四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
四ツ谷の怪談が終り、かくして椿を取り巻いていた一件は幕を閉じる。


其ノ十四 (終)

迷いの竹林の奥深くにたたずむ診療施設『永遠亭』――。

その一室である診察室で二人の女性が頭を抱えていた。

永遠亭唯一の薬師兼女医である永琳、そしてその弟子の鈴仙である。

彼女たちが今頭を悩ませていたのは今日の夜明け前に人里から担ぎ込まれてきた老人の件であった――。

義兵が運び込まれた時には気を失っていたのだが、目が覚めたら覚めたで支離滅裂な言葉を並べ、意味不明な行動なども起こす状態になっていた。まるで重度の痴呆症にかかったかのようである。

しかしふとした拍子に何かにおびえ始め、「死神が……死神が……」とブツブツ呟きながら部屋の隅に縮こまるという言動も起こし、それらを繰り返すようになったのである。

彼を落ち着かせ、正気に戻させることは永琳の腕なら造作も無い事だったが、しかし彼を治すことに彼女は大いに悩んだ。

そう言うのも、義兵の症状は今現在(表向きは)この永遠亭で治療を受けている人里の悪徳親子、半兵衛と庄三の状態にとても酷似したものだったからである。

半兵衛と庄三はそれぞれ金小僧と折り畳み入道の祟りに会ったと人里の人間たちがそうもっぱらに噂し会っていた。

そしてその噂と一連の騒ぎの中心に、最近この幻想郷にやってきた怪異の男――四ツ谷文太郎が絡んでいる事も、独自の情報網を持つ永琳の耳にも入っていたのである。

悪事の限りを尽くした半兵衛、庄三の二人は四ツ谷の手によって処断された。

ならばこの義兵という老人も四ツ谷の手にかかるほどの悪事を手に染めていた可能性が高いと永琳は睨んでいた。

それ故、彼女は義兵の治療にためらいを覚えたのである。

いっそ前の二人同様、監禁して新薬開発のための実験台になってもらおうとも考えたのだが、何分半兵衛よりも高齢なため、試験薬の効果に体が耐え切れる保障は何処にもなかった。

だからと言って一度その身を預かってしまった手前、放置するという考えはだせなかった。

配下の兎たちが半兵衛たち同様、彼の身の回りの世話をしてくれてるため、今のところは()()()()()()()()ことはできるが、この先一体どう処理したものかと永琳は弟子と共に頭を捻らずにはいられなかった。

 

「はぁ……いっそ人里から介護士でも雇ってそいつに全部押し付けてしまおうかしら?」

「もう丸投げですね師匠」

「考えるのが疲れたってだけよ……。そう言えばさっき退院していった人間の男、急いで人里に帰って行ったみたいだけど何かあるのかしら?」

 

永琳のその問いに鈴仙は顔をほころばせて口を開く。

 

「あー、あの人ですか?――」

 

 

 

 

 

 

「――何でも改めて意中の想い人に告白するようですよ?今回の件で悲しませた分、今度はしっかりと彼女に誓いを立てるんだって言って……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

義兵が永遠亭に入院して数日後、四ツ谷の新しい拠点となる建築途中の建物の真向かいにこれまた新しい民家が建つこととなった。

永遠亭から帰ってきた青年に改めて告白され、それを受け入れた椿であったが、その直ぐ後に二人はある問題に直面する事となる。

青年の家は完全なる独り身のための民家だった故、椿たち三人と一緒に住むということは難しく、そのため当初は祝言を挙げ終えたら、椿たちの家で一緒に住もうという計画だったのである。

しかし、その家を貸し与えていた大家の義兵の本性を椿は見てしまい、その上その義兵から真実を聞かされたため、彼から借りている今現在住んでいるこの家にこれからもずっと居続けるというのは椿本人には些か抵抗のある事態となってしまったのだった。

そのため、祝言後に新しい家に引っ越そうという提案があがったのだが、今現在人里には四人以上の人間が住める借家は無く、椿と青年ははたと頭を抱えてしまったのである。

しかし、その問題も意外な所から助け舟が来る――。

四ツ谷が椿たち二人に新築を建ててそこに住めばいいのでは?と提案してきたのだ。

しかし、新しい家を建てる費用も余裕も今の自分たちの所にはない事を椿は四ツ谷に言った。

だが再び、四ツ谷から信じられないセリフがかけられる。

 

「んじゃあその費用、俺が全て受け持とう。あ、無担保、無期限返済で利息も無しってことで、返せる時にちょくちょく返してくれればいーし」

 

軽い口調で四ツ谷からそんな提案を出され二人は開いた口が塞がらなかったのは言うまでもない。

だが椿は義兵から自分を助けてくれたのはひとえに彼の協力もあったことを聞かされていたため、若干躊躇(ためら)いながらも、四ツ谷を信じて彼の提案に甘える事を決めたのであった。

だが、いくらなんでも何のメリットも無くそこまで大盤振る舞いする四ツ谷ではない。

彼自身は椿たちにそうやって恩を売っておいて第二助手である薊を自分の元に長期にわたって働かせる口実の一つにしたのだ。

まあ、間接的に命も助けたし、過去のしがらみからも開放したのであるからこれ位の事はいいだろうと、四ツ谷は内心そう考えていた。

それに薊本人も四ツ谷たちの下で働き続ける事はまんざら嫌でもなかった。

何度も四ツ谷たちに助けられたため、彼女自身恩義や信頼を感じて彼らから離れて転職する事が考えられなくなっていたのである。

 

骨組みができた四ツ谷の新拠点建設予定地の前に急遽(きゅうきょ)、大き目の民家が立て始められていく――。

ちなみに、何故その場所なのかというと、真向かいにあるほうが薊が直ぐにやってこれるという事と、ただ単に今現在、人里の建設業に関わる人間の大半が四ツ谷の拠点造りに携わっているため、直ぐ真向かいにある方が同時に建設を行うのに何かと手間が省けると考えたからだ。

もっとも、規模と優先する要素の大きさから先に完成させるのは民家の方になってしまったが。

 

「……費用のほうは金小僧が居るおかげでなんとでもなるけれど、さすがに人員まではそうは行かないしねぇ~」

 

急ピッチで民家建設の作業をしていく人々を離れた所で薊と一緒に見つめる小傘がそう響いた。

薊はしばらく無言でその作業風景を見つめていたが、意を決したかのようにクルリと小傘に向き直り、真剣な顔で口を開いた。

 

「小傘さん。借金の事といい、今回のお母さんの事や新築の事といい、本当にありがとうございました。小傘さんたちには返しきれない恩義ができてしまい、正直どうやって返せばいいか分かりません。……でも、私の心身と生涯をかけて、絶対お返しますので何なりと申し付けてください……!!」

 

自分の着る着物をぎゅっと握って深々と頭を下げてそう言う薊に小傘は慌てふためく。

 

「ちょ、ちょっとこういうことは師匠の前でしてもらわなくちゃ……っていうかそんなにかしこまらないで!頭を上げて!?いつもみたいに気楽にして仕事していてくれたらいいから、ね!?」

「で、でも……」

「いいの、いいの!師匠もそのほうが安心すると思うし、ね!?」

「は、はぁ……、分かりました」

 

渋々そう答えた薊に小傘はホッと胸をなでおろした。そしてふと顔を上げる――。

 

「……そう言えば師匠、一体何処に行ったんだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、薊の家にて椿は一人、干して乾いたばかりの洗濯物をたたんでいた。

瑞穂は家から近い小さな空き地で友達と遊んでおり、家には椿しか居なかった。

てきぱきと衣類をたたんでいくその椿の背中を玄関の戸口の隙間から見ている女性が居た。――小野塚小町である。

数日前に危ない目に会ったというのに、背中越しにチラチラと見える椿のその横顔は、まるで憑き物が落ちたかのように晴れやかだった。

だがそれでもまだ思うところがあるようで、若干その顔には陰が見え隠れしていた。だがいずれそれも時間が解決してくれるだろう。

彼女が元気そうなのを確認した小町は椿に気付かれないように静かに踵を返して去ろうとし――。

 

「――待って」

 

ふとそんな声が響き、小町の脚は自然と止まった。

それと同時に再び背後から声がかかる。

 

「……どうして入ってこないの?()()()()()()()お茶とお菓子を用意して待っているのに……」

 

小町の背後で戸が開かれる音が響く。小町は振り返らず小さく呟く。

 

「……だって、私は……あんな別れ方しておいて今更……」

「うん。悲しかったし、少しつらかった。……でも、()()()()()()で消えるほど、私たちの縁はもろかったの?……違うでしょ!?」

 

背後からかかる声が若干強くなる。しかし小町は何も答えず、黙ってその声を聞き入っていた。

 

「……あの十年、私は本当に幸せだった……!姉さんと姉妹になって、一緒に泣いたり笑ったり、時には喧嘩なんかしたりしてすごく楽しかった……!血が繋がっていなくたって、貴女が人間じゃなく死神だって関係ない!昔も今もこれからだってずっと、ずっと――」

 

 

 

 

 

「――貴女は私の大切な家族です……小町姉さん」

 

 

 

 

 

その声――椿から優しくつむがれたその言葉に、小町は片手で顔を覆って肩を小さく震わせた。

そんな小町を背後から抱きしめる。

 

「……今度こそ、来てくれますよね?私たちの祝言に」

「ああ……行く……必ず、行く……。今度は、絶対に……!」

「祝言が終わっても、また会いに来てくれますか……?」

「ああ……毎日だって、行ってやる……!もう絶対に、離したりは、しない……!」

 

小町がそう響いた後、二人はもう言葉を交わさず、そのまま立ち尽くしていた。

そんな二人を離れた所から見守る者が一人いた。――四ツ谷文太郎である。

片手で顔を覆い、俯く小町を背後から優しく抱きしめる椿を見て、四ツ谷は小さく笑みをこぼした。

そして、静かに踵を返して去りながら、誰に言うでもなく小さく両手を鳴らし、声を響かせた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――『死神に愛された女』これにて……お(しま)い……」




これにて第四幕終了です。
いや~長かったです。
書ききれて本当に良かったです。
さて、次の話はまた速い内に出します。

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