『墓まねき』が寺中に広まり。同時に、マミゾウとぬえが身元の知れない死体を命蓮寺へと運び込んでくる。
マミゾウとぬえが命蓮寺に棺桶を運んだその日の晩。
先日の老婆の葬式とは比べ物にならないほど小さな規模の葬式が寺で行われていた。
本堂の中、白蓮が棺桶の前でお経を唱え、星が白蓮の傍に控えて棺桶の中の死者に向けて静かに黙祷を捧げている。
今宵は三日月であったが、雲一つ無い夜故、寺の周囲を薄っすらと照らし出していた。
しかし、白蓮と星の周囲には村紗を含む数人の修行者がいるだけで全く人気は無く、それを傍から見ている村紗も分かっていた事とは言え、無縁仏として葬られる死者の葬儀はとても寂しいもののように感じた。
そうして村紗は、本堂の入り口から月を眺め見る。
(……さて、『踊るしかばね』が起こるとすればもうそろそろなはずなんだけどなぁ……)
村紗は、いや村紗だけではない。この寺にいる者たちの
今回新たに寺に運び込まれた死者。老婆の死体がなくなったとは言え、今度はこの死体に『踊るしかばね』の現象が起こりえないとも限らないのだ。
現に今お経を唱えている白蓮も、隣にいる星も、見た目普段どおりではあるが、それでも村紗でも分かるほどの警戒心を周囲に張り巡らせていたのである。
――そして、その予想通りに……命蓮寺に祭囃子の音が鳴り響いた……。
『……!』
竜笛、太鼓、鈴の音……それらが小さいながらも一斉にその場にいた命蓮寺の者全員の耳に入ったとき、その全員が警戒態勢を取った。
祭囃子は前回同様に本堂の正面、寺門の方からこちらへとゆっくりと近づいてくる。
村紗は前と同じように、本道の出入り口に立ち、構える。
しかし、その時彼女は内心、不安を募らせていた。
とも言うのも、前回この出入り口を一緒に守っていた
(もぅ~、一体どこいっちゃったのよ一輪と入道は!?朝からどこ探しても見つからないし!私一人でここを防衛させるなんて……!)
一輪と入道に対して、内心そう毒ついている間にも祭囃子は村紗のすぐそばまで迫っていた。
「ええい!こうなったら境内一帯に弾幕ばら撒いて――」
そう叫んで両手を突き出し、弾幕を放とうとした村紗であったが、突然見えない
「ひゃあっ!?」
村紗が悲鳴を上げると同時に本堂内に祭囃子が木霊し始める。
(いつつ……!今確かに何かが……いや、
床にしこたまお尻を打ちつけた村紗が右手で摩りながら上半身を起こして本堂内へ振り返る。
すると今度は前回同様、棺の蓋がギギギと持ち上がり始めた。
「ああ……また、そんな……」
同じ失態を三度も犯してしまった現状に、白蓮は小さく嘆きの声を上げる。
しかし、
――ボフッ……!!
「「「!!?」」」
棺の蓋が持ち上がったと同時に、棺の中から真っ白い煙がムワリと飛び出してきたのである。
「わっ!?」
「ひっ!?」
「ひゃあっ!?」
そして直後に、命蓮寺の誰のモノでもない幼い少女の悲鳴が
「え……?」
事態が飲み込めずポカンと立ち尽くす白蓮たち、やがて煙が溢れ出る棺の中から一つの影がムクリと上半身を起こしてきた。その者を視界に捕らえた村紗は反射的にその者の名を呼んだ。
「い、一輪!?」
「はあ~、息苦しかったぁ~!まあ、入道と一緒に窮屈な棺桶の中に入ってたら当たり前か。……や!聖に星に村紗、一日ぶり!」
のん気にそんな事を言いながら、一輪は棺桶の中から出てくる。同時に白蓮たちが一輪に駆け寄った。
「い、一輪!これは一体どう言うことですか!?」
「ごめん聖。マミゾウ親分の指示であの棺桶の中で『踊るしかばね』の
淡々とそう言った一輪に、まだ半ば理解が追いついていない白蓮は一輪に何か言おうと口を開きかけ――その動きが途中で止まった。
一輪の背後で立ち上る煙……だと思われていたそれは、一輪の相棒である入道であり、その入道の雲に触手の様に絡め取られている
それを見上げながら一輪は眉根を寄せて
「……マミゾウ親分の言ったとおり……『踊るしかばね』の実行犯はあんたたちだったわけか――」
「――サニーミルク。ルナチャイルド。そしてスターサファイアの……『光の三バカ妖精』ども……!」
「ちょっと!『光の三・妖・精』!『バカ』なんて付けたら
「誰に対しての配慮ですか」
赤と白を基調とした服を纏い、オレンジのかかった金髪を二房のツーサイドアップにした三匹の妖精のリーダー格であるサニーミルクが一輪にそう抗議し、それに星が突っ込みを入れた。
「……か、彼女たちが『踊るしかばね』を起こした犯人なのですか……?」
「うん。間違いないと思うよ?」
唖然とした顔でそう響く白蓮に答えたのは本堂の天上のはりに今の今まで潜んでいた少女であった――。
声につられて白蓮たちが上を向こうとしたと同時にその少女ははりから床へとふわりと着地して見せる。
「ぬえ!?貴女今まで上にいたのですか!?」
「そうだよ聖。いやぁ、聖たちに気付かれずにあそこに隠れてるのは大変だった……!まあ、今はそんな事よりも……」
そう響きながら、ぬえは入道に絡め取られている三妖精に向き直り、今まで寺で起きていた『踊るしかばね』のカラクリを白蓮たちに話し始めた。
「『踊るしかばね』……その死体を操っていたのは間違いなくこいつらさ。サニーミルクの能力、『光を屈折させる程度の能力』で姿を隠し、ルナチャイルドの『音を消す程度の能力』で祭囃子以外の自分たちが発する音を抹消し、本堂へと侵入。そのまま死体を棺桶から出して手足を動かし、『踊るしかばね』を演じて見せたってわけ。んで、さっきから聞こえたままになっているこの祭囃子だけど……最後の一人であるスターサファイアが首から紐で下げている小さな四角い物体があるでしょ?あれは『らじかせ』って言って、簡単に言うと蓄音機みたいに保存していた音を聞くことができる外の世界の道具なの。恐らく
ぬえに事の全容を暴かれたサニーミルクは悔しそうに顔を歪め、金髪縦ロールの髪を持ったルナチャイルドはシュンと俯き、ぱっつんと切り揃えられた黒髪(いわゆる姫様カット)の少女、スターサファイアは、ぬえに指摘された首から下げている小型のラジカセを揺らしながら、バツが悪そうにそっぽを向いた。
そこへ村紗がぬえの隣にやって来る。
「でもさぬえ。確かサニーミルクの能力で屈折できるのって、太陽の光だけじゃなかったっけ?」
「……それは『幻想郷縁起』の中では、でしょ?
そこまで言ったぬえは、一呼吸置いた後、再び口を開く。
「……こいつの能力は強弱関係なく、ありとあらゆる光を操り、屈折させて対象を見えなくすることが可能なのよ。それこそ、月の光やかがり火、この本堂の中にもあるような弱弱しい蝋燭の火なんかも、ね……」
それを聞いた村紗は自身の記憶から、前回起こった二件の『踊るしかばね』の状況を振り返っていた。
最初にそれが起こったのは、雲一つ無い月の明るい晩、二度目は曇り空ではあったが、寺のあちこちにかがり火がたかれていた。そして今回も雲一つ無い月があたりを薄っすらと仄かに照らし出す夜であった――。
「……なるほど。そういうわけだったのですね……」
ようやく全てを理解した白蓮は険しい顔つきで三妖精に歩み寄る。
「しかしながら貴方たち……。いくら妖精とは言え、この悪戯は度が過ぎています!ほとけ様の遺体を玩具のように踊らせるなど!死者に対する冒涜ですよ!?」
白蓮の静かであるが、迫力のある剣幕に三妖精は一斉にビクリと身体を振るわせる。
だがすぐさまぬえが三妖精に詰め寄ろうとする白蓮を片手で静止しする。
「ちょっと待って聖、落ち着いて。こいつらがこんな事したのは
ぬえの問いに、三妖精はブンブンと首を縦に振った。そして続けてサニーミルクがまくし立てる。
「……そ、そうなんだよ!この寺で修行している
そこまで言ったサニーミルクは口をつぐむ。同時にサァーっと顔から血の気が引き真っ青になった。
何故なら目の前にいる白蓮の顔がみるみる鬼の形相へと変化していったからだ。
それを隣で見ていた他の妖精二人も真っ青になる。特にルナチャイルドは涙眼になって今にも気絶しそうであった。
それは周囲にいた者たちも同様で、白蓮のあまりの変貌振りに、皆彼女から後ずさりする。
それに気付いていないのか当の白蓮本人はゆらりとした足取りで、三妖精に歩み寄る。
「ヒッ!?」と悲鳴を漏らす三妖精に対し、白蓮は鬼の形相を保ったまま、『満面の笑み』を彼女たちに向け、怒りを含んだ優しい口調で語りかけた。
「お葬式で馬鹿騒ぎを起こして楽しいものに、ですか……。一体どこのどなたですかその様なふざけた事をおっしゃった『おじちゃん』と言うのは……?ぜひともこの
そう言って鬼気迫る白蓮に三妖精たちが即行で首を縦に振り、この一連の『踊るしかばね』の主犯格の名を暴露したのは言うまでもない。
そして、後になってこの時の事を振り返ったぬえは、マミゾウにこう漏らしている……。
「最初の『踊るしかばね』の一件の時に、葬式で悪ふざけを起こさなくて本当に良かった。止めてくれたマミゾウには心の底から感謝している」
と……。
最新話投稿です。
ギリギリでしたが、この話しで今年はこれで投稿収めとさせていただきます。
速筆で書いたので誤字脱字があるかもしれませんが、見つけられましたら軽く報告してもらえると嬉しいです♪
もちろん感想なども大歓迎です。
それでは自分のこの作品をご愛読されてくださっている皆々様、よいお年を!