四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
射命丸は数年前の盗難事件を打ち明け、同時に命蓮寺組と対立的な立場を取る。


其ノ六

数年前の天狗の里での事件と今回起こった命蓮寺での『踊るしかばね』事件の二つは、いずれも同一犯の仕業――。

四ツ谷のその回答に周りにいる全員が押し黙った。

しかし、だからと言って命蓮寺、天狗の双方の疑いが晴れることはなく。

これ以上の議論は無意味と判断したマミゾウの提案で、今夜は一端お開きとなった。

お互い確固たる証拠が無いため、双方とも渋々ながら了承し、射命丸は部下たちを連れて早々に山に帰っていく。

命蓮寺組も葬式の後片付けをするために方々に動き回り始め、もうここにいても仕方ないとばかりに四ツ谷と小傘もさっさと人里の長屋へと戻っていった――。

 

「――そのはずだったと思ったが……一体全体どう言うことだこりゃ?」

「まぁまぁそんな嫌そうな眼を向けないで下さいよ。人外にとって夜中こそ活動時間帯。朝までまだまだ長いのですからもう少し付き合ってください♪」

「ほれ♪酒と肴はたくさん用意しておる。語らいの良きつまみとなるじゃろう!」

 

ジト目で見つめる四ツ谷の前には、見るからにウキウキ気分で騒ぐ、つい先程別ればかりのはずの鴉天狗の少女と化け狸の女、そして正体不明の少女の三人が座っていた。

少し離れた所で、金小僧と折り畳み入道の二体が事の成り行きを見守っている。

人里の出入り口で小傘と別れた四ツ谷は、折り畳み入道と共に長屋まで帰ってきたのだが、彼が長屋に入ってほんの十分間の間に、射命丸、マミゾウ、ぬえの順に彼の長屋へとやって来たのであった。

 

「今日はもうお開きじゃなかったのか?」

「命蓮寺の方では、のぅ。大衆の中じゃ中々話せない事もあろう。酒でも飲んで堅い口を緩くして、お互い腹を割って話そうじゃないか」

「なら他所(よそ)でやってくれ。何で俺の家でそれをやる?」

 

畳の上に酒と肴となる食材を並べながら響くマミゾウにそうツッコミを入れる四ツ谷であったが、それに答えたのはマミゾウではなく射命丸であった。

 

「それはもちろん、あなたたちが我ら天狗にも命蓮寺にも属していない完全な部外者の方たちだからですよ。どちらか一方に肩入れなどしない。そういう立場だからこそ信用できるという事もあるんですよ」

「……で、本音は?」

「『あなたたちのせいで厄介な状況になったから責任もって解決に協力しやがれ』……ですかね?」

「裏表激しいなオイ!?」

 

冷めた目で笑みを浮かべる射命丸に四ツ谷はツッコミを入れると大きく息を吐くと、マミゾウとぬえへと視線を戻す。

 

「……で?あんたらは何でここに来た?」

「なぁに、お主見たところ洞察力が鋭そうじゃったからのぅ。ついさっき一輪たちから仕入れた情報を提供すれば何かしらの新しい発見が出て来るんじゃないかとやってきたんじゃが……その道中でそこな鴉天狗がここへ向かってるのを見てこりゃちょうど良いとばかりに後を付ける形でやってきたのじゃよ。……こういうのは天狗側とも情報共有しておいても損はないじゃろ?」

「……まぁ、その情報が重要かどうかにもよりますがね」

 

マミゾウの言葉に射命丸がさり気なくつけ足しをし、それを見た四ツ谷が再びため息をつくとマミゾウに声をかけた。

 

「……それで何だ?その情報っていうのは?」

「うむ。先程起こった『踊るしかばね』での一輪たちに起こった事なんじゃが、いろいろと気になる部分が出てきてのぅ……」

 

そう言ってマミゾウは一輪たちから聞いた出来事をそっくりそのまま四ツ谷と射命丸に告げる。

それを聞いた四ツ谷は顎に手を当てて思案顔になった。

 

「……祭囃子以外何の音もしなかった……脇を通り抜けた複数の気配……祭囃子が止むと同時に響いた『カチッ』っという乾いた音……」

 

ブツブツと独り言を響き続ける四ツ谷をマミゾウたちが黙って見つめる。

そして数分後、顎から手を離した四ツ谷はマミゾウの持ってきた酒の一つをお猪口に注ぎ、それを一口飲んで口内を潤すと――。

 

()()()()()……」

 

そう声を部屋の中に響かせていた。

 

「やっぱり?」

 

怪訝な声でぬえがそう声をかけ、四ツ谷はそれに小さく頷き、口を開いた。

 

「ああ。少なくとも、『踊るしかばね』の()()()()()の方は目星がついた」

「ほぅ……」

 

四ツ谷の言葉にマミゾウは興味深げに呟く。

それを合図にしてか、四ツ谷は静かに説明し始める。

 

「いいか?始まりである数年前の天狗の里の事件。ありゃあ火事を囮にしての犯行だったんだよな?」

 

確認するかのように四ツ谷にそう問いかけられ、射命丸は小さく頷いた。

それを見た四ツ谷は続けて口を開く。

 

「……今回の『踊るしかばね』だってそうだ。周りの注意をそれに向けさせてそれとは別の『何か』を行おうという気配があった……。だが、天狗の里の事件と今回とじゃ大きく違う点が一つある」

 

そう言って四ツ谷は両手の人差し指を立ててマミゾウたちの前に突き出して見せた。

 

「……それは今回の一件は『踊るしかばね』という囮を起こす実行犯と、その隙に別の『何か』を行う主犯がいないと成立しないという点だ」

「……下手人は二人いるという事ですか?」

「いいや。二人『以上』だ……。それも二ッ岩の話で確信した」

 

射命丸の問いに、すかさず四ツ谷は否定し、続けて言う。

 

「実行犯()()は幻想郷縁起にものっている奴らだからおのずと絞り込める。『カチッ』という乾いた音の証言を抜きにして、『祭囃子以外の音が聞こえなかった事』、『脇を通った複数の気配』、そして『姿が見えなかった事』は……()()()()()()()()()を思い出せば察しはつくんじゃないか?」

「起こったときの状況……?」

 

ぬえが首をかしげそう響くも四ツ谷は「回答だ」とばかりにそれを口にする。

 

「最初に起こった『踊るしかばね』。あの晩は雲一つない月の明るい夜だった。そして今回は命蓮寺のあちこちで篝火がたかれ、寺全体を明るく照らしていた……」

 

四ツ谷がそこまで言った途端、マミゾウたち三人は何かに思い当たったのか同時にハッとなる。

それを見た四ツ谷はニヤリと笑った。

 

「それらのキーワードに()()()()合致する()()がいるだろ?()()()()が『踊るしかばね』の実行犯さ♪」

()()()がか?……じゃが、何故奴らがそんな事を……?」

 

マミゾウのその問いかけに四ツ谷は「さァな」と両手を頭の後ろで組んで天井を仰ぎ見る。

 

「案外、そんな深い理由は無いんじゃないか?大方、主犯格の奴に菓子とかで釣られるか唆されるかなんかして起こしたんだろうな……。元々そういう奴らだろ?()()()()()

 

四ツ谷のその言葉にその場にいる全員が押し黙った。

しばしの静寂後、今度は射命丸が口を開く。

 

「……実行犯はそうだったとして……。主犯の方もあなたは誰なのか目星はついてるのですか?」

「いんや。残念ながらそっちの方は全く分からん。いや、ホントだ。何せそっちの方は情報が全然足りんからな」

「それじゃ――」

「――だが」

 

俯いて気を落としかける射命丸に四ツ谷はすぐさま手を上げてそれを制す。

それに気付いた射命丸は再び四ツ谷に眼を向けたとき――。

 

「……主犯の検討はつかないが……そいつを炙り出す事は、できるかもしれんぞ?」

 

――そう、いつもの不気味な笑みを浮かべてそう声を響かせる四ツ谷の顔が視界に飛び込んできていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、別の場所の闇の中で一つの影が静かに蠢いていた。

 

「もうすぐだ……もうすぐで……へ、へへへっ……」

 

長年待ちわびていた『来るべき時』が近い事を確信し、それは静かに笑い出す――。




また、一月かかってしまった……。
しかも今回は短めです。……本当にすみませんでしたorz

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