四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
四ツ谷は肉塊にも怪談を語り、その直後に霊夢と魔理沙が肉塊を退治して事態は収束を向かえた。


其ノ三・結 (終)

『とおりゃんせ』の一件が幕を閉じ、数日たった博麗神社での出来事である――。

特に今現在やる事のない霊夢は、いつものように縁側に座り、入れたてのお茶とお茶菓子をそばに置いて、ぼんやりと日向ぼっこを楽しんでいた。

そこへどこからか別の女性の声が霊夢に声をかける。

 

「――まったく。最近(たる)んでるんじゃないのかしら、霊夢?」

 

霊夢がした方へ眼を向けると、そこにはいつの間にか紫が立っていた。

紫はドレスの裾を翻し、霊夢に歩み寄ると、断りもいれずに霊夢の横――お茶とお茶菓子が置かれているほうとは反対の場所へ静かに腰を下ろした。

霊夢はそんな紫を目だけ動かして見つめた後、その視線を正面の庭先へと戻し、紫に向かって声をかけた。

 

「しばらくぶりじゃない。一体何のよう?」

「別に何も?霊夢の様子を見に来ただけよ。深い意味はないわ」

「そう。って言うか、アンタも今までどこにいたのよ。こっちはちょっと大変だったんだから」

「『とおりゃんせ』、かしら……?」

 

紫のその返答に霊夢が紫を見る。

 

「あら、知ってたの?あの怪談馬鹿(四ツ谷)の新しい怪談」

「まぁね。この幻想郷で私の知らない事はほとんどないわよ」

 

胸を張ってそう言う紫に霊夢は呆れた眼を向ける。

 

「知ってたなら何で動かなかったのよ。また新しい妖怪が生まれるかもしれなかったのよ?結果は、()()()()()()()けど……」

「あら、ならいいじゃない」

「よくないわよ。あんたもあの怪談馬鹿、監視しているはずでしょ?何見逃してんのよ」

「……これでも私は多忙なのよ。毎日のように幻想郷の一住人だけを監視してばかりとはいられないの」

 

当然とばかりにそう言う紫であったが、隣にいた霊夢が『多忙』という単語に、わずかにピクリと反応した事に気付く事はなかった。

数秒の沈黙後、霊夢が口を開く。

 

「……藍と橙はどうなのよ?」

「藍は結界の維持と管理、それに幻想郷の見回りとかもしなければならないから無理よ。橙もそのサポートで手が空かないしね。ね?まさに『猫の手も借りたい状態』でしょ?」

 

紫のその言葉に、霊夢は大きくため息をついた。

 

「……それで、鈴奈庵の妖魔本の件同様、あの馬鹿のことも私に丸投げにしようって魂胆なのね」

「別にいいでしょう?異変の時にしか動かず、真昼間からこんな所でぼんやりしているあなたにはいい薬よ」

 

霊夢と紫の視線が交差しピリッとした空気がその場に一瞬だけ生まれる。

だがすぐに再び大きく息を吐いた霊夢は視線を紫から外した。

 

「……まったく。何であの怪談馬鹿を幻想郷の一住人に迎え入れたのよ」

「あら、嫌だった?彼の能力は結構、重要よ?あれのおかげで私たちの肩の荷もだいぶ軽くなったしね」

「まあ、理屈的には私も分かってるのよ?あの馬鹿の存在はこの幻想郷の均衡を取るのに必要だってことぐらい……でもね――」

 

 

 

 

 

「――あいつが怪談を語る時……本気で油断なんてできないわよ。事『最恐の怪談』を語る時にはね……」

 

 

 

 

「……何かあったの?『とおりゃんせ』の時に」

 

顔はぼんやりとしているが目だけは真剣な霊夢を見て、紫もやや顔をしかめてそう問いかけた。

それに霊夢は小さく頷いて話し始める。

 

「私と魔理沙が()()()に着いた時、あの奥さんは四ツ谷の怪談で更生された直後だったわ。その後あの肉塊の異形が動き出した時、私は問答無用ですぐに退治するつもりだった。たぶん魔理沙も。でもその()()()()()()()()()。あの馬鹿の怪談に」

「止められた?どう言うこと?」

「言葉通りよ。あいつが突然割り込んできて怪談を語り始めた時、まるで金縛りにあったかのようにその場に動けなくなったのよ。『余計な事をせずに黙って聞け』と言わんばかりにね。そしてあいつの怪談の中に私と魔理沙が登場した時、さっきとは打って変わって何かに突き動かされるように体が勝手に動き始め、気付いた時にはあの異形を退治していたのよ」

「まさか、あなたが操られたって言うの?」

「あいつが怪談を語っている時はそんな事、思ってもいなかったけど、怪談が語り終わった後、何かおかしいと思える箇所がいくつか出てきたわ。別にあいつの怪談に乗っかるつもりなんてなかったのに、私も魔理沙も()()と待機していたし、異形を退治する時もまるで示しを合わせたかのように()()とタイミングよく飛び出して行ってたし……」

「…………」

 

霊夢のその言葉を聴いて思案顔になる紫。そんな彼女に構わず霊夢は続けて言った。

 

「今にして思えば、『折り畳み入道』の一件から妙だったわね。魔理沙はともかく、人からして見れば規格外の部類に入るはずの(あんた)や妹紅、射命丸なんかがそろってあの怪談馬鹿の語りに翻弄された。もちろん私も、ね……」

「…………」

「ねぇ、本当にあいつ何者なの?元人間の怪異ってだけじゃ説明できないと思うんだけど……?」

 

霊夢のその問いかけに紫はすぐには答えずそのまま沈黙していた。しかしやがて小さく息を吐くと、霊夢に静かにに話し始める。

 

「……彼は元人間の怪異。それは本当よ。天寿を全うした後、彼の魂は人々に忘れ去られた自身の怪談と融合してこの幻想郷にやって来た。それは間違いないと思うわ」

「じゃあ一体どうして――」

「――私もね霊夢。『折り畳み入道』の一件で私自身に起きた幻覚の事が気になって、あの後もう一度彼の事を調べ直してみたのよ。……そしたら、分かったわ」

「……?」

 

首をかしげる霊夢を尻目に紫は淡々と語り始めた。

 

「彼がまだ人間だった頃、彼の祖父と曽祖父は有名な噺家(はなしか)だったらしくてね。祖母の方もその才能を色濃く持っていたみたいで、言わば彼の一族は天性ともいえる強い噺家能力の血が流れている家系だったのよ」

「そうだったの?でも、それだけじゃ不十分ね。私も()()()()()()()()だから、天性の才能だけで片付けるには無理があるわ」

「意外と自覚はあったのね。まあ、もちろんそれだけじゃないわ。何度も言ってるけど、彼は天寿を全うして幻想郷(ここ)に来た。それはつまり、それまでずっと()()()()()()()()ということになるわ」

「……!まさか……!」

 

紫が言おうとしている事に気付き霊夢はハッとなる。対してそれが答えだと言わんばかりに紫は大きく頷いた。

 

「そう。彼の『語り』は言わば人間だった時にその一生のほぼ全てをかけて『研鑽(けんさん)されてきたモノ』。おそらくまだ十代の頃から彼は怪談を語り続けていたのだと思うわ。それこそ『十』や『百』なんかじゃない、『千』……もしくはもっと上の『万』という気の遠くなるような数の怪談を彼は人々に語り続けていたんじゃないかしら?そしてその無数の怪談を語り続けていくうちに、彼自身の『語り』――『言霊(ことだま)』の能力が次第に磨かれ向上されていった……」

「……元々一族から受け継いだ天性の噺家としての才能と一生をかけて切磋琢磨されて蓄積された経験……。なるほどね……」

 

腑に落ちたといわんばかりの霊夢のその響きに、紫は再び頷く。

 

「そう……その二つが合わさる事により、彼の持つ『言霊』は人としての枠を越え、それこそ私たちのような神妖(じんよう)にまで通じる領域にまで昇華されて行ったのよ」

「……とんでもない話ね」

「ええ、まったくよ。おそらく彼の『怪異を創る程度の能力』もそれが一つの要因なんじゃないかしら?」

 

そう言って二人の間に沈黙が流れた。数秒とも数分ともいえるその沈黙の後、再び紫が口を開く。

 

「……彼を(ほふ)る事は簡単よ。周りに大妖怪になった唐傘娘や彼の創った怪異たちがいるけど、それでも私にとってはそれは全く問題にならない。彼自身も怪異となったとは言え、老いない事以外は人間だった頃とほとんど何も変わらないわ。物理的な『死』なら赤子の手を捻るが如く、彼に与える事ができる。……でも――」

「――それはもうできない?」

 

紫の言葉に重ねるようにして霊夢がそう言い、それに紫がまた再び頷いた。

 

「……彼はもう既にこの幻想郷のシステム……あなたと同じでこの世界を維持するための大事な歯車の一部に組み込まれているの。彼をこの幻想郷から消すことは、もう私にはできないわ……」

「ふーん。ま、面倒事が起きないようだったら、私はどっちでもいいんだけどね。正直、殺生事なんて起きてほしくないし。……何事も平穏にして平和。日がな一日ごろごろしているのが一番よ」

 

霊夢のその返答に、紫はジトリ目で苦笑してみせる。

 

「……私としてはあなたにもう少し、博麗の巫女としての責務と実力向上の為の修行へのやる気を持ってほしい所なのだけれど」

「嫌よめんどい。今だってちゃんと異変は解決してるんだし、これ以上何の不満があるって言うの?頂点に君臨した者にとってこれ以上の鍛練はノーサンキューよ」

「言うじゃないの。はぁ……やっぱりあなたは一度、スキマツアーにでも放り込んでその性根を一から叩きなおしたほうがいいのかしらね」

「あら、そんな事言っちゃっていいの?」

 

霊夢がそう呟いた瞬間、明らかに場の空気が一変した事を紫は感じ取った。

すぐに紫は霊夢の方へ眼を向ける。するとそこには背筋がゾクリとするほどの満面の笑みを浮かべた霊夢の顔があった。その目は全くと言っていいほど笑っておらず、絶対零度の如く冷たい炎を宿していたが。

明らかにさっきと様子が違う霊夢に紫は一瞬面食らう。しかしそれに構わず霊夢は口を開いた。

 

「ホッカイドウって言う所の『さっぽろらーめん』って言うのは美味しかった?アキタって所の『きりたんぽ』は?シガの『ふなずし』ってどんなの?オオサカの『たこやき』ってソースが美味なの?トクシマの『なるとほそめんうどん』って歯ごたえあるの?ヤマグチの『ふぐさし』は?ヒロシマの『おこのみやき』は?ナガサキの『かすてら』って菓子、最高みたいじゃない?カゴシマの『くろぶた』は?オキナワの『ごーやちゃんぷるー』は?」

 

早口でポンポンと霊夢の口から出てくる外界の郷土料理に紫の顔から瞬く間に血の気が引き、引きつったものに変わる。

 

「れ、霊夢?……どうして、それを……?」

「三日前、やって来た橙を軽く問い詰めたらあっさりと白状したわよ。ここしばらく幽々子(ゆゆこ)と一緒に外の世界に行って『全国食い倒れ郷土グルメツアー』に参加してたんだって?」

「え、えーといやそのあの、そ、外の世界の福引でたまたま当たっちゃって、使わなきゃもったいないなーって思って幽々子とちょっとね……」

「へぇ~?見た感じ、お土産とか買ってきてる様子はないし、こっちは色々あったっていうのに、そっちは随分と食べることに『多忙』だったみたいねぇ~?」

「…………」

 

もはや完全に『詰み』だと言わんばかりの状況に紫は固まる。その目の前で霊夢がゆらりと立ち上がる。

反射的に紫も慌てて立ち上がり霊夢から距離をとる。

そしてゆっくりと紫に向き直った霊夢の周りにはいつの間にか大きな紅白の陰陽玉二つが浮かんでおり、霊夢自身の背後にはどす黒いオーラが炎のように揺らめいていた。

それを見て戦々恐々とする紫に対して、般若の形相で『鬼巫女』へと変化した霊夢は死刑宣告がごとく、紫に言い放った――。

 

「スキマツアーに送られる前に、私があんたを『博麗式地獄めぐりツアー』に招待してやるわよ!……覚悟しやがれええぇぇーーーーーッッッ!!!!」

 

その直後、霊夢の『不可能弾幕』の雨に紫はなす術もなく、スキマを使って死に物狂いでその場から逃げだしたのは言うまでもない――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、人里の団子屋で一人の男と二人の女性が団子を食べながら話をしていた――。

男は四ツ谷文太郎。そして二人の女性は慧音とアリスであった。

四ツ谷はあんこの付いた団子をほおばりながら、慧音に問いかける。

 

「……で?あれからあの夫婦の方はもう大丈夫なんだな?」

「ああ、今のところ平穏に暮らせているようだ。というか、前以上に仲睦まじくなっているみたいだ。ただ、近所から白い目を向けられてやや肩身の狭い思いをしているようだが……」

 

そう答えながら慧音は心苦しそうに目を下に落とした。

あの『とおりゃんせ』の一件の後、犬猫や鶏の消失の犯人が真澄だという事がバレ、しかもそれが異形を生み出す儀式の生贄に使われたと知った近所の人々はあからさまに真澄と清一郎から距離を置くようになった。

だが、その事を暴露したのは他ならぬ真澄自身であった。真澄は清一郎と話し合い、近所の人々に全てを話し、謝罪をし、一からやり直すためにそれを告白したのであった――。

顔を不安げに暗くする慧音に今度はアリスが声をかける。

 

「……あの旦那さんが付いてるんだから大丈夫よ。溝は出来たみたいだけど、それも時が解決してくれる事を祈りましょ?慧音先生もあの奥さんを支えていくつもりなのでしょ?」

 

アリスのその言葉に慧音は力強く頷く。

 

「ああ、もちろんだ。元とは言え、私の可愛い教え子を孤立させるつもりはない」

「ヒヒッ!そのいきだ慧音先生。で?アリス・マーガトロイド。お前もあの本の事はあの貸本屋の娘に念を押して言ったんだろうな?」

「もちろんよ。即急に処分するよう小鈴ちゃんにはちゃんと言っておいたから安心していいわよ。……ふぅ、これでようやく一件落着ね」

 

団子を一口食べ、アリスは脱力するように天を仰ぎ見た。

つられて四ツ谷と慧音も同じく天を仰ぎ見る。

外に置かれた長いすに座っていた三人は晴れ渡った秋空をただジッと見続けていた。

しばらくそうしていた後、ふいに慧音が四ツ谷に向けて口を開いた。

 

「そう言えば四ツ谷。今回は『とおりゃんせ』の怪異は実体化しなかったみたいだが、何故だか分かったのか?」

「……あーまあ、確信を持っていえるわけじゃないが、何となく、な。……恐らく『恐怖対象』が主な原因じゃないかと思う」

「恐怖対象?」

 

首をかしげる慧音に四ツ谷は頷いてみせる。

 

「ああ。あの奥さんは別に『とおりゃんせ』の怪異に対して恐怖してたわけじゃない、()()()()()()()()()()()()()()恐怖してたんだ。その恐怖に対する方向性の違い、それが今回『とおりゃんせ』が実体化しなかった主な原因だと俺は睨んでいる。……まあ、『とおりゃんせ』自体が歌声だけの実体の持たない()()()()()怪異だったからだとも言えるが、そこまではやっぱり俺でも何とも言えんね。また研究の余地ありだな俺のこの能力は」

「……あまりハメを外しすぎてまた霊夢や賢者らに睨まれんようにな。……それじゃあ私は失礼する。これからまた子供たちに教鞭を振るわなければならないからな」

 

そう言って慧音は長いすに団子の代金を置くと、最後に四ツ谷とアリスに向けて口を開く。

 

「四ツ谷、アリス。今回の事は本当に感謝している。お前たちがいなかったら今頃どうなっていたか……」

「気にするな。こっちが好きでやった事だ。今回の事も、たまたま俺の怪談がこの一件を解決しただけにすぎん」

「同じく、っていうか私の場合あなたたちに巻き込まれたのが事の発端なんだけど?」

 

二者二様の返答ではあったが、慧音は満足そうに笑みを返すと軽く手を振って四ツ谷とアリスから去っていった。

慧音が去った後、アリスもお金を置いて立ち上がる。

 

「私もそろそろお暇するわ。新しい人形劇の内容も考えないといけないから。……あ、そうだ四ツ谷さん」

「?」

「……ちょっと悔しいけど、あなたの怪談、中々よかったわよ?今度人形劇のストーリー考案の手伝いをしてもらえるかしら?」

「ヒヒッ!そのジャンルが『怪談』なら喜んで。……だが別のジャンルならノーサンキューだから他をあたってくれ」

「……本当に怪談の事しか頭にないのねあなた」

 

呆れた眼を四ツ谷に向けるアリスであったが、すぐに気を取り直して四ツ谷に「じゃあね」と響くと優雅な足取りでその場から去っていった。

残された四ツ谷も団子を全て食べ終えるとお金を置いて、晴れ晴れとした空の下、家路へと向けて歩みだした。

どこからか風に乗って楽しそうに歌う子供たちの声を聞きながら――。

 

『とーりゃんせー、とーりゃんせー、こーこはどーこのほそみちじゃー?……てんじんーさまのほそみちじゃー……ちっととーしてくだしゃんせー……♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談であるが、アリスに『世界の魔術図鑑』を早々に処分するように忠告された小鈴ではあったが……。

 

「フフフッ♪失敗作とは言え、こんな本が一般の本の中に埋もれているなんて知らなかったわ♪他の妖魔本同様、これも厳重保管対象ね♪」

 

その忠告を無視して彼女の妖魔本コレクションの一つに加えられた事実は、本人以外誰も知られる事はなかった――。




これにて『とおりゃんせ』終了です。
次回からまた新しい章に入っていきます。

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