四ツ谷は命蓮寺の面々に『墓まねき』の怪異を話し伝え、同時に『踊るしかばね』の黒幕を特定する。
「『墓まねき』って言う怪異、知ってる?」
「荒れた墓の下に眠る悪霊の怪異なんだって」
「墓から『おいで、おいで』って誘ってきて……」
「周りの奴らを引きずり込むって言うらしいよ……」
四ツ谷が命蓮寺で『墓まねき』の噂を流してからすぐ、寺のあちこちで『墓まねき』の噂が囁かれるようになった。
四ツ谷本人が他言無用と言ったのにもかかわらず、修行者たちは寺を訪れる人里の人間や妖怪たちに次々とその怪異の話を語り、しだいに
何せこれを話した四ツ谷は得体の知れない変人。
約束を了承したわけでもなく、ましてやそんな義理も無い上、『墓まねき』と言う聞いたことも無い怪異故、その新鮮さと誰かに話したいと言う欲求から、修行者たちは次々とその口を軽くしていったのである。
一応、人目を忍んで噂されてはいるが、それでも寺の中だと有力者である聖たちにバレるのは時間の問題であった。いや、実質筒抜け状態だったといっても過言ではない。
「はぁ……、まだ数日しかたっていないというのに、寺の中で『墓まねき』の話を聞かない日は無いですね。もう人里の方でもこの噂が広がり始めているとか……」
寺の隅で来訪者である人里の人間に『墓まねき』の話をする修行者の姿を遠目で見ながら、白蓮は深いため息と共にそう響いた。その横には星もいる。
「そうですね、聖。ですが噂だけですので別に害があるというわけではないじゃないですか。そっとしておいても問題ないのでは?」
「いえ、それがそうも言ってられなさそうなのですよ。星」
そう言って白蓮は別のほうへと視線を向ける。そこには修行者たちが数人集まって何かを話している光景があった。
風に乗ってその者たちの話し声が耳に届いてくる。
「……なあ。『墓まねき』ってヤツは、亡者も墓の下に引きずり込むんだよな?……もしかしたら、この間の『踊るしかばね』。ひょっとしたら、そいつの仕業じゃないのか?」
「まさかぁ。『踊るしかばね』はともかく。『墓まねき』なんてのホントにいるかどうかわからんぞ?」
「いや、だがな。最初に起こった『踊るしかばね』の時、あの婆さんの死体、墓場の方へと行こうとしてたの見たよな?……ひょっとしたら墓場にそいつがいて、婆さんの死体を招き寄せようとしたんじゃないか……?」
「何を馬鹿な……と、言いたい所だが、確かに否定しきれないな。
そんな会話が耳に入り、白蓮は再び深くため息をついた。
「先日起こった『踊るしかばね』の一件が、『墓まねき』によって起こされた現象だという事で定着し始めてきているのです。うちが弔った無縁仏の墓は確かに手入れは行き届いてるとまでは言えませんが、それでも年に五回は定期的に掃除しているというのに……」
「どうしますか聖。今すぐ止めさせますか?」
「残念ながら既に手遅れです。もう人里の方までその噂が広まっていると聞きます。……
そう言って肩を落とす聖。星はそんな聖にどう答えてよいか分からず視線を彷徨わせる。
するとその視線が寺門の外のほうへ向かった途端、無意識にそこで固定された。
寺門の外から数人の影がやって来ているのが見えたからだ。
そしてその集団の先頭に立つ二つの影は星たちの見知った者たちであった。
「おー聖ー!星ー!ちょうど良かったわい!」
集団の先頭に立って寺門をくぐって来たマミゾウはそう声を上げながら、聖と星に手を振る。
後からぬえ、そして
大きな棺桶を視界に納めた聖は、慌てて境内へと飛び出し、マミゾウたちへと駆け寄る。
「お、親分さん!一体どうしたというのですかそのほとけ様は!?」
「いやすまんのぅ。実はこの近くで外来人の死体を見つけてのぅ。どうやら妖怪に襲われたらしくて、ワシとぬえが見つけたときはもう既に絶命しておったのよぅ」
「そ、そうだったのですか?それはまた……お気の毒な事です……」
マミゾウの話を聞いて、心痛な面持ちで聖がそう響き、修行者たちに担がれた棺に向かって静かに手を合わせ黙祷する。
そんな聖にマミゾウは再び声をかける。
「それで、じゃ聖。今晩この者を弔うため、小さな葬式を挙げてほしいのじゃが、構わんかの?」
「もちろんです。ほとけ様が無事、極楽浄土へと旅立たれるよう、お経を上げるのが私の務め。早速準備に取り掛かるといたしましょう。まずはほとけ様を棺がらお出しし、白装束に着替えさせて――」
「――い、いやその必要は無い。死者の身支度はワシとぬえでやる。……あまり棺から出すわけにもいかぬからのぅ」
聖の言葉を遮るようにしてマミゾウはそう言い、それに聖は怪訝な顔で首をかしげる。
「棺から出すわけには行かない?……それはどういう……?」
「……言ったじゃろ?『妖怪に襲われたらしい』と。……そんな死体が五体満足なまま転がっていたと思うのか?」
マミゾウのその言葉に聖はハッとなって棺を凝視する。
それに気付いたマミゾウは意地悪げな笑みで聖の耳元で呟く。
「四肢が食い千切られていたのはもちろんの事、顔はバックリと丸かじりにされたのか目も鼻も口も無い。
「い、いえ!もうそこまでで十分です!」
いらぬ想像をしてしまったのか聖は慌てて両手を突き出してマミゾウの言葉を遮る。
そこへ星もやってきて会話に加わってきた。
「……その様な酷い有様だったと言うのに、よく外来人だと分かりましたね。親分さん」
「身に着けている服や私物でのぅ。とにかくそのような惨状の死体を大衆の目にさらすわけにもいかぬじゃろう。この死者も自身の今の体を大衆に見てもらおうなどとは思わぬじゃろうし……」
「……そうですね。分かりました。では親分さん、ぬえ。このほとけ様の身支度をそちらでお任せしてもよろしいでしょうか?」
白蓮のその言葉に、マミゾウもぬえも笑顔で頷いて見せた。
その後、白蓮たちは軽くその死者の為の葬式の打ち合わせを済ませると、各々別々の仕事の為、一時その場で解散する。
すると、マミゾウたちと別れた白蓮に、すぐさま近づいて来る者がいた。
「……住職様。先ほど親分さん方と何やら真剣な話し合いをされていたようですが、何かありましたんで?」
「ああ、次郎八さん。いえ実は……」
そう言って白蓮はやって来た次郎八に、先ほどマミゾウたちが妖怪に食い殺されたらしい死体を運んできたらしく、今晩その死者を弔う為、小さな葬式を開く事を次郎八に伝え聞かせた。
「……ほほぅ、そんな事が……。わかりやした。不肖、この次郎八も誠心誠意お手伝いさせていただきやす」
「そう言ってもらえて助かります、次郎八さん。それでは今晩、お葬式を開きますので他の修行者の方たちにもよろしくお伝えいただけますでしょうか?」
「わかりやした。ではさっそく――」
そう言って白蓮の元から離れようとする次郎八の耳に、近くで噂話をする修行者たちの会話が風に乗って入ってきた。
「……なあ、もし万が一にも婆さんの死体が踊ったのが『墓まねき』の仕業なら、そいつはそれ相応に厄介な悪霊になるんじゃないか?」
「あん?どう言うことだよ?」
「マミゾウ親分から聞いたんだが、『踊るしかばね』ってのは死者を地獄へと連れて行く魔物が起こす現象なんだろ?『墓まねき』は自分の墓から死者を招くだけなら、何も死者を
「……ん~、そう考えるのだとすれば『墓まねき』は『踊るしかばね』よりも格上って事になるな。地獄に送らず、『墓まねき』の所へ死体を持っていこうとしていたのだとすれば、な……」
ただの仮定の話だというのに、神妙な顔つきで考え込む修行者たち。
「…………」
そんな修行者たちを黙ったまま真顔で次郎八は見つめていた。
そこへ次郎八の隣に立っていた白蓮が、噂話をしていた修行者たちに声を上げる。
「こら、あなたたち。仕事の手が止まっていますよ!井戸端会議はそこまでにして、仕事に戻りなさい!」
白蓮のその言葉に、修行者たちは蜘蛛の子を散らすようにしてそれぞれの仕事へと戻っていった。
それを見てやれやれと肩を落とした白蓮は、未だ立ち尽くしている次郎八の背に声をかける。
「?どうかしましたか、次郎八さん?」
「……いえ、へへへっ。変わった噂が寺に蔓延していやすねぇ」
「ええ、困ったものです。先日の『踊るしかばね』が、聞いたことも無い『墓まねき』の仕業など、誰が信じられましょう……。ましてや『墓まねき』が『踊るしかばね』の魔物を操ってなど……」
「そう、でやすねぇ……」
「気にしない方がよろしいでしょう。『人の噂も七十五日』。在りもしない噂は、いずれ煙のように消えてなくなりますでしょう。さ、次郎八さんもそろそろ行って下さい」
「へ、へえ……」
そう言って次郎八は白蓮に軽く会釈をすると、その場をそそくさと離れて行った。
(……そうだ。あるわけねぇ。『墓まねき』なんぞ、ただの絵空事だ……!)
内心でそう自身に言い聞かせるようにして……。
最新話投稿です。
短めですがキリがいいので投稿させていただきました。
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