四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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其ノ四・表

慧音先生とのいざこざから数日たった。

あれから私は清太のそばからできるだけ離れないようにしている。

清一郎さんもいまだ帰らず。私はたった一人で清太を守り続けているのだ。

清太を一歩も家から出さず、私もできるだけ家にいるようにしているのだが、唯一食事の買出しだけはそうはいかない。

清太を家に一人残すのは不安で仕方なかったが、他に頼れる人もいなかったため、私は出かけるときは必ず直ぐに帰れるように心がけた。

今日も近場の商店にて、食材を大量に買い込む。いちいち買い出しに行く回数を減らすためだ。

多くの食材を入れた袋を両手に抱え家路へと急ぐ。

一体いつまでこんな状況が続くのだろう。言いようのない不安と緊張感が疲労へと変わり、口から大きなため息となって吐き出される。

……そう言えば昨日も散々だった。清太のために大きなお肉を手に入れて来ようと思っていたのに、横から邪魔が入って結局手に入れられずじまいであったのだ。

それを思い出して再び私は大きなため息をついてしまっていた。

そうこうしている内に家の近くまでやってきたが、そこで私はふと脚を止める。

たくさんの子供たちが大きな石に座った男を囲むようにして、何かを話している光景が目に入ったからだ。

子供たちに囲まれているその男を見た瞬間、私はゾクリと背筋に冷たいモノが走るのを感じた。

男は長身で黒い髪を持ち、同じく黒っぽい着物の上から何故か腹巻をしていた。

腹巻以外なら何処にでもいるような男にも見えなくはないが、彼の全身から何か得体の知れない不気味さが滲み出しているかのように私は思えたのだ。

しかし、そんな男が子供たちと何を話しているのか少し気になり、私は彼らに気付かれないようにそろりそろりと近づいていった。

ある程度距離が縮まった所で彼らの会話が聞こえるようになる。

 

「『とおりゃんせ』……?」

 

と、子供たちの一人がそう呟いた。

それに男がゆっくりと頷く。

 

「そう……『とおりゃんせ』だ。真夜中に『とおりゃんせ』の歌が何処からか聞こえてきたら、気をつけろ。聞こえたら最後、その者は近いうち神隠しにあい、二度と帰って来れなくなるからな……」

 

その男の言葉に子供たちはビクリと体を震わせる。

そんな子供たちに男は「特に」と呟いて、続けて口を開く。

 

「……(よわい)七歳になる子供の家に出るからな。……ここに今年七歳になる子供はいるか?」

 

男のその問いかけに子供たちの何人かが手を上げる。その誰もが泣きそうな顔になっていた。

そんな子たちに男は小さく笑いかける。

 

「安心しろ。お前らの所には出ねーよ」

「どうして?」

 

一人の子供の問いかけに男は答えた。

 

「歌が聞こえるのは真夜中。その頃はお前たちは眠って夢の中だろ?夢の中じゃ歌声は聞こえねーよ」

 

「それに……」と続けて男は言う。

 

「この幻想郷には博麗の巫女様もいる。いざとなりゃ、その人にお払いしてもらえば一発で解決さ♪」

 

そう男が締めくくると、子供たちは明らかに安堵の表情を浮かべる。

そんな子供たちに男はパンパンと両手を鳴らす。

 

「さァ、今日はここまで。もう直ぐ夕方だ。暗くならねーうちに、さっさと家に帰って、飯食って風呂に入って寝な。夜遊びなんかしてもし『とおりゃんせ』が聞こえても俺は知らねーぞ?シシシッ!」

 

その言葉を合図にしてか、子供たちは散り散りになって自分たちの家に帰っていく。

私も家路へと脚を向けるのを再開した。

馬鹿馬鹿しい、『真夜中のとおりゃんせ』?そんな話、今まで聞いた事がないわ。

きっとあの男、デマカセを並べて子供たちを怖がらせるのが好きなんじゃないかしら?

悪趣味としか言いようがない。立ち聞きした事を少し後悔しながら私は自宅の玄関をくぐった。

 

その晩、ホラ話だと思っていたそれが実際に自分の身に降りかかるとは知らずに――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、私は何かあった時のために、護身用として包丁を枕元に忍ばせ、清太を抱いて就寝した。

今日の家事の疲れもあって次第にウトウトしだし、やがて夢の中に落ちた――。

 

……。

 

…………。

 

………………。

 

どれくらい立っただろうか。私はふと誰かに唆されたかのように目を覚ました。

辺りは真っ暗、まだ真夜中である事を悟ると私は再び寝ようと目をつぶろうとし――。

 

 

 

 

    ……とーりゃんせー……

 

                 ……とーりゃんせー……

 

 

 

 

  ……こーこはどーこの……

 

                        ……ほそみちじゃー……

 

 

 

 

 

 

「!!!???」

 

一気に目が覚めた。

静かな、それでいてはっきりと耳に入ってくるような歌声が何処からか聞こえてきたのだ。

それは正しく――『とおりゃんせ』であった。

 

「まさか!?」

 

家の近くで出会った男の話が脳裏をよぎり、ガバッと被っていた布団を払いのけて私は立ち上がる。

そして枕の下の包丁を引き抜くと辺りの様子を伺った。その間も『とおりゃんせ』の歌声は響き続ける。

 

「お母さん……?」

 

清太も起きてしまい不思議そうに私を見上げていた。

 

 

 

 

 

    ……ちっととおしてくだしゃんせー……

 

                   ……ごようのないものとおしゃせぬー……

 

 

 

 

 

その歌声を聴きながら私はハッとなる。

 

「誰かが家の外から歌っているのね!?」

 

そう判断した私は庭先へと出る障子を開け放ち、縁側から外に飛び出した。しかし――。

 

「嘘……。声が、()()()……!?」

 

まったくと言っていいほど歌声が聞こえなくなり、私は唖然となる。慌てて家の中に戻ると――。

 

 

 

 

     ……このこのななつのおいわいにー……

 

               ……おふだをおさめにまいりますー……

 

 

 

 

――再び、歌声が耳の中に入ってきた。

 

「嘘……そんな……。ま、まさか、家の中にいるの……!?」

 

私がそんなことを呟いている間に、

 

 

 

 

   ……いきはよいよい……

 

                        ……かえりはこわいー……

 

            ……こわいながらも……

 

        ……とーりゃんせー……

 

                           ……とーりゃんせー……

 

 

 

 

 

『とおりゃんせ』の歌詞は終わりを迎えた。

私ホッと胸をなでおろす。しかしそれは一瞬の事であった。

 

 

 

   ……とーりゃんせー……

 

                 ……とーりゃんせー……

 

 

 

再び『とおりゃんせ』が家の中に木霊し始めた。

 

「ッ!!??」

 

私は戦慄し、身を固くするも、すぐに包丁をもって家中の部屋という部屋を見て回る。

しかし、何処にも誰もおらず、人の気配もしない。

その間にも繰り返し繰り返し『とおりゃんせ』が家の中で響き続けた。

自分の心臓の動悸が激しくなり、呼吸も荒くなっていくのが分かる。

 

「いやっ……嫌ああぁぁッ!!!」

 

私は耳を塞ぎ、清太のいる寝室へと向かう。

寝室に飛び込むと清太をかき抱きしめる。

清太を守るように……。清太を誰にも奪われないように……。

そうしていてどれだけ立ったか、いつの間にか『とおりゃんせ』の歌声は止んでいた――。




加筆:少し文章を追加しました。

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