『壁』を感じない種族差別をしない中立者。

数週間に渡る観察と下調べの果てで出たその結果に、紫が彼に新しくできる屋内宴会場の管理者の白羽の矢を立てたのは言うまでもない。

四ツ谷との交渉は多少難儀すると考えていた紫であったが、その施設に彼専用の舞台を作る事を持ちかけたら、いとも簡単に了承したので呆気に取られたのは記憶に新しい。

しかも、彼の能力の『副産物』も知る事ができ、紫は内心ウハウハであった――。

さらに彼は、その拠点建築場所を人里へと指名してきた。

本来、人里に人外ひしめく宴会場を作るのは賢者である紫には少しためらわれたが、人里は意外と広く、幻想郷に来たばかりの者でも比較的たどり着きやすい所でもあった。

また住んでいるのが人間ばかりなため、人の匂いに敏感な妖怪ばかりがいる地底の者たちでも、それを辿っていけば自然と人里にたどり着きやすいため、宴会場建設の『比較的たどり着きやすい場所にある』という問題は解消される事になるのである。

その問題の解消と人里の人間を襲わないという暗黙の了解が幻想郷じゅうに知れ渡っている事実もあり、障害は無いと考えた紫はさっそく人里に(表向き)四ツ谷文太郎のための新拠点建築計画を実施したのである。

 

そして今宵――椿たちの祝言が終り、誰もが寝静まった人里の四ツ谷会館に、新拠点建設祝いの宴会が密かに開かれた――。

 

四ツ谷会館にやって来る者たちは、皆そろって正面で入り口……からではなく、勝手口のある裏手へと回る。

いくら深夜であるとはいえ、複数の者たちが就寝しているはずの会館に出入りしている所を万が一誰かに見られでもしたらたちまち怪しまれてしまうからだ。

それに比べて会館の裏手はちょっとした雑木林に囲まれているため周りからは誰かがいたとしても気付かれにくく、また会館自体が人里の端っこにある事もあいまって、その勝手口から誰かが出入りしたとしても周囲に気付かれる事が極めて低かったのである。

さらにその勝手口自体普通の民家にある正面口となんら変わりない立派な作りになっており、事前に紫から裏手へと回って入って来るように言われた者たちも、その勝手口の作りを見て本当にこれが勝手口なのかと大半が首を捻っていた。

まあ、それ以上に首をかしげていたのは、そこにその勝手口を作るよう命じられた人里の大工たち自身なのだが。

 

数時間前まで祝言会場になっていた広間には、新たな料理と酒が用意され、綺麗に整えなおされた席に、やって来た鬼、妖精、仙人、神、蓬莱人などの者たちが思い思いの場所へと座っていく。

そしてその中にはついさっき四ツ谷たちと()()()()()()者たちの顔もあった――。

 

「さっきぶりだな。今度は妹紅と一緒に祝わせてもらうぞ」

「改めまして、新拠点完成おめでとうございます」

 

妹紅と共に再びやって来た慧音と深く頭を下げる阿求がそれぞれそう四ツ谷に声をかけた。

それを四ツ谷は笑って答える。

 

「シシシッ!しかしなんだな?別れたばかりだってのにその夜のうちに再び顔を突き合わせる事になるとはな」

「まあね。でも椿や他の人間たちが見ている手前仕方ないさ」

 

四ツ谷の呟きに、再び会館にとんぼ返りして来ていた小町が苦笑交じりにそう答えた。

そうして博麗神社の宴会常連が全員会館にやって来たのを見計らったかのように『四ツ谷会館完成披露宴』という名目の宴会が開始された――。

ちなみにこの時、会館の窓と言う窓には分厚い暗幕のカーテンがしかれ、会館自体にも耐震だけでなく強い防音設備も完備されているため、外からは中の光や音が全く漏れず、周囲から見れば会館はまるで火が消えたかのように静まりかえっていた。

もっとも、防音に関しては大工たちの腕もそうだが、密かに会館に『防音結界の術式』を仕込んでいた紫の力もあったわけなのだが――。

 

そうこうしているうちに、時間だけがすぎ、宴会も終盤を迎えると言う時、ふと酒を飲んでいた四ツ谷のそばに紫が現れる。

 

「四ツ谷さん。遅くなっちゃったけど、拠点完成おめでとう」

「……どうも。で、俺に何か用か?」

「あら、ただこの新しい会館の館長になるアナタに祝辞を言いたかっただけなのだけれど?」

「イヤイヤ……お前の場合、明らかに()()()()()()()()()()……?」

「あら~、気付いてたのぉ~?」

 

妖艶な笑みを浮かべてそう言う紫に「やっぱりか」とばかりに四ツ谷はそっぽを向く。

そして再び四ツ谷に視線を向けた。

 

「……で?何だ?」

 

四ツ谷のその問いに紫は広げた扇で自分の口元を隠すと小さく響く。

 

「……もうすぐこの宴会もお開きになるわ……。その前に、()()()()()()?ア・レ♪」

 

その言葉に四ツ谷は一瞬目を見開くも、直ぐににたりといつもの不気味な笑みを作った。

 

「なんだ、そっちも気付いてたのか」

()()()流されるままに終わった宴会だった見たいだけど、今回はそうはいかないんでしょ?」

 

紫のその問いに、四ツ谷は笑みを深くするだけで何も言わず、そのまま静かに席を立ち上がった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                    ――シャアアアァァァァ……――

 

『……?』

 

唐突に舞台に垂れ下がっていた幕がゆっくりと開き始め、飲み食いをしていた客たちが一斉に舞台の方へと目を向けた。

全開となった舞台の中央、そこには見慣れた妖怪の賢者が立っていた。

怪訝な顔をする客たちに、その賢者――八雲紫は広間全体に響くように声を上げる。

 

「えー、皆様。今宵はお忙し……くはない所でもこの宴会に来てくださった事、真にありがとうございます。さて此度の宴会、新参者が就任する会館の完成披露の名の下で開かれた宴会でございますが、それも終りが見えて来たみたいです。……それで最後に、この会館の新しい館長となる四ツ谷文太郎さんに、余興を一つ披露してもらおうと思いますので、皆様には最後まで付き合ってもらえる事を深くお願いいたします」

 

不気味なくらい懇切丁寧にそう言ってぺこりと軽く一礼した紫は、そのままスタスタと舞台袖へと引っ込んで行った。

そして舞台から紫が消えたと同時に、反対の舞台袖から四ツ谷が出て来る。

四ツ谷は普段着の着物に腹巻という姿の上に、先ほど椿たちの祝言に使っていた羽織を纏った状態で現れた。

舞台の中央に立った四ツ谷は持って来た座布団をその場に敷き、その上に正座すると、一呼吸置いて広間にいる全員に向かって頭を一度下げ、声を上げる。

 

「……ようこそ。幻想郷の有力者たる皆々様。先ほど賢者殿からご紹介を預かりました四ツ谷文太郎でございます。と、言いましてもこの場にいるほとんどの方は以前、夏の宴会で初顔合わせを終えていますので今更自己紹介は不要なのかもしれません。しかし、今回この会館の館長に任命された手前、改めてここで自己紹介させていただきたいと思いこの場をお借りしております」

 

つらつらと丁寧な自己紹介をする四ツ谷に、広間にいる大半の者は料理や酒の飲み食いに戻り、そばにいる友人たちと談笑を再開したりして、彼からの興味を無くして思うがままに時間を使い始めた。

中には四ツ谷の話に聞き耳を立てていた者もいたが、それでも目の前の料理や酒に集中している者がほとんどであった。

無理も無い。何せ四ツ谷は見た目ひょろりとした容姿をしており、何かしらの強い力や権力を持っているようには見えなかったのだから。

怪異である以外は見た目、どこにでもいるごく普通の人間の男にしか見えない四ツ谷には関わりの薄い者たちにとっては何の脅威にも感じなかったのである。

所詮は、前回の夏の宴会で自己紹介をかわしただけの、ただ()()()()()男であった――。

それに元々、この宴会に参加したのも出される料理や酒に釣られてというのがほとんどの者の理由でもあった。

だが一部――四ツ谷と直接的に、あるいは間接的に何度か深く関わりを持った者たちは違った。

 

例えば、博麗の巫女とその友人たる魔法使い。

 

(四ツ谷の奴、怪談を始める気ね?)

(まーた、新しい怪異が生まれたりしないよな?)

 

例えば、人里の女教師に記録者、そして蓬莱人。

 

(『語り』だけだから、能力の発動は無いとは思うが……)

(いくらほとんどが妖怪ばかりだと言っても、ハメを外し過ぎなければ良いのだけど……)

(……今度は惑わされないよう、気をしっかり持たないと……!)

 

例えば、地獄の裁判官に死神、そして人形使いの魔女。

 

(相変わらず、怪談と悲鳴に対する欲望が強い……!また説教の余地ありですね!)

(四季様も相変わらず平常運転みたいですね……)

(今夜はどんな怪談を語るのかしら……?)

 

例えば、人里の貸本屋の看板娘と鴉天狗の新聞記者、そして片腕の仙人。

 

(四ツ谷さんの怪談。夏祭りで聞いたことあるのよね……。今度はどんな怪談が聞けるのかなぁ?来年の夏にまた百物語を企画して、四ツ谷さんと阿求の怪談合戦見たいなのやってみたいなぁ~)

(これは……また新たな特ダネの予感……!)

(……また私を『死神に見立てる』とか、しないでしょうね……?)

 

例えば、二本の角を持った酔っ払いの鬼や戒律を厳守する住職に内緒で酒を飲みに来た命蓮寺組。

 

(文の報告にあった四ツ谷文太郎の怪談……どんなモンかじっくり見せてもらおうかね)

「そう言えばあの三妖精、来なかったけどどうしたの?」

「寺で爆睡してるわよ村紗。今日の修行、結構きつかったじゃない。ね、入道?」

「…………」

「私、入道が喋った所など一度も見た事が無いのですが、意思疎通ができているのですか一輪?」

「ちょっと主、宝塔また落としてますよ」

「マミゾウ、ホントに聞く価値あるの?前回の事があるけど、正直まだ半信半疑だよ私」

「まあ、騙されたと思って耳だけでも傾けておりな、ぬえ。……それ、もうすぐじゃ」

 

などなど、それぞれ会話や思惑を出しながらも、しっかりと四ツ谷に目と耳を向けていた。

 

『…………』

 

そしてそんな舞台の四ツ谷を凝視する彼女たちの様子に興味を持った、四ツ谷と関わりの薄い他の何人かの者たちも、横目でながら四ツ谷を見据える。

関心、無関心で様々な広間を見渡しながら、構わず四ツ谷は言葉を続ける。

 

「さて……今宵最後を締めくくるは、ここにいる何人かはもはや理解しているでおりましょう、私の得意分野である『怪談』でございます。今回はいくつかの怪談を語り、それでこの宴会を終了させていただきます。あまりお時間を取らせることはいたしませんので、興味半分でもあれ、この私にそのお耳を拝借願えれば幸いです。……さて、それではぼちぼちと始めるといたしましょう……」

 

この時、この宴会にいた半分以上の者たちは、誰も四ツ谷の言葉に耳所か興味すら向け様とはしなかった。

皆思うように酒と談笑を楽しみ、早々に引き上げるつもりだったからだ。

しかし次の瞬間――。

その者たちも含め、その場にいた全員が一斉に『別世界』へと呑み込まれる事となる――。

 

 

 

 

――そう……四ツ谷の怪談の世界へと……――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さァ……語ってあげましょう、貴女たちの為の……怪談を……!」




次でこの章は完結予定です。
ただ、少し長くなると思いますので、もしかしたらもう一話分継ぎ足すかもしれません。

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