四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

64 / 150
前回のあらすじ。
命蓮寺で葬式の最中だった老婆の遺体が、突如として起き上がり、踊りだすという事件が起こる――。


其ノ二

「仏前結婚式?」

「はい、そうです」

 

出されたお茶に手をつけながら、四ツ谷は正面に座る女性に声を上げ、そしてその女性――薊の母親である椿はそれに頷いて答えた。

場所は薊の自宅である義兵の借家。そこには四ツ谷と椿だけでなく小傘と薊と瑞穂、そして椿の義姉である小野塚小町と椿の婚約者(名を修平(しゅうへい)という)がその場に居合わせていた――。

四ツ谷は顎に手を置いて再度椿に問いかける。

 

「仏前結婚式ってあれですよね?お寺で行う結婚式……。何故そうしようと?」

「はい。新しい家ももうすぐできますし、私たちもそろそろ祝言を挙げるべきだと考えました。ですが今手元にある私どもの金子(きんす)では、やはり必要最低限の物しか買い込む事しかできず、挙式そのものを行うにはどうしても費用不足で……」

「ん~?ここにいる身内だけで小さく祝言を挙げるつもりはないので?」

 

椿の説明に四ツ谷は首をかしげてそう言い、それに椿は苦笑して答える。

 

「私も最初その方が言いと思ったのですが、姉さんが……」

 

そう言ってチラリと椿は横に座る小町に眼を向ける。つられて四ツ谷も小町を見た瞬間、小町は声を上げた。

 

「だってそうだろう?私の可愛い可愛い妹の椿の晴れ舞台だ。たくさんの人たちに見てもらいたいってのは姉として当然じゃないか!」

「ちょ、ちょっと姉さん!?」

 

そう言いながら小町は椿を抱きしめスリスリと頬ずりをし始める。

見た目、椿の方が年上に見えるため、この絵面はとてもシュールだ。

戸惑う椿に気にせず、椿は続けざまに言葉を吐く。

 

「椿が着込む白無垢(しろむく)はやっぱり超高級なのがいいよねぇ~♪白粉(おしろい)に紅をさしてこれでもかって程着飾ってやるんだ!そしてそれを四方八方から香霖堂で借りてきたカメラを使って写真に収めるんだよ~!やっぱり同じ角度で撮ったモノは最低三枚はほしいね!観賞用と保存用と持ち歩き用は必須ってね!式場も広々としたものを用意して料理も三々九度の杯も高級なものに――」

「――ね、姉さん!そこまでできる費用なんてないって言ってるでしょ!?」

「だから費用なんて全部私が立て替えてやるって!椿の挙式を華やかなものにするためなら、私は借金まみれになって娼婦に身をやつしても構わない!」

「止めて!本気で止めて!!?」

 

ギャーギャーと二人だけで言い合う小町と椿を、小傘と薊、修平の三人は苦笑混じりに眺め、瑞穂は話の内容を理解していないのかキョトンとした眼を向けており、四ツ谷にいたっては心底どうでもよさそうに冷めた目で二人を見ながらお茶を飲んでいた。

 

小町の奴(こいつ)、椿さんと和解してからとんでもなくデレッデレになりやがったな。婚約者である修平(この男)以上にくっついてるのを見かけるの日常茶飯事だぞ!?いい加減にしてくれないと口から砂糖を吐きそうだ……!)

 

四ツ谷がそんな事を思っている間に、目の前の光景が椿が小町を叱り付ける場面へと切り替わっていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正座してシュンとなる小町の横で、わざとらしくコホンと咳払いした椿が再び四ツ谷に向かって口を開く。

 

「話が脱線してしまって申し訳ありません。ですが姉さんの言うとおり、祝言というものは他の人たちにも盛大に祝ってもらうべきだという事に一理あると思い、身内や親戚だけでなく、友人たちなども集めて大きく行おうかと私も修平さんもそう考え直したのです。ですが――」

「やっぱり、費用の問題が?」

 

四ツ谷がそう言い、椿は小さく頷く。その途端再び小町が口を挟む。

 

「だろ!?だから私が立て替えて祝言を盛大なものに――」

「ね・え・さ・ん?」

「ハイ……」

 

こめかみに青筋を立てて鬼気迫る笑顔で椿に見つめられ、小町は再びシュンとなる。

それを呆れた目で見ていた四ツ谷は、椿に向かって口を開く。

 

「それで費用の用立てを誰かに頼もうにも姉はこんな調子で頼めないから、自分にそのお鉢が回ってきたと……」

「本当に申し訳ありません。四ツ谷さんには新築の件でも用立ててもらってるのに……」

「いや、その判断は正しいと思いますよ?少なくとも、祝言一つのために自分の身を滅ぼしかねない行動を取るそこのお姉さんよりかは」

「ぐっ……!!」

 

四ツ谷のその指摘に、小町が小さくうめき、椿は小さく苦笑して見せた。

それを見た四ツ谷は手に持った湯飲みの茶を一口飲むと、椿に返答する。

 

「いいですよ。返済は新築の費用同様、無期限無担保でオッケーなんで。それで、いかほど用立てればいいので?」

「それ程多くは必要ないのです。ざっとこれだけお借りいただければ……」

 

四ツ谷の問いに、椿は両手の指を使って金額を表す。

予想外に()()()表された金額に、四ツ谷は目を丸くする。

 

「え?いいんですかこの程度の金額で?」

「先程も申し上げたとおり、四ツ谷さんには新築の件でもうお世話になっているのに、これ以上欲は出せませんよ。それにこれと今手元にある金子と合わせれば、これから頼みに行く命連寺の住職様には何とか聞き入れてもらえるかと……」

 

椿の言葉の中に『命蓮寺』の単語が出てきた瞬間、そばで聞いていた小傘が反応する。

 

「命蓮寺って事は、やっぱり仏前結婚式ってそこでやるつもりなのですか?」

「ええ。あそこは『妖怪寺』と呼ばれているみたいですが、あそこは人と妖怪が共存できるよう活動している寺らしく、そこで修行している妖怪たちも比較的大人しい者たちばかりだとお聞きしましたので、私たちも安心して頼みにいけるんじゃないかと……」

 

小傘の問いに椿がそう答える。

そこへ四ツ谷がポツリと呟く。

 

「まぁ、この人里で仏前結婚式ができる寺といったらあそこしかないですけどね」

「四ツ谷さんはあそこの住職さんと会った事があるので?」

「いやそれが全然」

 

椿のその問いに四ツ谷はすぐさまかぶりを振った。

以前あった宴会で確かに命蓮寺組の者たちとは何人か顔合わせをした事があった。

しかし、自らに禁酒を課している白蓮本人はその宴会に出席はしておらず、代わりにその白蓮に黙って酒の席に出席している修行者である少女たちに対して、四ツ谷はその住職は本当に目の前の彼女たちに慕われているのかはなはだ疑問視せずにはいられなかった事を今も頭の隅に覚えていたのである。

そんな四ツ谷に椿は手を叩いて一つの提案をする。

 

「でしたら四ツ谷さん。今日のお昼に一緒に命蓮寺へ脚を運びませんか?住職様に仏前結婚式の依頼だけでなく、費用の打ち合わせも四ツ谷さんと一緒にしなければならなくなるかもしれませんので」

 

椿のその言葉に、四ツ谷は少し考える素振りを見せるものすぐに返答する。

 

「今日は別に予定は何も入っていませんし、いいですよ。ただ自分はそう言った打ち合わせには不慣れなモンですから、所々補助してもらえれば助かります」

「分かりました」

 

四ツ谷の言葉に椿は満足そうにそう頷いていた。




今回は短めですが、きりが良いと思い投稿させていただきます。

感想、意見などいつでも受け付けています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。