四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
四ツ谷によって真なる怪談を聞かされ、人々はその怪異に恐怖する。


其ノ五 (終)

「……え?え?皆どうして逃げて行ったの?……わちきが、皆を驚かせたの???」

 

群衆が逃げ去り、その場に残った二人のうち、何が起こったかわからずポカンとする紅い少女――多々良小傘はただただ呆然と立ちすくんでいた。

その反面、もう片方の四ツ谷文太郎は嬉々とした表情で笑い声を上げる。

 

「ひゃーーーーっはっはっはっはっはぁっ!!久しぶりだ、久しぶりの阿鼻叫喚だ!!もう何年も聞いていなかった他人の悲鳴がこんなにも心地の良いモノだったとは……!!他人の不幸じゃなく、他人の悲鳴は蜜の味って言うのかこれは?まあ、どっちでも良い!久しぶりの快感に違いないからな!!」

「ちょ、ちょっと一人で盛り上がってないで説明してよ!?」

「ん?説明も何もいらないだろ?お前があいつらを驚かせて、お前を見たあいつらが逃げて行った。それだけのハナシだ」

「ええっ!?でもわちき、何もしてないよ!?事前に言われたとおり()()()()を持って『あなたたちの赤ちょうだい』って言ったこと以外は……」

 

そう言って小傘が差し出したのは、昼間四ツ谷が買った大量の赤い絵の具をぶちまけた白い傘と、小傘が広場に入る前に近所の魚屋で借りてきた魚をさばく包丁だった――。

この包丁、魚をさばいたばかりの物で、水洗いも何もしてない状態だった。それ故、包丁の刃には乾ききっていない魚の血が付着し、その生臭さも消えきってはいなかった。

 

「臭っ!!その包丁俺に近づけるな。臭いが移るだろうが!」

「わちきだってさっさと返したいよ、こんな生臭い包丁!――ひゃうっ!?」

 

すると突然、小傘が身体をビクンと震わせ、その場にへたり込んでしまった。

 

「おい、どうした!?」

「あ、ああああっ、来るっ!入って来る!わちきの中に、大量の『畏れ』がっ!!」

 

聞き方によってはとんでもなく卑猥に聞こえる言葉を並べながら、小傘は自分の身体を掻き抱いて何かに酔いしれるような表情で天を仰いだ。

その姿を見た四ツ谷はやや引きながら小傘に声をかける。

 

「……本当に大丈夫なの、か……?」

「すごい……こんなに濃厚でたくさんの『畏れ』……わちき始めてかも♪……能力も格段に跳ね上がって、力があふれてくる……!!」

「……?どう言うことだ?」

「……分かりやすく言うと、今までのわちきは下級妖怪程度の存在だったけど、『畏れ』という『経験値』を大量に取り込んだことで下級妖怪から一気に大妖怪クラスぐらいにまで大幅レベルアップしちゃったってこと♪」

RPG(ロールプレイングゲーム)かよ!?」

 

四ツ谷のツッコミがむなしく響き、少しして落ち着いたのか小傘が立ち上がった。

 

「ふぅ~すっごい満足♪これならもう畏れがなくても数十年単位で存在を維持できるね♪」

「そ、そりゃよかったな」

「ありがとう。あなたのおかげでわちき生まれ変わった気分だよ」

 

満面の笑みで感謝の言葉を述べる小傘だったが、先ほど小傘の痴態を見てしまった四ツ谷にとっては複雑な心境だった。

しかし、小傘はそれに気付かず、四ツ谷に声をかける。

 

「それにしても『最恐の怪談』ってすごいね。怖いことに慣れてるはずの人里の人間がここまで恐怖するなんて」

「……ま、その恐怖を爆発させたのは紛れもなく小傘、お前だがな」

「あ、やっぱりそうなの?」

 

「気付いてなかったのか」と四ツ谷はため息をつく。

 

「言ったろ?『最恐の怪談』には語り、聞き手、演出の三つの条件が必要だってな。俺がその三つを巧みに使い、やつらの恐怖心を膨張させたのさ。風船のようにな。そしてその恐怖が膨らんで破裂寸前の風船にとどめの一撃――すなわち『針』の役目を担ったのがお前だ。俺の語りと演出がリアリティを生み出し、聞き手であるやつらの恐怖を煽り、最後にお前という『赤染傘』を登場させたことで架空の存在から現実のモノへと変化させ、『最恐の怪談』を完成させるに至ったのさ」

「ふ~ん、じゃあさっきから聞こえているこの『くちゃり、くちゃり』って音も演出?」

 

小傘が指を立てて四ツ谷にそう問いかける。人里の群集を怖がらせる要因の一つとなったその音は未だに広場に響いていた。

 

「ああ……っつうか、この音はお前もついさっき聞いたばかりだから分かるだろ?」

「あ。やっぱりアレなの?」

 

四ツ谷と小傘は同時に音のする方向へ眼を向ける。

そこに生えている茂みの中で、さきほど四ツ谷と小傘に吼えてかかった犬が、四ツ谷からもらった干し肉をくちゃり、くちゃりと美味しそうに食べている光景があった。

 

「タネさえ分かれば子供騙しだね。コレ」

「ヒッヒッヒ。それでも何も知らないやつらには効果覿面なんだよ。……おっともう一つ、重要なことを忘れていた」

「?」

 

 

 

 

 

 

 

「――怪談の閉めをまだやっていなかったな……」

 

そう言って四ツ谷は両手を持ち上げて不気味は笑みを浮かべたまま言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『妖怪、赤染傘』……これにて、お(しま)い」

 

パンッ!と両手を打ち鳴らし、四ツ谷の怪談は閉幕した――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――さて、もう日も沈んだことだし、あの教師のところに行って早いとこ寝る場所紹介してもらわないとな」

「……あ、あのー四ツ谷、さん?その必要ないみたいだ、よ?」

 

青ざめた表情で四ツ谷の背後を凝視し、そう呟く小傘。不審に思って四ツ谷も背後を振り返る。そこには――

 

「……広場のほうから悲鳴が聞こえたから来てみれば……」

「「………………」」

「……お前たち、一体何をした?」

 

昼間会ったばかりの美人教師が鬼の形相で立っている姿が眼に飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

その後、その場に正座させられた四ツ谷と小傘は実に三時間にもわたって彼女のありがたい説教を受けることとなるのだが、それはまた別の噺――。




妖怪、赤染傘終了です。
次は第二幕へと入ります。

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