四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
真澄を正気に戻した四ツ谷は、次に肉塊と対峙する。


其ノ二・結

「薊、そこにいるな?」

「あ、はい!います!」

 

唐突に四ツ谷に名前を呼ばれ、薊はビクリとしながらも反応する。

その声を聞いた四ツ谷は、お互いを抱きしめあっている清一郎と真澄を庇うようにして立ちながら、口角を大きく歪ませた。

そして、続けて口を開く。

 

「もう一度、歌え!」

 

短い言葉ではあったが、四ツ谷が何を言っているのかすぐに理解した薊は大きく頷くと、静かに、それでいてはっきりとした口調で『とおりゃんせ』を歌い始めた――。

その歌声を背景音楽(BGM)に、四ツ谷は今もなおこちらに向かって進んでくる肉塊に向けてゆっくりと語りだした。

 

「自我を持たない『呪い』の塊である異形は一人の女性の手によって生まれました。女性はせわしなく異形を世話しましたが、異形の肉塊にとっては彼女もまた、彼女が捧げてくれる餌と同等の価値でしか意識していなかったのです……」

――ア゛ァァァーーー……――ア゛ア゛ァァァーーー……!!――

 

四ツ谷は語り続けるも、肉塊は歩みを止めることは一切なかった。

自我を持たない肉塊に言葉など理解できるわけがない。この異形はただ本能のままに行動しているにすぎなかった。そう、本能のままに自らを生み出した術者、すなわち真澄を食べる事にしか今は執着していない。

それ故、前に立つ四ツ谷が何かを言っていても興味どころか意識すら一切向いては来なかった。この異形が唯一意識しているのは四ツ谷の後ろにいる真澄だけなのだから――。

だからこそ肉塊は四ツ谷も、それ以外のことも一切無視するが如く歩みを止めない。ただひたすらに真澄を食らうために突き進む――。

しかし、それは四ツ谷も分かっていた。

言葉も自我もない肉塊の異形に何を語った所で理解する事はないことは初めからわかっていた。

それ故四ツ谷も、そんな肉塊の行動を気にすることなく勝手に語り続ける。

 

「……そして、いざ女性を食らおうとしたその時、どこからか響いてくる『とおりゃんせ』の歌声と共に、()()()()()が辺りに木霊したのです……!」

 

 

 

 

 

   ザザッ……!

 

 

                ザザッ……!!

 

 

                              ザザザザッ……!

 

 

       ザッ……!

 

 

                    ザザッザザッ……!!

 

 

                                     ザザッ……!

 

 

 

 

 

四ツ谷のその言葉と共に、薄暗い雑木林の中で、茂みや草を踏み分けて二つの足音が忙しなく響きだした。

それと共に、肉塊の動きが初めてピタリと止まる。

それは得体の知れない何かが、自らに危害を与えようとしている事に()()()に気付き、その歩みを止めたようであった――。

だが例えそれに気付いていなかったとしても、その異形の結末は何も変わりはしなかったのだが――。

動きを止めた肉塊に向けて、四ツ谷は静かに語り続ける。

 

「……その足音は異形を『無』に還す為にやって来た言わば『殲滅者』のモノ。一人はとがった帽子を被った白黒服の魔女。そしてもう一人は、紅白の衣装に身を包んだ調停者たる神性の巫女……!夜空を背景(バック)に二人は肉塊の頭上へ大きく跳躍する……!」

 

同時に草むらから二つの影が飛び出し、肉塊の頭上へ躍り出た。

四ツ谷が言うように一人は白黒の服にとがった帽子を被った金髪の少女、そしてもう一人は紅白の服を纏った巫女姿の少女であった。

白黒少女は手にミニ八卦炉を、紅白少女はお祓い棒と札を肉塊に構え空中を舞う。

 

「ったく、待ちくたびれたんだぜ!一瞬でケリをつけてやるから周りの奴らはさがってな!」

「めんどくさいモノを作ってくれたもんだわ!昼間あげた退魔札の分も含めてこの代償は高くつくわよ!」

 

空中を舞い踊る二人の少女――魔理沙と霊夢の声が辺りに響き渡り、その声につられてか肉塊が頭上を見上げ、そこにいる霊夢たちを見た瞬間――。

 

――ア゛、ア゛アアァァァーーーー!!?――

 

肉塊の全身に今まで感じた事のない衝撃が走った。

呪いの塊である肉塊は目の前にいる二人の少女は自分の天敵――自分を消滅できる力を持った者たちだと本能的に感づいたのだ。

 

――ア゛アアァァァァァーーー!!!ア゛ア゛ア゛ァァァァーーーーーー!!!!――

 

真っ黒い空洞のような目と口が大きく開かれ、肉塊は腹のそこから搾り出すように一際大きく鳴いた。

それは肉塊の中で初めて生まれた感情――『恐怖心』からなるモノだということに、肉塊本人は最後まで気付く事はなかった。

だがその表情を真正面から見ていた四ツ谷だけは、それに気付いたようで苦笑混じりに不気味な笑みを一瞬浮かべていた。

霊夢と魔理沙から攻撃が放たれる直前、四ツ谷は肉塊に背を向け、静かに怪談の幕を引き始める――。

 

「後の結末は言わずもがな。……それにしても、子供愛しさに女性に生み出されたよいものの、最後は女性を食らうことなく消滅させられるとは――」

「『マスタースパーク』ッ!!」

「『夢想封印』ッ!!」

 

魔理沙から極太のレーザーが、霊夢からは虹色に輝く無数の弾幕が放たれ、肉塊を中心に辺りを真昼のように光が照らし出す――。

その光の中に消えていく肉塊を肩越しに見つめながら四ツ谷は響く、薊が歌う『とおりゃんせ』と重なるようにして――。

 

「――まさに、『生き(いき)はよいよい、かえりは地獄(こわい)地獄(こわい)ながらも(とお)りゃんせー(とお)りゃんせぇー』……♪」

 

人間にとっては脅威だが、それでも幻想郷全体からして見れば、肉塊は下級妖怪のレベルと然程変わりはしなかった。

それ故、霊夢と魔理沙が繰り出した攻撃は些かオーバーキルだと言えたが、それでも肉塊を『瞬時』に消滅させるには十分すぎる威力であった――。

やがて光が消え、肉塊がいた場所には、()()()()()()()()()()()。大きく焼け焦げた地面が広がっているだけで、肉塊の肉片所か体液すらもはやどこにもなかったのである。

静寂が包み込むその場に、四ツ谷の柏手(かしわて)が静かに鳴り響いた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『とおりゃんせ』……これにて、お(しま)い……」




短いですが、ここで投稿させてもらい、次は後日談に入ります。

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