こーこはどーこの ほそみちじゃー
風に乗って歌声が聞こえてきます。何百年も続き受け継がれてきた『とおりゃんせ』……。
誰もが知っている童謡でしょう……。
しかしこの童歌には、ある恐ろしい噺が密かに囁かれていたのです……。
其ノ一・表
とーりゃんせー とーりゃんせー♪
こーこはどーこの ほそみちじゃー♪
てんじんーさまの ほそみちじゃー♪
朝も早くから近所の子供たちは家を飛び出して元気にはしゃいでいる。
『とおりゃんせ』を謳いながら遊ぶ子供たちを見ながら、私は自然と顔をほころばせた。
夏が終わり、残暑の残る時期となったが、今日は朝からとても晴れやかで清々しい一日を迎えられていた。
洗濯物を入れたかごを両手に持って深く深呼吸する私の背後の玄関から、夫である
「
いつものように仕事に行く時、決まって彼は私に微笑みながらそう声をかける。
それに私も笑って答える。
「ええ、行ってらっしゃい。寄り道しないで帰ってきてね?」
「わかってるよ」
そう言いながら清一郎さんは玄関から外に出る。
それに続いて私たちの愛しの一人息子である
もう直ぐ七歳の誕生日を迎える清太の目線に合わせるようにして私はしゃがみ込む。
「清太おはよう~。今日も清太は元気だねぇ」
「おはようお母さん!」
元気に朝の挨拶をする清太に私は優しく頭を撫でる。くすぐったそうに身をよじる息子を抱き寄せると、誠一郎さんに向き直った。
「清太、お父さんは今から仕事に行きますから、『いってらっしゃい』しましょうね?」
「うん!お父さん行ってらっっしゃーい!」
清太は大きく手を振って清一郎さんを見送る。しかし清一郎さんは、
「……行ってくる」
そう素っ気無く言ってさっさと仕事に向かって行ってしまった。
(……まったくあの人は清太に不器用な所が全然直ってないわ)
清一郎さんは私には笑顔をよく見せるのだが、清太には全く愛想の無い態度を取る。
私が清太ばかり相手にするものだから妬いてるのかしら?そう思いながらシュンと悲しそうに俯く清太の頭を撫でて私は言った。
「大丈夫。お父さんは清太の事嫌ってなんかいないわ。ちょっと清太とどう接していいかわからないだけよ」
「……ほんと?」
「ええ。だから気にせず遊んでらっしゃい」
「うん!」
元気が戻った清太は近くで遊んでいた子供たちの輪の中に入っていった。
私はそれを見届けた後、いつもの家事仕事に取り組むため、家の中へと戻っていった――。
昼時を過ぎた頃、私は借りていた本を返すために貸本屋『鈴奈庵』へと脚を運んでいた――。
読書は清一郎さんと結婚した後の私の唯一の趣味だ。
家事が終わって空いた時間になると鈴奈庵から借りた本を読むのが私の日課だった。
金貸しの半兵衛が人里に猛威を振るっていた頃は読書する時間もなく毎日を多忙に過ごしていたが、その半兵衛がどこかへ消えてくれたおかげで、私に読書の時間が戻ってきてくれたことは嬉しく思う。
今日も鈴奈庵の
そこには飴色の髪を鈴の付いた髪留めで左右に結んだ、この店の可愛らしい看板娘さんがそこに座っていた。
丸眼鏡をかけて読書をしていたが、私が来たのに気付くと慌てて眼鏡をはずし、本も閉じる。
そしてかけていた椅子から立ち上がると、その娘さん――
「いらっしゃいませ真澄さん!今日は本の返却に?」
「ええそうよ。それとまた新しい本をいくつか借りていってもいい?」
「もちろんです!どれでも好きな本を選んでいってください!」
元気よくそう言う小鈴ちゃんに私も笑顔を作り、借りていた本を机の上に置いた。
そして小鈴ちゃんが全部の本が返却されたのを確認したのを見て、私は本棚の列へと脚を運んだ。
十数分の時間をかけて私は本棚から二、三冊本を引っ張り出し、左腕に抱え込む。
「……後一冊、何か無いかなぁ~?」
そんなことを呟きながら、私は本棚に並ぶ本の群れに目を泳がした。
その目が不意に止まる。一冊の本にその視線が止まったのだ。
私は誰かに唆されたかのようにその本を取り、ペラペラと
そして唐突にとある頁でその動きを止めた。
「…………」
しばらくその頁の内容を読んでいたが、次の瞬間にはパタンと本を閉じ、他の本と一緒にその本も小鈴ちゃんの元に持っていっていた。
「小鈴ちゃん、この四冊お借りするわね」
「毎度ありがとうございます!……おや?」
「?どうしたの?」
「あ、いえ……。真澄さんにしては意外な本を選んだなって思いまして。……すみません」
「いいのよ。ちょっと読みたくなっちゃってね。
愛想よく笑って私はそう言った。そして小鈴ちゃんから本を借りて鈴奈庵を出て家路へと向かう。
(……もうすぐ清一郎さんと清太が帰ってくるわね。今日の晩御飯は何にしようかしら……?)
そんな事を考えながら私は我が家へと脚を速めた――。
第五幕、開幕です。
あと今回から、原作同様前書きのほうに四ツ谷先輩の前口上みたいなのを乗せていこうと思っています。