小町は椿を救出し、彼女の自宅へと運ぶ。それと同じくして四ツ谷は義兵に怪談を語り始めた。
シャキ……
シャキリ……
シャキ……
ジャキリッ……!
シャキ……
シャキッ……
ジャキン……!!
「……何処からとも無く風を切り裂く鋭い刃の音が聞こえてきます……その中には風だけではなく、別のナニカを裂く音も混ざり、少しずつ……しかし確実にそれはこちらへと近づいてくるのです……。その音は草を刈る音か木の枝を切る音、もしくは――」
「――人の、命か……!」
「……ッ!?」
四ツ谷の言葉に、義兵は思わず息を呑んだ。
夜の闇の中――唯一の光源が義兵の持つ蝋燭の火一つのその場所で、義兵はもう片方の手に持つ包丁を振り上げた姿勢で動きを止めていた。
眉間数ミリ手前に四ツ谷の指先が突きつけられ、四ツ谷の眼光と共に刺さるその威圧感に無意識にその体制で静止する形となったのだった。
対峙する二人の間で四ツ谷の声だけがただただ響く――。
一呼吸置いて四ツ谷は静かに語りだした――。
「……一人の、死神がいました。……その死神は両親と死に別れ、天涯孤独となった少女を愛していました――。健気に生きるその少女を
「は……ハッ!その死神がワシか!!今更そんな事言って何だと言う――」
「――ですが」
四ツ谷の怪談に口を挟んだ義兵だったが、その言葉を途中で四ツ谷が遮る。そして続けて言う――。
「――その死神は知らなかったのです。その少女には自分以外にもう一人、彼女を愛している死神がいることを……」
「……は、はぁ?何を言って――」
「――その死神は……先ほどあなたも会ったはずですが……?」
「!!」
四ツ谷のその言葉に、ついさっき地下室でであった得体の知れぬ女の顔が脳裏をよぎる。あの赤い髪の女がそうだというのか?
動揺する義兵に構わず、四ツ谷は怪談をつむぎ続ける。
「その死神は……長い時間少女と共に生きてきました。彼女が寂しがらぬよう、悲しまぬよう、ずっとそばにい続けてきたのです……。そして彼女に伴侶となる者が現れ、独り立ちを迎えた時、その死神は黙って静かにその身を引きました……彼女の幸せだけを、切に願いながら……」
「しかし――」と、四ツ谷は声のトーンを幾分か落とし、言葉を吐き出した。
「――その幸せが
「……ッ!!??」
まるで脳内に直接刻み込むかのような四ツ谷のその声と言葉は、義兵の顔から瞬く間に血の気を失せさせ、大量の冷や汗を滝のように流させるように十分だった――。
自然と呼吸と心臓の鼓動が激しくなり、同時に膝も笑い始める――。
そんな義兵の目の前で四ツ谷は静かに言葉をつむいだ。
「――そして今夜、その悲願が成就する……!長きに渡って探していた憎き同胞を見つけ出した……!」
「
「……くっ、くだらん!!何を馬鹿な!!ワシを
「――時に大家さん」
叫びだす義兵のその言葉を四ツ谷は再び自分の声で静かに重ね止める――。
その瞬間、水をうったかのように辺りは静まり返るも、直ぐに四ツ谷が辺りに木霊した――。
「……何故あなたはまだその姿勢で固まっているのでしょうか?……ああ、すみません。今のは失言でしたね――」
「――
ヒクッと、義兵は自分の呼吸が止まる音を耳にした。
数秒とも数時間とも思える間をおいて、義兵は双眸を大きく見開いたまま、その眼だけをゆっくりと動かした――。
その視線の、先には――。
――大家さん……。
青白い顔をした
「!!!!????」
あまりの事に義兵は口をパクパクと開閉する。言葉だけでなく声すらまともに発せ無いようであった。
死んだ時に頭から地面にぶつかって落ちたのか、その男の頭は完全に陥没しており、大量の血と共に
――……大家さん、酷いじゃないですか……。俺の水筒に一服盛るなんて……。見てくださいよ、あなたのおかげで俺の頭、こんなになっちゃったじゃないですか……。
「ヒィッ!!?」
悲鳴を上げて反射的に顔をそらす義兵。しかし、顔を向けた先にも自らその命を奪った二つの顔があった――。
――大家さんあなたでしょ?私に向かって角材を倒してきたのは……。
――苦しい……苦しいです大家さん……。あなたが刺してきた包丁が肺にまでたっしていて呼吸するたびに苦しいんです……。
最初の夫ほどではないが同じく頭から血を流している椿の二番目の夫と、背中に大量の血のシミを作った三番目の夫が、それぞれ義兵の包丁を持つ腕と胴体にしがみ付いていた。
二人とも最初の夫同様、青白い顔で義兵を恨めしげに見つめてそう響く――。
「あ、ああぁぁぁ……!!……ヒィィィィッッ!!??や、やめろ!!は、放せ……放せええぇぇぇーーーーっ!!!」
何とか自分にしがみ付いている三人を振りほどこうと、義兵は必死に頭を振りながら暴れる。
その視線がふと、足元を向いた時、義兵は再び硬直した――。
――三人の幼い少年少女が青白い顔で義兵の両足にしがみ付き、義兵を見上げていたのである。
二人は少年、残り一人は少女。そのうち少年と少女の二人は
しかしもう一人の少年はそれ以上に酷い姿をしていた――。
獣にでも食われたのか、顔の右半分と左腕と右足が見事に食いちぎられており、お腹にいたっては食い破られて
――くるしぃよぉ……おおやさん。どうしてボクをかわにつきおとしたの……?くちからおみずがはいってきて、つめたくてくるしいよぉ……。
――
――いたい、いたいよぉ……。おおやさん……こわいよーかいが、ボクのからだ、おいしそうにムシャムシャたべるんだ……。ボクのおててとあしがなくなっちゃったよぉ……。どうしてボクにうそのみち、おしえたの……?
「あ、アアアァァァァァァーーーーーーーーーー!!!!!」
地の底から響くようなその声にもはや頭が真っ白になってパニックになる義兵。そのひょうしに手に持っていた蝋燭が地面に落ちた。
それを、いつの間にか指先を義兵から離していた四ツ谷が、火が消える前に静かに拾い上げた。
それを見た義兵は必死になって叫ぶ。
「だ、だずげでぇぇぇーーーッ!!ダズゲデッ!!」
「……もう、遅いですよ。大家さん」
涙と鼻水と涎で顔をグシャグシャにした義兵が四ツ谷に助けを求めるも、四ツ谷はそれを冷酷に突き放す。
そして続けて響いた。
「……あなたが人間を辞め、死神になった瞬間から、こういう末路を辿るのは決定付けられていた――。一人の女性の人生を自分の思う様に弄ぶ為、人としての心を失い、他者の命を奪うことになんら
そして四ツ谷は蝋燭を持って静かに義兵の眼前に迫る。
蝋燭の火で不気味に照らされた四ツ谷の顔は果てしなく感情の抜け落ちたかのような無表情であった――。
それを見た義兵は全身からブワッと汗がでてくるのを感じた。
恐怖でカチカチと歯を鳴らす義兵に四ツ谷は最後の言葉を投げかけた――。
「ほぅら……聞こえてきたでしょう?……
「――もう一人の、死神の足音が……!!」
そう響いた瞬間、四ツ谷は手元の蝋燭の火をフッと吹き消した。
辺りは完全な闇となる。一寸先すら見えなくなった――。
しかし、その闇の中から小さくも、だが確実に義兵に向かって近づいてくる音があった――。
コツ……
コツ……
コツ……
コツ……
コツ……!
コツッ……!
コッ………!!
「ッ!!!!」
息を呑む義兵。それと同時に足音と共に何か鋭い刃物のようなモノが風を切り裂く音が聞こえ出す――。
シャキリ……
シャキリ……!
シャリンッ……!!
「あ、あああぁぁぁ……!くるな……くるなぁぁ……!!」
体を死者たちでしがみ付かれ、逃げたくても逃げられずにいる義兵にはもはやそう響きながら祈るしかなくなっていた。
だが無情にもその音は義兵に近づくのを止めず、彼の直ぐ真後ろまで迫っていた――。
そして唐突にその音が止んだ次の瞬間、ガバッと彼の顔を真っ白い手のひらが覆われる。
「ヒッ!!!!」
小さく悲鳴を上げる義兵。その白い手の指の隙間から、青白く輝く鎌が自分の喉下に突きつけられたのが見て取れた。
皮膚に当たるその冷たい感触がこれは現実なのだと嫌でも義兵の頭を理解させる。
もはや呼吸すら止まりそうになっている義兵の顔が、それを鷲掴みにしている手によって強引に動かされる――。
無理矢理義兵の視線が自分の肩口のほうへ動かされる。それと同時に雲間からゆっくりと月が顔を覗き、あたりを薄っすらと照らし出した。
もちろん義兵の背後にいるモノも――。
「!!!」
義兵は目を見開く――。
それは全身を黒い布ですっぽりと覆っており、頭部の部分もその布でフードのように被され、顔所か表情すら陰になって見て取れない。
しかし、そこから覗く髪の毛は何処までも紅く、まるで血を滴らせたかのような色だと義兵は感じた。
するとその髪の間から鋭い眼光が義兵を射抜いた。
「あ、ああぁぁぁ……」
力なく声を漏らす義兵の耳元で、地獄の奥底から響くような声で、そのモノは言葉をつむいだ――。
――……サァ、同胞ヨ………
「------------------------------ッッッ!!!!」
月下に義兵の声にならない悲鳴が木霊した――。
ゴールデンウィークに入っても色々と忙しく、今の今まで投稿できず、真に申し訳ありません。