四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
椿が義兵から真実を聞かされ、殺されそうになるも、小町がそれを救出する。
追いかけようとした義兵の前に四ツ谷が立ちふさがった。


其ノ十一

「……おかあさん、大丈夫かな……?」

 

不安げにそう響く瑞穂の頭を薊が優しく撫でた。

四ツ谷の指示に従って大人しく家で待機している二人であったが、やはり母親の事が気がかりで仕方なかった。

内心、心配になっていることを誤魔化すように、薊は瑞穂を抱き寄せる。

そのひょうしに瑞穂の顔が薊の豊満な胸の谷間にすっぽりと埋まる形になるが、瑞穂が嫌がる様子はなく、それ所か薊の背中にそっと手を回した。

 

(……もう少ししたら、様子を見に行ってみようかな)

 

薊がそんなことを考え始めた時、ふいにドンドンと玄関の戸を激しく叩く音が響いた。

それにビクリと反応した二人は恐る恐る玄関のほうへ抱き合ったまま向かう――。

そして玄関の戸の前まで来ると、薊は瑞穂を自分の背後へ下がらせ、いまだ戸を叩いている人物へと声をかけた。

 

「……ど、どちら様ですか?」

『! その声、薊ちゃんかい!?悪いがここを開けてくれるかい?椿が……!』

 

戸の向こうから聞こえてきた知らない女性の声のその言葉に、薊は反射的に(かんぬき)を外して戸を開け放っていた。

 

「……ッ!?」

 

そしてそこに立っていた者を見て薊は息を呑んだ――。

彼岸花を思わせる赤い髪に等身大の大鎌を背負った女性が、どこで取ってきたのか()()()着物で身体を隠すようにして纏わせた椿を抱いて立っていたのだ。

お姫様抱っこされている椿は気を失っているらしく、赤い髪の女性に力無く身体を預けていた。

その光景に一瞬呆然となる薊だったが、次の女性の言葉で現実に引き戻される。

 

「……すまないね。直ぐに椿を休ませてあげたいんだが、入って良いかい……?」

「は、はいっ!直ぐに布団敷きますね……!」

 

薊は慌てて瑞穂を連れて椿の部屋に向かい、先ほどまで椿が使っていた布団とはまた違った新しい布団を押入れから引っ張り出し、それを部屋の中央に急いで敷いた。

家に上がりこんだ赤い髪の女性――小野塚小町は抱えている椿を慎重にその布団の上に横たえ、その上に静かに掛け布団を乗せる。

スゥスゥと静かに寝息を立てる椿を見て、その場にいる三人はホッと一息ついた。

小町は椿の纏う()()()()()を着替えさせようかとも思った。

義兵の家から脱出する際、椿は義兵に襦袢を引き裂かれ全裸であった。そのため、そばにあった義兵の着物を拝借していた。

あの義兵の着物を椿に纏わせるのには些か抵抗があったが、裸の椿を運び出すわけには行かず、致し方無しと割り切って椿に着せたのだった。

その着物もその役目を果たしたのだから、直ぐにでも着替えさせたい衝動に駆られる小町であったが、そこへ唐突に横から声がかかった。

 

「あ、あの……」

 

振り向くとそこには不安げな薊の顔と、その薊の着物にしがみ付いて同じように不安げな眼を向けてくる瑞穂の姿があった――。

そこに来て小町は今この状況は非常に気まずいものだとすぐさま理解する。

何せ自分は巨大な鎌を所持しており、これで自分が死神だということは少なくとも薊には分かってしまっただろう。しかも『死神』という名は母親の椿に人里の者たちが陰口でつけられた呼び名である。もしかしたら自分が椿を不幸にしている張本人とも思われているのではなかろうか。

ここは一度立ち去ったほうが賢明かと、小町がそう思ったとき、薊が口を開いた――。

 

「あの小町さん、ですよね?前に宴会で会った……」

「あ、ああ……久しぶり、だね……」

「……母の……()()()()()()()()()()()()?」

 

薊のその言葉に小町は目を丸くする。

 

「……え?……な、何でその事を?!」

「母からよく聞かされていましたから。……よかった。間違っていたらどうしようかと……」

「あ……うん……」

 

胸をなでおろす薊に半ば呆然となって小町はそう呟いていた。

自分のことを未だに姉と想っていたことに小町は驚きを隠しきれていなかった。

あんな別れ方をしたため、もう愛想を付かして家族と思われていないんじゃないかと思っていたくらいだからだ。

だからこそ、どうしても小町は聞きたくなった。

 

「噂で聞いてないかい?その……お母さんを苦しませている死神がいるって……」

「え、小町さんがそうなんですか!?」

「ち、違うよっ!?」

 

驚いて問いかけに問いかけで返した薊に小町はそう反論する。すると意外な事に薊はすぐさまホッとした顔を浮かべた。

 

「よかった……。小町さんが悪い人じゃなくて……」

「……し、信じてくれるのかい?」

「はい。母を十年も大事にしてくれた方が、こんな事をするとは思いたくありませんでしたし、それに……」

「それに?」

 

小町の問いに、一呼吸の間をおいて、薊は笑顔で答えた。

 

「……四ツ谷さんも、そう言ってましたから……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は今から数時間前。四谷たちが夕餉を終え、椿たち親子が寝床に着こうとする直前まで遡る――。

心中に不安を覚えた薊は椿が寝た後、本を読み続けている四ツ谷に声をかけた。

 

「あの……四ツ谷さん……」

「ん?なんだ?」

「その……私たちから家族を奪って母を悲しませている人って……もしかして小町さんって人、ですか……?」

 

その言葉に四ツ谷は本から顔を上げる、その双眸はわずかながら驚きで見開かれていた。

 

「……あー、やっぱりお前知ってたのか。小野塚が椿さんの姉だって事」

「はい。母からよく聞かされていましたので……」

「ふぅん……」

 

そう呟いて、四ツ谷は再び持っている本へと視線を落とした。数秒の間をおいて四ツ谷の口が開く。

 

「……お前はどう思う?小野塚が犯人だと思うか?」

「え?」

 

その問いかけに一瞬驚いた顔を見せる薊だったが、その後ゆっくりと俯き、両手をぎゅっと握り締める。

 

「……正直、思いたくありません。母が小町さんの事を語るとき、すごく幸せそうな顔をいつもしていたんです。それだけで母がどれだけ小町さんを好きだったか分かったんです。そんな小町さんが今は母を苦しませているなんて……考えたくありません」

「そうか」

 

薊の答えに四ツ谷は短くそう呟いた。その口元はわずかに緩んでいたが、薊はそれに気付く事はなかった。

再び四ツ谷は本から顔を上げ、薊に向かってどこか力のこもった声で言う。

 

「安心しろ。小野塚は犯人じゃねーよ。真の犯人(死神)は別にいる」

「そうなんですか!?」

「ああ……それに小野塚は昔も今も、何も変わっちゃいないと思うぞ?お前が想像するとおりであり、椿さんの記憶に残るとおりの――」

 

 

 

「――不器用で馬鹿な死神だよ」

 

 

そう小さく響くと四ツ谷は持っていた本をパタンと閉じた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――と、そう言ってましたから!」

「……ほほ~ぅ。馬鹿な死神、ねぇ……。あいつとは一度『オ・ハ・ナ・シ』が必要かねぇ~?」

 

悪意の欠片もなく笑顔で回想を締めくくる薊とは対照的に、小町も笑顔を顔に貼り付けてはいたものの、こめかみに血管を浮き立たせており、間違いなくカチンときていた。

だが、その感情も次の薊の言葉で消沈する。

 

「……でも、小町さん。それでも私と瑞穂は小町さんに対して思う事がないわけじゃないんですよ?母の事を想って祝言に来なかった事も、母が苦しんでた時に駆けつけてきてくれなかった事も……!」

「あ、うん……」

 

薊の言葉にシュンとうな垂れる小町に、薊は続けて言葉を投げかけた。

 

「だから……約束してください、小町さん。……もう黙って母の元からいなくならないって……何時でもいいので母に会いに来てくれるって……!」

「!……ああ、わかったよ。約束、する……」

 

優しさを含んだ椿の言葉に、小町は泣きそうになるのを必死にこらえながら、俯きがちに頷いた。

しかし次の瞬間、小町の脳裏で何かが引っかかった。

 

(ん?……約束……四ツ谷……?)

「あっ!!」

 

脳裏で引っかかっていたモノ――今の今まですっかり忘れていた事に小町は反射的に顔を上げ、それに反応して薊と瑞穂も何事かとビクリと驚いた。

それに構わずやや青ざめた顔で小町が呟く――。

 

「しまった……!四ツ谷の怪談……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その四ツ谷はというと、小さな家々が立ち並ぶ通りで義兵と対峙していた――。

義兵の手には包丁と火の付いた蝋燭。対して四ツ谷は手ぶらという状況であったが、懐にはひそかに短刀を所持しており、()()になってもある程度は対処できた。

だが四ツ谷自身はもうこれ以上、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

少し前に小町と共に義兵の家に忍び込み、そこで地下室へ続く扉を見つけ、少しだけ扉を開けて中の様子を伺った。

そこには大きな台に寝かされ、手足を拘束された椿と包丁を持った義兵がいた。

タイミングを見計らって怪談を始めようと考えていた四ツ谷であったが、義兵が語りだした真実に隣にいた小町がみるみると般若の形相になっていくのに気付き、宥めようと声をかけようとした瞬間、今度は椿の纏っていた襦袢を義兵が包丁で切り裂き始めたのを見て、身を乗り出した小町を戦々恐々とした面持ちでしがみ付くようにして必死に押さえたのだった。

今下手に動けば、直ぐそばにいる義兵に椿を人質に取られる可能性があることを踏んでの行動であった――。

だが、最後に椿が響いた()()()()()小町が完全にプッツンしてしまい、こちらの手を振り切って椿を救出し、何処へともなく椿と共に姿を消してしまったのだった――。

地下室でパニックになって義兵は暴れていたが、四ツ谷も予想外の展開に半ばパニックになって慌てて義兵の家から飛び出したのがつい先ほどであった。

 

(……何とか直ぐに()()を確保する事ができたが、最悪怪談が中止になる所だったぞ!!)

 

考え無しに飛び出した小町(今回の主役)に対して四ツ谷は内心、文句を言いたい気持ちで一杯だったが、直ぐにそれを押し殺し、今は目の前の男の対処を行おうと気持ちを切り替えた。

その目の前の男――義兵は本性をむき出しにして四ツ谷に叫ぶ。

 

「貴様っ!!貴様の仕業か!?四ツ谷、()()()ッ!!」

「ほォ!姓名しか教えてないのに俺の名を知っているとは……。……なるほど、事前に俺たちのことを調べていたんだな?だからこそ俺が椿さんの家から一人で出てきたとき、警戒してあんな代役を立てたのか……」

「貴様が夜中に一人で出てきたとき、何となく嫌な予感はしていた!貴様が人の振りをした()()()だと言う事も薄々感じてはいたわい!!」

「ハッ!!歳食ってる割には随分と鋭いじゃないか!だがそれにしてはその目的や行動が滅茶苦茶だがな!」

「何っ!?」

 

怒りに歪む義兵の顔に深みが増すも、四ツ谷はそれを絶対零度のごとき視線で見下ろし続ける。

そして続けて言う。

 

「あんたのやる事は全て矛盾だらけだ。椿さんへの『幸福』を謳いながらも、その行動は彼女から家族を奪い悲しませるというもの。彼女が半兵衛の為に金銭に困っていた時も、何もしなかったそうじゃないか。真に彼女の事を想うなら、わずかながらも支えとなってやるべきだったというのに……!」

「…………ッ!!」

「……結局あんたは自分の利己主義(エゴ)を椿さんに押し付けていただけ。椿さんのではなく自分の『幸福』の為に自分勝手な理屈を通し、彼女から無益に家族を次々と奪った最低な死神だ……!!」

「だ、黙れ……黙れぇッッッ!!!!」

 

四ツ谷の言葉に怒りの沸点が越えたのか、義兵は大きく包丁を頭上へと振りかぶり、四ツ谷へと振り下ろそうとする。

だがその包丁を持った手が頭上に持ち上げられたままピタリと止まった。

振り下ろす直前、それよりも先に四ツ谷が動き、彼の長い指先が義兵の眉間数ミリ手前まで突きつけられたからだ。

突然の事に義兵は反射的に包丁を振りかぶった状態のままの姿勢で止まってしまう。

驚く義兵に向かって四ツ谷は冷たく言い放った。

 

「……そんなあんたに、彼女の『幸福』をどうこう言う資格は、無い……!」

「……きっ、貴様ぁッ……!!」

 

呻くようにそう響きながら義兵は四ツ谷を睨みつける。だがそれにお構い無しとばかりに四ツ谷も語気を強めていく――。

 

「あんたとの会話もここまでだ。ここから先は、黙って俺の言葉のみをその老弱(ろうじゃく)した耳をかっぽじいて聞いてもらおうか――」

 

その瞬間、本能からか義兵の脳内で危険を知らせる警鐘が鳴り響く――。

それはまさに終焉へと向かう開幕のベル。義兵の人生最後の舞台の幕が上がった瞬間だった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――さァ、語ってあげましょう!!アナタの為の怪談を!!!」




申し訳ありません。
また一月以上間を空けてしまいました。
楽しみにしていただいている皆々様には本当に頭の下がる思いです。

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