四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

7 / 150
第二幕突入です。


第二幕 金小僧
其ノ一


日に日に夏の日差しが強くなり、本格的な夏が到来した幻想郷――。

いつの間にかセミが鳴き始め、チリンチリンと風鈴を売り歩く人も見始めた人里で一人、上半身裸になり、汗だくで大八車を押す男がいた――。

 

「おい、にいちゃん!力入ってねえぞ!もっと腰を入れろ腰を!!」

「ぜぇ、ぜぇ……はあ、はあ……う、うるせぇ。に、肉体労働は……専門外なんだよ……!!」

 

大八車を引っ張る禿頭に鉢巻をした男の激昂に大八車を押す黒髪の男がそう反論した。

この男こそ、最近幻想郷へやってきた怪談好きの変人、四ツ谷文太郎その人であった――。

 

上白沢慧音の紹介で小さな長屋の一番端っこの家に住むことが出来た四ツ谷だったが、先立つものがないと生活できるわけがないため、こうして日雇いの仕事を貰ってはそれであくせく働くという日常を送っていた。

しかし、思ったほど自分に合う仕事がなく、それでいて条件なども厳しいものが多かったため、選り好みが出来る状況ではなかった四ツ谷は、仕方なく何とか出来そうな仕事を片っ端から請けるという方法を取っていた。

 

荷運びの仕事が終わり、水の入った竹筒を持ってへたり込む四ツ谷に、先ほど一緒に大八車を動かしていた鉢巻の男が近づいてきた。

 

「よう、にいちゃん。仕事ご苦労さんだ。これ今日の給金だ、確認してくれ」

 

そう言って鉢巻の男は四ツ谷に給料袋を渡した。

受け取った四ツ谷はその場で中身を確認する。するととたんに四ツ谷の眉間に皴が寄り、ため息も漏れた。

 

「……やっぱり日雇いの給金てこんなモンなのか?一日生活できる分はおろか、一食喰うのにも厳しいぞコレじゃ」

「まあ、そう文句言うな。金が貰えるだけ幸せだと思わなきゃあな。……と、言いたいところだが、にいちゃんの言うことにも一理ある」

 

鉢巻の男のその言葉に四ツ谷は思わず顔を上げる。そこには真剣な顔をした鉢巻の男の顔があった。

鉢巻の男は続けて口を開く。

 

「少し前までは日雇いの仕事でも数日分は生活できる給金が貰えてたんだぜ?」

「何?……ならなんで今はこんなことになってんだ?」

 

四ツ谷のその問いに鉢巻の男は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「……ある男のせいだ」

「ある男?」

「……そいつが人里の財政をひっ迫させていやがんだよ。そいつはな……ちっ、噂をすればだぜ。その疫病神のお出ましだ」

 

そう言って憎悪の眼を向ける鉢巻の男の視線を四ツ谷は追った。

そこには高そうな着物を着た初老の男が歩いていた。その後ろには屈強な身体を持った数人の男たちが護衛のようにつき従っている。

その集団、特に初老の男に向ける周りの人々の視線はどれも憎憎しげなもので、その一つとして好意的に受け取れそうな視線はなかった。

 

「金貸しの半兵衛(はんべえ)。金の力でこの人里を牛耳ろうとしているクソ野郎だ」

「金貸しの半兵衛?……あいつが今人里に金銭問題を起こしているのか?」

 

四ツ谷のその問いに鉢巻の男は半兵衛に向けていた目を四ツ谷に移す。

 

「にいちゃんは確か外からやってきたんだったな?なら知っておいたほうが良い。この人里は出来てからこの方、長と呼べる人物、つまり為政者と呼ばれるやつがいないんだ」

「何?……それでよく今までやってこれたな」

「実際、うまくやってたんだよ。なんとかな。……しかし最近になってその為政者になって人里の頂点に君臨しようってやつが現れた。それがあいつだ」

 

くいっと顎で半兵衛を指してみせる鉢巻の男。

 

「やつは本業の金貸しの仕事だけでなく、人里の物価流通にまで入り込んで、あくどい諸行をしているらしいぜ。おかげでやつの屋敷の蔵には目が飛び出るほどの大金がうなってるって噂だ」

「……そりゃまた、迷惑なやつだな」

「ああ。やつの毒牙でもう何人か追い込まれて自ら命を絶ったって聞く。寺子屋の慧音先生も何度かやつの所に直接交渉に行ったらしいが……馬の耳に念仏状態だとよ」

「あの教師の説教に耐えたって言うのか!?」

 

以前、慧音の説教を小傘共々三時間のフルコースで受けた四ツ谷にとってそれは信じがたい話だった――。

 

「ったく!……金を貯めてその金の力で里の頂点に立つだか何だか知らんが、その前にこの里の経済が破滅しちまうよ」

 

そうブツブツと文句を言った鉢巻の男は、四ツ谷に軽く手を振るとさっさとその場を去っていった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさい、師匠ー。晩御飯の用意できてるよー♪」

 

その日の夕方、クタクタになって長屋に帰ってきた四ツ谷を満面の笑みを湛えた多々良小傘が迎えた。

先日の『赤染傘』の一件で四ツ谷のことを『師匠』と呼んで慕い、毎日のように四ツ谷の長屋に足を運ぶようになっていたのである。

仕事で疲れきっていた四ツ谷は力なく小傘に問いかける。

 

「ただいま……。今日の晩飯何?」

「今日の献立は、白米にメザシ一匹だけだよ」

「……うぅ、いつまで続くんだこんな生活」

「はいはい、嘆かない。ご飯が食べられるだけでも幸せだと思わなきゃ」

 

そう言って小傘は自分のお椀を手に取ると、「いただきまーす」とその中の白米を口に放り込み始めた。

 

ちなみに小傘は自分の分の食料は自宅から長屋に持ってきて、四ツ谷の分と共に調理している。

一度四ツ谷は小傘に「食料に余裕があるなら少し分けてくれ」と頼んだことがあったが、小傘はブンブンと首を横に振って「ウチもそんなに余裕無いんで無理です!」と断られていた。

それならば、時間が空いたときでいいから自分の給金稼ぎの手伝いをしてほしいと頼んだのだが、「それも無理」と一蹴されてしまう。

だがそれも仕方のないことだろう。小傘は先の『赤染傘』の件で人里ではちょっとした有名人になってしまっていた(主にホラー的な面で)。

以前は小傘のことを馬鹿にしていた人間も、今じゃ彼女を怖がってあまり近づこうとしなくなったのだ。

恐怖の対象となった小傘に仕事をくれる人間なんて、よっぽどの物好きぐらいな者だろう。おまけに今じゃ大妖怪クラスの強さを持つようになったのだから尚更だ。

また、大妖怪クラスの存在になったからと言って小傘自体の見た目は何も変わってはいない。強いて言うなら彼女がいつも持っている目玉と舌の付いた紫の大きな傘が『赤染傘』の影響からか紫から赤に変色していたくらいだろう。

 

小傘に頼ることが出来ない以上、後は畑でも作って自給自足の生活という手もあるのだが、肉体労働が苦手な四ツ谷が長続きするかははなはだ疑問である。

 

(どうするかなぁ……)

 

量の少ない晩御飯をもそもそと食べながら、四ツ谷はこれからの生活設計に一人思い悩むのだった――。




自分は日常的な部分を文章に起こすのは苦手かもしれません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。