広場で怪談を始めた四ツ谷は『妖怪、赤染傘』の怪談を人々に聞かせる。
太陽が西の山へ沈み始め、広場を紅く染め始める。
数十人もの人間がまだそこにいるというのに、吹き抜ける風がはっきりと聞こえるほど、その場には静寂が満ちていた。
その中心に立ち、静かに流れていく四ツ谷の怪談――。
「――赤染傘の少女は、自分が死んだ場所を中心にさ迷い、出会う人全てをその手に持つ包丁で惨殺し、白い傘にその血を塗りたくる日々を繰り返していきました。しかし時が立つにつれ、その場所には人がほとんど寄り付かなくなったのです。……当然と言えるでしょう。行ったら死ぬかもしれないその場所に誰が好き好んでいこうと思いましょうか。……好奇心から行く人はいるかもしれませんがね。しかしそれでも時の流れとは残酷なモノ……。ついにはその場所はおろか、彼女の存在すらも人々の記憶の彼方に消えてしまったのです。そう……彼女は――」
「――
「……ま、まさか……!?」
青ざめた顔で群衆の中の一人がそう呟き、それと同時にその場にいた大半の人間が
それを正解と言わんばかりに、四ツ谷はにやりと笑うと答えを出す。
「――そう、彼女はやって来ているのですよ……
人差し指で足元を指しながら四ツ谷が響き、群衆の何人かが生唾を飲み込んだ。
中には脚がガタガタを震えだし、今すぐにこの場から去りたいと思う人もいたが、四ツ谷の語りの力がなせる業なのか、どういうわけか地面に縫い付けられたように脚が動かない。
それに気付いていないのか四ツ谷はかまわず言葉と続けていく――。
「彼女は幻想郷じゅうをさ迷い歩きながら、出会う者全てに包丁を振りかざし、そこから出た血を白い傘に擦り付けていくのです。……それこそ人間、獣、妖怪問わず……くちゃり、くちゃり、くちゃり、とね……」
「も、もうたくさんだ!赤染傘だと!?そんな妖怪、見たことも聞いたこともないぞ!どうせみんなあんたのでっち上げだろ!?そんな妖怪、いるわけが――」
「
我慢しきれず叫びだす一人に四ツ谷は人差し指を立てて否定する。
「……ここは幻想郷ですよ?非常識が常識に変わる世界。架空が現実と成り得る世界――」
「――そんなモノなどいないと……誰が言い切れるのです……?」
叫んだ者がその言葉に押し黙ってしまい。そしてその隙を突くかのように、四ツ谷は耳を澄ませるような仕草をする。
「ほぅら、聞こえませんか?風に乗って妙な音が聞こえてくるのが……くちゃり、くちゃり、くちゃり、くちゃり……と……」
クチャリ……
クチャリ……
クチャリ……
クチャリ……
クチャリ……
『!!!!!?????』
その場にいた四ツ谷以外の人々に戦慄が走った。
四ツ谷の声ではない、その異様なる音は風に乗ってはっきりと自分たちの耳の鼓膜を震わせていたのだ――。
「まるで……肉の塊に
「……も、もういい、わかったからもうやめてくれ!」
「う、嘘だ……こんなこと、が……」
「お家帰りたい、お家帰りたい、お家帰りたい……!」
四ツ谷のその言葉に、もう逃げ腰になっている群集の何人かが独り言のように呟いていく、しかし四ツ谷はそれにかまわず、いっそう声を響かせる。
「やがて彼女は人里の広場へたどり着き――
同時に群集の背後にコツ……コツ……と、一つの足音が近づいてくる。
それと同じく、その場にいた全員の
それは誰もが嗅ぎなれた
やがてコツリ、と足音が止まり、それと同時に群衆は何かに操られたかのように、一斉に、しかしゆっくりと背後へ振り返った――。
――そこには少女がいた。
――
かつては白かったのであろう傘は何かの紅い液体で赤と白の斑模様となり、その液体はまだ乾ききっていないのか、ポタリポタリと無数の雫を滴らせていた――。
傘を持つ手とは反対側の手には、これまた紅い液体で彩られた包丁を握っており、先ほどから漂ってくる異臭はその包丁から発しているモノであった――。
時刻は夕暮れ、
まるで全身に返り血を浴びたかのように夕日で真っ赤に染まった少女は、傘の陰から眼だけをギョロリと除かせて、ガタガタと震える群集に小さく言葉を響かせた――。
ア
ナ タ
タ
チ
ノ
あ
か
チョー
ダ
イ?
『-----------------------------ッッッ!!!!』
ほとんどの者たちが声にならない悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすが如く、我先にとその場から逃げ去っていった――。
そしてあっという間に広場には人の気配がなくなり、その場には四ツ谷と紅い少女だけが残った――。
おまたせしました。
最新話です。