四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
鈴奈庵で『世界の魔術図鑑』を見つけた四ツ谷は、慧音からこの本の分析のために魔法使いであるアリスに依頼する事を進められる。


其ノ四・裏

四ツ谷たちが鈴奈庵を訪れた日の翌日の昼過ぎ。

人里の広場の片隅に、子供たちだけの人だかりができていた。

その中心に居るのは金髪の人形のような容姿を持った、見た目十代後半と思える美少女であった――。

彼女の名は、アリス・マーガトロイド。魔法の森に住む人形師の魔女である。

趣味なのかどうかは不明だが、彼女は毎週決まった日時にこの広場で子供たち相手に人形劇を披露していた。

今日はいつも持ち歩いている魔導書(グリモワール)の他に、彼女には不釣合いなほど大きな皮製のトランクケースを両手で持って広場にやってきていた。

彼女は子供たちの前でそのトランクケースを地面に置き、蓋を開ける。

すると、どういうギミックか中から小さな簡易なつくりの小劇場が飛び出る絵本の如く、一瞬のうちにそびえ立ったのである。

 

『うわぁ~』

 

目をキラキラさせてその小さな劇場を見る子供たち。すると今度はその劇場の上に小さな人形が数体現れる。

アリスの操る糸によってまるで生きているかのように動き回る人形たち。

その人形たちはまるで絵本に出てくるような可愛らしい風体で、その一体一体が『王子様』『お姫様』『兵士』『王様』などといった姿をしていた。

その何体もの人形をたった一人で操りながら、アリスは子供たちに声をかける。

 

「さぁ、みんな。今日も始めるわよ。アリス・マーガトロイドの人形劇、じっくりと楽しんでいってね」

 

そう言ってアリスは、今日のために用意した物語を口ずさみながら、劇場の舞台の上の人形をその物語に沿って動かしていく――。

生きているように動き回る人形たちと、それと共に紡ぎだされるアリスの物語に耳を傾けながら、子供たちは時間が過ぎるのも忘れてその演劇を見続けたのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そして王子様とお姫様は結婚し、一人の男の子をもうけて三人で末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」

 

一通りの演目が終り、一瞬の静寂の後で子供たちからおびただしい拍手が送られる。

そんな子供たちに片手で自分のスカートを摘み、優雅に一礼するアリス。

そして子供たちに向けて笑いかけながら口を開く。

 

「さて、今日はもうここまで。遅くならないうちに家に帰りなさいね。来週はもっと面白い人形劇を披露してあげるから」

 

アリスのその言葉に、子供たちはキャッキャとはしゃぎながら散り散りになって去っていった。

そんな子供たちにアリスは軽く手を振ると、小劇場をたたみ、先ほどまで使っていた人形たちと共にトランクケースの中にしまった。

そして蓋を閉じたと共に一息吐くと、背後へと振り返り、そこに立っている者たちへと声をかけた。

 

「……それで?私に一体何の用かしら?」

 

そこには四ツ谷、慧音、小傘、薊、清一郎の五人が立っていた。

その彼らに対し、アリスは怪訝な顔をしながら応対する。

 

「……何とも変わった組み合わせね。見慣れた顔に、一度しか会った事のない顔……始めて見る顔もあるわね」

「……ヒッヒッヒ。中々いい人形劇だったぞアリス・マーガトロイド。物語はいまいちだったが、人形を操るお前の傀儡術は一級品だな」

「会ってそうそうご挨拶ね。……前の宴会以来かしら、四ツ谷文太郎さん」

 

不気味な笑みを浮かべてそう言う四ツ谷に、ブスッとした態度でアリスはそう返した。

そこで四ツ谷の横に立っていた慧音が一歩前に出た。

 

「すまないなアリス。一仕事終わった後で悪いが、ちょっと相談に乗ってもらえないだろうか」

 

申し訳なさそうにした慧音がアリスにそう言葉をかける。

それを聞いたアリスは四ツ谷たち全員を一瞥し、小さくため息をつく。

 

「……何か、厄介な事が起こっているって感じね。面倒事に巻き込まれるのは勘弁なんだけどね……」

 

そう呟きながらも、アリスは慧音に話しをするよう、そっと耳を傾ける素振りをした――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トランクケースの上に腰を下ろし、脚を組んで慧音の話を一通り聞いたアリスは顎に手を添えて思案顔になる。

その表情にはわずかに険しさが宿っていた。

 

「肉塊……壁に張られた無数の呪文の紙……鴉の様な鳴き声、ね……」

 

どこか含みのある独り言を呟くアリス。そして数秒の沈黙の後、その顔を上げて慧音に声をかけた。

 

「……それで、その奥さんが借りてったっていう『世界の魔術図鑑』、だったかしら?……その本、今持ってるの?」

「ああ、ある。さっき鈴奈庵から借りてきたんだ」

「見せてちょうだい」

 

そう言って手を差し出すアリスに、一瞬遅れて慧音は持参してきた手さげかばんの中からその本を取り出すと、アリスの手の上にそれを乗せた。

手渡された『世界の魔術図鑑』をアリスは最初の頁からペラペラとめくっていく。

本の内容を読んで、最初こそ「くだらない」と言いたげな表情を顔に貼り付けていたアリスだったが、頁をめくるに連れて、その整った顔の眉間にシワが寄り始め、目つきも鋭いものへと少しずつ変わっていく。

周りの者たちが固唾を呑んで見守る中、ふいに頁をめくっていたアリスの手が止まる。

そしてその頁に書かれている内容を目を大きく見開いて凝視すると、ふぅ、と一息ついてその本から目を離した。

そして、慧音に向かってアリスは口を開く。

 

「……この本って鈴奈庵から借りてきたのよね?ならそこの娘さん……小鈴ちゃんだったかしら?彼女に伝えておきなさい。この本は速いうちに処分しなさいって」

 

本を掲げて真剣な顔でそういうアリスに慧音は目を丸くする。

 

「やっぱり、何かあるのか?その本に……」

「ええ。あなたたちの言う事が本当なら、その奥さんは十中八九この本を読んでその肉塊を()()()んだわ」

「作った?真澄がか!?」

 

そう声を上げたのは慧音ではなく清一郎であった。

呆然とする清一郎にアリスは頷く。

そして『世界の魔術図鑑』に目を落としながら、その場にいる者たちへと説明し始めた――。

 

「……この本にのっている魔術は確かに全て『デタラメ』よ。それ相応の理論を立てて書かれてはいるけれど、どれもそう()()()()()()()で実現性が皆無に等しいわ。机上の空論……いえ、それにも値しない()()ね……」

 

「でも……」と、アリスは続けて言う。

 

「ごく一部……()()()()()()()()()()()()()がのっているわ」

「……うん?成功するけれど、失敗する……?どう言うことだ?」

 

慧音がそう言って首をかしげる。アリスはそれに答える。

 

「さっき私が言った『デタラメ』っていうのはね……()()()()()()()()()しかのっていないって意味なのよ」

「「「「???」」」」

 

慧音だけでなく今度は小傘、薊、清一郎も首をかしげる。

しかしその中で一人、四ツ谷だけがその言葉の意味を理解し、静かに口を開く。

 

「つまり……その一部っていうのは、()()()()()()()()()()ってことか……?」

 

四ツ谷のその言葉に「意外だ」とばかりに目を丸くしたアリスが頷いて肯定した。

そしてアリスは説明を再開する。

 

「そう、この本に書かれている魔術のほとんどは、行っても『何も起きない』モノばかり。でもその一部だけは違う。一定の確率で術が発動してしまう代物なのよ。まあ、(四ツ谷)の言ったとおり、完成とは全くかけ離れた失敗作しかできないから、そういう意味も含めてこの本に書かれていること全てが『()()()()』ってことになるわ。……恐らくこの本の魔術を試したって言う小鈴ちゃんは、この『何も起きない』魔術ばかりを実験で行ったんじゃないかしら?……でも、結果は言わずもがな。だから、一般に見せても安全だと判断して店に出してしまったってわけ」

 

アリスはそう言って、先程まで自分が凝視していた頁を四ツ谷たち全員に見えるようにして本を掲げてみせる。

 

「……恐らく、その真澄って奥さんが行ったのはこの頁の魔術よ」

 

そう響いてアリスが見せた頁の魔術名はこう書かれていた――。

 

 

 

 

 

 

『死者蘇生ノ法』と……。

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

絶句する慧音にアリスは呆れた目を向ける。

 

「何度も言うようだけど、この魔術は完成されたモノじゃないわ。例え術が発動しても、できるのは失敗作だけよ。……あなたたちの言う肉塊に、ね。……言葉所か、自我すら持っていないわ」

「……ど、どうして真澄が、そんな魔術を……?」

 

清一郎の問いに、アリスは肩をすくめる。

 

「さぁねぇ。あなたたちの話だと、その奥さんは精神を病んでいたんでしょ?普通の人ならこんな魔術、真に受けなかったでしょうけど、子供を失って不安定な状態だったあなたの奥さんなら……どう言う反応をしたか、想像できるんじゃない?」

「…………」

 

険しい顔で沈黙する清一郎。それを見たアリスは天を仰ぎ見る。

 

「……きっと藁にもすがる思いだったんでしょうね。自分の中に我が子が生存しているという幻想世界を作っていても、心のどこかではその子が既に死んでいる事を()()()()()()んだと思うわ。……だからこそ、あの本に手を出し、そして成功させてしまった。失った我が子を取り戻すために……」

「……でも、結果的できたのは……」

 

薊がポツリとそう響き、それを聞いたアリスは頷く。

 

「そう……自我を持たない、ただ本能のままに動き、奇声を発する肉塊。……でも、彼女にとって()()()()()()()()()()()んだと思うわ」

「どうでも良かった……?」

 

怪訝な顔をしてそう言う慧音に、アリスは再び頷く。

 

「ええ。最初こそ落胆したかもしれないけど、恐らく彼女、結構前向き思考ができる人間だったんじゃないのかしら?自分の中の幻想世界の我が子を肉塊に重ね合わせる事で、生きていた頃の我が子へと近づけようとしたのよ」

「馬鹿な!そんな事が……!」

「そう考えれば。あなたたちの見た肉塊に対する彼女の言動にも説明つくんじゃない?より現実性を求めるのなら、実際に声も聞けず、触れることすらできない幻よりは、奇声であっても声を発し、物理的に触れる存在のほうが、より我が子だという認識も高まるでしょうしね」

 

否定しようとした清一郎の言葉にかぶせるようにして、アリスがそうきっぱりとそう継げる。

しばしの静寂後、再びアリスが口を開いた。

 

「そもそも、この魔術の一番の厄介な所は、魔法使いや魔術師、またそう言った分野のイロハすらかじっていなくても、手順さえ踏めば全くのド素人でも発動する可能性があるって所なのよ。それ故、その奥さんでも成功する事ができた。生まれたのは全くと言っていいほど完成から離れたものだったけどね」

 

ため息をつきながら、アリスは自分の手に持つ問題の本に目を落とした。

 

「……この本の作者がどんな意図でこの本を書いたのかは知らないけど、子供向けにするのであれば、つめが甘いとしか言いようがないわね。……恐らく自らひらめいて作った思い付きの魔術だけじゃなく、四方から仕入れた魔術の情報を見て、どう見ても『デタラメ』だと判断し、安全だと思った魔術をこの本にのせたんだと思うわ。その虚構にまみれたモノたちの中に一握りの『劇薬』が混じっている事も知らずにね……」

 

少々忌々しそうに手の中の本を見つめるアリス。それを黙ってみていた四ツ谷が静かにアリスに問いかけた。

 

「……さっきの肉塊の下りと言い……。お前、随分その魔術に関して詳しいように見えるんだが……」

「!」

「ひょっとしてお前、やった事あるのか?()()()()

 

四ツ谷のその言葉に、ピクリと反応するアリス。しばしの静寂後、アリスはため息と同時に「降参」とばかりに両手を上げた。

 

「……あなたの言うとおりよ。昔一度、これと全く同じ魔術の儀式をやった事があるのよ。私の研究の集大成である『自立』を目的とした人形作成の一環としてね。その時も青紫色の肉塊の異形ができちゃってね。()()()()()()()()()()

「……?」

 

アリスの言葉に、四ツ谷は眉根を寄せた。

彼女が今しがた最後に言った「参っちゃった」という言葉がやけに引っかかったのだ。

その疑問はこの後すぐに解消される事となる――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一通り、アリスから説明を聞いた後、四ツ谷たちは輪になって今後のことを話し始めた。

 

「……とにかく、これでどうして真澄の所にあの肉塊がいるのか、その理由がはっきりしたな」

「はい……夫としてはあまり納得したくない事実ではありますが……」

 

慧音の言葉に、清一郎が渋々と言ったていで頷く。

そこへ小傘が声を上げた。

 

「……でも、根本的な解決の糸口にはなりませんでしたね。これからどうしましょうか?」

「やっぱり、無理矢理、は無理ですよね……」

 

薊がポツリと沿う響き、慧音が頷く。

 

「ああ……こうなったら、時間をかけて真澄から肉塊を引き離していくよりは方法がな――」

「――ちょっと待ちなさい」

 

唐突に慧音の言葉を遮るようにして、はたから四ツ谷たちの話を聞いていたアリスが待ったをかけた。

全員の視線がアリスに集中する。

言葉を遮られた慧音が怪訝な顔でアリスに声をかける。

 

「何だ?」

「……その奥さんから慎重に肉塊を引き離すのは賢明だと思うけど、()()()()()()()()()()()()ほうがいいわよ」

「……?どう言うことだ?」

 

再び問いかけた慧音に答えるようにして、アリスは深刻な顔でこの場を凍りつかせる言葉を響かせた――。

 

 

 

 

 

 

 

「その奥さん……()()()()()()()()()()()()?その肉塊に食われて、ね……」

 

 

 

 

 

 

 

ピキリ、と四ツ谷たちは一瞬周りの時間が止まったかのような錯覚におちいった。

一瞬とも永遠とも言える静寂の後、最初に動いたのは真澄の夫である清一郎であった。

 

「……ど、どう言うことだそれは!?」

「今言ったとおりよ。あなたの奥さんは自ら生み出したその肉塊の餌となって食い殺されるわ」

「ど、どうしてそんな事が分かるんだ!?」

 

慧音のその問いに、当然と言った風にアリスは答える。

 

「……分かるに決まってるでしょ?他ならぬ体験者(わたし)がそう言ってるのよ?」

 

そう言って自らを指差すアリスに、誰も何も言えなかった――。

続けざまにアリスは口を開く。

 

「今までこの儀式の事を魔術魔術と呼んではいたけれど、正確には『呪術』……呪いの類に入るわ。そしてその呪いの儀式には、発動するとその代償が術者に返って来るモノが多いのよ。『人を呪わば穴二つ』。そしてこの肉塊を生み出す術もその例に漏れず。儀式で肉塊を生み出すことに成功しても、最後には術者はその肉塊に食われて死ぬ……」

 

冷徹に、それでいてはっきりと静かに響かれるアリスのその言葉に、未だ誰も何も言葉を返せなかった。

そして締めくくるようにしてアリスは最後に言葉をつむぐ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私の時はその肉塊に対抗し、消滅できる力があったから、今も私は生存しているけれど……何の力も持たない普通の人間の彼女に……対抗できる(すべ)なんてあるのかしら……?」




アリスの説明、いかがだったでしょうか?
所々、納得できない所があったかもしれませんが、そこは目をつぶっていただけると幸いです。

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