四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
『踊るしかばね』の犯行を暴かれ、さらには『鬼の宝』を奪い返されて怒り心頭の次郎八の前に、四ツ谷が現れる。


其ノ十一

夜の更ける空の下、命蓮寺の裏で四人の影が佇んでいた――。

 

その一つはご存知狸の親分、二ッ岩マミゾウに天狗の記者、射命丸文。そして寺の修行僧()()()()旧鼠の次郎八。そして言わずと知れた四ツ谷文太郎の四人であった――。

四ツ谷は目の前にいる次郎八に静かに声をかける。

 

「次郎八さん。アナタは先ほど相方がゴネたから殺したとおっしゃいましたね?」

「あ、ああ……。そうだ、そうだッ!『あいつ』が余計な欲を出したのがそもそもの始まりなんだ!!だから全部『あいつ』の――」

「――ですが、そう言ってアナタがその方に逆恨みして憎むように――」

 

 

 

 

 

「――その方も、アナタに恨みを抱いている事を理解すべきです……」

 

 

 

 

 

 

「……は、ハア?な、何言って――」

「――だってそうでしょう?理由はどうあれ、アナタに殺されて冷たい土の下に何年も埋められていたのですよ?アナタを恨んでいても不思議ではないのではないでしょうか……?」

 

四ツ谷の指摘に次郎八は「ぐっ!」と押し黙る。

それに構わず四ツ谷は語り続ける。

 

「……そうして冷たい土の中で誰にも供養されず埋められていたその方は、長くそこにいるうちにいつしか悪霊となって、アナタを自分と同じ場所へといざなうようになったのです……

 

 

          おいで……

 

 

 

                              おいで……

 

 

 

                  こっちへ、おいで……

 

 

 

                                      とね……」

 

首をコテンと横に倒して、力ない動きで右手で手招きをする仕草をしながらそう響く四ツ谷を見て、ゾクリと背筋を振るわせる次郎八。

しかし、直ぐに激しく首を振って声を荒げる。

 

「ば、馬鹿言うなッ!!『あいつ』が俺憎しさに『墓まねき』になったとでも言うつもりか!?……ハッ!冗談も大概にしろッ!!」

「冗談?……ならば先ほどから聞こえる、()()()()()()()()()……?」

「……はぁ?……音……?」

「ほぅら……、さっきから聞こえているでしょう……?『墓まねき』となったアナタの相方が、アナタにこちらへ着て欲しくって、必死に土の中から土を引っかくようにして手招きしている音が……!ホラ……――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――この、『音』ですよ……!」

 

 

 

 

 

 

 

そう響き、ゆっくりとその場にしゃがみこんだ四ツ谷は、足元の地面を二、三度軽く引っかきだした。

 

 

 

         ジャリ……

 

 

                                    ジャリッ……

 

 

 

                      ジャリッ……!

 

 

 

 

土を引っかく音が、夜の(とばり)に静かに響き渡る――。

すると――。

 

 

 

 

 

 

 

                    ジャリッ……!!

 

 

 

 

 

 

「ッ!!?」

 

その音が響いた時、次郎八の呼吸は一瞬止まる。そして、四ツ谷の手元を目を大きく見開いて凝視した。

四ツ谷が地面についている手は三回地面を引っかいた後、止まったままだ。

にもかかわらず、今確かにはっきりと、()()()()()()()()()()()()がこの場に響いたのだ。

呆然とする次郎八。しかしそんな彼を嘲笑うかのように立て続けに同じ音が響き渡る――。

 

 

 

 

        ジャリッ……

 

 

                  ジャリ……

  ジャリッ……

 

 

                              ジャリッ……ジャリ……

 

ジャリッ…            ジャリ……

 

                            ジャリッ……

 

                                      ジャリッ……

 

 

     ……ジャリ……ジャリッ……ジャリッ……ジャリ、ジャリッ、ジャリッ、ジャリ、ジャリ、ジャリッ、ジャリ、ジャリ、ジャリ、ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ……………ッッッ!!!!

 

 

 

 

 

「……な、なんだよ……!何なんだよコレ……!??」

 

()()()()、夜の闇の中から無数に響いてくる『土を引っかく音』に耐え切れず、恐怖に慄く次郎八はその場にうずくまり、両手で耳を塞ぐ。

しかし、周りから響いてくるその音は、次郎八の耳と手の間をスルリとすり抜け、耳の奥底、それこそ脳の奥にまで浸透していく――。

それでも次郎八は、強く両耳を塞ぎ、頭を振って音を聞かないように抵抗するも、まるで効果が無かった。

それと同時に次郎八の呼吸と心臓の動悸(どうき)がいっそう激しさを増し、全身からブワリと冷や汗が噴出し始める。

 

「や、やめろッ!!もう止めてくれッ!!」

「止める?何を?……もしや、この『音』の事ですか……?」

「そ、そうだッ!!さっさと速く止め――」

「止めませんよ」

 

両耳を塞いでうずくまり、そう懇願する次郎八に、四ツ谷は立ち上がって彼を見下ろしながら冷たく突き放した。

そして続けて言う。

 

「アナタの相方が、今か今かとアナタが来るのを待っているのですよ?そんな無粋なマネできるわけないじゃないですか。……アナタの方こそ、速く会いに行ってはいかがですか?」

「ふ、ふざけんなッ!!」

「ホラ……、アナタのすぐ後ろ……その()()の中にその方はずっと待っていますよ……?」

「こ、これは俺が『鬼の宝』を掘り出すのに作った穴だ!!決して『墓穴』なんかじゃないッ!!『墓まねき』なんていないぃッ!!!」

 

声を荒げて四ツ谷の言葉を必死で否定する次郎八。

ハァーッ、ハァーーッと激しく呼吸を繰り返す次郎八に、四ツ谷は次郎八の背後を指差して口を静かに開く。

 

「……では……アレは何ですか……?」

 

四ツ谷の指摘に、次郎八は半ば頭の中が真っ白となり、まるで()()()に唆されるかのように……背後へと、振り返ってしまっていた――。

 

 

 

 

 

「!!!!????」

 

 

 

 

 

()()を見た途端、次郎八の全身が瞬時に石の様に硬直し、その場から動けなくなった。

次郎八から穴を挟んで反対側――先ほどまで何も無かったはずのその場所に――。

 

 

 

 

 

 

 

 

――墓石に立てる、卒塔婆(そとば)が刺さっていたのだから――。

 

 

 

 

 

 

だが、次郎八が硬直した理由は何もそれだけではなかった。

卒塔婆には()()()()()()が、達筆で書かれていたのだ。

見間違えるわけが無い名前。されど自分が殺したあの相方の名前ではない。それは自分が一番親しみのある名前――。

 

 

 

 

――()()()()()名前であった――。

 

 

 

 

それを理解した時、次郎八の全身が恐怖に震え、歯がカチカチと音を鳴らす。

そんな次郎八の直ぐ背後から不気味な声が響き渡る――。

 

「墓穴ですよ……。アナタの相方が……アナタと共に眠るために……アナタ自身の手で掘らせた――」

 

震えながらゆっくりと再び振り向いた次郎八の視界いっぱいに、

 

 

 

 

 

 

「――()()()()()()墓穴ですよ……!」

 

不気味に笑う四ツ谷の顔があった――。

 

 

 

 

 

 

 

                      おいで……

 

 

 

 

 

 

再び、次郎八の耳に『墓まねき』の声が響く。

しかし、今度の声は四ツ谷の声ではなく――自分が殺し、この土の下に埋めた『相方の声』――。

 

「……あ……あ、あぁぁ……うぁ……」

 

恐怖で声が上手く出ないまま、次郎八は再び背後の穴へとゆっくりと眼を向ける。

 

 

 

        おいで……

 

 

                           オイデ……

 

 

 

次郎八自身が長い時間をかけて掘った穴――その穴の中からひょっこりと――。

 

 

 

 

――()()()の顔が次郎八を覗き見ていた――。

 

 

 

光を失った、生気の全く感じないどす黒い双眸――。土にまみれた獣のようなその顔は、見間違えるはずの無い――。

 

 

 

 

                      コッチヘ……

 

 

 

 

(いさか)いの果てに、自身が殺して地面の奥底へと葬った――。

 

 

 

 

 

 

 

                      オ・イ・デ

 

 

 

 

 

 

亡き相方の、顔だった――。

 

 

 

 

 

 

「あ、ああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!」

 

それを見た途端、次郎八は腹の底からの絶叫を口に出し。同時に立ち上がり逃げようとする。

しかし、それよりも先に穴の中から真っ白い二本の手が伸びてきて、次郎八の両足首をガッシと掴み、そのまま穴の中へと引きずり込んだのである。

 

「ぎゃあああああッッッ!!!!」

 

必死に抵抗して次郎八は穴の淵に捕まろうとするも、運悪く両手がすべり、為す術もなく次郎八は穴の中へと落ちていってしまった。

大人一人分の深さしかなかったはずの穴の中は、底なしの奈落へと変貌していた――。

次郎八の視界には、穴の入り口が瞬く間に小さくなり、漆黒の闇が下から上へと吹き上がるような錯覚におちいる――。

やがて次郎八の視界が穴の下へと向いた時、彼は()()を目にしてしまった――。

 

 

 

 

永遠に続くかと思われる底なしの闇――。その深淵に()()はいた――。

 

 

 

光の無い目で両手を広げ、まるで長年待ち続けた待ち人を迎えるように、三日月のように大きく歪めた口で笑みを称えながら、亡き相方がそこにいた――。

 

「あ、ああああぁぁぁぁッッ!!ゆ、許してッ、許してくれええぇぇぇーーーーッッッ!!!」

 

次第に距離が近まってくるかつての相方の顔に、涙と鼻水、そして涎で顔をグシャグシャにしながら次郎八は必死に懇願する。

だがそのかい空しく、次郎八と相方の距離は瞬く間に縮まっていき――。

そして、最後に次郎八が目にしたのは――。

 

 

 

 

 

 

 

               ――マッテタヨ、アイボウ……――

 

 

 

 

 

 

――そう響く、視界いっぱいに広がる、光のない目を携えた、相方の嗤った顔であった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「--------------------ッッッ!!!!」

 

穴の中から声にならない絶叫が響き渡り、それを合図にしてか今まで傍観していたマミゾウと射命丸が穴のそばへと駆け寄った。

するとそこには深さが()()()()()()()()()()()()穴の底で、白骨化した相方を背にしてガタガタと体を丸めて放心する次郎八の姿があった。

 

「あや~。相変わらず容赦ないですねぇ、四ツ谷さんの怪談は。これはこの後の尋問が大変そうです」

 

以前、四ツ谷の『最恐の怪談』を見ていたことのある射命丸は、次郎八の様子を見て、半ば呆れた声でそう呟いた。

だが、反対に初見であったマミゾウにいたっては、怪訝な表情で四ツ谷に声をかけていた。

 

「お主、一体何をしたのじゃ?」

「何って、怪談を語ったんだが?」

 

キョトンとした顔で四ツ谷がそう答えるも、マミゾウは納得していないと言った表情で続けて言う。

 

「……ワシの目に狂いが無ければ、こやつは先ほど自身の掘った穴に()()()()()()()()落下しただけに見えたのじゃが……こやつのこの様子を見るにとてもそれだけという感じではない。四ツ谷よ、こやつは一体何を見たのじゃ……?」

 

マミゾウの問いかけに、四ツ谷は肩をすくめて小さくニヤリと笑った。

 

「さァねェ……。こいつはナニカを見たようだが、そいつは俺にも計り知れんよ……案外――」

 

 

 

 

 

「――本当に『墓まねき』でも、見たんじゃないか……?」

 

 

 

 

四ツ谷のその答えに再び口を開きかけるマミゾウであったが、もはや何を言った所で無駄と判断したのか、代わりに自らの頭をガシガシとかいて、大きくため息をつくだけに終わった。

そして、そんなマミゾウを尻目に、四ツ谷は()()()()()()()()、小傘、薊、金小僧、折り畳み入道へと声をかける。

 

「おーい、お前らー。撤収するぞー」

「「「「はーい!」」」」

 

()()()()()()()()()()()()小傘たちが現れたのを確認した四ツ谷は、もうここには用は無いとばかりに刺さっていた卒塔婆を回収すると、そそくさと人里へと向けて歩み始める。

その途中、四ツ谷は射命丸にすれ違い頭に声をかける。

 

「後の事は任せる」

「いいんですか?一応あなたたちのおかげで解決しましたし、褒賞ぐらい与えてもいいんですよ?」

「いらねーよ。金小僧のおかげでそういうのは間に合ってるんでね♪……それにしても――」

 

そこまで言った四ツ谷は一端立ち止まり、チラリと背中越しに次郎八の落ちた穴へと眼を向ける――。

 

「……痺れを切らして『踊るしかばね』を起こしたが為に、最後には自ら長年の苦労を水に流してしまうとは……まさに、策を(ろう)して『墓穴を掘る』行為だったわけだな……」

 

そう呟いた四ツ谷は、最後に両手をパンッと合わせて鳴らすと、怪談の閉幕を夜の空へと轟かせたのだった――。

 

「『墓まねき』これにて――お(しま)い……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四ツ谷たちがその場を去ったのと、白蓮たちがマミゾウたちのもとにやって来るのはほぼ同時であった。

白蓮は穴の中で震える次郎八と隣に埋まる白骨死体に目を丸くする。

 

「これは……親分さん、一体何があったのですか?先ほど尋常ではない悲鳴がここから聞こえてきたのですが……」

 

問いかける白蓮に対し、マミゾウはどう説明したらよいかと頭をかいて唸る。

 

「あー、どう言ったらよいか、正直ワシ自身困る所なのじゃが……。ただ次郎八(こやつ)に対してのみ言える事が一つだけある……」

 

そうして苦笑しながらもマミゾウは簡潔にそれを白蓮たちに語った――。

 

「……今噂の『墓まねき』……。あやつに墓穴へと引きずり込まれたのじゃよ」

 

その答えに白蓮たちがほぼ同時に首をかしげたのは言うまでもない――。




最新話投稿です。
次回、この章のエピローグに入ります。
その後の予定ですが、一端『最恐の怪談』はお休みします。
投稿自体をお休みするのではなく、しばらくは幕間の話やショートストーリーなどで話を続けていこうと思っています。
そしてそれらが終わり次第、また『最恐の怪談』を絡ませた話を書いていく予定です。

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