四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
四ツ谷は椿とその婚約者が開こうとしている仏前結婚式のため、彼女たちと共に命蓮時に向かうこととなった。


其ノ三

「まあ、祝言を挙げるのですか?それはおめでとうございます!」

 

椿からこの命蓮寺で祝言を挙げさせてほしいという要望を受け、白蓮は両手を合わせて自分の事のように大いに喜んだ。

時刻は昼の中頃。予定通り早速四ツ谷たちは命蓮寺を訪れ、境内にいた白蓮を呼び止め祝言の話をしたのである。

椿の傍らには小傘、薊、そして修平と小町の四人がおり、反対に白蓮の傍には星と寺には住んでいないが彼女の部下であるナズーリンもその場に立ち会っていた。

ほがらかに笑う白蓮に椿は口を開く。

 

「はいそうです。それで祝言の日取りと支払う費用の事、そして祝言会場の準備の事でご相談させていただきたく参りました。今お時間よろしかったでしょうか?」

「はいもちろんですとも!先程ちょうど少し時間が空きました所ですので、話の続きは寺の中で行う事にいたしましょう!ささ、中へどうぞ♪」

 

そう言って白蓮は椿たちを寺の中へと案内する。

その最後尾についていた小傘は、ふと脚を止めキョロキョロと辺りを見回す。

 

「……あれ?師匠、どこに行ったんですか~?」

 

そう呟きながら周囲をうかがうと、少し離れた所で小傘と同じようにあたりをキョロキョロと見ている四ツ谷の姿を見つけた。

四ツ谷はいつものように不気味な笑みを顔に貼り付け、ブツブツと独り言を呟く。

 

「ヒッヒッヒ!この寺予想以上に広いな。しかもこの寺のたたずまいと雰囲気……ヒヒッ、『怪談大会』を開くには絶好の舞台じゃないか……!いつかこの寺でたくさんの『聞き手』共を相手に思いっきり語ってみたいモンだなぁ~!」

「師匠~!何やってるんですか?皆中に入っちゃいましたから、わちきたちも行きましょうよぉ~!」

 

小傘にそう呼びかけられた四ツ谷はハッとなり慌てて小傘たちの後を追った――。

 

そんな二人の姿を少し離れた所で見ていた者たちがいた。マミゾウとぬえである。

ぬえがマミゾウに声をかける。

 

「ねぇ、あれって前の宴会で会った新参者じゃない?確か四ツ谷っていったっけ?」

「らしいのぅ。見たところ、聖に用があるようじゃッたが……」

「にしても小傘の奴、見ているだけではっきりと分かるほど強くなってるね。私らとタメを張れるんじゃない?一度、一戦交えてみよっか?」

 

ぬえのその提案にマミゾウは肩をすくめる。

 

「機会があればの。小傘の事もそうじゃが、ワシはあの四ツ谷文太郎という奴にも興味があるんじゃよ。聞いた話では、あ奴の力で小傘があそこまで強くなったと聞くしのぅ」

「えー?ただ口達者なだけのそこらの人間とあんまり変わりのない怪異にちょっかいかけたって面白くもなんともないよ?」

「お主はホント好戦的じゃのぅ。そういう所は鬼とよぅ似ているわい」

 

呆れ半分にそう言ってため息をついたマミゾウは、四ツ谷と小傘が入っていった庫裏(くり)方へと目を向けながら独り言のように呟く。

 

「ただ口達者なだけならあの賢者や博麗の巫女が目を着けるわけがあるまいよ。それに小傘に『師匠』と呼ばれ、よぅ慕われておる……一度聞いてみたいものじゃな、噂に聞く『最恐の怪談』とやらを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

和室に通された四ツ谷たちは軽く自己紹介を済ませた後、椿と修平のための祝言の打ち合わせを白蓮と話し始めた。

祝言の日取りと段取り、そして命蓮寺側と椿たちの側でそれぞれ用意するものの打ち合わせなど、とんとん拍子に話が進んだ。

というのも実は白蓮自身、仏前結婚式を行うのが始めてだったらしく、今までしんみりとしたお葬式しかしてこなかったため、初めての祝言依頼に内心ウキウキ気分だったのである。

 

「一生に一度の祝い事ですからね。記憶に残る祝言を開けるようにしたいですね~♪」

 

脳裏に祝言の様子を思い浮かべたのか頬に手を添えてうっとりとする白蓮。しかし反対に椿は苦笑を浮かべていた。

無理もない、修平はともかく椿にとって祝言は初めてではないのだから――。

どう返答したものかと椿が内心悩んでいると、用意されたお茶に口をつけながら、ふと四ツ谷が白蓮に向けて口を開いた。

 

「そう言えば、この部屋に通される前にこの寺の修行者らしい妖怪や人間らが忙しなく何かの作業をしていたのを見ましたが、今日はこの寺で何かあるのですか?」

「ええ、まあ……。ちょっと昨日のお葬式の()()()()()……」

 

うっとりとしたまま呟いた白蓮のその言葉に、その場の空気がピクリと反応する。

 

「葬式のやり直し?」

「あ……!」

 

オウム返しにそう響く四ツ谷に、白蓮はしまった、とばかりに口を手で押さえるももう遅い。

白蓮の背後に座っていた星とナズーリンは呆れた顔を白蓮に向け、椿たちは目を見開いて白蓮を凝視していた。

己の失言に固まる白蓮に四ツ谷は再び問いかける。

 

「葬式のやり直しなんてただ事じゃないですね。普通はそんな事はしないでしょう?()()()()()()()()()()()()()()()()……」

「…………」

 

白蓮は数秒間沈黙を決め込んでいたが、椿たちの視線に押されたのか観念したように口を開いた。

 

「ええ、実は昨晩ある老婆のお葬式があったのですが、そこでちょっとした騒ぎが起こりまして……」

 

そう言ってポツリポツリと白蓮は四ツ谷たちに昨晩の出来事を簡潔に話し始めた。

話を聞いて椿たちの顔が驚きに満ちるも、唯一四ツ谷だけが目を輝かせて満面の笑みを浮かばせた。

 

「ほォほォ!老婆の死体が突然起き上がって、踊りだすとは……!!まさに『踊るしかばね』!色々と常識外な事に関しては事欠きませんなぁ、この幻想郷(世界)は……!!」

「……いいえ。いつもはこのような事、起きることは全くありません。ですが、今回に関しては何故かこんな事に……。そのおかげで何人もの参加者たちが怖がって、継続する状況ではなくなってしまい、それで今晩再びお葬式を開く事となったのです」

 

死者の冒涜(ぼうとく)ともいえる事件が起こったというのに、嬉々として食い入る四ツ谷に内心、不快感を感じながらもそれを顔には出さず、白蓮は淡々と説明を終わらせた。

その瞬間、小傘が手を挙げて白蓮に問いかける。

 

「その……何が原因か分かったのですか?」

「それが全く……。誰かしらの陰謀なども考えたのですが、あの時棺桶に近づいたものは誰もいませんでしたし、それに誰が何の目的で、なども全く皆目が付かないのです……」

 

俯きがちにそう答えた白蓮に今度は壁に寄り添って座り、話を聞いていた小町が口を開く。

 

「さっき四ツ谷が言った『踊るしかばね』は、生前日ごろの行いが悪かった女の死体に魔物が取り憑いて、踊りながら地獄へといざなうって話だが、その婆さんも生前何か悪い事をしてたのかい?」

「いいえ!人当たりも良く、優しいお婆さんだったと聞いております!とても地獄へ落ちるような事をしていたとは考えられないと、縁者の方々も申しております!」

 

身を乗り出して全面否定する白蓮の迫力にたじたじになりながらも小町は両手で白蓮を制す。

 

「わ、わかったよ。……だけど今夜も同じ婆さんの葬式を行うんだろ?()()()()()()()()()()()()()()()って保証はどこにもない。せいぜい気をつけなよ?」

「……分かっております。あのような死者の冒涜、二度も起こさせたりはいたしません……!」

 

決意を固めるが如く、両手の拳をぎゅっと握った白蓮の声が、部屋の中に小さくそう響いた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仏前結婚式の日取りや段取りが一通り終り、椿が四ツ谷と交えて相談しなければならなかった費用の方もあっさりと片付いた(貧困者でも支払える事ができる良識的な値段であった)。

打ち合わせを終え、境内に戻ってきた一行は白蓮たちに別れの挨拶をして寺を去ろうとする。

しかしそこへ白蓮が待ったをかけた。

 

「あ、お待ちください。もうすぐ日も暮れますので、途中まで誰か寺の者を付き添わせて送らせていただきますね」

 

そう言ってあたりをキョロキョロと見回す白蓮の目に、お葬式の準備を行っている一人の妖怪が入り、その者に声をかけた。

 

「あ、次郎八(じろはち)さん。次郎八さん!こちらに来てもらってもよろしいですか?」

「あ、はい。住職様、ただいま!」

 

そう言いながらやってきたのは大きなネズミの妖怪であった。身長は白蓮の頭一つ上はあろうその妖怪は猫背で揉み手をしながら白蓮の横に立つ。

そうしてやってきたそのネズミの妖怪に白蓮は声をかける。

 

「次郎八さん、この方たちを人里の出入り口まで送って差し上げて」

「へへっ、分かりました住職様」

 

そう言って一礼をするネズミの妖怪を今度は白蓮は四ツ谷たちに向けて説明する。

 

「皆さん。こちら旧鼠(きゅうそ)の次郎八さんです。私どもが寺を立てた始めごろにやってきた修行者の方で、長年ここで住み込んで修行をしてる方なのです。決して皆様に危害を加える者ではありませんので安心して下さい。では次郎八さん、お願いいたしますね」

「ハッ、お任せくだせぇ住職様。それでは皆様、参りましょうか」

 

そう言って先導するように次郎八と名乗る鼠の妖怪は、笑いながら人里へと向けて歩き始め、椿たちもそれに習い付いて行く。

そうして最後尾にくっつく形で四ツ谷も歩き始め――その歩みをすぐに止めた。

何気なく目に映った葬式の準備を進める人間や妖怪たち。その中の何人かに違和感を覚えた四ツ谷は、寺の中へ戻ろうとする白蓮を慌てて呼び止める。

 

「ちょっと待って下さい。住職殿」

「はい?何でしょうか?」

 

まさか四ツ谷に呼び止められるとは思っていなかったのか、一瞬意外な表情を見せる白蓮であったが、すぐに四ツ谷に対応した。

四ツ谷は境内のある一点を見ながら白蓮に問いかける。

 

「……あの者たちも、この寺の修行者なのですか?」

「え?……ああ、彼らの事ですか?」

 

そう言って白蓮も四ツ谷と同じ方向へ目を向ける。

そこには今宵の葬式のために焚く、かがり火の用意をする()()()()()()()()姿()()()()()()()()()

三人のうち、二人は鴉天狗でそれぞれ男性と女性。そしてもう一人は女性の白狼(はくろう)天狗であった。

皆、妖怪の山で着る様な山伏風の服ではなく、普段着だと思われる着物を纏って作業をしていた。

その光景を見ながら、白蓮は四ツ谷の問いに頷いて答える。

 

「ええそうですよ。彼らも長年ここで修行者としてこの寺にいる者たちです。ですが彼らは住み込みではなく、妖怪の山から毎日この寺の通って来ているのですけどね……」

「へぇ……意外ですね。妖怪の山に住む妖怪たちは、そのほとんどが閉鎖的な思考の持ち主ばかりで、外から来る者たちに対して風当たりが強く、来ても追い返してばかりだと聞きます。そんな所に住む天狗が数人とは言え、ここに通い詰めているとは……」

 

少々棘のある言い方ではあるが、四ツ谷の言ってることは大方間違いではなかった。

幻想郷の一角にある『妖怪の山』はその名の通り、多くの妖怪たちが住む山である。しかもその大部分は鴉天狗や白狼天狗などの天狗たちが支配しているという話であった。

数年前にその山に守矢神社の二柱と一人の巫女が住み着いても、その現状はほとんど変わらず続いている。

そんな天狗の社会は縄張り意識が強いのか、それとも引きこもり性癖でもあるのか、そのほとんどの者が自分たちの住む里の中はおろか、山そのものから外に出ようという考えの者がほとんどいなかった。

むしろ射命丸のような山から出て、各地をあちこち飛び回る者たちの方が珍しかったのである。

そんな閉鎖的な思考が、妖怪の山に住む他の妖怪たちにも飛び火でもしたのか共感してしまい、いつしか山全体が閉鎖的なものへと変わり、今に至っていたのであった。

その事を稗田の『幻想郷縁起』を読んで知っていた四ツ谷は、三人だけとは言えその閉鎖思考の持つ天狗が命蓮寺に修行者として来ている事に内心驚きを感じていたのである。

しかし、問われた白蓮自身はそれ程疑問に思ってはいない様子であった。

 

「そうでしょうか?あの鴉天狗の新聞記者さんのように、数人とは言え仏教に興味を持ってくれる天狗(かた)たちがいても不思議ではないと思うのですが?」

「…………」

 

首を傾げてそう響く白蓮に四ツ谷は沈黙を持って返し、思案顔になってその場に立ち尽くす。

そんな四ツ谷の姿をみて頭に『?』マークを浮かべる白蓮であったが、すぐにある事に気付き、四ツ谷にあわてて声をかける。

 

「それよりも、四ツ谷さん、でしたっけ?もう皆さん行ってしまわれますよ?行かなくていいのですか?」

「え、あ、やばっ!!」

 

白蓮の声に四ツ谷は慌てて門の外の方へと眼を向ける。見ると椿たちはもう遠くまで歩いて行っており、その姿も米粒大にまで小さくなっていた。

それを見た四ツ谷は慌てて白蓮に軽く礼を言い、大急ぎで椿たちの後を追ったのであった――。

 

 

 

 

 

 

 

そんな命蓮寺での光景を上空から見下ろしていた者がいた――。

短い黒のスカートを風にたなびかせ、黒い翼を背中に生やして宙に浮き、たった今まで四ツ谷と白蓮の会話の中にあった件の新聞記者の少女は、眼下に映る妙蓮寺を真剣な目で見つめる。

 

「これは……()()()()()、と見ていいのでしょうかねぇ……?」

 

いつもの飄々とした笑顔の外面(そとづら)を顔から剥がした射命丸は、見た目とは裏腹に長年生きてきた者が見せる年季の入った眼光をその目に灯し、誰にも聞こえないような小さな声でそう響いたのであった――。




一月近くも遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。
最新話、難産の兆しもありましたが、何とか投稿する事ができました。
それと、今更ではありますが、お気に入りが1000件突破しました。見てくださってもらっている読者の皆々様には頭の下がる思いです。本当にありがとうございます。

後一つお知らせが。
この章の『其ノ一』の前書きと後書きを大きく編集させていただきます。
お時間があればそちらの方も見てもらえればと思っております。

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